24 / 40
二冊のノート 後 〚葵〛
しおりを挟む『写真部の、あおいへ。ふたりきりで、話したいことがある。昼休み、図書室で待ってる。』
翌朝、図書室に赴けば少し出っ張っている本があった。
以前志摩に薦められた本だ。
切ない幸せを見事に切り取った話で、少し改稿されていると聞いた文庫まで買ってしまった。
―――なんで、これが?
どきどきしながらそれを取り出せば、そこにはそんな付箋があって。
なんで“写真部の青井”が、これを見ると思ったんだろう。
そして、これが貼られていたのは、いつから?
午前中の授業はまったく集中できなかった。
―――ふたりきりで話したいこと。
なんだろう、まったく思いつかない。
テスト最終日のことだろうか。ふたりの関係を黙っていてほしいとか?
それとも、写真部についての話?
考えても考えても答えは見つからず、じりじりと昼休みを待った。
昼休みになったら、今度は怖くて足が竦んだ。
志摩の顔を見る勇気は正直まだない。…でも、もしかしたらいないかもしれない。
あの昼休みがいつを指しているのか、わからないんだから。
のろのろと歩みを進めて、ようやく図書室にたどり着いて。
緊張しながら一歩入れば、薄暗いそこに、志摩が、いた。
「―――あおい。」
こっちを見て小さく微笑んだ志摩の、発音が、違う。
「青井」じゃなくて、「葵」って、呼んだ。
あの付箋を見たときからちらりと頭をよぎったけど、そんなはずないって思いたかった。
でも、やっぱり、志摩は気づいたんだ。
付箋の相手が、美人な茜じゃなくて、冴えない俺だったってことに。
がっかり、しただろうか?
―――そりゃあ、しただろう。美人とやり取りしてると思ってたのに、それがニセモノだったんだから。
入口から動けず俯いた俺に、志摩が一歩ずつ近づいてくる。
もう一度名前を呼ばれて、こわごわと顔をあげて。
……はじめて正面から見る、真剣な表情。
ハードルを前にしたときの、ひたむきな顔。
なんで、そんな、かお………。
「あおい。これを、返したくて。」
そう言って渡されたのは、あのノート。
―――なんで、これを、志摩が、
捨てられたんじゃなかったのか…?
もしかして、茜から渡すように頼まれた?
何かはわからないけど、俺を傷つける手段のひとつとして?
どうして、どうやって、志摩の手にこれが渡ったんだろう?
呆然と見上げたら、傷ついたような顔がそこにあった。
「それから、謝りたくて。………ごめん。」
くしゃりと顔を歪めて頭を下げた志摩にただただ焦る。
なんで志摩が俺なんかに頭を下げている?
どうしよう、どうしたらいい?
舌が喉に張り付いたみたいに動かない。
おろおろするけど、深々と頭を下げた志摩は気づかない。
―――どうしよう、こんなとき、侑生ならどうする?
その答えも、わからない。
そもそもなんで謝られているのかすら、全くわからない。
困りきって少し俯いたら、志摩が顔を上げる気配がした。
「話を、聞いてほしい。」
ごめん、俺、酷い間違いをして。
部長さんが「あお」とか「あおい」とか呼んでるから、てっきり「青井」だと思ってたんだ。
だから、付箋の芹沢と、あおいが、結びついてなかった。
「これ。………わかる?」
差し出されたのは、もう一冊のノート。
開くと、見覚えのある付箋。………俺の書いたもの。
ひとつひとつに本のタイトルが添えられて、時々何かの印がついていて。
まさか、これは、と顔を上げれば、志摩が切なげに俺を見ていた。
―――俺ね、“芹沢葵”を探してたんだ。
この本の感想を読んで、話してみたい気持ちが強くなって。
それで、友人に聞いてみたらC組の芹沢………茜、だっけ。
そいつじゃないかって聞いて、教えてもらって、勘違いして。
「好きなひとを間違えるなんて、最低だよな。」
そう自嘲した志摩の言葉に、完全に思考が停止する。
この、言い方…………まるで、“芹沢葵”が本物で、茜が間違いだったっていうみたいな―――ー、
―――好きな、ひと?
意味がわからずに固まった俺を、志摩が見てる。
切なげに細められた瞳で。
ほんのすこし、眉を下げて。
いつもは、太陽みたいに、笑ってるのに………。
―――馬鹿すぎて、言う資格もないってわかってるけど、言わせてほしい。
そんな前置きとともに、一瞬だけ伏せられた目が、今度は強く俺を射抜いて。
何故かその瞳に、琥珀色の瞳が重なる。
間近で見た、黒く長い睫毛。朝日に金色に煌めく琥珀色。
「芹沢葵さん。些細なやり取りが嬉しくて、ずっと君に会いたかった。………ずっとずっと、好きでした。」
―――俺も、
俺だって、ずっと好きだった。
裏表のないところも。
屈託ない笑顔も。
それでいて、繊細な一面も。
ハードルを超えていく、真剣な横顔も。
―――好き、だった。すごく。
ふ、と志摩がちいさく笑った。
悲しげで、切なげで、―――けれど少し安心したように。
「返事はいいよ、わかってるから。…………あーあ、でも、くやしーな。俺が馬鹿だったんだけどさ。」
ぐしゃぐしゃと乱暴に頭を撫でられて、侑生の顔がまたよぎる。
同じように大きな手。
けれど、やさしく、優しく、頭を撫でる、熱いてのひら。
―――ほんっと、くやしーな、くっそ、早苗のやつ、
そんなふうに悪態をついた志摩が、ぼさぼさになった頭を優しく整えてくれる。
なんでここで侑生の名前が出るんだろう。
もしかして、考えていたことが顔に出てたんだろうか?
わからなくてこてんと首を傾げたら、志摩の目が少し泳いだ。
少し躊躇うかのようにうろうろと視線を彷徨わせて、やがて決意したみたいに視線を戻して。
「ひとつだけ。………もし、あの追伸の頃に告白してたら、結果は違ってた?」
あの、追伸。
『追伸:芹沢は、好きな人いる?』
もしあの頃―――恋が砕け散る前。
茜といる志摩を見る前。
グラウンドのキスや、仲睦まじい様子を見る前。
………家で、ふたりと鉢合う、前。
あの頃にこれを言われていたら、きっと。
―――でも、今は。
嬉しさは確かにある。
俺を茜と間違えてたんじゃなくて、他でもない俺自身を探していてくれたと知って。
赦されたような気持ちにも、なった。
けれど、もう、この恋は砕けていて。
少しの釦の掛け違い。
ちょっとした、勘違い。
それだけで、―――結果はこんなにも変わってしまう。
目の裏が熱くなってきて、何度も目を瞬く。
胸のうちも、熱い。
凍りついて荒れて、少しずつ落ち着いてきていた心が、激しく動き出して苦しい。
嬉しい。悲しい。けど、うれしい。
ぐっと歯を食いしばって、潤んだ目のまま志摩を見つめる。
誠実には、誠実を、返さなければ。
俺なんか放っておくことも出来たのに、真摯に気持ちを伝えてくれた志摩に、せめてこの言葉だけは、伝えたい。
「―――俺も、ずっと、好きでした。」
なんとか笑おうとしたけど、涙がこぼれた。
志摩が、掻き抱くように俺を抱きしめて。
一度決壊したらもう止まらなくて、そのままずっと、そうしていた。
3
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
キミがいる
hosimure
BL
ボクは学校でイジメを受けていた。
何が原因でイジメられていたかなんて分からない。
けれどずっと続いているイジメ。
だけどボクには親友の彼がいた。
明るく、優しい彼がいたからこそ、ボクは学校へ行けた。
彼のことを心から信じていたけれど…。
囚われた元王は逃げ出せない
スノウ
BL
異世界からひょっこり召喚されてまさか国王!?でも人柄が良く周りに助けられながら10年もの間、国王に準じていた
そうあの日までは
忠誠を誓ったはずの仲間に王位を剥奪され次々と手篭めに
なんで俺にこんな事を
「国王でないならもう俺のものだ」
「僕をあなたの側にずっといさせて」
「君のいない人生は生きられない」
「私の国の王妃にならないか」
いやいや、みんな何いってんの?
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる