上 下
6 / 140
序章.美しき想い出

4.誕生日プレゼント

しおりを挟む
今日は僕の誕生日だ、母が死んでから丁度二年目だ。思えば色々とあったなぁ……路頭に迷いかけて、領主一族に下働きとして拾われて、ディンゴに殴られ続けて、お嬢様に魔法について教える……本当によく生きてこられたよ。

「ねぇ! ……あなた何をしているの?」

「……お祈りだよ」

 これからの幸せと母の冥福を祈っていたらお嬢様がやってきた、多分いつもの講義のお誘いだろう。

「なんで祈っているの?」

「今日が僕の誕生日だからだよ」

「っ?! そうなの?!! お祝いしなきゃ!!」

 今日が僕の誕生日だと聞くと途端に彼女は宝石の様な瑠璃色の瞳を輝かせ、薄い、オパールのようなピンク色の髪を振り回してまるで自分のことのように喜んでくれる。

「あなた何か欲しい物…………そういえば私、あなたの名前を知らないわ」

「……今さら?」

「いいじゃない! この際だから教えてよ!」

 今まで教えたことも聞かれたこともなかったから面食らってしまったけど……確かに僕もお互いの名前が知りたい。

「僕の名前はクレル、クレル・シェパード」

「クレルね! 良い名前じゃない!」

「ありがとう……」

 満面の笑みで名前を褒められて凄く嬉しい……やっぱり僕は彼女が好きなのかも知れない。

「私はアリシア・スカーレットよ!」

 正直に言うと領主の娘で雇い主でもある彼女の名前はこちらが一方的に知ってはいた……それでも彼女自身から教えて貰うのは特別ななにかを感じる。

「わかった、改めてよろしくね、あ、あ……アリ、シア……」

「ふふ、クレルもよろしくね?」

「う、うん」

 彼女に改めて名前を呼ばれると嬉しいやら恥ずかしいやらでなんとも形容し難い感情に襲われてしまう。

「……それにしても羊飼いなんて、魔法使いと関係無さそうな苗字ね?」

「まぁ、ガナン人の苗字は概ねそんな感じだよ」

 ガナン人の苗字はなんでその苗字なのか、なにが元になってるのかわからないものが多い。

「まぁ、それはいいとして……幾つになったの?」

「……今日で十歳になったよ」

「ふふん、じゃあ十二歳だから私がお姉さんね!」

「……二歳しか違わないじゃないか」

「それでも私がお姉さんよ!」

 本当によく分からないけど、お姉さんということになにやら強いこだわりがあるらしい……これは付き合ってあげた方がいいのだろうか?

「そうよ! お姉さんの私から誕生日プレゼントをあげるわ! なにか欲しい物はある?」

「急に言われても思い付かないよ……」

「それじゃあ詰まらないじゃない」

「うーん、そう言われてもなぁ……」

 彼女からプレゼントを貰うことは嬉しいけど……今は特に欲しい物なんて……彼女から名前を教えて貰っただけで充分だよ。

「まぁ、私もなにも用意出来てないから今日渡すのは難しいかな…………あ、そうだ!」

「? どうしたの?」

 どうやら何か思い付いたらしい彼女はおもむろに…………。

「ど、どうしていきなり服を脱いでるのさ!」

「だって、服の下にあるからこうでもしないと取れないもの」

 急いで後ろに振り向くが……み、見えちゃった……白だった…………あぁ、母さんごめんなさい、僕は悪い子です。

「……何をそんなに気に病んでるのよ、確かにドレスだったから脱いだらアレだけど……ちゃんと下着付けてるから大丈夫よ?」

「……君、本当にお嬢様?」

「弱小領主一族なんて、ほとんど平民と変わらない下級貴族とさして変わらないわ」

「あ、そう……」

 ま、まぁまだお互いに子どもだしね……そういうの気にしてても仕方ないか。

「……まぁいいわ。はい、これあげるわ」

「これは……?」

「ペンダントよ、ちなみに私の手作り!」

「……これを君が作ったの?」

 それはアリシアの瞳と同じ瑠璃色の椿の華を象ったもので凄い綺麗だった……およそ手作りとは思えない出来の良さに驚いてしまう。

「ふふふ……知ってるのよ? あなたが毎朝庭の椿を折ってたこと」

「っあ、あれは!」

 そういえば有耶無耶になってたけど、やっぱり怒られちゃうかな?

「……そんなに不安そうな顔しないで、今さら怒るわけないじゃない」

「え、そうなの?」

「そうよ、確かに最初は不審だったけど、そのおかげで散歩を始めてあなたに出逢えたんだし」

「まぁ、確かに」

 確かにお嬢様があんな庭の隅まで散歩するのもおかしな話だったね、そういう理由があったのかぁ……庭の事も見逃してくれたばかりか、誕生日プレゼントまでくれるなんて……そうだ!

「その……君の誕生日を教えて貰える? 僕ばかり貰うのは申し訳ないよ」

「そんなこと気にしなくてもいいのに……」

「いやいや、こういうのはしっかりしないと!」

 僕にもなにか……形に残るものを彼女にあげたい、いずれ魔法使いである僕は死ぬだろうから。

「そう? まぁ、私の誕生日は先月だったんだけれど……」

「え……」

 そんな、まさか彼女の誕生日は既に過ぎていたなんて……彼女がわざわざ言うはずも無いけれど、知らずに放っておいたという事実は結構痛い……。

「あぁ、そんな顔しないで! そうね、私も誕生日プレゼントが欲しいわ! お返しを頂戴!」

「え、あ、うん?」

「あー、私ばかりあげるのは辛いなー、クレルにも私の誕生日を祝って欲しいなー?」

「あ、そういう……わかったよ!」

 ……気を遣わせてしまった?! 自分はそんなに顔に出てるのだろうか? とにかく気まで遣わせてしまったのならばとびきりのプレゼントをしなくちゃ!

「すぅ~、はぁ~……『我が願いの対価は華一輪と石一つ』」

「──」

 んぐぐ……華と石の記憶が流れ込んでくる、まだこの程度の魔法の行使で引っ張られそうになる自分の技量の低さに嘆きつつも、今できる最高のプレゼントを彼女に!

「『望むは枯れぬ華、可憐なる彼女をその石牢で固く閉ざし 護り 愛で 世話を焼き 逃がすな』」

 こちらも彼女の瞳と同じ瑠璃色の椿の華を、魔法によって姿をただの石から、僕の瞳と同じ緋い石に変えた物に閉じ込める……最終的に指で摘める程度の大きさの緋い石に、閉じ込められた瑠璃色の椿という物が出来上がる。

「ふぅ~、疲れた……これを誕生日プレゼントとしてあげるよ」

「……」

「アリシア?」

 どうしたのかな? もしかして気に入らなかった? ……まさか、僕の魔法を恐れて? それとも魔力に当てられて気分が悪くなったり……?

「アリシア、大丈夫? もしあれなら──」

「──凄いわ! 魔法って怖いものばかりじゃなくて素敵なのね!!」

「あ、アリシア?」

 一応喜んでくれているみたいだけど、すごい興奮してる……。

「初めて目の前で魔法を見たわ! 初めて会った時は後ろからだったから、よく見えなかったもの!」

「よ、喜んでくれて嬉しいよ」

 そこまで喜んでくれて嬉しいけど、落ち着かないや……それに魔法を素敵だなんて、初めて言われたよ。

「今まで貰ったどんなプレゼントよりも嬉しいわ! クレルと友達になれて私は幸せよ!」

「ぼ、僕もアリシアと友達になれて嬉しいよ!」

「ふふ、お互い様ね!」

 凄い、胸のところが……心が暖かく締め付けられる……凄く、とても凄く気分がいい。

「だから、これからもよろしくね?」

「──」

 そう言って無邪気に微笑む彼女は始めて出会った時とまるで変わらず、僕を照らすかのうようで……そして、あまりにも──

「──可愛い」

「…………え?」

「あ」

 ヤバい、ヤバいヤバいヤバいヤバい!! 思わず声に出しちゃった!! なんだよもー! 僕のバカ野郎! 確かに彼女は可愛かったけど、直接いわなくても……あー、恥ずかしい……彼女になんて言われるか。

「あ、えっと、今のは──」

「──あ、あり、がとう」

「…………あ、うん」

 誤魔化そうとして彼女の方を見ると耳まで赤くして、普段の彼女からは想像できないけど下を俯きながら小さい……か細い声でお礼を言う。それがあまりにも頼りなく、可愛くて、またここで誤魔化したらダメだとなんとなく思って……彼女のお礼を素直に受け取る。

「……」

「……」

「…………」

「…………」

 気まずい空気が流れ、お互いに黙って俯いてしまう……なにか言わなきゃとも思うけど、この時間がそんなに苦痛じゃない……多分、彼女もそう感じてると思う。……街では魔物の被害が今も出ているというのに、魔法使いの義務を果たさなきゃいけないのに。

「そ、そろそろ私は行くわね?!」

「え、あ、あぁ……うん!」

「じ、じゃあまたね! 絶対よ!」

「また……」

 さすがにいたたまれなくなったのか彼女は勢いよくそう宣言する……まぁ、楽しかった時間が終わるのは寂しいけど仕方ないか。

「…………約束、また会いましょうね?」

「うん、約束だよ」

 そんな名残惜しいけど悪くない気分で彼女とまた会う約束を交わす……今日はとっても良い日だったな……頬を赤く染め、瑠璃色の瞳を潤ませ、薄いピンク色の髪を靡かせて走り去る彼女の後ろ姿を眺めながらそう思うのだった。

▼▼▼▼▼▼▼
しおりを挟む

処理中です...