揺り籠の計略

桃瀬わさび

文字の大きさ
26 / 40

俺が好きになったのは、 後 〚志摩〛

しおりを挟む

それから毎日、昼休みは図書室に行った。
昼休みがはじまってすぐメシをかっこみ走っていく俺にシオとナベは不思議そうにしていたけど、早苗に何をどう言われたのか追及されることはなかった。

グラウンドにいるときの葵の様子は今までと変わらない。
図書室のでっぱった本も、動いた形跡はない。
毎日昼休み、二冊のノートを読み返しながら彼を想う。
何度読んでも、繊細で思いやりに満ちた言葉の数々に惹かれる自分がいる。
―――いったいどうして、あんなにも違う相手を彼だと思い込んでしまったんだろう。
『青井』こそが『葵』だったことには始めこそ驚いたけれど、すとんと腑に落ちるものがあった。

控えめで、儚げな笑顔。
華奢で小さな身体。
カメラを覗く真剣な瞳。
………ことばの印象そのままだ。



1週間をそうして過ごしたある日。
いつものように昼休みに行けば、あの本がなかった。
―――葵が借りてくれたんだろうか。
それなら、今日これから、来てくれるかもしれない。

どきどきとしたまま待っていたら、逡巡するようにゆっくりと進んでくる足音。
からりと扉が開いて、葵が一歩入って立ち止まる。
名前を正しく呼べば小さな頭が俯いた。
俺を見たくないかもしれない。
話なんて、聞きたくないかもしれない。
それでもどうか、聞いてほしい。


近づいてもう一度名前を呼んで、顔をあげてくれた葵をじっと見つめる。
大きな瞳に様々な感情が見え隠れして、けれど何も言わずにただ俺を見て。
こうして見ると確かに茜という彼と兄弟だとわかる。
華やかに目を惹く茜と楚々とした可愛らしさの葵の印象はまるきり違うけれど、パーツのひとつひとつはそっくりだ。
顔立ち以上にその性格こそが、きっとふたりを他人に見せている。
傲慢で残酷な茜と、繊細で優しい葵。





返したくて、と言いながらノートを渡せば、きれいな瞳が大きく見開かれた。
どうして、と言いたげなその表情に心が軋む。
何から話せばいいのか。
これを手に入れた経緯を?
俺の愚かさを全部話して、それから……いや、ちがう、まずは謝りたい。

―――ごめん。話を聞いてほしい。

葵の反応は、拒絶ではなかった。
それに安心して勝手に話し出す。

『あおい』を『青井』だと勘違いしていたこと。
だから付箋の芹沢と結びついていなかったこと。
俺もあのやり取りを特別だと思っていたこと。
会いたいと思って、探して、―――間違えたこと。

「好きなひとを間違えるなんて、最低だよな。」

そう自嘲したら、葵が固まった。
信じられないと言いたげな顔に、葵の勘違いを悟る。
きっと、俺がはじめから茜を『芹沢葵』と思って付箋をやり取りしていたと思っているんだろう。
まずはじめに図書室のやり取りがあって、本当の『芹沢葵』を間違えてしまったとは思ってなかったみたいだ。

―――ああ、本当に、控えめで繊細だ。

こんなにも繊細な葵の心を、俺がどれだけ傷つけたか。


馬鹿すぎて、情けなくて、気を緩めたら泣いてしまいそうだ。



俺にこんなことを言う資格なんてない。
でも、葵の勘違いを、解きたい。

俺が好きになったのは、葵なんだと、知っていてほしい。





「芹沢葵さん。些細なやり取りが嬉しくて、ずっと君に会いたかった。………ずっとずっと、好きでした。」



それだけを必死に絞り出せば、葵が切なげに俺を見つめる。
そこにもう熱がないことはすぐにわかった。
切なげな瞳が、過去を見つめているのがわかるから。
葵にとって俺はもう、過去で。
俺が負わせた傷も、少しずつ癒えてきているんだろう。
―――それが早苗のおかげということは、ふたりの様子を見れば容易にわかる。

悲しいし、悔しい。
切ないし、泣きたい。

……でも、葵が傷ついたままでいなくて、良かった。



安心したら少し涙が滲んで、誤魔化すように小さな頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
はじめて触れたことに、やっぱりすごくどきどきして―――ああ、くそ、やっぱり悔しい。
くっそ、早苗のやつ、後でやっぱりもう一回殴る。


かき混ぜすぎて乱れたやわらかい髪を整えながら悪態をつけば、こてんと首が傾げられた。
―――うう、なんでそんなにじっと見るんだ。
大きくてきれいな目で、心の中まで見透かすみたいに。
かぁっと頬が熱くなった感じがして、慌てて目線を逸らして。

―――もし、もし俺が馬鹿じゃなかったら、………この瞳は俺のものだったんだろうか。


あの追伸を取り消さずにいたら、葵はなんと答えてくれていた?
少し躊躇ったけれど、どうしても気になって聞いてしまった。


「ひとつだけ。………もし、あの追伸の頃に告白してたら、結果は違ってた?」



そう聞けば、また葵が切なげな顔をした。
大きな瞳が瞬く間に潤んで。
涙をこぼさないように、何度もまたたいて。
けれど決して目を逸らさず、真摯な瞳で見つめてきて。



「―――俺も、ずっと、好きでした。」



もし、あの『追伸』のころに告白してたら。
そんなもしもの答えは、こんなにも残酷で。
―――こんなにも、嬉しい。


なんとか笑顔を作ろうとした葵の瞳から、ぽろりと涙がこぼれる。
ぱたりと床に落ちたそれに、ぎゅうっと胸が締め付けられて。
華奢な体をきつくきつく抱きしめたら、その体温に涙があふれた。


―――ーーああ、好きだ。


やっぱり、好きだ。




優しくて繊細なこころ。
ひかえめな笑顔。
声を殺して泣く姿さえ。



熱い涙が胸を濡らして、華奢な肩が小さく震えて。

愛しさと切なさに胸が張り裂けそうだ。


二度と触れられない身体を腕の中に閉じ込めて、やわらかな髪にそっと口付ける。



―――早苗。悪い。いまだけは。


いまこのときだけは、喪った恋を弔いたい。







昼休みが終わっても、そのまましばらくそうしていた。

華奢な身体の震えが収まってからも、離れがたくて。


みっともない涙を見られないようにそっと片手でそれを拭って、そのまま小さな頭を撫でる。
最後にひとつ頭にキスを落として、そっと離れた。
……きっと我に返ったんだろう、耳まで真っ赤にして、俯いている。
その小さな頭をぐしゃぐしゃと撫でたら、葵が小さくくすりと笑った。


「―――あおい。こんな馬鹿でもよければ、友達になってくれませんか?」



正直に言えば、まだ全然好きだ。
心の整理なんて、どうやってつけるのかもよくわからない。
やっぱり悔しいし、切ないし、早苗ずりーって思うし。
それ以上に自分の馬鹿さにヘコむけど。




でも、こんなにも綺麗な涙をもらって。

好きだったと、言ってくれて。


―――ーもうこれで、充分だ。





だから、これからは友達として、つながりたい。
おすすめの本を聞いたり教えたり、感想を話し合ったり。
陸上のことを話して、カメラのことを聞いて。
そんなふうに、普通の友達みたいに。




願いを込めてじっと見つめたら、葵がはにかむように笑って。



花がほころぶようなそれが、強く心に灼きついた。






しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

敗戦国の王子を犯して拐う

月歌(ツキウタ)
BL
祖国の王に家族を殺された男は一人隣国に逃れた。時が満ち、男は隣国の兵となり祖国に攻め込む。そして男は陥落した城に辿り着く。

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

キミがいる

hosimure
BL
ボクは学校でイジメを受けていた。 何が原因でイジメられていたかなんて分からない。 けれどずっと続いているイジメ。 だけどボクには親友の彼がいた。 明るく、優しい彼がいたからこそ、ボクは学校へ行けた。 彼のことを心から信じていたけれど…。

囚われた元王は逃げ出せない

スノウ
BL
異世界からひょっこり召喚されてまさか国王!?でも人柄が良く周りに助けられながら10年もの間、国王に準じていた そうあの日までは 忠誠を誓ったはずの仲間に王位を剥奪され次々と手篭めに なんで俺にこんな事を 「国王でないならもう俺のものだ」 「僕をあなたの側にずっといさせて」 「君のいない人生は生きられない」 「私の国の王妃にならないか」 いやいや、みんな何いってんの?

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

処理中です...