月と秘密とプールサイド

スケキヨ

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待ちぶせ

待ちぶせ(3)※

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 火神かがみは人形のように黙って、女のやりたいようにさせた。
 目を閉じる。
 目を閉じて、瞼の裏に別の女を思い浮かべた。自分に絡みつく女をその女だと思って、目を閉じたまま、柔らかな膨らみに手を伸ばすと、大きすぎず、小さすぎないそれは、火神の手の内にすっぽりと収まった。

「ぁ、んん……っ」

 火神に触れられた女が気持ちよさそうに声を上げる。
 やわやわと揉みこんでやると、
 
「んっ……あぁあ……はぁっ、ん!」

 女は周りを憚ることもなく、ちょっと大袈裟じゃないかと思うほど甲高い声で喘いだ。

(違うな……)

 火神は眉間に皺を寄せて、目をぎゅっと瞑った。
 女の着ている少し毛羽けばだったセーターの上から、ただただ無心で胸を揉む。ごわごわとした下着の感触が邪魔だったが、脱がすのも面倒だった。

「ん……もっと、」

 すっかり勃ちあがった胸の先には敢えて触れないようにしていると、女がれたように身をくねらせてくる。それでも火神は女の望む刺激を与えてはやらない。
 すると、我慢できなくなったのか、女は自分でセーターと下着を脱いで、剥き出しになった乳首を火神の顔の前に突き出してきた。

「……舐めて」

 女が甘ったるい声で強請ねだる。

(違うな……)

 火神は薄く目を開けた。
 目の前に少し黒ずんだ乳首がぶら下がっている。

(違うな……)

 火神は再び目を閉じて、軽く首を捻った。

「ねぇ……」

 女は催促するように媚びた声で囁くと、火神の薄い唇に固くなった乳首の先端を触れ合わせた。

「ねぇ……はやく」

 女に促され、火神は仕方なく口を開いて、そのコリコリとした突起に向かって舌を伸ばそうとしたが――。

「はぁ……」

 出てきたのは溜息だった。
 火神の舌は喉の奥に引っ込んだまま、張り付いたように動かない。
 疲れきったように吐き出された呼気は女の胸を生温かく湿らせた。

「……舐めなさい」

 さっきまでの媚びた口調が一転、命令調のきついものになった。
 火神はいま自分に覆い被さるこの女が「教師」であることを改めて思い出した。目を開けると、髪を振り乱して悪鬼のように自分のことをめつける真山まやまの姿が目に入る。

(違うな……)

 やっぱり違う。
 目を閉じて自分を騙そうとしても、積もり積もる違和感をどうしても拭いきれない。火神は固く口を閉じて顔を背けた。

「……なにしてるの? はやく舐めなさい!」

 ヒステリックに声を荒げる真山にげんなりする。

(こんな時、羽澄はすみだったら……)

 火神はもうはっきりとひな子のことを思い浮かべて……比べていた。

(これが羽澄だったら、触ってほしくても自分からは言えなくて、ただじっと目を潤ませて俺の顔を見つめてくるんだよな……)

 ひな子の艶めかしい姿態を思い出した火神の口元が緩む。

「なに笑ってるの?」

 真山が怪訝そうに顔をしかめた。

「いや……やっぱり無理だと思って」

「……は?」

 火神が笑いを含んだまま答えると、真山の顔がいっそう大きく歪んだ。整えられた眉毛が吊り上がり、赤い唇は片側だけが不自然に引き攣っている。

生憎あいにく、俺は攻められるより、攻めるほうが好きなんでね」

 火神は苦笑いを浮かべると、仰向けに寝転んだまま横を向いた。男にそっぽを向かれ、行き場をなくした真山の胸が凍えたように震える。

「……ほんとに、失礼な男ね」

 低い声で呟いた真山がぬっと立ち上がる。
 火神を見下ろすように仁王立ちになると、おもむろに右足をふり上げて、足の裏を彼の股間に当てた。

「……おい、」

 火神が思わず声を上げると、真山が赤く濡れ光る唇を三日月の形に歪めた。
 黒いストッキングに包まれた足が、火神の柔らかな肉棒をぐりぐりと刺激する。

「口もダメ。胸もダメ。だったら足はどうかしら? ……このインポ野郎が」

 裸の胸を揺らして、真山が艶然と笑う。
 膝丈のスカートが揺れて、脚の奥まで垣間見えた。

「っく……クックッ、ク……」

 火神が堪え切れないといったようにクツクツと笑いだすと、

「……何が可笑おかしいの?」

 真山がドスの効いた声で詰問する。

「『淫行教師』の次は『インポ野郎』かよ……。いや、あんたのこと慕ってる男子生徒たちに聞かせてやりたいと思ってさ、今のセリフ」

「はぁ……!?」

 真山の眉間に深い皺が寄った。不機嫌そうに細められた目が、火神の顔をギロギロと睨みつけている。もはや火神には、学校で見せる「優しくて綺麗な真山先生」の仮面かおが思い出せなかった。

「アッハハ、ハ……その顔も学校のみんなに見せてやりたいよ」

 ハッと鼻で笑いながら、火神が真山の足を払いのけて身体を起こした。

「でもさっきのアンタのセリフ……前者はその通りだが、後者は違うぞ。勃たないのはアンタにだけだ」
「っ……!」

 真山が息を呑んで目を見開いた。目の奥に昏い憤怒ふんぬの炎がチラついている。

「だからもう、俺に構うのはやめてくれないか。俺はアンタを抱けない。どうしても無理だ」

 容赦ない火神の言葉に、真山が驚愕の表情を浮かべて言葉をなくしている。おそらく今までの人生で男からこんな風に拒絶されたことなどなかったのだろう。

「『私が本気になって落とせない男はいなかった』だっけ? くだらねぇ……意地だか見栄だか知らんが、アンタの自分勝手なゲームに俺を巻き込まないでくれ」

(疲れた)

 ひと息に吐き出してしまうと、どっと疲れが蘇った。今すぐにでも真山を追い出して、さっさと寝てしまいたい。火神は切実にそう思った。

「……そんなに女子高生がいいんですか?」

 悔し紛れに発せられた真山の的はずれな言葉に、

「別に女子高生なら誰だっていいわけじゃねぇよ……」

 火神はぼそっと呟いて、真山から目をそらせた。

「いいんですか? あの写真、拡散しても」

 真山が火神に向かって問いかけた。

「……勝手にしろよ」

「……っ!」

 切り札を無効化された真山は悔しそうに唇を噛んだ。厚めの下唇に歯が食い込んで今にも血が噴き出しそうだったが、もちろん火神は知らないフリを決め込む。
 真山は観念したように、床の上に脱ぎ散らかした下着とセーターを手早く身につけると、小走りに火神の部屋を出て行った。

「あぁ~……疲れた」

 真山が出て行くのを見届けた火神は、そのままベットに倒れこんだ。電気を消すことすら億劫おっくうだった。早く寝てしまいたいのに、真山に言われたことが頭の中をぐるぐると駆けめぐって離れない。

「誰でもいいわけないだろ……」

 明るい天井を見やりながら、火神の心の声が漏れ出した。ひとりきりの部屋で、誰にも聞かれることなく、火神の声は消えていく。

「羽澄がいいんだよ……羽澄だから……」


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