49 / 100
噂
噂③
しおりを挟む
「私も、直之さんじゃないと思う」
楠ノ瀬があやちゃんの答えを擁護するように言い継いだ。
二人とも口を揃えてそう言うということは、徳堂の容態は俺が聞かされているより良くないのかもしれない……。
そもそも徳堂が俺の家を……それも部屋の内部を撮影することなんてできるだろうか?
――できない、と思う。
それに徳堂がやるのだとすれば、俺の家じゃなくて、楠ノ瀬の家でやった方がはるかに簡単だ。楠ノ瀬家はあいつのテリトリーなんだから……。
さらに、俺と楠ノ瀬の噂を流したところで、あいつに何の得がある?
町の人たちに対して俺の評判を落とすことはできるかもしれないけど、このやり方だと、楠ノ瀬の側もダメージを受けるはずだ。楠ノ瀬と、楠ノ瀬家の威光を利用したい徳堂にとってもデメリットにしかならない。
――じゃあ、一体誰が……?
「他に心当たりはないの? 清乃とあんたの噂を流して喜ぶようなヤツの……」
あやちゃんが俺に目をくれながら、厳しい口調で問いかけてくる。
俺は彼女の責めるような視線を避けるように、目を閉じた。
楠ノ瀬が家に来た日のことを思い出してみる。
「あ……」
ふいに頭を過ぎったのは……人懐っこい、小動物みたいな……あの笑顔。
タイミングよく俺の部屋の前に現れた……あの若い使用人。
「誰か、思い当たる人がいるの……?」
楠ノ瀬が気づかわしげな表情を浮かべて、俺を見つめていた。
「え? あぁ……」
俺は目を伏せて、言葉を濁した。
あの男に違いない、と俺の直感は告げていたが、まだ確証が取れていない。
――ちゃんと確認しなければならない……。
俺は拳を握りしめた。
「迷惑かけて、ごめん。俺が何とかするから……」
「何とかって、どうする気?」
あやちゃんが俺を見据えながら言った。
「一度出回った噂を完全に『なかったこと』にはできないでしょ? それとも高遠の力なら何とかなるの?」
「いや……それは、わからないけど……」
曖昧に答えた俺に、あやちゃんが呆れたように大きく息を吐いた。
「……まぁ、いざとなれば……私が清乃の代わりになるから。そのための影武者なんだし」
「え? それ、どういうことだ?」
あやちゃんの発言に俺が疑問の声を上げると、
「あんたと付き合ってるのは、清乃じゃなくて私……ってことにすればいい、ってこと」
俯いたあやちゃんが低い声で答えた。
「嫌。そんなの、やだ……」
あやちゃんの答えを受けた楠ノ瀬が涙声で呟いた。
埃っぽい音楽準備室に、楠ノ瀬の鼻を啜る小さな音だけが響いた。
「楠ノ瀬……」
俺が楠ノ瀬に向かって口を開いたところで――
ガタッと音を立てて音楽準備室の戸が無造作に開かれた。
ビクッと体を揺らしてそちらを向くと、
「あぁ、なんだお前ら……勝手に入るなよ」
ひょろっと背の高い男性教師が、眉をひそめて立っていた。
「あ……すみませーん」
「でも鍵をかけ忘れた先生も悪いと思いまーす」
音楽の授業を選択していない俺はその先生の名前も思い出せなかったが、楠ノ瀬とあやちゃんは顔見知りらしく、親しげな様子で先生に抗議している。
「もう午後の授業が始まるぞ。早く教室に戻りなさい」
「はーい」
楠ノ瀬とあやちゃんは特に悪びれることもなく、軽く返事をして出口へと向かった。
「高遠くんも。行こう」
楠ノ瀬が上目遣いに俺の顔を見やりながら、腕を引っ張った。
「あ、うん……」
彼女に引きずられるようにして音楽準備室を後にする。
ろくに挨拶もしないで逃げるように立ち去ろうとする俺を、先生が眼鏡を直しながら苦い顔で見送っていた。
楠ノ瀬があやちゃんの答えを擁護するように言い継いだ。
二人とも口を揃えてそう言うということは、徳堂の容態は俺が聞かされているより良くないのかもしれない……。
そもそも徳堂が俺の家を……それも部屋の内部を撮影することなんてできるだろうか?
――できない、と思う。
それに徳堂がやるのだとすれば、俺の家じゃなくて、楠ノ瀬の家でやった方がはるかに簡単だ。楠ノ瀬家はあいつのテリトリーなんだから……。
さらに、俺と楠ノ瀬の噂を流したところで、あいつに何の得がある?
町の人たちに対して俺の評判を落とすことはできるかもしれないけど、このやり方だと、楠ノ瀬の側もダメージを受けるはずだ。楠ノ瀬と、楠ノ瀬家の威光を利用したい徳堂にとってもデメリットにしかならない。
――じゃあ、一体誰が……?
「他に心当たりはないの? 清乃とあんたの噂を流して喜ぶようなヤツの……」
あやちゃんが俺に目をくれながら、厳しい口調で問いかけてくる。
俺は彼女の責めるような視線を避けるように、目を閉じた。
楠ノ瀬が家に来た日のことを思い出してみる。
「あ……」
ふいに頭を過ぎったのは……人懐っこい、小動物みたいな……あの笑顔。
タイミングよく俺の部屋の前に現れた……あの若い使用人。
「誰か、思い当たる人がいるの……?」
楠ノ瀬が気づかわしげな表情を浮かべて、俺を見つめていた。
「え? あぁ……」
俺は目を伏せて、言葉を濁した。
あの男に違いない、と俺の直感は告げていたが、まだ確証が取れていない。
――ちゃんと確認しなければならない……。
俺は拳を握りしめた。
「迷惑かけて、ごめん。俺が何とかするから……」
「何とかって、どうする気?」
あやちゃんが俺を見据えながら言った。
「一度出回った噂を完全に『なかったこと』にはできないでしょ? それとも高遠の力なら何とかなるの?」
「いや……それは、わからないけど……」
曖昧に答えた俺に、あやちゃんが呆れたように大きく息を吐いた。
「……まぁ、いざとなれば……私が清乃の代わりになるから。そのための影武者なんだし」
「え? それ、どういうことだ?」
あやちゃんの発言に俺が疑問の声を上げると、
「あんたと付き合ってるのは、清乃じゃなくて私……ってことにすればいい、ってこと」
俯いたあやちゃんが低い声で答えた。
「嫌。そんなの、やだ……」
あやちゃんの答えを受けた楠ノ瀬が涙声で呟いた。
埃っぽい音楽準備室に、楠ノ瀬の鼻を啜る小さな音だけが響いた。
「楠ノ瀬……」
俺が楠ノ瀬に向かって口を開いたところで――
ガタッと音を立てて音楽準備室の戸が無造作に開かれた。
ビクッと体を揺らしてそちらを向くと、
「あぁ、なんだお前ら……勝手に入るなよ」
ひょろっと背の高い男性教師が、眉をひそめて立っていた。
「あ……すみませーん」
「でも鍵をかけ忘れた先生も悪いと思いまーす」
音楽の授業を選択していない俺はその先生の名前も思い出せなかったが、楠ノ瀬とあやちゃんは顔見知りらしく、親しげな様子で先生に抗議している。
「もう午後の授業が始まるぞ。早く教室に戻りなさい」
「はーい」
楠ノ瀬とあやちゃんは特に悪びれることもなく、軽く返事をして出口へと向かった。
「高遠くんも。行こう」
楠ノ瀬が上目遣いに俺の顔を見やりながら、腕を引っ張った。
「あ、うん……」
彼女に引きずられるようにして音楽準備室を後にする。
ろくに挨拶もしないで逃げるように立ち去ろうとする俺を、先生が眼鏡を直しながら苦い顔で見送っていた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
清掃員と僕の密やかな情状
MisakiNonagase
恋愛
都心のオフィスビルで働く会社員の26歳・高城蓮(たかぎれん)。彼の無機質な日常に唯一の彩りを与えていたのは、夕方から現れる70歳の清掃員・山科和子だった。
青い作業服に身を包み、黙々と床を磨く彼女を、蓮は「気さくなおばあちゃん」だと思っていた。あの日、立ち飲み屋で私服姿の彼女と再会するまでは――。
肉じゃがの甘い湯気、溶けゆく氷の音、そして重ねた肌の温もり。
44歳の年齢差を超え、孤独を分かち合った二人が辿り着いた「愛の形」とは。これは、一人の青年が境界線の向こう側で教わった、残酷なまでに美しい人生の記録。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる