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7. げっ
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見た目だけの話をすると。
新任の課長はイケメンだった。
背はスラッと高く、細過ぎず太過ぎず、ほどよく均整の取れた肢体。
ネイビーのスーツに赤系のネクタイがよく似合っている。よく見ると、ネクタイには小さなドット模様が施されているようだ。
顔に目をやると、切れ長の目に形の良い鼻、そして少し厚めの唇……。それぞれのパーツがバランスよく配置されていて、非の打ち所がない。そんな「端正」としか言いようのない顔立ちのなかで、唯一異彩を放っているのが顎の右下にあるホクロだった。
ん? ホクロ?
琴子はメガネをくいっと持ち上げると、まじまじと課長の顎に目を凝らした。
「鴻上咲夜と申します。えー、最初のうちはご迷惑をおかけすることもあるかと思いますが、一日も早くこちらのやり方に慣れて、戦力になれるように頑張ります。よろしくお願いします」
自己紹介した課長が軽く頭を下げる。
どこからともなく拍手が沸き上がったので、琴子も控えめに手を叩いた。
叩きながら、いま課長が口にした彼の名前を心の中で反芻する。
鴻上 咲夜。
サクヤ……。なるほど、「サクちゃん」は下の名前から来ていたのか。
間違いない。
課長は「サクちゃん」だ。
琴子は近眼なので会社ではメガネを掛けている。だからハッキリと見えてしまった。
あの顎のホクロ――琴子が好きだと舐めたホクロが。
「……咲坂さん。咲坂さーん!」
「……は、はいっ」
声のした方に顔を向けると、部長が手招きしていた。
大川部長は一課から四課まである営業部を統括している人だ。年の頃は五十になるかならないかといったところだが、白髪が多いせいで実際の年齢より上に見える。新しい課長と並ぶと父子のようにも見えた。それに、なんだかいつもより小さく感じる。部長は男性の平均的な身長だったはずだから、それだけ鴻上課長の背が高いということだろう。
「鴻上さんに教えてあげてもらえるかな。ほら、最初になんか設定しないといけなかったよね」
デスクに置かれたパソコンを指して部長が言った。
しまった。
その件、日南さんにも頼まれていたんだった。
しかし。
相手がサクちゃんとなったら話は別だ。
気まずい。
今まで夜にしか会ったことがなかった。場所はいつもホテルだ。
昼間のオフィスでなんて、どんな顔をすればいいのかわからない。
「あの……ちょっと待ってもらっていいですか」
琴子は部長たちに向かってそう言うと、隣の席に座っている後輩の鬼頭に向き直った。
「鬼頭さん、お願いがあるんだけど」
「えー、いま忙しいんですけど。何ですか?」
まだ起動もしていないパソコンを前に、鬼頭があからさまに嫌そうな顔をする。
「いや、アンタ明らかに暇だろ!」と反射的に突っ込みそうになるのを、琴子は必死に堪えた。
「鴻上課長にパソコンの設定方法、説明してきてくれない? これ見たらわかると思うから」
日南から預かったマニュアルを鬼頭の机にささっと置いた。
「なぁんだ、それならいいですよ。鴻上課長とはお話ししてみたいし」
さっきまでの不機嫌な態度から一転、鬼頭が満面の笑みを浮かべる。
いっそ清々しいくらいの素直な反応に、琴子は一瞬「うらやましい」と思ってしまった。
「では、いってきまーす」
マニュアルを握りしめた鬼頭が、実に軽やかな足どりで課長の席へと駆けていく。
琴子はホッとひと息ついてから、ふと顔を上げた。
「げっ」
サクちゃん……じゃない、鴻上課長と目が合ってしまった。
いつからこっち見てた?
なんとなく目を外すタイミングが掴めずそのまま固まっていたせいで、しばらく二人で見つめ合う形になってしまう。
「課長、お待たせしましたぁ。咲坂さん、なんか忙しいらしいんで、私が代わりに説明させてもらいますね」
鬼頭の華やいだ声がして、ようやく課長の視線が琴子から離れていった。
ありがとう、鬼頭さん。
普段ならイラッとくるであろうイケメン向けの甘えた声色も、今回ばかりは気にならない。
琴子は心の中で後輩に感謝しつつ、課長の目から逃れるように前屈み気味で自分の仕事に取り掛かった。
見た目だけの話をすると。
新任の課長はイケメンだった。
背はスラッと高く、細過ぎず太過ぎず、ほどよく均整の取れた肢体。
ネイビーのスーツに赤系のネクタイがよく似合っている。よく見ると、ネクタイには小さなドット模様が施されているようだ。
顔に目をやると、切れ長の目に形の良い鼻、そして少し厚めの唇……。それぞれのパーツがバランスよく配置されていて、非の打ち所がない。そんな「端正」としか言いようのない顔立ちのなかで、唯一異彩を放っているのが顎の右下にあるホクロだった。
ん? ホクロ?
琴子はメガネをくいっと持ち上げると、まじまじと課長の顎に目を凝らした。
「鴻上咲夜と申します。えー、最初のうちはご迷惑をおかけすることもあるかと思いますが、一日も早くこちらのやり方に慣れて、戦力になれるように頑張ります。よろしくお願いします」
自己紹介した課長が軽く頭を下げる。
どこからともなく拍手が沸き上がったので、琴子も控えめに手を叩いた。
叩きながら、いま課長が口にした彼の名前を心の中で反芻する。
鴻上 咲夜。
サクヤ……。なるほど、「サクちゃん」は下の名前から来ていたのか。
間違いない。
課長は「サクちゃん」だ。
琴子は近眼なので会社ではメガネを掛けている。だからハッキリと見えてしまった。
あの顎のホクロ――琴子が好きだと舐めたホクロが。
「……咲坂さん。咲坂さーん!」
「……は、はいっ」
声のした方に顔を向けると、部長が手招きしていた。
大川部長は一課から四課まである営業部を統括している人だ。年の頃は五十になるかならないかといったところだが、白髪が多いせいで実際の年齢より上に見える。新しい課長と並ぶと父子のようにも見えた。それに、なんだかいつもより小さく感じる。部長は男性の平均的な身長だったはずだから、それだけ鴻上課長の背が高いということだろう。
「鴻上さんに教えてあげてもらえるかな。ほら、最初になんか設定しないといけなかったよね」
デスクに置かれたパソコンを指して部長が言った。
しまった。
その件、日南さんにも頼まれていたんだった。
しかし。
相手がサクちゃんとなったら話は別だ。
気まずい。
今まで夜にしか会ったことがなかった。場所はいつもホテルだ。
昼間のオフィスでなんて、どんな顔をすればいいのかわからない。
「あの……ちょっと待ってもらっていいですか」
琴子は部長たちに向かってそう言うと、隣の席に座っている後輩の鬼頭に向き直った。
「鬼頭さん、お願いがあるんだけど」
「えー、いま忙しいんですけど。何ですか?」
まだ起動もしていないパソコンを前に、鬼頭があからさまに嫌そうな顔をする。
「いや、アンタ明らかに暇だろ!」と反射的に突っ込みそうになるのを、琴子は必死に堪えた。
「鴻上課長にパソコンの設定方法、説明してきてくれない? これ見たらわかると思うから」
日南から預かったマニュアルを鬼頭の机にささっと置いた。
「なぁんだ、それならいいですよ。鴻上課長とはお話ししてみたいし」
さっきまでの不機嫌な態度から一転、鬼頭が満面の笑みを浮かべる。
いっそ清々しいくらいの素直な反応に、琴子は一瞬「うらやましい」と思ってしまった。
「では、いってきまーす」
マニュアルを握りしめた鬼頭が、実に軽やかな足どりで課長の席へと駆けていく。
琴子はホッとひと息ついてから、ふと顔を上げた。
「げっ」
サクちゃん……じゃない、鴻上課長と目が合ってしまった。
いつからこっち見てた?
なんとなく目を外すタイミングが掴めずそのまま固まっていたせいで、しばらく二人で見つめ合う形になってしまう。
「課長、お待たせしましたぁ。咲坂さん、なんか忙しいらしいんで、私が代わりに説明させてもらいますね」
鬼頭の華やいだ声がして、ようやく課長の視線が琴子から離れていった。
ありがとう、鬼頭さん。
普段ならイラッとくるであろうイケメン向けの甘えた声色も、今回ばかりは気にならない。
琴子は心の中で後輩に感謝しつつ、課長の目から逃れるように前屈み気味で自分の仕事に取り掛かった。
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