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お披露目
お披露目①
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冬休みの始まりを三日後に控えたある日の放課後――。
「なんかヘンじゃない? 最近のあんたたち……」
俺のクラスにずかずかと入り込んだあやちゃんが腕を組みながら首をかしげる。
「…………何が」
彼女の視線を避けるように不機嫌な声で答えると、
「あんたと清乃。お互い、顔も合わせないようにしてるでしょ?」
あやちゃんが俺を詰るように、大きな目を見開いて睨めつけてくる。
「…………」
俺は彼女の質問に答えないまま、頬杖をついて窓の外に目を向けた。
校内に植えられた銀杏の木はすっかり葉を落とし、寒々しい黒い枝が頼りなく寒風にさらされていた。
あやちゃんはそんな俺の態度に呆れたのか……「はぁ」とわざとらしい溜息を吐いて隣の席にどしりと腰かけた。
「清乃と直之さんの婚約……白紙になったの」
あやちゃんが密やかに口を開く。
「えっ、なんで……!?」
予想もしていなかった彼女の発言に、俺は思わず腰を浮かせてあやちゃんの顔を見やった。
「直之さん……ケガの後遺症で右手が今までみたいに動かせないんだって……」
あやちゃんは昏い声でそう言って、下を向いた。長い髪がハラリと落ちて彼女の顔を隠した。
「それってもう……治らないのか?」
「……わかんない。リハビリすれば多少は良くなるだろうけど。でも直之さんは医者を目指してたから……利き腕が自由に動かないとなると、手術とかはもう出来ないんじゃないかな……」
「……またかよ……」
――また、俺のしたことが、一人の人間の将来を奪ってしまった。
正直、徳堂のことは嫌いだし、あいつに楠ノ瀬を渡したくはなかった。
だけど……。
だからといって、こんな展開を望んでいたわけではなかったのに……!
得体の知れないもどかしさの塊が喉元に込み上げてくる。苦しい。
「ねぇ高遠くん…………嬉しい?」
俯いたままのあやちゃんが、消え入りそうな声で言った。
「は…………!?」
俺は言葉を失った。
「だって、直之さんのこと恨んでたでしょ? 清乃との婚約もナシになったのも、高遠くんにとっては喜ばしいことなんじゃないの?」
俺の本心を炙り出そうとするような、あやちゃんの粘着質な口調に、俺の語気が荒くなる。
「それは、あやちゃんのほうだろう!? 徳堂のこと、好きなくせに……」
「……どうして、そう思うの? 私があの男のことを好きだって」
あやちゃんは顔を下に向けたまま、目だけを動かして俺の顔を見据えた。
「それは……っ」
いつだったか、人気のない山の中で激しく絡み合っていた徳堂とあやちゃんの生々しい姿が頭を過ぎる。徳堂の手の中で柔らかく潰された……彼女の白くて小ぶりな胸まで、はっきりと。
しかし二人の秘事を目撃してしまったことは言っちゃいけないような気がして……俺は頭をぶるぶると振って、目の前に浮かんだあやちゃんの痴態を追い払った。
「それは、だって……あいつの言いなりだったじゃないか。あいつのことが好きなんじゃないのか……?」
俺の問いかけに、あやちゃんは答えなかった。ただ黙って俺の顔から視線を外した。
「……嬉しいわけ、ないだろう」
俺も力なく俯いた彼女の姿から目を逸らして呟いた。
「…………私も」
耳をすませないと聞き逃してしまいそうなほど、小さな声がした。
「これで直之さんは清乃じゃなくて、私のことを見てくれるようになるかもしれない。だって私は何があっても彼のことを見捨てないもん……だけど、」
あやちゃんが両手で顔を覆った。
「なんでだろう……全然嬉しくない。納得いかない。神様って、なんでこんなに……意地悪なんだろう……」
「なんかヘンじゃない? 最近のあんたたち……」
俺のクラスにずかずかと入り込んだあやちゃんが腕を組みながら首をかしげる。
「…………何が」
彼女の視線を避けるように不機嫌な声で答えると、
「あんたと清乃。お互い、顔も合わせないようにしてるでしょ?」
あやちゃんが俺を詰るように、大きな目を見開いて睨めつけてくる。
「…………」
俺は彼女の質問に答えないまま、頬杖をついて窓の外に目を向けた。
校内に植えられた銀杏の木はすっかり葉を落とし、寒々しい黒い枝が頼りなく寒風にさらされていた。
あやちゃんはそんな俺の態度に呆れたのか……「はぁ」とわざとらしい溜息を吐いて隣の席にどしりと腰かけた。
「清乃と直之さんの婚約……白紙になったの」
あやちゃんが密やかに口を開く。
「えっ、なんで……!?」
予想もしていなかった彼女の発言に、俺は思わず腰を浮かせてあやちゃんの顔を見やった。
「直之さん……ケガの後遺症で右手が今までみたいに動かせないんだって……」
あやちゃんは昏い声でそう言って、下を向いた。長い髪がハラリと落ちて彼女の顔を隠した。
「それってもう……治らないのか?」
「……わかんない。リハビリすれば多少は良くなるだろうけど。でも直之さんは医者を目指してたから……利き腕が自由に動かないとなると、手術とかはもう出来ないんじゃないかな……」
「……またかよ……」
――また、俺のしたことが、一人の人間の将来を奪ってしまった。
正直、徳堂のことは嫌いだし、あいつに楠ノ瀬を渡したくはなかった。
だけど……。
だからといって、こんな展開を望んでいたわけではなかったのに……!
得体の知れないもどかしさの塊が喉元に込み上げてくる。苦しい。
「ねぇ高遠くん…………嬉しい?」
俯いたままのあやちゃんが、消え入りそうな声で言った。
「は…………!?」
俺は言葉を失った。
「だって、直之さんのこと恨んでたでしょ? 清乃との婚約もナシになったのも、高遠くんにとっては喜ばしいことなんじゃないの?」
俺の本心を炙り出そうとするような、あやちゃんの粘着質な口調に、俺の語気が荒くなる。
「それは、あやちゃんのほうだろう!? 徳堂のこと、好きなくせに……」
「……どうして、そう思うの? 私があの男のことを好きだって」
あやちゃんは顔を下に向けたまま、目だけを動かして俺の顔を見据えた。
「それは……っ」
いつだったか、人気のない山の中で激しく絡み合っていた徳堂とあやちゃんの生々しい姿が頭を過ぎる。徳堂の手の中で柔らかく潰された……彼女の白くて小ぶりな胸まで、はっきりと。
しかし二人の秘事を目撃してしまったことは言っちゃいけないような気がして……俺は頭をぶるぶると振って、目の前に浮かんだあやちゃんの痴態を追い払った。
「それは、だって……あいつの言いなりだったじゃないか。あいつのことが好きなんじゃないのか……?」
俺の問いかけに、あやちゃんは答えなかった。ただ黙って俺の顔から視線を外した。
「……嬉しいわけ、ないだろう」
俺も力なく俯いた彼女の姿から目を逸らして呟いた。
「…………私も」
耳をすませないと聞き逃してしまいそうなほど、小さな声がした。
「これで直之さんは清乃じゃなくて、私のことを見てくれるようになるかもしれない。だって私は何があっても彼のことを見捨てないもん……だけど、」
あやちゃんが両手で顔を覆った。
「なんでだろう……全然嬉しくない。納得いかない。神様って、なんでこんなに……意地悪なんだろう……」
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