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6. いい人だったらいいけどねぇ
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あっという間に十二月が終わって年が明けた。
だからと言って、琴子の生活が劇的に変わるわけもなく。一週間ほどの長いようで短い年末年始休暇が終わってしまうと、特に代わり映えのしない日常が再開した。
琴子は今年も――そこそこ真面目に、大人しく、そして地味に――働いている。
琴子が勤めている「株式会社パウロ」は業界ではそこそこ名の知れた食品系の専門商社だ。そこの営業部で「営業サポート」として働いている。大学卒業後に新卒で入社して以来だから、もうすぐ丸五年だ。最近では面倒を見なければいけない後輩が増えてきて、ストレスも増えるばかりである……。
ちなみに社名の「パウロ」は社長の名前に由来する。……社長、日本人ですけど。
「咲坂さーん。これ、片付けちゃってもいい?」
空きデスクの上に積まれたファイル類を指差して琴子に声を掛けてきたのは、総務部の日南さんだ。
日南真緒は琴子の同期で、会社では極力感情を表に出さないようにしている琴子が多少は心を開いている数少ない同僚のうちの一人である。小柄でほんわかした見た目はいかにも「優しい総務のお姉さん」といった趣だが、彼女ほど外見の印象とその仕事ぶりが乖離している人物を琴子は知らない。ちなみに出身は九州で、とんでもなく酒に強い。
「あ、ごめん。忘れてた」
琴子はあわてて席を立つと、日南のいるデスクへと急いだ。
「明日からだっけ? 新しい課長が来るの」
「そうだよー。だから今日中に必要なもの用意しておかないと」
手早くまとめたファイルを琴子に手渡しながら、日南が答えた。
そう、小柄でほわほわした印象とは裏腹に、日南はしっかり者で仕事のデキる女である。琴子との雑談に興じながらも、やらなければいけない作業は次から次へテキパキとこなしていく。
琴子も彼女の動きに遅れないように、そそくさと渡されたファイルを片付ける。
「はい、これが新しい課長さん用のパソコンとモニターね。基本的なセットアップは済んでるから、あとは自分でパスワードとか設定してもらう感じかな。マニュアルは印刷しといたから、明日課長に渡してもらえる?」
早口で説明した日南が、琴子の手に薄い冊子を押し付けた。
「ありがとう、日南さん。渡しとく。そういえば、新しく来る課長さんって何ていう名前なの?」
「コウガミさんだよ」
「コウガミ?」
「そう。漢字はねぇ……たしか『さんずい』にカタカナの『エ』に『鳥』って書くやつ。ガミは上下の『上』だったはず」
琴子は頭の中で『鴻上』という字を思い浮かべた。
「男のひとだよね? 歳は?」
「三十代前半の男性だよ。私もまだ直接会ったことはないんだけど、なんか上の人の紹介なんだって」
琴子の度重なる質問にも、日南は律儀に答えてくれる。
「そうなんだ。いい人だったらいいけどねぇ」
普段は社内の人事なんてまったく関心のない琴子でも、さすがに直属の上司ともなると、どんな人間か気になってしまう。
上司によってはまた余計なストレスを溜め込むハメにもなりかねない。
前の課長とはあまり馬が合わなかったので、今度の課長とは相性が良ければいいな、と琴子はひそかに願った。
あっという間に十二月が終わって年が明けた。
だからと言って、琴子の生活が劇的に変わるわけもなく。一週間ほどの長いようで短い年末年始休暇が終わってしまうと、特に代わり映えのしない日常が再開した。
琴子は今年も――そこそこ真面目に、大人しく、そして地味に――働いている。
琴子が勤めている「株式会社パウロ」は業界ではそこそこ名の知れた食品系の専門商社だ。そこの営業部で「営業サポート」として働いている。大学卒業後に新卒で入社して以来だから、もうすぐ丸五年だ。最近では面倒を見なければいけない後輩が増えてきて、ストレスも増えるばかりである……。
ちなみに社名の「パウロ」は社長の名前に由来する。……社長、日本人ですけど。
「咲坂さーん。これ、片付けちゃってもいい?」
空きデスクの上に積まれたファイル類を指差して琴子に声を掛けてきたのは、総務部の日南さんだ。
日南真緒は琴子の同期で、会社では極力感情を表に出さないようにしている琴子が多少は心を開いている数少ない同僚のうちの一人である。小柄でほんわかした見た目はいかにも「優しい総務のお姉さん」といった趣だが、彼女ほど外見の印象とその仕事ぶりが乖離している人物を琴子は知らない。ちなみに出身は九州で、とんでもなく酒に強い。
「あ、ごめん。忘れてた」
琴子はあわてて席を立つと、日南のいるデスクへと急いだ。
「明日からだっけ? 新しい課長が来るの」
「そうだよー。だから今日中に必要なもの用意しておかないと」
手早くまとめたファイルを琴子に手渡しながら、日南が答えた。
そう、小柄でほわほわした印象とは裏腹に、日南はしっかり者で仕事のデキる女である。琴子との雑談に興じながらも、やらなければいけない作業は次から次へテキパキとこなしていく。
琴子も彼女の動きに遅れないように、そそくさと渡されたファイルを片付ける。
「はい、これが新しい課長さん用のパソコンとモニターね。基本的なセットアップは済んでるから、あとは自分でパスワードとか設定してもらう感じかな。マニュアルは印刷しといたから、明日課長に渡してもらえる?」
早口で説明した日南が、琴子の手に薄い冊子を押し付けた。
「ありがとう、日南さん。渡しとく。そういえば、新しく来る課長さんって何ていう名前なの?」
「コウガミさんだよ」
「コウガミ?」
「そう。漢字はねぇ……たしか『さんずい』にカタカナの『エ』に『鳥』って書くやつ。ガミは上下の『上』だったはず」
琴子は頭の中で『鴻上』という字を思い浮かべた。
「男のひとだよね? 歳は?」
「三十代前半の男性だよ。私もまだ直接会ったことはないんだけど、なんか上の人の紹介なんだって」
琴子の度重なる質問にも、日南は律儀に答えてくれる。
「そうなんだ。いい人だったらいいけどねぇ」
普段は社内の人事なんてまったく関心のない琴子でも、さすがに直属の上司ともなると、どんな人間か気になってしまう。
上司によってはまた余計なストレスを溜め込むハメにもなりかねない。
前の課長とはあまり馬が合わなかったので、今度の課長とは相性が良ければいいな、と琴子はひそかに願った。
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