禁じられた逢瀬

スケキヨ

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憑依

憑依①

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 ――熱い。

 体の中を流れる血がドクドクと沸き立っていく。血管を煮えたぎった血が暴れまわっているようだ。

「ぅわあああぁぁっっっ……!」

 俺の口から喉が裂けそうなほどの絶叫が迸った。

「……高遠たかとおくんっ!?」

 楠ノ瀬くすのせの甲高い悲鳴が、静謐な山の空気を切り裂いた。

 俺の視界が、ぶちまけた血のような紅一色に染まる。周りの景色など、もう目に入らなかった。

「高遠くんっ! 高遠、くん……っ!」

 泣きながら俺の名前を連呼する楠ノ瀬の声だけが、遠くかすかに聞こえた。

 俺をいつも繋ぎとめてくれる、銀の鈴のような清冷な声。その澄んだ声に縋りつきたくなる。

 ――だけど。

 俺はもう楠ノ瀬の手を借りずに、自力でこの奔流を鎮めなければならない。このままでは、楠ノ瀬を救えない。俺自身も呑み込まれてしまうだろう。

 楠ノ瀬の声を振り切るかのように、俺は泉へと足を向けた。泉の発する甘い香りが強くなる。

 衣服が濡れるのも構わず、そのままバシャバシャと泉の中へ足を踏み入れた。飛び散った飛沫が、俺の体に纏わりつく。

「ぅわっ……!」

 深みに嵌って足を取られる。体が沈み込んで、水が怒涛のように口の中に流れ込んできた。

 ……苦しい……

 水分を含んで重くなった服のせいでうまく動けない。

「ぐはっ……!」

 がむしゃらに腕を振り回した。何とか体を水面まで持ち上げ、金魚のようにパクパクと顔を出して酸素を求める。

理森よしもり

 ――来た。

理森よしもり理森よしもり理森よしもり理森よしもり理森よしもり……』

 俺を呼ぶ、いつもの声だ。

「高遠くん……高遠くん……高遠くんっ……!」

 いつもの『あの声』と、俺を繋ぎとめようとする楠ノ瀬の声がせめぎ合う。

 ――うるさい。

 何かのまじないのように俺の耳を、心を、全てを支配しようとする『誰か』の声に、俺は耳を塞ぐ。

「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいっ……!」

『あの声』も……楠ノ瀬の声すらも……聞こえないように、俺はひたすら唱え続けた。

 自分の声以外は、聞こえていても……聴かない。

 今、耳を傾けるべきなのは、自分の声……だけなんだ。

『理森』

「高遠くん」

 誰かが誰かを呼んでいる。

 俺は俺自身に問いかける。





 ――俺は、誰だ?

 俺は、高遠たかとお……高遠たかとお理森よしもり





『フッ……』

 誰かの微笑わらい声が聞こえた気がする。
 張り詰めていた空気が緩み、俺の脳裏で絶え間なく響いていた声が止んだ。

 風が吹き、木々が揺れ、葉が擦れた。
 さっきまでは聞こえなかった周囲の音が、自然と耳に流れ込んでくる。

 体の中で暴れ回っていた熱がゆっくりと引いていく。それとは反対に、泉の表面が俺の浸かっている辺りから放射上にふつふつと泡立っている。俺の体内で篭っていた熱が、放散されているみたいだった。

 水位が徐々に下がっていき、やがて俺の胸ほどの高さになった。俺は足を踏みしめて、すっくりと立ち上がる。

 ――もう苦しくはなかった。

 濡れた顔を両手で拭う。
 さっきまでは纏わりついて不快に感じていた水が、今は心地良い。

『お前は、何を望む?』

『あの声』が俺に問うた。

 ――望み?





 俺は、ゆっくりと目を開けた。


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