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第二章:朱莉、かまぼこで餌付けされる
15. ヤバいヤバいヤバいヤバい
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そうだった。
大将は私のことを鮫島さんの彼女だと思っているのだ。大将の前では鮫島さんと恋人のフリをしなければならない。
え、今から?
蒼士と蒼太くんのいる前で?
えぇ~……。
「ヤバいヤバいヤバいヤバい」
「おいおい、朱莉までどうしたんだよ?」
突如、頭を抱えて唸りだした私を怪訝そうに見つめる蒼士。口の中では相変わらずバリバリとイカチップスを頬張っている。
「ねぇねぇ、『設定』ってなに?」
頬杖をついた蒼太くんも胡乱な目を向けてくる。
やばい……さっきの鮫島さんとの会話、聞かれてた?
蒼太くんは妙に勘がいいから気を付けないと……!
「スミマセン。チョット急用を思い出したので、今日のところはこれで……」
「え~!? 朱莉さん、帰っちゃうの~? まだ一杯目だよ?」
腰を浮かせた私のシャツの袖を掴んでウルウルと仔犬みたいな上目遣いで私を惑わせてくるのは、もちろん蒼太くんだ。
ほんっとにこの子はこういう仕草がよく似合うよね。
思わず絆されそうになっちゃう。
私だってまだ帰りたくないよ。まだまだ飲み足りないし、食べ足りない!!
だけど、このまま大将と顔合わせちゃったら……いろいろ面倒なんだよ。
「ゴメンね、蒼太くん。私もすっごい残念なんだけど……」
「あ、お疲れ様ですっ!!」
私が最後まで言う前に、ゲンさんのやたら張り切った大声が店内に響き渡った。
今や店長となったゲンさんが、こんなに畏った声を張り上げる人物なんて……あの人しかいない。
恐る恐る店の入口の方へ顔を向けると――
「やぁ、お疲れ、ゲン。元気でやっとるか? ……おや、朱莉さんじゃないか!」
あぁ、やっぱり。大将のお出ましですね。
あれ? 大将……いま私のこと「朱莉さん」って言った?
この間まで「堀ノ内さんとこのお嬢さん」って言ってたのに。
いつのまに名前呼び?
私の名前、覚えてくれたんですね……って、普通なら喜ぶところなんだろうけど。おそらく暢気に喜んでる状況じゃないぞ、これは。
「海斗、はやく朱莉さんをうちに連れて来なさい。母さんも会いたがってるぞ」
大将は店の隅で背中を丸めて可能な限り存在感を消していた鮫島さんの姿を目で捉えると、おおらかな声で呼びかけた。
大将の声はよく通るんだよね、昔から。わりかし低めなんだけど、お店が混雑してザワついている時でも、厨房まで真っ直ぐに届く太い声。
おまけに、今は店内にほとんど人がいない。私と藤沼兄弟、鮫島さんとゲンさん、店の奥には早めに出勤してきている店員さんが二、三人だけ。それだけの人数しかいないんだから、大将の今の呼びかけは一言一句、ここにいるみんなの耳に届いてしまったはずだ。
「海斗も、堀ノ内さんの親御さんに挨拶したのか?」
「え? あ、いや……まだ、だけど……」
大将の前のめりな質問に、鮫島さんも珍しくしどろもどろだ。
それにしても、大将の口ぶりから察するに、これはもう「息子のカノジョ」の域を超えて、すでに「未来の嫁」みたいになってるよね? 私の扱いが!
ちらっと目だけで周りの様子をうかがうと――
元さんの口がぽかんと開いている。
蒼太くんが訝しげに目を細めている。
そして、蒼士が……フリーズしていた。オンライン通話の途中でネットワークが切れて固まるやつ。三次元でこんなに綺麗に固まってる人見るの初めてかも。
うぅ~……いたたまれない。
「おお! もしかしてこれは朱莉さんが提案してくれた料理か?」
テーブルの上に置かれた例の皿を目ざとく発見した大将が歓声を上げた。
「ほぅほぅ、なかなか美味そうじゃないか。これは明太子だよな? ソースの色も綺麗だし、お客さんウケも良さそうだ。……ん? どうした、朱莉さん?」
帰り支度を整えて、そそくさと腰を浮かした私の背中に大将の鋭い指摘が飛んできた。
「あ、えーと……あの、」
「堀ノ内さ……朱莉は急用があるんだって。な?」
どう返していいかわからず目が泳ぎまくる私に助け舟を出してくれたのは――鮫島さんだ。
末尾の「な?」の威圧感。これはもう「黙って俺に話を合わせておけ」のサインだよね。
予想外の大将の登場に、鮫島さんもトチってたけどね。もう、ほぼ「堀ノ内さん」って言ってたし。
「そ、そうなんです! ほんとに申し訳ないんですけど。今日はこれでお暇させていただきますね~……」
精一杯の作り笑いを浮かべて、ぺこぺこと頭を下げる私。
藤沼兄弟のほうは怖くて見れない。
作り笑顔を貼り付けたまま、カニ歩きで店内の通路を抜けて何とか出口までたどり着く。ほんの数メートルの距離しかないのに、マラソン大会並みの疲労感。
「朱莉! また連絡するから。な?」
傍から見たらきっと爽やかな鮫島さんの言葉も、私にはもはや胡散臭さしか感じられない。
とりあえず口角を上げて頷いてみせたけど、自分でも引き攣りまくってるのがわかった。
「……じゃ、じゃあ、ごちそうさまでしたぁ!」
そう言って『魚貴族』の戸を閉めて店内へと出ると、どっと疲れが押し寄せてきた。
「はぁぁぁ……」
半年分の溜息をまとめて吐いた気分。
がくっと肩を落として項垂れながら、とぼとぼと駅へと足を向けるとーー
「朱莉ちゃん! ちょっと!」
後ろから息を切らせて私の名前を呼ぶ男の人の声。
誰!?
せっかく面倒なシチュエーションから逃げてきたっていうのに……。
大将は私のことを鮫島さんの彼女だと思っているのだ。大将の前では鮫島さんと恋人のフリをしなければならない。
え、今から?
蒼士と蒼太くんのいる前で?
えぇ~……。
「ヤバいヤバいヤバいヤバい」
「おいおい、朱莉までどうしたんだよ?」
突如、頭を抱えて唸りだした私を怪訝そうに見つめる蒼士。口の中では相変わらずバリバリとイカチップスを頬張っている。
「ねぇねぇ、『設定』ってなに?」
頬杖をついた蒼太くんも胡乱な目を向けてくる。
やばい……さっきの鮫島さんとの会話、聞かれてた?
蒼太くんは妙に勘がいいから気を付けないと……!
「スミマセン。チョット急用を思い出したので、今日のところはこれで……」
「え~!? 朱莉さん、帰っちゃうの~? まだ一杯目だよ?」
腰を浮かせた私のシャツの袖を掴んでウルウルと仔犬みたいな上目遣いで私を惑わせてくるのは、もちろん蒼太くんだ。
ほんっとにこの子はこういう仕草がよく似合うよね。
思わず絆されそうになっちゃう。
私だってまだ帰りたくないよ。まだまだ飲み足りないし、食べ足りない!!
だけど、このまま大将と顔合わせちゃったら……いろいろ面倒なんだよ。
「ゴメンね、蒼太くん。私もすっごい残念なんだけど……」
「あ、お疲れ様ですっ!!」
私が最後まで言う前に、ゲンさんのやたら張り切った大声が店内に響き渡った。
今や店長となったゲンさんが、こんなに畏った声を張り上げる人物なんて……あの人しかいない。
恐る恐る店の入口の方へ顔を向けると――
「やぁ、お疲れ、ゲン。元気でやっとるか? ……おや、朱莉さんじゃないか!」
あぁ、やっぱり。大将のお出ましですね。
あれ? 大将……いま私のこと「朱莉さん」って言った?
この間まで「堀ノ内さんとこのお嬢さん」って言ってたのに。
いつのまに名前呼び?
私の名前、覚えてくれたんですね……って、普通なら喜ぶところなんだろうけど。おそらく暢気に喜んでる状況じゃないぞ、これは。
「海斗、はやく朱莉さんをうちに連れて来なさい。母さんも会いたがってるぞ」
大将は店の隅で背中を丸めて可能な限り存在感を消していた鮫島さんの姿を目で捉えると、おおらかな声で呼びかけた。
大将の声はよく通るんだよね、昔から。わりかし低めなんだけど、お店が混雑してザワついている時でも、厨房まで真っ直ぐに届く太い声。
おまけに、今は店内にほとんど人がいない。私と藤沼兄弟、鮫島さんとゲンさん、店の奥には早めに出勤してきている店員さんが二、三人だけ。それだけの人数しかいないんだから、大将の今の呼びかけは一言一句、ここにいるみんなの耳に届いてしまったはずだ。
「海斗も、堀ノ内さんの親御さんに挨拶したのか?」
「え? あ、いや……まだ、だけど……」
大将の前のめりな質問に、鮫島さんも珍しくしどろもどろだ。
それにしても、大将の口ぶりから察するに、これはもう「息子のカノジョ」の域を超えて、すでに「未来の嫁」みたいになってるよね? 私の扱いが!
ちらっと目だけで周りの様子をうかがうと――
元さんの口がぽかんと開いている。
蒼太くんが訝しげに目を細めている。
そして、蒼士が……フリーズしていた。オンライン通話の途中でネットワークが切れて固まるやつ。三次元でこんなに綺麗に固まってる人見るの初めてかも。
うぅ~……いたたまれない。
「おお! もしかしてこれは朱莉さんが提案してくれた料理か?」
テーブルの上に置かれた例の皿を目ざとく発見した大将が歓声を上げた。
「ほぅほぅ、なかなか美味そうじゃないか。これは明太子だよな? ソースの色も綺麗だし、お客さんウケも良さそうだ。……ん? どうした、朱莉さん?」
帰り支度を整えて、そそくさと腰を浮かした私の背中に大将の鋭い指摘が飛んできた。
「あ、えーと……あの、」
「堀ノ内さ……朱莉は急用があるんだって。な?」
どう返していいかわからず目が泳ぎまくる私に助け舟を出してくれたのは――鮫島さんだ。
末尾の「な?」の威圧感。これはもう「黙って俺に話を合わせておけ」のサインだよね。
予想外の大将の登場に、鮫島さんもトチってたけどね。もう、ほぼ「堀ノ内さん」って言ってたし。
「そ、そうなんです! ほんとに申し訳ないんですけど。今日はこれでお暇させていただきますね~……」
精一杯の作り笑いを浮かべて、ぺこぺこと頭を下げる私。
藤沼兄弟のほうは怖くて見れない。
作り笑顔を貼り付けたまま、カニ歩きで店内の通路を抜けて何とか出口までたどり着く。ほんの数メートルの距離しかないのに、マラソン大会並みの疲労感。
「朱莉! また連絡するから。な?」
傍から見たらきっと爽やかな鮫島さんの言葉も、私にはもはや胡散臭さしか感じられない。
とりあえず口角を上げて頷いてみせたけど、自分でも引き攣りまくってるのがわかった。
「……じゃ、じゃあ、ごちそうさまでしたぁ!」
そう言って『魚貴族』の戸を閉めて店内へと出ると、どっと疲れが押し寄せてきた。
「はぁぁぁ……」
半年分の溜息をまとめて吐いた気分。
がくっと肩を落として項垂れながら、とぼとぼと駅へと足を向けるとーー
「朱莉ちゃん! ちょっと!」
後ろから息を切らせて私の名前を呼ぶ男の人の声。
誰!?
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