サクリファイス・オブ・ファンタズム 〜忘却の羊飼いと緋色の約束〜

たけのこ

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第七章.哀哭の船

9.誰よ、その女

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「「……」」

 魔力譲渡をする為に、お互いの左胸をくっつけ合う……対面して抱き合う形になるために彼女の体温と甘い香りが直に感じられて危うい気持ちを抱いてしまう。
 もはやどちらの心臓の音なのか判別がつかないくらいに、お互いの鼓動がけたたましく鳴り響くのが鮮明に聞こえてしまう。

「……い、いいか? 俺たちにとって魔力譲渡は初めての行為だ。万全を期してお互いの心臓をくっつけ合っているが、それ以上に集中力が大事になる」

「え、えぇ……」

 気恥しさを誤魔化すように早口で捲し立てた後で失敗したかと自罰的な感情を抱くも、アリシアの方もこの状況にいっぱいいっぱいで気付いていない様子に安堵する……いやいや、何を安堵している? 別に敵である彼女にかっこ悪く思われたところで何もないはずだ。……はずだ。

「ん、んん! ……お互いの心臓を太い血管で繋ぎ合い、バラバラの速さと強さで脈打つ鼓動のリズムを合わせるんだ……苦しいだろうが我慢してくれ」

「だ、大丈夫よ!」

 一時的に衣服すらはだけて、布一枚すら何も隔てる物がない彼女の肌と直で触れ合う感触から全力で意識を逸らしながら、行為に集中する。
 もしも失敗してしまえば俺だけでなく、アリシアまで危険な状況に陥るのだから……浮ついてはいられない。

「じゃあ始めるぞ……『偉大なる大地に仲立ちを乞う』」

「ふっ、ぐぅ……!」

 自身の胸に心臓が二つあるかのような感覚……それぞれがバラバラに鼓動を刻み、俺とアリシアの身体中を駆け巡る血の流れに沿って魔力が荒れ狂う。
 魔法使いである俺でさえ他人の魔力が暴れ回る感覚と、心臓が増えたような錯覚による呼吸すらも煩わしく感じる息苦しさ……今すぐに胸を押さえて蹲りたくなる感覚に翻弄されているのだから、レナリア人で元々魔力なんて持っていない彼女にとってはさらにキツイものとなっているであろう。

「あ、ぁあ……あ"あ"っ!!」

「アリシア! 我慢してくれ!」

 これが同じ魔法使い同士であればここまで密着する事もなく、彼女の猟犬との適合率が高く無ければここまで苦しむ事もなかっただろうに……俺と猟犬を繋ぐ通り道となっている彼女には、自分の物ではない他人の魔力と意思が二人分も行き来しているはずだ。
 バラバラに鼓動を刻む三つの心臓に、頭の中で絶えず響く他人の身勝手な声……心身共に多大な負担であるのは確実だろう。……それでも俺の為に頑張ってくれているのだ。

「……アリシア、噛んでも良いからもう少しの辛抱だ」

「ふっ、ぐぅ……うぅ!」

 アリシアの頭を抱き込み、自身の首筋を噛ませる……そのまま食いしばるよりかは遥かにマシだろう。
 ここで密着が解かれてしまっては意味がない為、彼女が俺の首筋に噛み付くと同時に絶対に離れないように腰にも手を回し、抱き締める。
 そうして彼女を押さえ込んでいると、次第にバラバラに刻んでいた複数の心臓のリズムが一定に合わさり、安定してくる……思った以上に早く魔力の譲渡が始まった事に内心驚きつつも、そういえば彼女は俺の魔力を何故か持っていたな、という事を思い出す。

「もう少し、もう少しだ……」

 彼女の心臓を通して流れ込んでくる〝熱〟……それが『火』の魔力故なのか知らないが、一気に身体中の水分が沸騰するかの様な強烈な芯を打ち込まれ、それが根を張り、俺の身体中を駆け巡る。
 アリシアの方を見ればガチガチと歯を鳴らし、大量の脂汗をかきながら細かく震えているのを確認する。……彼女を抱き締める腕にさらに力を込める。

「​──終わったぞ」

「けほっこほっ……はぁ……」

 彼女には大きな負担を強いてしまったが、俺としては割と簡単に終わってしまって少し呆気なかったという感想を抱く……俺と彼女の相性がそこまで良かったのかは分からないが、まぁ軽く済んでラッキーだったと思っておこう。

「もう……大丈夫、なの……?」

「あぁ、助かった」

「そう……良かったぁ……」

 脱力した様にコテンと頭を俺の肩に乗せるアリシアがなんだかおかしくて、ごく自然に、無意識に彼女の頭を撫でる……だからだろうか、うっかりと彼女の名・・・・を出してしまったのは。

「これでこの後を乗り切れるだけでなく、リーシャも助かる・・・・・・・・

「……(ピクっ」

 アリシアの様子の変化に気付かず、彼女の頭を撫でていたが……おもむろに顔を上げ、光を失った目でコチラを見つめ始めたアリシアの気迫に一瞬固まってしまう。
 ……なぜ彼女は怒っている?

「あ、アリシア? どうした? ……先ずは前を隠したらどうだ?」

「……」

 俺の指摘に耳だけ赤くするという器用な事をしながら素直に服を着直しはするが、それで彼女の雰囲気が和らぐ事はない。

「……よ」

「……なんだ?」

「誰よ、その女……」

「……アリシア?」

 ……え? いや、え? ……もしかしてリーシャの事か?

「……リーシャ、の事か?」

「そうよ! そのリーシャっていう如何にもな女性の名前よ! 誰なのよ!」

「お、落ち着け! 落ち着くんだアリシア!」

 顔中を真っ赤にさせ、目に涙さえ浮かべながら俺の襟首を掴んで揺さぶるアリシアに混乱しながら落ち着く様に促すが……それは火に油を注ぐ事態となったようだ。

「わ、私にあれだけ恥ずかしい事をさせて、言わせておいて……く、クレルは他に女を作っていたのね?!」

「ご、誤解だ! あとその言い方は多分に語弊がある!」

「うわー! クレルのバカぁー! 私が必死に貴方を探していた時にイチャコラしていたのね?! 私から魔力を貰ったのも、そのリーシャって子の為だったのね?!」

 ​──ダメだ! 収拾がつかない!
 幼児退行してしまったが如く泣きわめくアリシアをどう窘めれば良いのか、俺にはまったく分からん! どうすればいいのだ?!

「ち、違うぞアリシア! 俺とリーシャはそんな関係ではない! それに確かにリーシャを助ける為にアリシアの『火』の魔力は必要ではあったが、今この難局を乗り切るのに必要な事も確かだ!」

「絶対に嘘よ! うわーん!」

 ぐっ、俺も腹を括るしかないか……か、かくなる上は​──

「​──お、俺はお前を愛してる!」

「​──ひぇっ!」

 ……ひぇってなんだよ、ひえって……人がせっかく勇気出して言った言葉をひえって片付けなるよ……さすがに俺も傷付くぞ?

「……ご、ごめんにゃさい……突然だったし、嬉しくて……つい……」

 俺がジトッとした目で見つめれば、恥ずかしくった時の癖なのか……自分の顔の横から流れ落ちる髪を口元まで持ち上げて小声でごにょごにょ言い出す姿を見れば毒気が抜かれてしまう。

「……俺自身もよく分かってない内から口に出すのは違うと思ってはいるんだが、多分そうだ」

「……もう、多分ってなによ」

 今の俺にとっての精一杯の譲歩だと理解してくれたのだろう……彼女は少し悲しげに苦笑しながら俺を許してくれる。
 そのまま少し拗ねた顔を作って見せ、未だに俺の膝の上から退く様子のない彼女は流れる様に俺の首に腕を回して抱き着く。

「……本当に覚えてないのね」

「……あぁ」

「……でも、私の事が好きなのよね」

「……あぁ」

「……私もクレルの事、好きよ?」

「……あぁ、分かってる」

「……本当に?」

「……本当だ」

 彼女の寂しげな声に胸が締め付けられる……どうして俺はこんなにも愛おしい人の存在を覚えていないのだろう……なぜこんなにも愛おしいのに忘れてしまったのだろう。

「……そのリーシャって子はどんな子なの?」

「……少し人見知りで、口下手だか良い奴だ」

「……可愛い?」

「……可愛いとは思う」

「……ふーん、年齢は?」

「……確か十五歳だ」

「……へぇ、私よりも若いんだぁ」

「……アリシアも若いと思うが」

 耳元で囁く様に語り掛けるアリシアの声が擽ったくも心地好い……自然と彼女の背や頭に腕を回して愛でてしまう。

「……その子が今大変なのね」

「……あぁ、元々はリーシャの為に戻るところを喰われた」

「……その子が大事なのね」

「……あぁ、大事な相棒だ」

「……好きになっちゃったり?」

「……分かってるくせに」

「……ごめんね?」

「……あぁ」

 あぁ、なんだろうな……こんな悪戯っぽい彼女の声を懐かしく思える。
 知らない筈なのに、愛おしく思える……やはり俺は彼女の事を知っていた筈なのだろう。

「……まだ少し混乱してるのよね」

「……あぁ」

「……それなのに、無理に気持ちを言わせてごめんね」

「……構わない」

「……わ、わた……私の事を覚えてなくて、もね……」

「……泣くな」

「……ぜ、絶対……絶対にまた……惚れさせて、あげっ、る……」

「……あぁ」

 ​──二度目の一目惚れは既にしているんだがなぁ……なんて言葉をそっと飲み込み、アリシアの頭を俺は撫で続けた。

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