朱に交われば蒼くなる

スケキヨ

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第一章:どっちのアオ?

8. 弟のイタズラ

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 声のした方に目を向けると――蒼士そうしが無表情で立っていた。
 ドアにもたれかかって、腕を組んで、無表情で。
 
 うん、怖い。
 無表情、怖い。

「あれ。兄さん、早いね。もう帰ってきちゃったの?」

 弟よ。今の言い方……ちょっとトゲがあったぞ。

「帰ってきちゃ悪いのかよ。というか、そんなに遅くならない、って言っただろ」

 え? そうなの?

 なぁんだ。じゃあ、今のは蒼太そうたくんの「ちょっとしたイタズラ」だったわけね。
 ふぅん。
 いや、別に残念とか思ってないから!
 仮に、たとえ、万が一、そういう気持ちがあったとしても……目の前の蒼士の顔を見て吹っ飛んだ。
 まだ怒った顔してる時のほうがマシ。この人は表情が消えた時の方が怖いんだ。
 
「それ……同意の上なのか?」

「ん?」

 唐突に発せられた蒼士の質問の意味がよくわからなくて、思わず蒼太くんと顔を見合わせて首を傾けてしまった。

「ちゃんと朱莉あかりも同意の上で乳繰ちちくり合ってんのか、ってこと」 

 乳繰り合う……って。
 いや、そうなんだけど。
 それにしても、もうちょっとマイルドな言い方あるでしょ!

「それとも朱莉は嫌がってんのに蒼太が無理矢理ヤッてんのか? だったら――」

「わ!」

 ツカツカと早足でベッドまで歩み寄ってきた蒼士が私を引っ張り上げて、蒼太くんから引き離す。

「あーあ。残念」

 と、蒼太くんがちっとも残念がってない様子で言った。
 むしろ、なんか嬉しそうだぞ。ニヤニヤしてるし。

「お前、昨夜は……」

 蒼士が蒼太くんを睨みながら言いかけて、やめた。

「なになに? 昨夜はなんだって?」

 蒼太くんが面白いものでも見つけたみたいに食いついてくる。

「ねぇねぇ。昨夜もオレと朱莉さんが乳繰り合ってたのか、気になってんでしょー? 気になってるんなら、はっきり聞けばいいのに」

 おいおい。兄貴への悪絡みが過ぎるぞ、弟よ。
 あと、「乳繰り合う」って言い方は止めてくれ。

「お前なぁ……」

 蒼士の口から呆れたような低い声がボソッと漏れる。

「もういい。朱莉は連れてくから。は一人で処理しとけ」

 弟の股間を見やりながら、蒼士が冷たく言い放った。

「ちぇっ。今日もかよ……。やっぱり兄貴のカノジョになんて手を出すもんじゃないね」

 そう呟いて、股間を隠すように枕を抱きかかえた蒼太くん。

 ちょっと待て。
 今の発言……聞き捨てならないワードが何個かあったぞ。

「今日……って? え、じゃあ昨日は?」

「……朱莉さん、ほんとに覚えてないの? あんなヘビの生殺しみたいなことしといて。残酷だね」

 蒼太くんがジトっとした目で私の顔を見つめてくる。口元は笑ってるけど、目が笑っていなかった。
 なるほど。弟のほうは作り笑いしてる時が怖いんだな。

「安心して。最後まではシてないから」

 引き攣った笑みを浮かべた蒼太くんが、「しょうがねぇなぁ」って感じで白状した。

「え? ほんとに?」

「うん。だって朱莉さん、逃げるんだもん」

「逃げる?」

「そう。オレが挿れようとしたら、死にかけの青虫みたいにズルズルと後ずさりしやがって。それはもう必死な感じで逃げるから、もういいや、って」

 青虫って……他にもっと良い例えあるでしょ。
 しかも「挿れようとした」って……生々しいわ!

「でも起きた時、腰が痛かったような……?」

 私が腰をさすりながら、昨日の朝の様子を思い出していると、

「そりゃあ、ベッドから盛大に落っこちてたからね。ドーンって凄まじい音がしたから、オレ、下の階の人に謝りに行った方がいいか本気で考えたもん」

「なんだよ、それ……」

 蒼士がまたまた呆れたように大きく息をついた。そりゃ呆れますよね。私も呆れてるわ……自分自身に。

「まぁちょっと挿入はいってたかもしれないけど。先っぽだけ」

「えぇっ!?」
「あぁ!?」

 蒼太くんの余計なひと言に、蒼士と私の声がハモる。

「しょうがないじゃん。だってもう準備万端だったんだもん。悔しかったから、あちこち痕つけちゃった。へへ」

 そう言ってダダっ子みたいに唇を尖らせる蒼太くん。
 あーあ、イケメンって得だよねー。こんな状況でも「かわいい」って思っちゃったよ。
 かわいい。腹立つ。かわいい。腹立つ。かわい……

「おい蒼太、かわいく言えば許されると思うなよ」

 私が相反する感情に振り回されてる間に、蒼士の厳しい教育的指導が入った。
 はっ! その通り。見た目の可愛らしさで許されるのは学生までだからな!

 大体、蒼太くんからしたら「ちょっとしたイタズラ」のつもりかもしれないけど、その割にキスマーク付けすぎなんだよ。なんせ、こっちはご無沙汰なんだから、慌てふためいてしまったじゃないか……!

「でもさぁ。念のために言っとくけど、オレは今日兄さんが帰ってくること、ちゃーんと知ってたからね。だから朱莉さんを連れてきたんだよ。誰かさんと違って、自分しかいない家に連れ込もうとしたわけじゃないから」

 蒼太くんからの反撃に、蒼士はバツが悪そうな表情を浮かべてポリポリと頭を掻いた。

 ――まさか本当だったの? その話。

 そっと蒼士の顔をうかがうと、気まずそうに目を逸らされる。

 蒼士が私のことを――?

 いや、待て待て。蒼太くんの勘違いかもしれん。
 そういえば、さっきも「兄貴のカノジョ」とか言ってたっけ。

「蒼太くん、あのね? 蒼士と私はなんでもないから。昨日、何年かぶりに偶然会って、懐かしいねーって昔話に花が咲いただけだし。蒼士が私なんて相手にするわけないし」

 私が必死に弁明すると、

「……朱莉さん、ほんと鈍感なんだね。お兄チャン、かわいそー。全っ然伝わってない」

 蒼太くんは憐れむような……面白がるような……どちらにも取れる調子で言ってから、クックッと忍び笑いを漏らした。

「……相手にはしてる」

 蒼士が私の肩に手を置いて呟いた。

 え……?

「蒼太。朱莉にはこれからするから、お前、どっか行ってろ」

「えぇー! この寒空の下、かわいい弟を放り出すのかよ!?」

 蒼士の非情なセリフに非難の声を上げる蒼太くん。
 うん、たしかに今から外に出るのは寒いよね。

「うるさい。紛らわしいマネした罰だ。行くとこないなら大人しくしてろ。聞き耳立てんなよ」

 それでも容赦ない蒼士に、

「はいはい。朱莉さん、気をつけてねー。その人、たぶん絶倫だから」

「絶……!?」

 蒼太くんの突拍子もない発言に、思わず絶句。
 今の流れでなんでそういう話になるんだ!?

「行くぞ」

 話についていけない私の手を蒼士がギュッと握った。そのまま強く引き寄せられて、私たちは蒼太くんの部屋を後にした。
 

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