透明な回想録 ~Transparent reminiscences~

スーパーアドシスO

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プロローグ 2

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「……もう一つ聞いていいか?」

唐突な所有物宣言をした少女から目を逸らし、俺はベッドに視線を落とし尋ねる。
この全身に感じる言いようの無い違和感の理由を質さねばなるまい。

「……俺はなんで全裸なんだ?」

他にもっと尋ねるべき事があるのだろうが、シーツが地肌に触れる感触が気になり口をついた。
「寝る時は裸で!」というこだわりを持つ人間も居るだろうが、あいにく俺には全裸で就寝する習慣はない。
そもそも寝巻きで寝るという習慣すらない。
外着に靴下まで装備という、フルアーマー状態で眠りに付くのが俺の習わしである。

先程溢れ出た涙を拭いながら、ゆっくりとベッドに腰掛けスッと息を飲み込んだ後、彼女は答える。

「私以外のモノは、あちらの世界からは何も持って来れませんでしたから」

この少女は何をのたまっているのだ、……あちらもこちらもない。
俺が住む世界は、ハムスターが滑車を回すように、ただ同じことを飽きることさえ許されずに繰り返す退屈な世界だ。

またも続く彼女の抽象的な回答に、俺の疑問は全く晴れる事は無かった。


――やはりこれは夢の中なのだろうか。


夢であるならば、すっぽんぽんな現状と眼前には妙に露出度の高いどスケベボディの美少女。
欲望のおもむくままに卑猥の限りを尽くしても、お咎めは何も無いだろう。

怪しい宗教に加入させられることも浄水器を売りつけられることも無い。

邪な妄想が一瞬脳裏に浮かんだが、すぐ直近までのやりとりを思い出した。


彼女の表情を思い出す。
あれは掛け値無しで大切な人への、衷心からそう思っての態度だった。

果たして見ず知らずの赤の他人に、あんな表情をする事が出来るだろうか?
演技であったとすればアカデミー賞主演女優まったなしだ。

夢であったとしても、俺にはこのセリカと名乗った少女の想いを踏みにじるような行動をとる気には到底なれなかった。
そもそもここが夢の中だとしても、チキンな俺にこんな美少女をどうこうする度胸なんて持ち合わせていない。


――――セリカ?


俺の愛車と同じ名前だ。

10年間と言っていたが、俺の元に愛車が来たのも10年前だ。
県内中探したが条件に合う車は見つからず、仕方なく諦めるかと思った矢先の出会いだった。
前のオーナーは高齢な方でほとんど運転せず、晩年は車庫に仕舞いっ放しになっていた所、当人が亡くなったのを機に家族が売りに出した、そんな経緯で手に入れた我が愛車……。


まさか……。


「セリカ……」

呼びかけた訳では無く、ふと愛車の事を思い出し呟いた。

「はい、なんでしょうか?」

儚げな横顔で壁に視線を向けていた彼女が、こちらに向き直り満面の笑みで問い掛けてくる。
名前を呼ばれた事がよほど嬉しかったのだろうか?

彼女の問い掛けをよそに、俺は自身の手のひらを天井に掲げ仰ぎ見る。
陽の光に照らされても、血色の悪い枯れ枝のような手だ。
薬指の指輪サイズが5号という、白く筋張った病人のような手。

見知らぬ天井と見慣れた手。

鈍く響く頭痛が再び襲い掛かり、ふと点と点が結びついたことを悟る。


――――俺は全てを思い出した。


手を伸ばせばすぐ届く、低く灰色な天井。
そんな愛車の天井を、掲げたままの指の隙間から映る、高く冷たそうな石の天井を比べながら思い浮かべた。

「……お前は俺の、……車なのか?」

聞き覚えが無いと感じていた彼女の声。
そんな事は現実では絶対にあり得ない事なのだが……。
事故の瞬間に聞こえたあの声と、俺に話しかける彼女の声が記憶の中で合致した。

「はい、仰る通りです。私自身も未だに信じられないのですが……」

真っ直ぐに俺の目を見つめ、彼女は続ける。

「でも、私はご主人さまの前に居ます。こうして見つめること、話しかけること、触れること、寄り添うことが出来る。それが今の事実です」

優しい声色でそう言い、俺の両手を取り自身の胸の前でギュっと抱き締めた。
再度の唐突なスキンシップに驚いたが、この温もりが夢でも幻でも無いことを俺に教えてくれるような気がした。


「ところで、……俺は死んだのか?」

彼女が言う「こちらの世界」というのは「死後の世界」ということなのだろうか?
無論、そんなものがあるなんて信用していない。

死ねば無に還るだけ。

でも、死後の世界だなんていうものが存在するのだとしたら、今の自身が置かれた境遇にも合点がいく。
先程と同じようにセリカはスッと静かに息を飲み込んだ後、答えた。

「貴方はただ暗く、ただ狭い部屋に、閉じこめられた私を救ってくれました」

目を閉じ、語りかけるように俺に言う。

「ずっと感謝の言葉を伝えたかった……、見るからに不健康そうでちょっと目つきが悪くて、一見無口で無愛想」

優しくそっと撫でられるような、そんな声色だった。
まるで子供をあやすかのような。

「でも誰よりも優しいこと、私を大切にしてくれていること、今こうして傍に居てくれること、……そんな貴方が、大好きです」

握られた手にぎゅっと力が籠められた。

「……そして、貴方は生きています」

そこまで言い終わると、俺の手をそっと離して俯いた。
顔を真っ赤にして。

彼女が言葉を紡ぐのを相槌すら打つことも出来ず、俺はただ眺めていた。


おい、死後の世界ってギャルゲーだったのか……。


どうやらプロローグ時点で好感度MAXのようだ。
ここまで明確に好意を伝えられた事が今までの人生であっただろうか。

――俺が生まれて初めて告白されたのは、……男だった。

……いわゆるホモ、同性愛者である。
彼女の言葉が正直に嬉しかった、この上なく。

でも、車なんだよな……?

その短いスカートをめくったら立派なナニが着いてるとかないよな……?
だが、目の前に居るのは顔中を赤らめ、もじもじとする超絶美少女だ。
表情といい、仕草といい、途方もなく愛らしく感じた。

「……ありがとう」

未だ鉛がぶら下がったように重い頭では気の効いた返答なんぞ思い付くはずもなく、こう答えるのが俺には精一杯だった。
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