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本編
ダグとルディ 1 〚ダグ〛
しおりを挟むルディがイブを拾ったのは、もう10年近く前になるのか。
日本に来て、半年くらい経ってからだった。
若くして売れて、莫大な金を得た俺たちに舞い込むのはいい話ばかりではなかった。
仕事は好きだ。ルディとひとつひとつ作品を生み出していくのは、やりがいもあるし楽しくもある。
けれどひどい雑音の中でモチベーションを保つのは難しかった。
ゲイに産んだ覚えはないわと泣いた母から売れた途端に金の無心をされ、ゲイが作る作品なんてと蔑んでいたやつらから掌を返すように賞賛を浴びる。
ひっきりなしに鳴る電話の音を聞きたくなくていつだってロックを大音量で流し、けどそこで流れる英語さえノイズに聞こえはじめたころ、先に壊れたのはルディだった。
『ダグ、変なんだ。電話が壊れたみたい。出てもノイズしか聞こえない。』
電話を代わってみれば、唯一の理解者とも言える友人だった。
日本人の彼は黄猿だなんだと言われながらも飄々と躱し、俺たちが売れる前も売れた後も、くだらない話しかしない。
それがどんなに救われるか。きっとルディも、こいつの電話だから出たのだろうと思う。
ノイズしか聞こえない、その言葉に嫌な予感を感じていたら、電話口のジュンから聞こえないのは片耳かとか、いつから聞こえないのかとか矢継ぎ早に聞かれる。
ルディの答えは、片耳で、そういえば今朝からなんか変だったというもの。
『ダグ。悪いことは言わない。すぐにクリニックに行った方がいい。たぶん難聴だ。早期治療が鍵になる。』
『恩に着る。』
電話を切ってすぐ病院に行けば、ジュンの言ったとおり難聴という診断。
だが早期の発見であったことから、薬物療法のみで完治が見込めるという。ジュンの電話が今日で良かった。すぐにクリニックに行けと言ってもらえて良かった。もし遅かったら片耳の聴力を失っていたかもしれないなんて、ぞっとする。
医者は、難聴の原因はわからないと言った。ただ、強いストレスで発症することがあると。もしそうだとしたら、繰り返すことがあると。環境を変えるのがいいかもしれないと。
『ジュン、やはり難聴だった。ストレスかもしれないと言われた。』
『だろうな。ダグ、これは友人としての提案だ。ふたりで日本に行く気はないか?』
お前らは働きすぎなんだ。日本人にワーカホリックと言われてどうする?
日本はいいとこだぜ、メシはうまいし、景色は綺麗だ。花見酒とかもう最高。東京なら他人に興味はねーし、ガイジンなんてみんな同じ顔に見えてる。お前らがホットでクールなRD だなんて誰も知りやしないよ。
そんな勧めにのって、ルディの難聴が治ると同時に飛行機に乗った。
長時間のフライトに疲れてホテルのベッドに倒れ込んで、寝て起きたら、ルディがくすくすと笑っていた。
『なぁダグ!見ろよ!テレビが何言ってるか全然わかんねーの!でも映像からして呑気だよなぁ!さっきから犬とか花とかばっかだぜ!』
ああそうだな、と返しながら、少し目頭が熱くなった。
こんな笑顔のルディはいつぶりだろうか。ふたりでいても重苦しい現実が伸し掛かって、いつの間にか笑顔が少なくなっていたらしい。
ルディを抱き込んで、さらさらの髪を梳く。
くすぐったそうに笑ったルディが、『ダァグ、お前のソレに情緒はないのか?』なんて言いながら俺のに触れる。
『お前こそ、犬より節操ないんじゃないか?』と返せば、バウ!と吠えて噛み付いてきて、俺に伸し掛かって色っぽく笑う。
『じゃあ、来日記念はドギースタイルか?』
『望むところだ』
その日は結局、うまいという朝食を食べ損ねた。
✢
日本人はガイジンには優しくないらしい。
ひとまず家を借りようとすればガイジンでも借りられるところは少なく、逆に面白くなって敢えて格安の物件を借りた。
未だ崩れてないのが不思議なほどのおんぼろアパートには、中国人からベトナム人から、とにかくたくさんのガイジンが住んでいた。いったいここは本当に日本なのだろうか?
最初こそ戸惑うこともあったが、日本は俺たちの肌にあったらしい。
サクラはとても幻想的だったし、どこで食べてもメシはうまい。外食しなくてもスーパーではハイクオリティな惣菜が並ぶし、俺たちのことを誰も知らない。武道は最高にクールだ。
難点と言えばビールとピザがクソ高いことくらいか。どちらもまぁ困りはしない。
それから、J-ROCKも捨てたもんじゃない。
しばらくルディ以外の英語は聞きたくなくて、とりあえず入ってみたCDショップでJ-ROCKを片っ端から買って、聞いて、知らない言語で歌われる音にハマった。
全世界共通語を母語に持つ俺たちにとって、まったく言葉が理解できない環境というのは想像よりも大変だが心地よく、何も考えずに聞ける人の声は心を安らかにした。
これが逃げだということは、ふたりともわかっていた。
ぼろアパートをアトリエと呼び、気ままに制作はするものの発表はしない。
そんなぬるま湯にずぶずぶと浸り、いよいよ駄目になりそうな頃イブと出会った。
『なぁダグ。これ拾っちゃった。』
ルディが犬猫のように連れて来たのは、10歳の少年。不機嫌に鼻に皺を寄せながら俺をきつく睨んだ。
面白い、それが第一印象。俺を見て怯えない子供は、日本でもアメリカでも滅多にいない。外国の血が混ざっているのか、スモーキーなブラウンの髪に幼くも整った顔立ち。
イブを子供扱いをしたことは一度もないし、覚えたての日本語で話してやることもない。家に来れば死ぬほどこき使ってやった。メシを作らせたり、風呂を洗わせたり。
それでも、あいつはロックの流れる小汚い部屋に来たし、時には泊まることもあった。
基本的に、無口で無表情。だけど、ぼそりと漏らす両親への嫌悪に、ときどき浮かべる憂いたような表情に、いつしか同族意識を抱いていた。
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