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彼女の異能
彼女の異能④
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「きよちゃーん! こっちこっち!!」
「ま、まって……よしもり、くん」
山の中をかけ足で進む俺を、楠ノ瀬が息を乱しながらついてくる。
家の人の目を盗んで会うようになった俺と楠ノ瀬の遊び場は、もっぱら山の中だった。
町の守り神を祀るこの山のことをみんなは畏れていて、普段はほとんど立ち入る人もいないからだ。
「ここなら人もあんまり来ないし、よしもりくんと私が一緒にいても見つからないよね」
「うん!」
俺たちの秘密基地として、これほどうってつけの場所はなかった。
俺は楠ノ瀬の喜ぶ顔や驚く顔が見たくて、今まで入ったこともないような山の奥まで彼女を連れ回していたっけ……。
――あの時も。
探検中に見つけた巨大な窪地。
山の裏手に広がるその不思議な地形を、俺は楠ノ瀬にも見せたくてたまらなかった。
「えぇぇ~! 何これ!?」
予想どおり、その奇妙な跡を目にした彼女は驚きの声を上げた。
「山の裏側にこんなところがあるなんて……知らなかった」
「へへへ、こないだ偶然見つけたんだ!」
俺は得意気に胸を張った。
「あの跡、何なんだろう……隕石でも落ちたのかな?」
楠ノ瀬が指を指しながら、首をかしげている。
「よしっ! 行ってみよう!」
「あ、まって……ぎゃ……っ!!」
楠ノ瀬の悲鳴に続いて、ズザザザザーッという何か重いものが滑り落ちるような音が耳に入った。
「え?」
嫌な予感がして音のした方に目を向けると――
「……きよ、ちゃん……?」
そこに立っているはずの楠ノ瀬が消えていた。
「え……きよちゃん!? きよちゃーん!!」
俺はあらん限りの声を張り上げて、きよちゃんの名前を呼んだ。
「……もり、くん……よしもり、くーん……!!」
楠ノ瀬の声が下から聞こえた。
「きよちゃん!?」
声のした方を覗きこむと、楠ノ瀬の立っていた辺りの斜面が崩れていた。
「待ってろー! 今、助けに行くから」
足を取られないよう慎重に一歩を踏み出したところで――
「ぅわあぁぁぁぁっ…………!」
俺も落ちた。
視界がぐるぐる回って、どっちが上か下かわからなくなる。
石やら土やら枝やら……いろんなものが俺の体に降りかかってきて、あちこち痛い。
俺は目をぎゅっと瞑って、なるべくダメージを減らそうと背中を丸める。ダンゴ虫みたいに丸まったまま、俺は斜面を転がり落ちた。
「……よしもりくん! よしもりくん……!」
目を開けると、今にも溢れそうなほど涙をいっぱい溜めた楠ノ瀬が、俺の顔を上から覗きこんでいた。彼女も同じように落ちてきたのか、髪にも服にも至るところに土や枯葉が付いている。
「よしもりくん、大丈夫?」
「ん……大丈夫…………痛っ!」
体を起こそうと手をついた途端、激痛が走った。
痛みが走った場所を確認してみると、掌全体が擦りむけて、じゅくじゅくと血が滲んでいる。落ちてくる途中で引っ掻いたのか、右手の人差し指の爪は剥げていた。痛い……。
「うわぁ……痛そうだね……」
俺の手を見つめた楠ノ瀬が、顔をゆがめて呟く。
「ううん……これぐらい、大丈夫だし……!」
ほんとは俺も泣きそうだったけど、楠ノ瀬の前では平気なフリをしてしまった。
「ちょっといい……?」
楠ノ瀬は遠慮がちにそう言うと、俺の傷ついた右手を取った。
そして――
「えっ……!?」
爪の剥げた人差し指を、自分の口に含んだ。
指が……温かく湿った感触に包まれる。
楠ノ瀬の舌が、俺の指を、ちろちろ、と舐めた。
ちょっと沁みたけど、楠ノ瀬の口内に含まれている指先はなんだか気持ちよくて……俺はうっとりと目を閉じて、しばらく楠ノ瀬にされるがままになっていた。
楠ノ瀬が口に含んでいた俺の指をゆっくり離す。
「あっ……」
「ん?」
楠ノ瀬のなにか驚いたような呟きに、俺は目を開けて自分の指を確認する。
「あれ……傷が、なくなってる……!?」
俺はまじまじと人差し指を見つめた。さっきまで剥げていたはずの爪も元に戻っている。
「きよちゃんは……魔法使いなの?」
子供っぽい俺の質問に、楠ノ瀬は困ったような表情を浮かべながら、
「そんなわけない、けど……」
楠ノ瀬は言いにくそうに答えると、何か考え込むように黙り込んだ。
俺はそんな楠ノ瀬の横顔を、まるで太陽を見るときみたいな眩しい思いで見つめていたんだった。
――結局、小学生だった俺たちは自力で戻ることができなくて、捜索に来た大人たちによって助け出された。
「ま、まって……よしもり、くん」
山の中をかけ足で進む俺を、楠ノ瀬が息を乱しながらついてくる。
家の人の目を盗んで会うようになった俺と楠ノ瀬の遊び場は、もっぱら山の中だった。
町の守り神を祀るこの山のことをみんなは畏れていて、普段はほとんど立ち入る人もいないからだ。
「ここなら人もあんまり来ないし、よしもりくんと私が一緒にいても見つからないよね」
「うん!」
俺たちの秘密基地として、これほどうってつけの場所はなかった。
俺は楠ノ瀬の喜ぶ顔や驚く顔が見たくて、今まで入ったこともないような山の奥まで彼女を連れ回していたっけ……。
――あの時も。
探検中に見つけた巨大な窪地。
山の裏手に広がるその不思議な地形を、俺は楠ノ瀬にも見せたくてたまらなかった。
「えぇぇ~! 何これ!?」
予想どおり、その奇妙な跡を目にした彼女は驚きの声を上げた。
「山の裏側にこんなところがあるなんて……知らなかった」
「へへへ、こないだ偶然見つけたんだ!」
俺は得意気に胸を張った。
「あの跡、何なんだろう……隕石でも落ちたのかな?」
楠ノ瀬が指を指しながら、首をかしげている。
「よしっ! 行ってみよう!」
「あ、まって……ぎゃ……っ!!」
楠ノ瀬の悲鳴に続いて、ズザザザザーッという何か重いものが滑り落ちるような音が耳に入った。
「え?」
嫌な予感がして音のした方に目を向けると――
「……きよ、ちゃん……?」
そこに立っているはずの楠ノ瀬が消えていた。
「え……きよちゃん!? きよちゃーん!!」
俺はあらん限りの声を張り上げて、きよちゃんの名前を呼んだ。
「……もり、くん……よしもり、くーん……!!」
楠ノ瀬の声が下から聞こえた。
「きよちゃん!?」
声のした方を覗きこむと、楠ノ瀬の立っていた辺りの斜面が崩れていた。
「待ってろー! 今、助けに行くから」
足を取られないよう慎重に一歩を踏み出したところで――
「ぅわあぁぁぁぁっ…………!」
俺も落ちた。
視界がぐるぐる回って、どっちが上か下かわからなくなる。
石やら土やら枝やら……いろんなものが俺の体に降りかかってきて、あちこち痛い。
俺は目をぎゅっと瞑って、なるべくダメージを減らそうと背中を丸める。ダンゴ虫みたいに丸まったまま、俺は斜面を転がり落ちた。
「……よしもりくん! よしもりくん……!」
目を開けると、今にも溢れそうなほど涙をいっぱい溜めた楠ノ瀬が、俺の顔を上から覗きこんでいた。彼女も同じように落ちてきたのか、髪にも服にも至るところに土や枯葉が付いている。
「よしもりくん、大丈夫?」
「ん……大丈夫…………痛っ!」
体を起こそうと手をついた途端、激痛が走った。
痛みが走った場所を確認してみると、掌全体が擦りむけて、じゅくじゅくと血が滲んでいる。落ちてくる途中で引っ掻いたのか、右手の人差し指の爪は剥げていた。痛い……。
「うわぁ……痛そうだね……」
俺の手を見つめた楠ノ瀬が、顔をゆがめて呟く。
「ううん……これぐらい、大丈夫だし……!」
ほんとは俺も泣きそうだったけど、楠ノ瀬の前では平気なフリをしてしまった。
「ちょっといい……?」
楠ノ瀬は遠慮がちにそう言うと、俺の傷ついた右手を取った。
そして――
「えっ……!?」
爪の剥げた人差し指を、自分の口に含んだ。
指が……温かく湿った感触に包まれる。
楠ノ瀬の舌が、俺の指を、ちろちろ、と舐めた。
ちょっと沁みたけど、楠ノ瀬の口内に含まれている指先はなんだか気持ちよくて……俺はうっとりと目を閉じて、しばらく楠ノ瀬にされるがままになっていた。
楠ノ瀬が口に含んでいた俺の指をゆっくり離す。
「あっ……」
「ん?」
楠ノ瀬のなにか驚いたような呟きに、俺は目を開けて自分の指を確認する。
「あれ……傷が、なくなってる……!?」
俺はまじまじと人差し指を見つめた。さっきまで剥げていたはずの爪も元に戻っている。
「きよちゃんは……魔法使いなの?」
子供っぽい俺の質問に、楠ノ瀬は困ったような表情を浮かべながら、
「そんなわけない、けど……」
楠ノ瀬は言いにくそうに答えると、何か考え込むように黙り込んだ。
俺はそんな楠ノ瀬の横顔を、まるで太陽を見るときみたいな眩しい思いで見つめていたんだった。
――結局、小学生だった俺たちは自力で戻ることができなくて、捜索に来た大人たちによって助け出された。
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