禁じられた逢瀬

スケキヨ

文字の大きさ
86 / 100
監視者

監視者④

しおりを挟む
 窓の向こうに見える月はいつのまにか位置を変え、はるか高みへと昇っていた。

 生徒たちはもうみんな帰ってしまっただろう。
 誰もいない校舎、捨て置かれたように静まり返ったこの部屋で。
 押し殺しきれない嗚咽だけが、ぐずぐずと冷たい空気を震わせていた。

 俺の左目から零れ落ちた涙が……鼻を伝って……頬を伝って……そのまま床へと吸い込まれていった。

「……理解わかったようだな」

 梢江こずえ先生が溜息を吐きながら静かに告げた。
 床に顔を伏せたまま泣き呻く俺を高い位置から見下ろしている。
 やがてふわっと空気が歪んで、長身の先生が身を屈めたのがわかった。
 
 先生の気配を近くで感じる。
 俺は恐る恐る彼の顔に目を向けた。

 先生の目は――もう光ってはいなかった。
 薄茶色のごくごく平凡な二つの瞳が、俺の顔を覗きこんでいた。

「さっきの目は……?」

 先生の黄金きん色の目から解放されて、ようやく俺は声を出すことができた。

「ああ、梢江家うちに伝わる力だよ。君たちの力と同じようなものだ。まぁ……君の『碧い目』ほどの力はないけどね」

 先生は自嘲気味にそう言うと、俺の後ろに回って拘束を解いた。
 体の自由を取り戻した俺は大きく肩を回す。ゴキっと骨が軋む音がした。

「……私たち梢江家も、元々は君たちと同じ一つの氏族だった。高遠たかとお楠ノ瀬くすのせが二つに分かれたときに、双方を監視する役目を担って分家されたと言われている」

 先生が窓の向こうを見つめながら語った。
 月の光に照らされて、背の高い先生の影が黒々と浮かび上がっている。

「だから、君たちほどの力はない。私たちの役目は、高遠家と楠ノ瀬家が間違った方向へと進みそうであれば……それをいさめ、正すことだ」

「……間違った方向……」

 俺は先生の言った言葉を反芻した。

「そうだ」

「間違って……いるんですか? 俺たちの気持ちは……」

 思わず口を突いた俺の疑問に、

「…………」

 先生は何も言わなかった。
 ひょろりと背の高い影がこちらを振り返る。

 刺すような視線を感じた。

「出なさい」

 先生に促されて、音楽準備室を後にした。
 一緒に出てきた先生が、外側から部屋に鍵をかける。

「もしかして藍原あいはらにここを手引きしたのは……梢江先生ですか?」

「……どうして、そう思う?」

 先生は試すような口調で俺に尋ねた。

「楠ノ瀬が言ってたんです。藍原がここを出て行くとき鍵をかけたような音を聞いた、って。でも、この部屋の鍵を自由に持ち出したり貸し出したり出来る人は……そういない」

「……そうだよ」

 かすかに笑みを浮かべながら、先生は俺の推理を認めた。

「どうして……!? 俺よりあいつを支持してるってことですか?」

 俺が問いつめると、

「別に、とくべつ彼に肩入れしているわけではないよ。梢江家は平等でないといけないからね。ただ彼は楠ノ瀬さんに対してなんの思い入れもないから、彼にも後継者としての素養があるのであれば、そっちのほうが面倒がなくていいかな……って」

「なんだよ、それ……」

 俺がいじけたように呟くと、

「私たちは最善の道を選びたい……選んでもらいたいだけだ。楠ノ瀬にとっても、高遠にとっても」

 視線を落としたまま、先生が答えた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

清掃員と僕の密やかな情状

MisakiNonagase
恋愛
都心のオフィスビルで働く会社員の26歳・高城蓮(たかぎれん)。彼の無機質な日常に唯一の彩りを与えていたのは、夕方から現れる70歳の清掃員・山科和子だった。 青い作業服に身を包み、黙々と床を磨く彼女を、蓮は「気さくなおばあちゃん」だと思っていた。あの日、立ち飲み屋で私服姿の彼女と再会するまでは――。 肉じゃがの甘い湯気、溶けゆく氷の音、そして重ねた肌の温もり。 44歳の年齢差を超え、孤独を分かち合った二人が辿り着いた「愛の形」とは。これは、一人の青年が境界線の向こう側で教わった、残酷なまでに美しい人生の記録。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...