44 / 52
本編
ダグとルディ 2 〚ダグ〛
しおりを挟む『なぁイブ。お前、髪染めねーのか。』
『何で。』
それを聞いたのはずいぶん経ってからだった。
確かイブが中学生になった年の、秋くらい。街であいつを見かけたのがきっかけだった。
『この間見たぜ、その髪のせいでいろいろ絡まれてたろ。』
『そーそー。やっちまえ!って思ったのに言い返しもしないしさぁ。あの感じからしてよくあるんだろ?いちいち面倒じゃねぇ?』
『別に、言いたいやつには言わせておけばいい。人を蔑むやつは誰かに蔑まれるだろ。そんなクズに言われた言葉で、俺が変わってやる筋合いはない。』
わずか13歳。ずいぶんと身長は伸びたがまだまだガキ。そんなガキの放った言葉で、唐突に吹っ切れてしまうこともある。
イブが帰ったあと、耐えきれなくてルディとふたりで大笑いした。
『ああ可笑しい!俺たち何やってんだろ!クズに言われることなんか聞いてやる筋合いないよなぁ!』
『違いねぇな。言いたいやつには言わせておけばいい、その通りじゃねぇか。』
だいたい、ずっとそうだったはずだ。
俺もルディも、ゲイだから家族に絶縁されたし、ゲイだからとまともな扱いを受けなかった。
そんなの全部関係ないと、ルディがいればいいと、作りたいものを作ると意地を張って張り続けて、売れたことでプツンと切れた。
掌を返した周囲に、ころりと態度が変わったやつらに、何も信じられなくなって。
固いと思っていた地面がぐにゃりと崩れた心地がした。
罵声を浴びせてきたクズがあげる賞賛の声を、笑って受け入れなければと思っていたけれど。
ーーー賞賛の声だからって、聞いてやる必要なんてない。
その日、実に3年ぶりに、本国に置き去ってきたエージェントに連絡を取った。
イブと出会ってからは気まぐれに作品を送ったりもしていたけど、仕事として何かを請け負うことはなかった。そのせいでますますRDの名前は高まったらしい。
“認めた相手としか仕事はしない”そんな評価のおかげでずいぶんと気楽になっていたことにも、馬鹿らしくなって笑った。
俺たちが目を背けていただけで、こうして支えてくれていたやつらはずっといたんだと。
『ダグ。一緒に世界を旅しないか?まだ見ていないものを、見てみたい。』
『ルディ。俺からも誘おうと思っていた。』
まだ学生のころ、バックパックひとつで、ふたりきりで旅をした。
お金はなくとも、時間と熱意だけがあったあの頃。あれが、俺たちの原点。
色々と吹っ切れてみれば、ややこしい色々を取っ払ってしまえば、残ったのはシンプルな気持ちだけだった。
ルディとふたり、世界中を遊び尽くしたいという、それだけ。
来たときよりもかなり荷物が増えていて、思い切って家を買ってそこに少しずつ荷物を移した。
アメリカには戻るかもしれないが、戻らないかもしれない。日本に永住したいと思うくらいには、俺たちはこの国が気に入っているから。
たとえ永住しなかったとしても、拠点は置いておいて損はない。
旅立つ前に、イブの耳にたくさんのピアスを開けた。どうせ茶髪なんだからピアスだって開けちまえと言って開けさせて、俺たちが使っているピアスから、いくつかを選び抜いて渡す。
まだ14歳。声変わりは早く既に声は低いものの、身長はまだまだ伸びるだろう。これで、どんなにでかくなってもきっとわかる。
さよならなんて言わずに、またなと言って旅立った。
世界を巡って、5年後くらいにまた来ようか。その頃にはルディよりでかくなってるかもな、なんて話しながら空港に向かう足取りは、ここに来たときよりも遥かに軽かった。
✢
また会えると信じて疑っていなかったが、思えばイブの名前と顔以外何も知らない。………いや、イブはイブという名前ではなかったはずだから、名前も怪しい。
ルディとそれに気づいたのは、おんぼろアパートが更地になっていたことを見たときで、あまりの抜けっぷりに大笑いした。
その脚で行きつけのショップに行き、顔見知りの店員に挨拶をしておすすめを聞いて、いたずらっぽく笑いながら勧められたのが“plena”。
「絶対気に入りますよ。ちょうど今度ライブもあるんで、フライヤー入れときます。」
そう言い切った店員に「俺たちのジャッジは厳しいぜ?」なんて笑って返して、ホテルに戻って聞いた途端驚いた。
『っおいおい!マジかよあいつ!!』
一曲まるっと聴き入って止めて、弾けるように笑ったルディにつられて俺も笑った。
甘く掠れたマスタードボイス。間違いなくイブの声なのに、聞いたことないほど甘く甘くカナリアと歌う。
あの頃から、料理をしながら口ずさむ歌は才能に満ちていたけど、完全に花開いたようだ。
即座にライブを申し込み、当日そこで見たのは立派に成長したひとりの男。
桜色の髪のギターがカナリアなのだろう。見ているこちらがこそばゆいほど甘く見つめ、優しく歌う。
ライブ後、控室にルディが行き、再会したイブはルディの身長ははるかに抜いて、俺とも肩を並べるほどだった。
立派な体躯で軽々と歌い、辛口の声で心を揺さぶる。
まだ加入して半年足らずだと言うが、このバンドが売れるのはすぐだろう。
『ダーリン、今考えることを当ててあげようか?』
『ハイハニー。俺だって当てれるぜ。“今度のこいつらのジャケットデザインは絶対に俺たちがやろう”だろ?』
『正解!そっちは、“PV撮りてー”だろ?』
『正解。』
ルディとじゃれあって、デザインや構成について話し合う。
こんなに心躍る仕事もなかなかないなと話しながら、ああギャラの話があったかと思い出す。
『ギャラ、すでにもらってるようなもんだよねぇ。6年前のイブの言葉がなかったら俺たちたぶん復帰してなかったし。』
『だが、タダでなんて言ったら烈火のごとく怒るだろうな。むしろ、仕事を断られるだろう。』
『馬鹿にすんな。そこまで落ちぶれちゃいないって?あり得る。じゃあさ、こういうのはどう?』
✢
ルディの出した条件は、俺たちの作品のモデルになること。
その提案には思わず唸った。
イブに打診しても確実に断られるだろうから言ったことはなかったが、創作意欲を刺激することこの上ない男だ。
絵にしろ写真にしろ動画にしろ、ものすごく映える。作品にしたい気持ちはおそらくルディも同じだったのだろう。
バンドにとってはこの上ないほどの好条件にひとつ「こちらの要求を呑むこと」という不審な条件をつけて提案すれば、イブは必ず他のメンバーと相談する。
そんでその時はイブ個人に提案したモデルの条件はきっと話さないから、絶対他のメンバーはノッてくる。
カナリアがやりたいと言えば、イブはきっと頷くよ。
そんなルディの言葉通りに、顰めっ面でイブはやってきた。
契約書を差し出し、さらに眉間に皺を寄せる。
無期限のモデル契約というところと、こちらから支払うギャラの額に引っかかるところがあったのだろう。
ルディが半ば強引にサインさせて、そのままアコギを手渡した。
『ダグ、メイクはなしでいいよね?上は脱がす?ズボンも少し捲くろうか』
『そうだな。髪だけ少しラフに乱すか。』
りょーかい、と軽く応じたルディが指示通り動き、壁に控える。
手に持ったのはスケッチブックだ。既に真剣な瞳でイブを見つめ、さらさらと手を動かしている。
『カナリアを英語で歌えるか?』
『ああ。』
ギターを鳴らし、音を確かめて呼吸をひとつ。
目を閉じたイブが体勢を整えて、粗末な木の椅子がぎしりと鳴った。
弾き語りとは言えないほど、ギターの音は少ない。
だが楽器なんてこの声だけでいいと言わんばかりに、高く、低く、旋律が踊る。
歌い終えたイブが、ギターを下ろし髪を掻き上げる。目を眇めてレンズ越しに俺を睨みつけ、片膝を抱えて目を逸らした。
この最高の素材をどう調理するか。
何枚も鉛筆を走らせるルディからも、熱い興奮が伝わってくる。
きっと、代表作と言われるようなものになるだろう。
追い払うようにイブを返し、二人ともそのまま制作に取り掛かった。
1
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
BLoveさまのコンテストに応募するお話に、真紀ちゃん(攻)視点を追加して、倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
二日に一度を目安に更新しております
アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました
あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」
穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン
攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?
攻め:深海霧矢
受け:清水奏
前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。
ハピエンです。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
自己判断で消しますので、悪しからず。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる