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俺が好きになったのは、 前 〚志摩〛
しおりを挟むテスト明けの金曜日。
毒気にあてられてふらふらと家に帰って、それまでの色々を思い出して。
無垢で無邪気に見える、綺麗で残酷な笑顔。
葵ではなく茜というその人を、俺は何度葵と呼んだだろうか。
初対面のとき。そのあと、会うたびに。
それから、告白のときも。
―――告白?
なんと告白しようか考えている時、フルネームで告白しろとアドバイスをして。
本当の葵とキスをしていた。
問い詰めたら、気まずそうに眉を下げて。
俺を強く射抜いた、琥珀色の瞳。
―――早苗。まさか。
『手に入れるためなら、どんなことでもする。』
真剣な顔で告げられた言葉。応援すると言ったときの、安心したような笑み。
まさかと思いつつ、けれど確信していた。
直接問いただせば、肯定。
葵は、ずっと前から俺を見ていて、早苗はその目が欲しかったという。
「すまないとは思っているが、……手に入れるためなら、なんでもするつもりだった。きっと過去に戻っても、同じことをするだろう。」
そんなふうに言った早苗の、詰られる覚悟を示す瞳。
いつも軽々となんでもこなすくせに、こんなずるいことだってするくせに、こういうところはまっすぐで。
笑い飛ばそうとしたけれど、涙がにじんだ。
―――俺に泣く資格なんてない。
最初に間違えたのは俺だ。
早苗は勘違いを否定しなかっただけ。
茜という人は……それを利用しただけ。葵を、傷つけるために。
そして俺はまんまとその思惑に乗っかって―――。
早苗の言うとおり、葵が俺を好いていてくれたとしたら、いったいどれほど傷ついただろうか。
合わせる顔がないとは、このことだ。
悔しいけど、早苗の本気も良くわかった。
まだ色々飲み込めないけど、俺が傷つけた葵のそばにずっといたのはこいつで。
だから、傷ついて飛び出した葵を迎えに行くのは、こいつ以外にいない。
みっともなく歪んだ顔を見られたくなくて後ろ手に手を振る。
後ろで勢いよく頭を下げた気配のあと、駆け出した足音を聞いて、深く深くため息をはいた。
✢
2日を呆然と過ごして、日曜日の夜。
鞄の中に例のノートを発見した。
我ながら未練がましいと思うけれど、ついついページを開く。
自分のノートも持ってきて見比べれば、あの時の気持ちが蘇るようだった。
『この本面白いよ。オススメがあったら教えてくれ。』
『ありがとう。これ、面白いよ。』
ああそうだ、最初のやりとりはこうだった。
ほんの一文を書くのに何度も書き直して。
少し傾いた俺の悪筆と、繊細で小さな葵の字。
『世間一般から見れば幸せじゃなくても、このひとにとっての幸せはこういうことだったんだね。』
恋を自覚した付箋に、ぽたりと雫が落ちて慌てて拭う。
そのまま数ページめくれば、告白のときの一枚。
『放課後、グラウンドに来てください。』
―――これを見て、どう思っただろうか?
くしゃりとよれたその付箋。
自分はいつもグラウンドにいるのに、そう思っただろう。
合わせる顔がないという気持ちは変わりない。
けれど、それと同時に、ただ謝りたい。
まるく滲んだ文字。
指紋がたくさんついた、想いの溢れた写真。
せめてこれだけは持っていてほしいと思うのは、女々しいだろうか。
✢
悩んだけれど、やはり一度は会って話したいと思い、また付箋を書いた。
グラウンドで捕まえればいいのだけど、上手く伝えられないと思ったから。
『写真部の、あおいへ。ふたりきりで、話したいことがある。昼休み、図書室で待ってる。』
それを、思い出の本に貼っていつものように少しだけ出して。
けれどその日は葵は休みだった。早苗も、休みだ。
なにかあったのか、―――ないはずないか。
茜という彼の、歪みきった執着。
『手に入れるためなら何でもする』と言い切った早苗。
あの日、早苗が彼を見つけたのか、見つけられなかったのかはわからない。
けれど、どっちだとしても、まず平穏では済まなかっただろう。
その翌日。
早苗が俺を見て、気まずそうに眉を下げた。
―――そっか、会えたのか。
そしてきっと、色々順調に進んでいるんだろう。
だからこその気まずい表情だろうから。
それを悔しく思う気持ちは無論ある。
けれど、元々馬鹿な俺が招いたことだし、強い恋情を示す親友を応援したい気持ちもある。
だから、休み時間ごとに隣のクラスに行く早苗を捕まえて伝えた。
「一度葵に会って、話したい。いつもの方法で連絡して、来てくれるまで図書室で待つつもりだ。………いいか?」
ほんの少し眉を顰めた早苗は、けれどひとつだけ頷いた。
どこか切羽詰まったような、焦ったような顔で、だけどそれを表に出さないようにして。
―――こいつでも、こんな顔をするのか。
以前の、真剣な顔も、安心したような顔もそうだ。
葵に関することだけは早苗も完璧さが崩れるみたいだ。
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