サクリファイス・オブ・ファンタズム 〜忘却の羊飼いと緋色の約束〜

たけのこ

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第六章.醜い■■の■

12.醜い魔物の子

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「少女よ、止まれ」

「おっとと……急になによ?」

 あと一つを破壊すればそれで終わり……というところで蝸牛に止められてしまう。これまで多数の魔法使い達の追撃を逃げに徹する事で凌いで来たといっても全身満身創痍なのに変わりはない……ここで足を止めていたら追撃を受けてしまう。
 でも蝸牛を見る限り、言っても聞かなそうだし……そもそも目覚めてから彼の考えている事がさっぱり分からない。

「追撃は心配しなくて良い……それよりも目の前の老婆・・に気を配れ」

「……老婆?」

 蝸牛に言われ目の前を注視する……太陽の光が真上から降り注ぐ晴天の真昼間、透き通った空気を通って至る日光を反射する海とそれを隔てる海岸線……その前で大量に咲き誇るチューリップの花畑で我が物顔で佇んでいるのは​──

「​──お婆ちゃん?」

「……」

 バスで出会ったアンジュの昔馴染みで、今私の背に背負っている蝸牛を救ってくれた人物でもある……そんな人物が​──『領域』を展開している。

「……」

 『領域』……グリシャの使用した城の様な……その場で魔法使い達の職能に寄る閉じられた空間を展開し、その場自体を無理やり〝偉大なる大地〟に近付ける事で自身の位階を跳ね上げる大魔法……その場の魔法使い全員が強化される訳ではないけれど、ガナン人ではない私には空気すら微弱な毒と変わりがない。
 ……確かにこんな空間に閉じ込めれてたら、後ろからの追撃なんて気にする必要はないし、気にしてなんていられない。

「お婆ちゃん、どうして……?」

「なんだ、知り合いか?」

「……気を失っていた貴方を治療してくれた人よ」

「そうか、老婆よ感謝する」

「……えぇ」

 ……本当に感謝しているのかしら? 表情どころか声のトーンもまったく変わらないから分からないわ……一応はこう、なんかないのかしら? 形だけでも態度に出すという事をした方が良い気がする。

「良いよ良いよ、感謝の言葉さえ貰えればそれでね……」

「……」

「まぁ、だからってこの〝種〟は渡せないけどねぇ」

「それはっ?!」

 お婆ちゃんが持っているのはこの領地を海に沈めかねないという敵が用意した物……それをなぜお婆ちゃんが持ってて、私の邪魔をするの? 突然の裏切りに動揺が隠せない。
 なぜ? なぜお婆ちゃんが……あんなに優しくて、それでいてアンジュも懐いていたのに……どうして。

「ふむ、少女よ……あの老婆がどんな人物だったかは知らんがな、少なくともあの者は私の知っている人物・・・・・・・だぞ」

「どういうこと……?」

 いつもは無表情で、相手に感謝を伝える時ですらピクリとも表情筋を動かさなかった蝸牛が目を細めながらお婆ちゃんを見つめる……その目には本当に薄く〝懐かしさ〟と〝恨み〟の感情が見て取れる。

「そうだろう? ​──アンナ・スコルピエ・オラニエ=ナッサウ・ホラン=ドよ」

「…………ふふふ」

 その聞き慣れない名を蝸牛が口にした途端、それまでどこか上の空で海を眺めていたお婆ちゃんが肩を震わせて笑い出す……その異様な雰囲気に警戒し、身構える。
 あれはお婆ちゃんじゃない……私の知るお婆ちゃんではない……多分だけれど​──

「​──魔物化、してる」

 年老いた魔法使いはそれまでの生涯で取り込んで来た魔物や同胞の記憶や魂と自身のそれとの区別が付かなくなる……そのうち自己を見失い、内側に抑え込んでいた人格が顔を出す。……そして多数の『願い』を背負った魔物へと変貌を遂げる。

「そうだ。まさかアンナ……お前がその器の老婆に討伐されていたとはな」

「……本当に貴方のこと嫌いだわ。今までぐっすりすやすやだった癖に」

「誰のせいだと思っている?」

「私よ、私に決まってるでしょ? 貴方の事が嫌いで餌にしたんだから……むしろなんで死んでないのよ」

 ……ちょっと、私を置いて二人だけの会話をしないでくれる? 今私は親切にしてくれた人が魔物になるからどうかの瀬戸際で心中穏やかじゃないんだけれど? 自己を見失いかけたお婆ちゃんの内側から現れた魔物と知り合いみたいだけど、私は全然知らないからね?

「少女よ気を付けるがいい……アイツは元〝魔人〟だ、魔物でありながら理性と自己の再確立を成した正真正銘の人類の敵だ」

「​──っ?!」

 一気に全身の鳥肌が立つのが分かる……手足が震え、呼吸もおかしくなる……構えたはずの猟犬の切っ先が震えて狙いが定まらない……師匠に拾われたばかりの時のトラウマが蘇る。
 ……あれと同じ敵? 今の私では絶対に勝てない。師匠が戦ってた姿を見てる事さえ出来ず、頭を抱えて震える事しか出来なかった。

「魔性に堕ち、理性を取り戻してもなおその欲に果てはなく、今まさにまた現世に舞い戻ろうとする強欲の化身よ……遠慮すること無く殺せ」

「嫌だよ、私はお兄ちゃんに会いたいの」

「……会わすと思うのか?」

「……会うよ?」

 どうする……? もう相手は『領域』を展開してしまっている……この場から逃げ出す事は不可能に近い。それに脱出が出来ても待ち伏せした追っ手の魔法使い達からリンチされるだけね…………嫌だ、怖い。

「少女よ、あの愚か者を殺さねばお前も領民も死ぬぞ」

「で、でも魔人なんて……」

「案ずる事はない、まだ奴は器である老婆を掌握できておらん……それに私も手伝おう」

「……大丈夫なの?」

「少女次第だな」

 ……そっか……殺るかしない、か……正直まだ出会ってそんなに経ってない蝸牛から『大丈夫』だと言われてもちっとも安心出来ないし、恐怖は依然として大きいけれど……大丈夫、私にはクレルが着いてるもの。

「……少女じゃないわ」

「? なんだ?」

 大きく深呼吸……心を落ち着け、両頬を叩いて気合いを入れる。突然の私の奇行にこの場の二人が注目しているのが分かる……蝸牛はともかく、魔人に注目されるのは肝が冷えるけれど、気合いを入れるには丁度良いかもね。ついでに口上でも述べてしまいましょう。

「私の名前は​──アリシア・スカーレット! スカーレット男爵家当主にして、レナリア帝国皇帝直轄組織、特別対魔機関バルバトス所属狩人! 階級は准尉! そして​──」

 お婆ちゃんの向こう側に居る魔人は心底詰まらなそうに、蝸牛は目を細め、心做しか柔らかく見守ってくれる中……精一杯に声を張り上げる。
 恐怖を、震えを、不安を、懸念を、焦燥を……全てを吹き飛ばし、今一度思い出して・・・・・自身を奮い立たせる。

「​​──魔法使いの男の子を愛する一人の女よッ!! 覚えておきなさいッ!!」

「よくぞ吠えたぞ、アリシアァ!!」

 私の背の上で左手の指を三本引き抜き、私に血が掛かるのもお構いなしに魔法を行使した蝸牛が光の粒子となって私の中に宿るのを感じる。……感覚で彼が私の中で荒れ狂う揺り戻しや魔力を制御し、魔人の『領域』による毒を中和してくれている事が分かる。
 なるほど、これなら私は全力どころか『覚醒』を使用することによるデメリットと制限時間を気にしなくて済む……全ては蝸牛が引き受けてくれる。

『ただ顔を赤くしなかったら満点だったな』

「……うるさい」

『その魔法使いの男の子本人を前にしたらどうなるのやら』

「いや本当にうるさいから!」

 良いのよ! 私だって自分でこのくらいで赤面してどうするんだって思ってわよ! でも仕方ないじゃない! 恥ずかしいんだもの!

「吐き気がするわね」

「ふん! 私は最高の気分よ!」

「あっそ死んで」

「無理ね!」

 少なくともクレルとまた会うまでは絶対に死んでなんかやらないんだから! そもそもこの胸の心臓はクレルから貰った借り物だから、私自身に死を選ぶ権利なんてないのよ!

「『​──大地を踏み歩くは我らが空 褐色の幼子に血を捧ぐ』」

「『​──我が欲に果てはなく 確かな理性を以て大地に希う』」

 ​──魔法を行使する魔人に、なけなしの勇気を振り絞って突撃する。

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