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お披露目
お披露目③
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みんなが俺を見ていた。
みんなが……俺の「目」を見ていた。
「祖父さん、俺……」
祖父さんの期待を裏切りたくなかった。
だけど――
どうしていいか、わからない……。
「……どうした、理森?」
俺は縋るように祖父さんの顔を見つめた。
「祖父さん……俺、できない……」
俺の震える声を耳にした祖父さんが目を見開いた。失望の色が浮かんでいるであろうその目を直視することができなくて、俺は目を伏せる。
「理森、大丈夫だ。……落ち着きなさい。落ち着いて、自分と対話するんだ」
祖父さんの大きな手が、小刻みに震える俺の肩をもう一度強く掴む。
「……でも、」
俺はきょろきょろと首を振って楠ノ瀬の姿を捜したけれど、やっぱり彼女の姿はどこにもなかった。
「なんで、いないんだよ……っ」
――楠ノ瀬……救けてくれ……。
様子のおかしい俺を前に、町の人たちが再び騒めき始める。
「……どうすればいいんだ……俺一人じゃ、何もできない……」
俺は両手で頭を抱えて髪の毛をかき混ぜた。
緊張と焦りのあまり混乱する思考のなかで、俺は神に憑かれたあの時を思い出そうと必死で考えを巡らせた。
――あの泉で神に誘われ、そしてそれを抑え込むことのできたあの時を。
「ダメだ……」
あの時の俺はただ楠ノ瀬を奪われたくないという……その一心だけで神と対峙していた。
――今、ここに、楠ノ瀬はいない。
守りたい、助けたい……と願う対象もいないのに、神の声さえも振り払えるだけの強い想いが湧いてくるはずもなかった。そして、俺はそれ以外に神を呼び出す方法を知らなかった。
俺は為す術もないまま、舞台の上に立ち尽くしていた。
舞台の下から向けられる町の人たちの視線が痛い。
「どうした?」
「開眼したんじゃないのか?」
「何なんだよ、一体……」
騒めきの中から疑問と失望の声が上がる。
最初は小さかった不信の声が、徐々に大きな波となって広まっていく。
俺を責めたてる声が怒涛のように襲い掛かってくる……。
――怖くて、顔を上げられない。
ぶるぶると体が震えた。止めようとしても止まらない。
祖父さんの温かな手が宥めるように何度も何度も俺の肩を摩った。それでも震えは一向に収まらない……。
「高遠……理森殿には時期尚早だったのではないか?」
壇上で非難の声に晒される俺たちを案じた楠ノ瀬の婆さんが、祖父さんに向かって声を掛けた。何があっても動じないこの女当主にしては珍しく、心配そうに表情を歪めている。
「あぁ…………」
婆さんの言に、祖父さんが素直に頷く。
「いや、せっかく集まってもらったのに申し訳ない……。後継者の披露については、日を改めさせてもらえないだろうか?」
眼下の群衆に向き直って、祖父さんが声を張り上げた。
「……ごめん」
祖父さんに恥をかかせてしまったことが申し訳なくて顔を上げることができない。
「……いや、儂が焦りすぎたのだ。理森、すまん……」
お互いに力なく謝罪し合う俺と祖父さんに、町の人たちの白けた視線が突き刺さる。
肩透かしを食らった人々が呆れて踵を返したところに――
「待ってください!」
冷え切った雰囲気を吹き飛ばす放胆な声が響き渡った。
みんなが……俺の「目」を見ていた。
「祖父さん、俺……」
祖父さんの期待を裏切りたくなかった。
だけど――
どうしていいか、わからない……。
「……どうした、理森?」
俺は縋るように祖父さんの顔を見つめた。
「祖父さん……俺、できない……」
俺の震える声を耳にした祖父さんが目を見開いた。失望の色が浮かんでいるであろうその目を直視することができなくて、俺は目を伏せる。
「理森、大丈夫だ。……落ち着きなさい。落ち着いて、自分と対話するんだ」
祖父さんの大きな手が、小刻みに震える俺の肩をもう一度強く掴む。
「……でも、」
俺はきょろきょろと首を振って楠ノ瀬の姿を捜したけれど、やっぱり彼女の姿はどこにもなかった。
「なんで、いないんだよ……っ」
――楠ノ瀬……救けてくれ……。
様子のおかしい俺を前に、町の人たちが再び騒めき始める。
「……どうすればいいんだ……俺一人じゃ、何もできない……」
俺は両手で頭を抱えて髪の毛をかき混ぜた。
緊張と焦りのあまり混乱する思考のなかで、俺は神に憑かれたあの時を思い出そうと必死で考えを巡らせた。
――あの泉で神に誘われ、そしてそれを抑え込むことのできたあの時を。
「ダメだ……」
あの時の俺はただ楠ノ瀬を奪われたくないという……その一心だけで神と対峙していた。
――今、ここに、楠ノ瀬はいない。
守りたい、助けたい……と願う対象もいないのに、神の声さえも振り払えるだけの強い想いが湧いてくるはずもなかった。そして、俺はそれ以外に神を呼び出す方法を知らなかった。
俺は為す術もないまま、舞台の上に立ち尽くしていた。
舞台の下から向けられる町の人たちの視線が痛い。
「どうした?」
「開眼したんじゃないのか?」
「何なんだよ、一体……」
騒めきの中から疑問と失望の声が上がる。
最初は小さかった不信の声が、徐々に大きな波となって広まっていく。
俺を責めたてる声が怒涛のように襲い掛かってくる……。
――怖くて、顔を上げられない。
ぶるぶると体が震えた。止めようとしても止まらない。
祖父さんの温かな手が宥めるように何度も何度も俺の肩を摩った。それでも震えは一向に収まらない……。
「高遠……理森殿には時期尚早だったのではないか?」
壇上で非難の声に晒される俺たちを案じた楠ノ瀬の婆さんが、祖父さんに向かって声を掛けた。何があっても動じないこの女当主にしては珍しく、心配そうに表情を歪めている。
「あぁ…………」
婆さんの言に、祖父さんが素直に頷く。
「いや、せっかく集まってもらったのに申し訳ない……。後継者の披露については、日を改めさせてもらえないだろうか?」
眼下の群衆に向き直って、祖父さんが声を張り上げた。
「……ごめん」
祖父さんに恥をかかせてしまったことが申し訳なくて顔を上げることができない。
「……いや、儂が焦りすぎたのだ。理森、すまん……」
お互いに力なく謝罪し合う俺と祖父さんに、町の人たちの白けた視線が突き刺さる。
肩透かしを食らった人々が呆れて踵を返したところに――
「待ってください!」
冷え切った雰囲気を吹き飛ばす放胆な声が響き渡った。
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