39 / 100
憑依
憑依①
しおりを挟む
――熱い。
体の中を流れる血がドクドクと沸き立っていく。血管を煮えたぎった血が暴れまわっているようだ。
「ぅわあああぁぁっっっ……!」
俺の口から喉が裂けそうなほどの絶叫が迸った。
「……高遠くんっ!?」
楠ノ瀬の甲高い悲鳴が、静謐な山の空気を切り裂いた。
俺の視界が、ぶちまけた血のような紅一色に染まる。周りの景色など、もう目に入らなかった。
「高遠くんっ! 高遠、くん……っ!」
泣きながら俺の名前を連呼する楠ノ瀬の声だけが、遠くかすかに聞こえた。
俺をいつも繋ぎとめてくれる、銀の鈴のような清冷な声。その澄んだ声に縋りつきたくなる。
――だけど。
俺はもう楠ノ瀬の手を借りずに、自力でこの奔流を鎮めなければならない。このままでは、楠ノ瀬を救えない。俺自身も呑み込まれてしまうだろう。
楠ノ瀬の声を振り切るかのように、俺は泉へと足を向けた。泉の発する甘い香りが強くなる。
衣服が濡れるのも構わず、そのままバシャバシャと泉の中へ足を踏み入れた。飛び散った飛沫が、俺の体に纏わりつく。
「ぅわっ……!」
深みに嵌って足を取られる。体が沈み込んで、水が怒涛のように口の中に流れ込んできた。
……苦しい……
水分を含んで重くなった服のせいでうまく動けない。
「ぐはっ……!」
がむしゃらに腕を振り回した。何とか体を水面まで持ち上げ、金魚のようにパクパクと顔を出して酸素を求める。
『理森』
――来た。
『理森理森理森理森理森……』
俺を呼ぶ、いつもの声だ。
「高遠くん……高遠くん……高遠くんっ……!」
いつもの『あの声』と、俺を繋ぎとめようとする楠ノ瀬の声がせめぎ合う。
――うるさい。
何かの呪いのように俺の耳を、心を、全てを支配しようとする『誰か』の声に、俺は耳を塞ぐ。
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいっ……!」
『あの声』も……楠ノ瀬の声すらも……聞こえないように、俺はひたすら唱え続けた。
自分の声以外は、聞こえていても……聴かない。
今、耳を傾けるべきなのは、自分の声……だけなんだ。
『理森』
「高遠くん」
誰かが誰かを呼んでいる。
俺は俺自身に問いかける。
――俺は、誰だ?
俺は、高遠……高遠理森。
『フッ……』
誰かの微笑い声が聞こえた気がする。
張り詰めていた空気が緩み、俺の脳裏で絶え間なく響いていた声が止んだ。
風が吹き、木々が揺れ、葉が擦れた。
さっきまでは聞こえなかった周囲の音が、自然と耳に流れ込んでくる。
体の中で暴れ回っていた熱がゆっくりと引いていく。それとは反対に、泉の表面が俺の浸かっている辺りから放射上にふつふつと泡立っている。俺の体内で篭っていた熱が、放散されているみたいだった。
水位が徐々に下がっていき、やがて俺の胸ほどの高さになった。俺は足を踏みしめて、すっくりと立ち上がる。
――もう苦しくはなかった。
濡れた顔を両手で拭う。
さっきまでは纏わりついて不快に感じていた水が、今は心地良い。
『お前は、何を望む?』
『あの声』が俺に問うた。
――望み?
俺は、ゆっくりと目を開けた。
体の中を流れる血がドクドクと沸き立っていく。血管を煮えたぎった血が暴れまわっているようだ。
「ぅわあああぁぁっっっ……!」
俺の口から喉が裂けそうなほどの絶叫が迸った。
「……高遠くんっ!?」
楠ノ瀬の甲高い悲鳴が、静謐な山の空気を切り裂いた。
俺の視界が、ぶちまけた血のような紅一色に染まる。周りの景色など、もう目に入らなかった。
「高遠くんっ! 高遠、くん……っ!」
泣きながら俺の名前を連呼する楠ノ瀬の声だけが、遠くかすかに聞こえた。
俺をいつも繋ぎとめてくれる、銀の鈴のような清冷な声。その澄んだ声に縋りつきたくなる。
――だけど。
俺はもう楠ノ瀬の手を借りずに、自力でこの奔流を鎮めなければならない。このままでは、楠ノ瀬を救えない。俺自身も呑み込まれてしまうだろう。
楠ノ瀬の声を振り切るかのように、俺は泉へと足を向けた。泉の発する甘い香りが強くなる。
衣服が濡れるのも構わず、そのままバシャバシャと泉の中へ足を踏み入れた。飛び散った飛沫が、俺の体に纏わりつく。
「ぅわっ……!」
深みに嵌って足を取られる。体が沈み込んで、水が怒涛のように口の中に流れ込んできた。
……苦しい……
水分を含んで重くなった服のせいでうまく動けない。
「ぐはっ……!」
がむしゃらに腕を振り回した。何とか体を水面まで持ち上げ、金魚のようにパクパクと顔を出して酸素を求める。
『理森』
――来た。
『理森理森理森理森理森……』
俺を呼ぶ、いつもの声だ。
「高遠くん……高遠くん……高遠くんっ……!」
いつもの『あの声』と、俺を繋ぎとめようとする楠ノ瀬の声がせめぎ合う。
――うるさい。
何かの呪いのように俺の耳を、心を、全てを支配しようとする『誰か』の声に、俺は耳を塞ぐ。
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいっ……!」
『あの声』も……楠ノ瀬の声すらも……聞こえないように、俺はひたすら唱え続けた。
自分の声以外は、聞こえていても……聴かない。
今、耳を傾けるべきなのは、自分の声……だけなんだ。
『理森』
「高遠くん」
誰かが誰かを呼んでいる。
俺は俺自身に問いかける。
――俺は、誰だ?
俺は、高遠……高遠理森。
『フッ……』
誰かの微笑い声が聞こえた気がする。
張り詰めていた空気が緩み、俺の脳裏で絶え間なく響いていた声が止んだ。
風が吹き、木々が揺れ、葉が擦れた。
さっきまでは聞こえなかった周囲の音が、自然と耳に流れ込んでくる。
体の中で暴れ回っていた熱がゆっくりと引いていく。それとは反対に、泉の表面が俺の浸かっている辺りから放射上にふつふつと泡立っている。俺の体内で篭っていた熱が、放散されているみたいだった。
水位が徐々に下がっていき、やがて俺の胸ほどの高さになった。俺は足を踏みしめて、すっくりと立ち上がる。
――もう苦しくはなかった。
濡れた顔を両手で拭う。
さっきまでは纏わりついて不快に感じていた水が、今は心地良い。
『お前は、何を望む?』
『あの声』が俺に問うた。
――望み?
俺は、ゆっくりと目を開けた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
清掃員と僕の密やかな情状
MisakiNonagase
恋愛
都心のオフィスビルで働く会社員の26歳・高城蓮(たかぎれん)。彼の無機質な日常に唯一の彩りを与えていたのは、夕方から現れる70歳の清掃員・山科和子だった。
青い作業服に身を包み、黙々と床を磨く彼女を、蓮は「気さくなおばあちゃん」だと思っていた。あの日、立ち飲み屋で私服姿の彼女と再会するまでは――。
肉じゃがの甘い湯気、溶けゆく氷の音、そして重ねた肌の温もり。
44歳の年齢差を超え、孤独を分かち合った二人が辿り着いた「愛の形」とは。これは、一人の青年が境界線の向こう側で教わった、残酷なまでに美しい人生の記録。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる