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第七章.哀哭の船
11.哀哭の鰐
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「『我が願いの対価は暴虐の薔薇 望むは御身の束縛──』」
アリシアが焔を纏いながら突っ込むのに合わせてIV号供物を右手の中で砕きながら集中し、大地に対して希う。
あの魔人の卵に対してアリシアも長くは持たない……だからなるべく早く、しかし失敗しない様に慎重に魔力を練り上げて〝偉大なる大地〟へのパスを繋げる。
「『貴方の身勝手な欲望に果てはなく 遂には空をも落とす──』」
目の前でアリシアが殴られる度に腸が煮えくり返るのを奥歯を噛み締める事で抑える……俺の中の激情が暴走する前に、その力の方向性を魔法へと向けてやる。
憤る暇があるなら一秒でも早く魔法の発動を早くしろ、クレル・シェパード。
「『幼き頃からの憧れを ただ見上げるしか無かった夕焼けの情景を手を伸ばし続けた貴方の手を──』」
コチラに吹き飛んで来るアリシアを優しく抱き留め、そのまま入れ替わる様に前へ腕を突き出す。
「──『天地繋ぐ強欲の茨』」
赤黒く脈動する丸太の様に太い幾つもの茨が魔物の足下から伸び上がり、その動きを絡めとって離さない。
振りかぶられた奴の拳が俺の目の前で静止し、細かく震える様に思わず冷や汗をかいてしまう。
「『──大地を踏み歩くは我らが空 褐色の幼子に血を捧ぐ』」
「『──我が願いの対価は血潮滾る薔薇 望むは歪な大地を均す術』」
茨が奴の動きを止めている数秒の間に最後のⅤ号供物を使用して最高の一撃を放つ為に備える。
アリシアも自身の血液を使用してその髪を美しい緋色へと染め上げながら濃密な魔力を漂わせる。
「『貴女は優しく微笑んだ 気まぐれに彼に笑いかけた──』」
「『貴方は激しく求めた 気まぐれに表情を変える彼女が欲しくて手を伸ばした──』」
この場に存在する三つの生命を起点として暴れ狂う魔力に船が揺られ海飛沫が俺たちを叩く……曇天模様の空を駆け抜ける暴風が頬に爪を立てる。
そんな中でいくつかの茨を引きちぎる様な馬鹿力を発揮する魔物には苦笑を禁じ得ない。
「『無気力に自分を見上げる彼が可笑しくて ただそれだけだった──』」
「『切っ掛けなどそれで十分だった あの時見た緋色の空が僕の心に漣を立てた──』」
使用する高位供物の影響か、それともこの場の魔力濃度の高さからか……一時的に位階が高まり、大地やアリシアと同調してしまう事で自分の思考がぐちゃぐちゃになる。
この場所が『魔境』である事も無関係ではないだろう。
今の俺は──誰の想いを代弁している?
「『私にそんなつもりは無かったッ!!』」
「『どうしようもなくお前が悪いッ!!』」
最後の茨を引きちぎった魔物に向かって魔法を発動する。
「『──執着の萌木ッ!!』」
泣きながらコチラへと手を伸ばす魔物の腹を引き裂きながら伸びた根が奴の身体を蝕み、栄養分を吸い取って鮮やかな薔薇の花を咲かせる。
魔物の腹を破裂させながら咲き誇るその薔薇が宿主の魔力を剥ぎ取りながらさらにその花弁を輝かせる。
『ザザッ──ダメだダメだだだダメだザザッ──俺からうばうばうばうば──ザッ──奪うなッ!!』
顔を苦渋に歪ませた魔物が自身の腹から顔を出す薔薇の花に手を伸ばす──が、奴が花弁に触れた瞬間に大きな音を轟かせながら爆発する。
奴の腹の肉を巻き込みながら周囲に飛散したそれら花弁の一つ一つが奴を攻撃する爆薬となる……そして、トドメのこれだ。
「『──降り注ぐ悲哀』」
アリシアが剣を振り下ろすのに合わせて〝美しき大空〟の涙が降り注ぐ……煌々と曇天の空を引き裂き、俺たちを暖かく照らしながら降り注ぐその炎塊は周囲に散った花弁すらも燃料に変え、さらに燃え上がりながら魔物へと殺到する。
花弁や魔物自身の魔力を薪としてさらに燃え上がる焔に灼かれ、壊れた鰐は絶叫を上げてその身を飛散させる。
「……これで倒れて欲しいものね」
「……そうだな、もう供物が一つも無い」
俺は供物を、アリシアは血液のストックがもう一つも残っていない……これで倒せなかったらいよいよ詰みだ。
少なくとも奴にまともなダメージを与えられる様な火力は出せないだろう。
「「……」」
不安からか、知らず知らずのうちに俺の服の袖口を掴むアリシアの手を絡め取る様に握り締める。
……もしもの時は彼女だけでも逃がさなければならない。
「ダメ、だったか……」
「……」
ぐじゅぐじゅと焼け爛れた皮膚をボタボタと垂れ流しながら起き上がる長身の男……未だにくっ付いたまま剥がれない鰐の肉や皮を引き摺りながら隻眼でアリシアを睨み付ける。
眼孔から花弁の様に突き出た人の指、その中心に収まった爬虫類を思わせる瞳で……確かに彼女を凝視していた。
「半熟卵と言ったところか」
「……ごめんなさい。クレルが何を言っているのか分からないわ」
「……すまん」
少しでも場を和ませようと慣れないジョークを言ったつもりだったが、アリシアには不評だったようだ。
だが実際に目の前の魔物は魔人の卵だったはずだが……孵化仕掛けている。
俺とアリシアで大きな刺激を与えたからなのかは分からないが、今まで散々拒んでいた孵化を受け入れるだけの衝撃はあったらしい。
「……アリシア、逃げてくれ」
「……嫌よ」
「アイツは確実にお前を狙っている」
「なら私が囮になるわ」
本当に聞き分けのない女だ。
「アリシア……」
「……絶対に、嫌よ」
そんな怯えた声で懇願されてしまったらもうどうしようもないじゃないか……惚れた方の負けとはよく言ったものだ。
「……分かった、何とかやってみよう」
「もちろん二人共が生き残る方法よね?」
「注文の多い奴だ」
「魔法使いは奇跡を起こせる凄い人達なんだから」
「……魔法に対する多大な偏見がある様だ」
「それを植え付けたのは貴方よ」
「……記憶にない」
「……そうだったわね」
ふん、まぁあれだ……過去の俺の不始末なら最後まで責任をとってやろうじゃないか。
……別に自分自身に嫉妬している訳ではないが、一度はアリシアにここまで言わせる事が出来たのだからまた出来ない道理はない。
「仕方がない──『借金』をするか」
「……借金?」
「あぁ、対価の後払いだ」
対価の先払いである『呪具』の作製とは違って、対価の後払いは通常の魔法行使よりも多大な負担と明瞭な詠唱……そして捧げるべき対価も多くなる。
さらに規定の日時までに支払いを終えられなかった場合は〝欲深き大地〟からの強烈なペナルティが与えられる。
「あまり使用したくはないが、呪具も供物もこの場には無い」
「大丈夫なの?」
「余計な心配はしなくても良い……それよりも準備は良いか?」
「準備?」
アリシアの中に宿る彼女のモノではない異質な魔力……今にも消えてしまいそうな弱々しい光であるそれと、目の前の魔物の魔力が共鳴し合っている事に気付く。
なぜレナリア人であるアリシアが俺以外の魔力を所持しているのか不明だし、非常に不愉快ではあるが……それが突破口になるかも知れない。
「魔力を感覚として捉えられないアリシアには分からないかも知れないが、アリシアの中にある魔力と魔物の魔力が共鳴し合っている。……アリシアが奴に攻撃した時に作用したのか、奴が孵化し始めた理由かも知れん」
「……もしかして、蝸牛?」
どうやら心当たりはあるらしいな……もしかしたらアリシアが討伐した魔法使いや魔物の中に、目の前の鰐と所縁のある奴が居たのかも知れない。
そしてその魔力に反応して魔人の卵は孵化を始めたのだろう。
……なるほど、この船の管理人が俺たちに自分でも倒せない魔物の討伐を依頼するはずだ。
奴は最初から分かっていたのだろう……本当にムカつく奴だ。
「その蝸牛とやらの魔力で奴の核を揺さぶり続けられれば──剥き出しになったそれに、俺がトドメを刺す」
「分かったわ、それまで援護を頼むわね」
「あぁ、先ほどのダメージも残っているみたいだしな」
まるで蛇が脱皮した自分の皮を食べるかの様に、それまで自分自身だった鰐の肉を貪って肉体を修復している魔人の卵に向けて手を翳す。
「……行ってくるわ」
「あぁ、気を付けてな」
俺はアリシアと、リーシャの為に──
「『──偉大なる大地へと懺悔する』」
──お前を殺してでも生き延びるぞ。
▼▼▼▼▼▼▼
アリシアが焔を纏いながら突っ込むのに合わせてIV号供物を右手の中で砕きながら集中し、大地に対して希う。
あの魔人の卵に対してアリシアも長くは持たない……だからなるべく早く、しかし失敗しない様に慎重に魔力を練り上げて〝偉大なる大地〟へのパスを繋げる。
「『貴方の身勝手な欲望に果てはなく 遂には空をも落とす──』」
目の前でアリシアが殴られる度に腸が煮えくり返るのを奥歯を噛み締める事で抑える……俺の中の激情が暴走する前に、その力の方向性を魔法へと向けてやる。
憤る暇があるなら一秒でも早く魔法の発動を早くしろ、クレル・シェパード。
「『幼き頃からの憧れを ただ見上げるしか無かった夕焼けの情景を手を伸ばし続けた貴方の手を──』」
コチラに吹き飛んで来るアリシアを優しく抱き留め、そのまま入れ替わる様に前へ腕を突き出す。
「──『天地繋ぐ強欲の茨』」
赤黒く脈動する丸太の様に太い幾つもの茨が魔物の足下から伸び上がり、その動きを絡めとって離さない。
振りかぶられた奴の拳が俺の目の前で静止し、細かく震える様に思わず冷や汗をかいてしまう。
「『──大地を踏み歩くは我らが空 褐色の幼子に血を捧ぐ』」
「『──我が願いの対価は血潮滾る薔薇 望むは歪な大地を均す術』」
茨が奴の動きを止めている数秒の間に最後のⅤ号供物を使用して最高の一撃を放つ為に備える。
アリシアも自身の血液を使用してその髪を美しい緋色へと染め上げながら濃密な魔力を漂わせる。
「『貴女は優しく微笑んだ 気まぐれに彼に笑いかけた──』」
「『貴方は激しく求めた 気まぐれに表情を変える彼女が欲しくて手を伸ばした──』」
この場に存在する三つの生命を起点として暴れ狂う魔力に船が揺られ海飛沫が俺たちを叩く……曇天模様の空を駆け抜ける暴風が頬に爪を立てる。
そんな中でいくつかの茨を引きちぎる様な馬鹿力を発揮する魔物には苦笑を禁じ得ない。
「『無気力に自分を見上げる彼が可笑しくて ただそれだけだった──』」
「『切っ掛けなどそれで十分だった あの時見た緋色の空が僕の心に漣を立てた──』」
使用する高位供物の影響か、それともこの場の魔力濃度の高さからか……一時的に位階が高まり、大地やアリシアと同調してしまう事で自分の思考がぐちゃぐちゃになる。
この場所が『魔境』である事も無関係ではないだろう。
今の俺は──誰の想いを代弁している?
「『私にそんなつもりは無かったッ!!』」
「『どうしようもなくお前が悪いッ!!』」
最後の茨を引きちぎった魔物に向かって魔法を発動する。
「『──執着の萌木ッ!!』」
泣きながらコチラへと手を伸ばす魔物の腹を引き裂きながら伸びた根が奴の身体を蝕み、栄養分を吸い取って鮮やかな薔薇の花を咲かせる。
魔物の腹を破裂させながら咲き誇るその薔薇が宿主の魔力を剥ぎ取りながらさらにその花弁を輝かせる。
『ザザッ──ダメだダメだだだダメだザザッ──俺からうばうばうばうば──ザッ──奪うなッ!!』
顔を苦渋に歪ませた魔物が自身の腹から顔を出す薔薇の花に手を伸ばす──が、奴が花弁に触れた瞬間に大きな音を轟かせながら爆発する。
奴の腹の肉を巻き込みながら周囲に飛散したそれら花弁の一つ一つが奴を攻撃する爆薬となる……そして、トドメのこれだ。
「『──降り注ぐ悲哀』」
アリシアが剣を振り下ろすのに合わせて〝美しき大空〟の涙が降り注ぐ……煌々と曇天の空を引き裂き、俺たちを暖かく照らしながら降り注ぐその炎塊は周囲に散った花弁すらも燃料に変え、さらに燃え上がりながら魔物へと殺到する。
花弁や魔物自身の魔力を薪としてさらに燃え上がる焔に灼かれ、壊れた鰐は絶叫を上げてその身を飛散させる。
「……これで倒れて欲しいものね」
「……そうだな、もう供物が一つも無い」
俺は供物を、アリシアは血液のストックがもう一つも残っていない……これで倒せなかったらいよいよ詰みだ。
少なくとも奴にまともなダメージを与えられる様な火力は出せないだろう。
「「……」」
不安からか、知らず知らずのうちに俺の服の袖口を掴むアリシアの手を絡め取る様に握り締める。
……もしもの時は彼女だけでも逃がさなければならない。
「ダメ、だったか……」
「……」
ぐじゅぐじゅと焼け爛れた皮膚をボタボタと垂れ流しながら起き上がる長身の男……未だにくっ付いたまま剥がれない鰐の肉や皮を引き摺りながら隻眼でアリシアを睨み付ける。
眼孔から花弁の様に突き出た人の指、その中心に収まった爬虫類を思わせる瞳で……確かに彼女を凝視していた。
「半熟卵と言ったところか」
「……ごめんなさい。クレルが何を言っているのか分からないわ」
「……すまん」
少しでも場を和ませようと慣れないジョークを言ったつもりだったが、アリシアには不評だったようだ。
だが実際に目の前の魔物は魔人の卵だったはずだが……孵化仕掛けている。
俺とアリシアで大きな刺激を与えたからなのかは分からないが、今まで散々拒んでいた孵化を受け入れるだけの衝撃はあったらしい。
「……アリシア、逃げてくれ」
「……嫌よ」
「アイツは確実にお前を狙っている」
「なら私が囮になるわ」
本当に聞き分けのない女だ。
「アリシア……」
「……絶対に、嫌よ」
そんな怯えた声で懇願されてしまったらもうどうしようもないじゃないか……惚れた方の負けとはよく言ったものだ。
「……分かった、何とかやってみよう」
「もちろん二人共が生き残る方法よね?」
「注文の多い奴だ」
「魔法使いは奇跡を起こせる凄い人達なんだから」
「……魔法に対する多大な偏見がある様だ」
「それを植え付けたのは貴方よ」
「……記憶にない」
「……そうだったわね」
ふん、まぁあれだ……過去の俺の不始末なら最後まで責任をとってやろうじゃないか。
……別に自分自身に嫉妬している訳ではないが、一度はアリシアにここまで言わせる事が出来たのだからまた出来ない道理はない。
「仕方がない──『借金』をするか」
「……借金?」
「あぁ、対価の後払いだ」
対価の先払いである『呪具』の作製とは違って、対価の後払いは通常の魔法行使よりも多大な負担と明瞭な詠唱……そして捧げるべき対価も多くなる。
さらに規定の日時までに支払いを終えられなかった場合は〝欲深き大地〟からの強烈なペナルティが与えられる。
「あまり使用したくはないが、呪具も供物もこの場には無い」
「大丈夫なの?」
「余計な心配はしなくても良い……それよりも準備は良いか?」
「準備?」
アリシアの中に宿る彼女のモノではない異質な魔力……今にも消えてしまいそうな弱々しい光であるそれと、目の前の魔物の魔力が共鳴し合っている事に気付く。
なぜレナリア人であるアリシアが俺以外の魔力を所持しているのか不明だし、非常に不愉快ではあるが……それが突破口になるかも知れない。
「魔力を感覚として捉えられないアリシアには分からないかも知れないが、アリシアの中にある魔力と魔物の魔力が共鳴し合っている。……アリシアが奴に攻撃した時に作用したのか、奴が孵化し始めた理由かも知れん」
「……もしかして、蝸牛?」
どうやら心当たりはあるらしいな……もしかしたらアリシアが討伐した魔法使いや魔物の中に、目の前の鰐と所縁のある奴が居たのかも知れない。
そしてその魔力に反応して魔人の卵は孵化を始めたのだろう。
……なるほど、この船の管理人が俺たちに自分でも倒せない魔物の討伐を依頼するはずだ。
奴は最初から分かっていたのだろう……本当にムカつく奴だ。
「その蝸牛とやらの魔力で奴の核を揺さぶり続けられれば──剥き出しになったそれに、俺がトドメを刺す」
「分かったわ、それまで援護を頼むわね」
「あぁ、先ほどのダメージも残っているみたいだしな」
まるで蛇が脱皮した自分の皮を食べるかの様に、それまで自分自身だった鰐の肉を貪って肉体を修復している魔人の卵に向けて手を翳す。
「……行ってくるわ」
「あぁ、気を付けてな」
俺はアリシアと、リーシャの為に──
「『──偉大なる大地へと懺悔する』」
──お前を殺してでも生き延びるぞ。
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感想ありがとうございます。
そこまで褒められると照れてしまいます!
これからも頑張りますので応援よろしくお願いします!
以前に拝読させて頂きましたね、此方でも応援させて頂きます(*'▽')
わーい!ありがとうございますー!
ネタバレがあると書いてあったので、ここで初めて読みました。
ほうほうなるほど(`・ω・´)
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