サクリファイス・オブ・ファンタズム 〜忘却の羊飼いと緋色の約束〜

たけのこ

文字の大きさ
132 / 140
第七章.哀哭の船

3.彼女に惹かれる

しおりを挟む
「「……」」

 なんとなく気まずくて、お互いにそっぽを向いたまま先を進んで行く……どの道あの小部屋に滞在していても一時は良いかも知れないが、ジリ貧にしかならないという結論を出した。
 とにかく先に進み、この魔境を探索して管理人を探し出す事をアリシアと名乗る女と話し合って決めた。
 ……敵同士であっても今回ばかりは脱出するまで協力関係を結ぶ事も。

「あ、あの……クレル?」

「な、なん……なんだ?」

 いかんな……この女と一緒に居ると調子が狂う……今だって話しかけられただけなのに声が上擦ってしまった……リーシャじゃあるまいし、こんな事は初めてだ。
 記憶にも全く無いし、会った事もないはずなのだが……どうやら彼女と俺は知り合いらしい。
 彼女を見ると胸が締め付けられるのもそれが原因なのだろうか? 彼女曰く『多分だけど、私を助ける為にしてくれた事』らしいが……彼女自身もはっきりと教えてくれない為によく分からない。
 ……だが、落ち着いて見れば彼女の左腕や胸の辺りから俺の魔力が感じられる事も確かだ……理由は本当に分からないが。

「そ、その……手を繋いだままだと……き、危険じゃないかしら?」

「​──」

 ……アリシアに言われて油を差し忘れた機械のようにぎこちなく自分の左手を見下ろせば​──ガッチリと彼女の右手を握り締めて離さない自分の手がある……むしろ力強く握り過ぎて彼女の手が痛そうですらある。
 完全に無意識の内の行動であり、アリシアに指摘されてやっと気付いたくらいで自分自身が驚いている……俺は本当にどうしてしまったんだ。

「あっ! も、もちろん私は嬉しいんだけどね? で、でもほら! もしもの時に対応が遅れたら危険だし、ね……?」

「……………………すまない」

 黙ったまま握った手を見詰める俺に何を思ったのか、顔を真っ赤にさせながらワタワタと言い訳の様なものを捲し立てるアリシアに、自分も顔が赤くなっているのを自覚しつつ、謝罪をしながらそっと手を離す……途端に自身を襲う強烈な喪失感と、アリシアの「あっ……」という寂しげな声に自然と手が戻りかけるが理性でそれを抑える。
 アリシアに対して『そんなに寂しげな声を出すなら別に良いだろうに……』等と少し苛立ちにも似た八つ当たりの感情を抱き、それに気付いて唖然とする……馬鹿な、これでは俺がアリシアから離れ難いみたいではないか……しかも拗ねた子どもの様な感情を……そんな……馬鹿な。

「か、勘違いをするんじゃない! け、怪我を……そう! 酷い怪我をしているようだったからな!」

「あっ! そ、そうなのね! 私ったら変な勘違いを……ご、ごめっ……そうよね、クレルは記憶がっな、ないから……」

「ち、違う! 違うんだ! あぁいや、違わないが……そうじゃなくて! 確かに怪我は心配だが……と、とにかく泣かないでくれ!」

 苦し紛れの拙い言い訳を咄嗟に放った俺に対して納得した様に見せかけつつも、堪えきれずに涙を流し始めてしまうアリシアの姿に心臓を掴まれたような感覚に陥り、慌ててしまう……でも嘘じゃない! 怪我を心配しているのは嘘じゃないんだ!
 ……いや、そういう問題ではないのは分かってはいるが……クソっ! 本当に彼女と居ると調子が狂う! ……いきなり涙を流すところを見るに、彼女の方も狂ってそうではあるが。

「正直に言うと、完全に無意識だった……許可もなくすまない……」

「あ、いや……私の方こそ一々泣いちゃってごめんね? ……なんだか感情の処理が追い付かなくて……」

 やはりそうか……俺と同じで彼女自身も自分の思考と感情、そして身体の動きがちぐはぐになって戸惑っているようだ。
 本当にあるかどうかは分からないが、俺との記憶が残っている彼女の方は幾分か理性が効いているようだが……それでもちょっとした事で感情がオーバーフローを起こし、泣いてしまうくらいには情緒不安定になっているらしいな。

「……それよりも気になっていたんだが、その怪我はどうした? この魔境には狩人であるお前を追い詰める強敵が居るのか?」

「え? ……あぁこれは……その……」

 ギュッとボロボロの軍服の胸元を握り締めて怪我を隠す彼女の行動に眉を顰める……なぜ隠す? 俺には見せられないとでも言うのか? あれだけ思わせぶりな態度を取っておいて、俺の心を掻き乱しておいて、なぜ隠す? 俺には見せられないとでも言うのか?
 正体不明な苛立ちに気付かないまま、目の前のアリシアの手首を掴み上げる。

「見せろ」

「……えっ」

 ……なぜ驚くんだ、当たり前だろう? 愛おしい女が酷い怪我をしているんだ、気になって心配するのは当然の事だ。……むしろなぜアリシアは俺から隠す? 俺はそんなに頼りないか? あれだけ俺に気がある素振りを見せておいてそれはないだろう。

「く、クレル……?」

「怪我をしているのだろう? 治すから見せろ」

「で、でも……」

 なぜ渋る……顔を真っ赤にしながら目を逸らすアリシアに対して身勝手な憤りを感じて​──自分の頭を殴り付ける。

「クレル?!」

「……すまない、正気を失っていたようだ」

 不味い、不味い不味い不味い! これは不味い! アリシアと居ると原因不明の感情に振り回されてしまう! ……まるで自己を見失ってしまうかの様に制御出来ない……これは恐ろしい。
 先ほど出会ったばかりの初対面の女に対して動揺し過ぎではないか? 心を揺さぶられ過ぎではないのか? ……自分がよく分からなくなる。

「……まぁ、あれだ……その……怪我を治すから、見せてくれ」

「あっ……う、うん……」

 そう、これは生存戦略だ……いくら敵同士と言っても今は協力関係なのだから、この魔境という不確定要素の多い危険な場所で生き残るには、狩人である彼女の力も必要不可欠……だからその怪我を治す事も間違いじゃない。むしろ正しい行動なのだ。
 だから赤面して下を俯きながら軍服をゆっくりと脱いでいくアリシアに変な感情なんて湧いてこないし、目を逸らしてしまうのも今度こそ理性が死んで自己を見失ってしまいそうだからなんて事は断じてない! …………はずだ!

「……酷いな」

 全身に熱した鉄の鎖を巻き付けて縛り上げたかの様な裂傷と重度の火傷に全身打撲……肋骨に罅まで入っているし、背中に至っては無理やり炎で炙ったナイフで無理やり生皮を剥ぎ取られたかの様な重傷ではないか……細かいところに癒え切っていない古傷等もある。
 ……このまま放置していれば、あと一時間もすれば高熱で倒れるだろう。
 この『哀哭の船』に喰われる際に海水なんかも浴びただろうし、むしろなぜ今平気で居られるのかが分からない……アリシアは何者だ?

「……『我が願いの対価は愛情のアイビー 望むは他者を癒す力 僕の心を乱す君 覚えのない鼓動 乖離する心身 混乱するのに いじわるな君は視界から外れてくれなくて けれど それでも 僕は君を素直な気持ちのまま包みたいと思う』」

 …………何をしているんだろうな……供物の数も残り少ないというのに、わざわざ最後のIV号供物を使ってまで初対面の狩人を癒すなんて……師匠クソジジイが聞いたら殺されそうだ。
 せめて、そうせめて供物を無駄にしないように詠唱だけはきちんとしないとな……これは供物を無駄にしない為に魔法の効力を最大限まで高める為であって、別に彼女の身体に俺以外が付けた傷があるのが許せない訳じゃない。

「……凄い……ほぼ完治してるし、なんだか気分も良くなった気がするわ……」

「……それは良かった」

 ……背中だけが治らないのが気に入らない……他はほぼ完治したのに……今の俺の全力で癒したはずなのに……なぜ癒えない? ……いや、これは大地に捧げた結果か……なら治るも何もないな。
 でも気に入らない……彼女の身体に知らない傷がある事に激しい憤りを覚える。

「……『我が願いの対価は執着のアネモネ 望むは外界閉ざす幕 むき出しの君の疵を見て 僕は涙を流す どうして彼女が どうしてこんな疵が 何も出来なかった無力な僕は 憤るままに気を抱き締める』」

 大地に捧げてしまったのなら、もはや彼女の背中に皮膚は戻らない……ならばせめて、そのむき出しの傷が悪化しないように、穢れや汚れに侵され壊死してしまわないように……そっと魔法で創り出した薄い膜を張る。
 紙を蝋燭にかざして燃え広がった時の様な歪な形に、白みがかった桃色の肌が現れる……レナリア人という事を差し置いても綺麗な白い肌を持った彼女なのに……こんな汚い傷跡が残るなど。

「クレル? 終わった​?」

「……あぁ、終わったよ」

 よく分からない落ち込んだ気持ちを持て余していたが……なんでもない風を装いながらも耳の赤みを隠し切れていないアリシアを見て苦笑してしまう。
 本人が大丈夫そうなら、俺がどうこう言う筋合いは無いじゃないか……それも一時的な協力関係なだけの敵同士でしかないのに……でもなんだろな……未だに頭では彼女事は信用できないし、敵だと認識しているのに……身体が、心が……彼女を受け入れてしまっている。……いや、受け入れるどころの話じゃないな。

「……戦えそうか?」

「えぇ、クレルのお陰でガンガンいけるわよ!」

「そうか……」

 嬉しそうに笑う彼女の笑顔が眩しくて目を細めてしまう……あぁ、なんだろうな……なんとなくだけど、僕はこの子の笑顔が好きだと思う……しばらく・・・・見れてな・・・・かったから・・・・・、尚さら彼女の笑顔が見れて胸が暖かくなる。
 ……不思議だなぁ……不思議だけれど、うん……この感覚はとても心地好い気がする。

「待ってよアリシア、先に行かないで」

「え? ……あ、ごめん」

「仕方ないなぁ」

「あっ」

 今度は無意識じゃなくて、意図的に……彼女の手を握り締める。

▼▼▼▼▼▼▼
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

いいえ、望んでいません

わらびもち
恋愛
「お前を愛することはない!」 結婚初日、お決まりの台詞を吐かれ、別邸へと押し込まれた新妻ジュリエッタ。 だが彼女はそんな扱いに傷つくこともない。 なぜなら彼女は―――

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

裁判を無効にせよ! 被告は平民ではなく公爵令嬢である!

サイコちゃん
恋愛
十二歳の少女が男を殴って犯した……その裁判が、平民用の裁判所で始まった。被告はハリオット伯爵家の女中クララ。幼い彼女は、自分がハリオット伯爵に陥れられたことを知らない。裁判は被告に証言が許されないまま進み、クララは絞首刑を言い渡される。彼女が恐怖のあまり泣き出したその時、裁判所に美しき紳士と美少年が飛び込んできた。 「裁判を無効にせよ! 被告クララは八年前に失踪した私の娘だ! 真の名前はクラリッサ・エーメナー・ユクル! クラリッサは紛れもないユクル公爵家の嫡女であり、王家の血を引く者である! 被告は平民ではなく公爵令嬢である!」 飛び込んできたのは、クラリッサの父であるユクル公爵と婚約者である第二王子サイラスであった。王家と公爵家を敵に回したハリオット伯爵家は、やがて破滅へ向かう―― ※作中の裁判・法律・刑罰などは、歴史を参考にした架空のもの及び完全に架空のものです。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

やり直し令嬢は箱の外へ、気弱な一歩が織りなす無限の可能性~夜明けと共に動き出す時計~

悠月
ファンタジー
 これは、狭い世界に囚われ、逃げ続けていた内気な貴族令嬢が、あるきっかけで時間が巻き戻り、幼い頃へ戻った。彼女は逃げるように、過去とは異なる道を選び、また周囲に押されながら、徐々に世界が広がり、少しずつ強くなり、前を向いて歩み始める物語である。  PS:  伝統的な令嬢物語ではないと思います。重要なのは「やり直し」ではなく、「箱の外」での出来事。  主人公が死ぬ前は主に引きこもりだったため、身の回りに影響する事件以外、本の知識しかなく、何も知らなかった。それに、今回転移された異世界人のせいで、多くの人の運命が変えられてしまい、元の世界線とは大きく異なっている。  薬師、冒険者、店長、研究者、作家、文官、王宮魔術師、騎士団員、アカデミーの教師などなど、未定ではあるが、彼女には様々なことを経験させたい。 ※この作品は長編小説として構想しています。  前半では、主人公は内気で自信がなく、優柔不断な性格のため、つい言葉を口にするよりも、心の中で活発に思考を巡らせ、物事をあれこれ考えすぎてしまいます。その結果、狭い視野の中で悪い方向にばかり想像し、自分を責めてしまうことも多く、非常に扱いにくく、人から好かれ難いキャラクターだと感じられるかもしれません。  拙い文章ではございますが、彼女がどのように変わり、強くなっていくのか、その成長していく姿を詳細に描いていきたいと思っています。どうか、温かく見守っていただければ嬉しいです。 ※リアルの都合で、不定期更新になります。基本的には毎週日曜に1話更新予定。 作品の続きにご興味をお持ちいただけましたら、『お気に入り』に追加していただけると嬉しいです。 ※本作には一部残酷な描写が含まれています。また、恋愛要素は物語の後半から展開する予定です。 ※この物語の舞台となる世界や国はすべて架空のものであり、登場する団体や人物もすべてフィクションです。 ※同時掲載:小説家になろう、アルファポリス、カクヨム ※元タイトル:令嬢は幸せになりたい

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

処理中です...