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一章 付喪神奉行の護り手
出会い
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ちりいん ちりいん
桜麟の首元で鈴が鳴っている。
(妓楼行き……)
一日かけて蔵を片付けた翌日。重い大八車を引きながら、桜麟は暗澹たる気持ちになっていた。
何十年も使われ続けた物や、長生きをした獣には精霊が宿る。それらはいつしか意思と霊力を持ち、変化の術を使って人型になるモノもいる。そのようなモノを人間は付喪神と呼んで珍重していた。その一方で、付喪神になる過程で人間に怨念を抱いてしまい、人間に害を成してしまうものに堕ちたものを妖魔と呼ぶ。
桜麟は妖魔を狩るための武器である、斬妖刀の付喪神だった。
初めて人間の姿に変化した時は、徳次郎に喜ばれたものだ。これは珍しい付喪神。見目も申し分ない。さぞかし高く売れるだろう、と。売り物にしか見られていないのは気分がよくなかったが、それでも人間の役に立てるのは、斬妖刀として誇らしく思っていた。
ところが、それも長くは続かなかった。桜麟が妖魔を倒せなかったからだ。正確には、倒したくない、という彼女の心の問題だ。
(元をたどれば妖魔だってわたしたちと同じなのに……)
妖魔が向ける邪悪な力は相手を選ばない。自衛のために倒す必要があるのも理解している。けれど、妖魔であれば何でも倒せと命令されるのは嫌で仕方がなかった。まずは話し合う努力をしてもいいのではないだろうか。
(徳次郎さまが怒るのは当然だけど……)
ちらりと大八車の中身を見てため息を吐く。大八車には昨日の騒動で使い物にならなくなった品々を入れている。その中には霊力を吹き出していた壺もある。
徳次郎は霊力が宿りそうな品々を集める、付喪神屋という商売を営んでいた。変化した付喪神は、それを珍重する金持ちや必要とする場所に売る。
桜麟が人型へ変化して二年。その間に様々な付喪神が売られていった。その中でも桜麟ほど完全な人型を取る付喪神は珍しく、高値で売ろうと色々と教育を施された。しかし、斬妖刀の付喪神なのに、妖魔が倒せないというのは期待外れだったのだろう。年月が経つにつれて、桜麟の扱いはぞんざいなものとなっていった。
「……逃げたほうがいいのかな」
そんな言葉がポツリと口から出てくる。
妓楼に買われた付喪神は、想像を絶する過酷な扱いを受けると聞いていた。そもそもが桜麟のように完全な人型であっても、人間の間では単なる物であり道具という立場なのだ。首の鈴がその証拠。今の彼女は徳次郎の所有物であり、逃げたら追手がかかる。その先に待ち受けるのは妖魔と同じ未来――要するに、死だ。
元の斬妖刀の姿に戻され、刀身が真っ二つに折られる。そんな自分の姿を思い浮かべて、桜麟はぶるりと背中を震わせた。
「もう一回、ちゃんと謝ろう」
誠心誠意を籠めて謝罪し、最後の機会を与えてもらう。そこで力を示して徳次郎に考えを改めてもらうのだ。
自分だってこのままでいいとは思っていない。人型になれば食事だって必要なのだ。いつまでもタダでご飯を食べさせてもらうわけにはいかない。
そうと決まれば、さっさと用事を済ませて屋敷へ戻ろう。いつの間にか止まっていた足を動かすと、ばふん、と何かが顔にぶつかった。
「あ……ごめんなさい」
反射的に謝って見上げると、腕を組んだ青年が見下ろしていた。
歳は二十代前半ぐらいだろうか。桜麟よりも頭一つ分ほど背が高く、肩幅も広くてがっしりとした体格。鍛錬を欠かしていないのだろう。小袖から見える腕は筋肉質だ。目鼻立ちは整っているだけではなく、桜麟を見下ろす双眸には覇気があり、精悍さも感じられる。斬妖刀の付喪神として、強そうな武人には興味を惹かれてしまう。
だが、最も桜麟が目を奪われたのは、青年が身に纏う霊力だった。春の新緑を思わせるような爽やかな風の霊力。生命の息吹そのもののようで、やさぐれていた桜麟の心にまで活力を与えてくれるようだ。桜麟は一瞬で、その霊力の虜になっていた。
「さっきから道を聞いていたのだが、目の前で堂々と無視か?」
「え? 道?」
うっかり見惚れていると、青年の眉間に皺が刻まれた。これは失礼なことをしてしまった。あたふたと桜麟は聞き返した。
「どこへ向かうのですか?」
「この近く村に付喪神屋があると聞いてな」
徳次郎の屋敷のことだろう。桜麟は振り返って道を指した。
「この道を真っ直ぐ行けば、四半刻もせずに着きますよ。一番大きなお屋敷が徳次郎様のお屋敷です。小さい村なのですぐにわかると思います」
「そうか。助かった」
組んでいた腕を解いて青年が礼を言う。
「妖魔は出ないと思いますけど、気を付けてくださいね」
歩くその背中に声を掛けると、後ろ手に青年が手を振って応える。
(ちょっと怖いけど……素敵な霊力)
青年が腰に差している刀は斬妖刀だった。彼の霊力ならば、斬妖刀もさぞかしやりがいがあるだろう。それと同時に、どうしてこんな小さな村に、と疑問も覚えてしまう。
(まあ、わたしには関係ないし)
大八車を引くべく、桜麟はうんしょっと足に力を入れたのだった。
桜麟の首元で鈴が鳴っている。
(妓楼行き……)
一日かけて蔵を片付けた翌日。重い大八車を引きながら、桜麟は暗澹たる気持ちになっていた。
何十年も使われ続けた物や、長生きをした獣には精霊が宿る。それらはいつしか意思と霊力を持ち、変化の術を使って人型になるモノもいる。そのようなモノを人間は付喪神と呼んで珍重していた。その一方で、付喪神になる過程で人間に怨念を抱いてしまい、人間に害を成してしまうものに堕ちたものを妖魔と呼ぶ。
桜麟は妖魔を狩るための武器である、斬妖刀の付喪神だった。
初めて人間の姿に変化した時は、徳次郎に喜ばれたものだ。これは珍しい付喪神。見目も申し分ない。さぞかし高く売れるだろう、と。売り物にしか見られていないのは気分がよくなかったが、それでも人間の役に立てるのは、斬妖刀として誇らしく思っていた。
ところが、それも長くは続かなかった。桜麟が妖魔を倒せなかったからだ。正確には、倒したくない、という彼女の心の問題だ。
(元をたどれば妖魔だってわたしたちと同じなのに……)
妖魔が向ける邪悪な力は相手を選ばない。自衛のために倒す必要があるのも理解している。けれど、妖魔であれば何でも倒せと命令されるのは嫌で仕方がなかった。まずは話し合う努力をしてもいいのではないだろうか。
(徳次郎さまが怒るのは当然だけど……)
ちらりと大八車の中身を見てため息を吐く。大八車には昨日の騒動で使い物にならなくなった品々を入れている。その中には霊力を吹き出していた壺もある。
徳次郎は霊力が宿りそうな品々を集める、付喪神屋という商売を営んでいた。変化した付喪神は、それを珍重する金持ちや必要とする場所に売る。
桜麟が人型へ変化して二年。その間に様々な付喪神が売られていった。その中でも桜麟ほど完全な人型を取る付喪神は珍しく、高値で売ろうと色々と教育を施された。しかし、斬妖刀の付喪神なのに、妖魔が倒せないというのは期待外れだったのだろう。年月が経つにつれて、桜麟の扱いはぞんざいなものとなっていった。
「……逃げたほうがいいのかな」
そんな言葉がポツリと口から出てくる。
妓楼に買われた付喪神は、想像を絶する過酷な扱いを受けると聞いていた。そもそもが桜麟のように完全な人型であっても、人間の間では単なる物であり道具という立場なのだ。首の鈴がその証拠。今の彼女は徳次郎の所有物であり、逃げたら追手がかかる。その先に待ち受けるのは妖魔と同じ未来――要するに、死だ。
元の斬妖刀の姿に戻され、刀身が真っ二つに折られる。そんな自分の姿を思い浮かべて、桜麟はぶるりと背中を震わせた。
「もう一回、ちゃんと謝ろう」
誠心誠意を籠めて謝罪し、最後の機会を与えてもらう。そこで力を示して徳次郎に考えを改めてもらうのだ。
自分だってこのままでいいとは思っていない。人型になれば食事だって必要なのだ。いつまでもタダでご飯を食べさせてもらうわけにはいかない。
そうと決まれば、さっさと用事を済ませて屋敷へ戻ろう。いつの間にか止まっていた足を動かすと、ばふん、と何かが顔にぶつかった。
「あ……ごめんなさい」
反射的に謝って見上げると、腕を組んだ青年が見下ろしていた。
歳は二十代前半ぐらいだろうか。桜麟よりも頭一つ分ほど背が高く、肩幅も広くてがっしりとした体格。鍛錬を欠かしていないのだろう。小袖から見える腕は筋肉質だ。目鼻立ちは整っているだけではなく、桜麟を見下ろす双眸には覇気があり、精悍さも感じられる。斬妖刀の付喪神として、強そうな武人には興味を惹かれてしまう。
だが、最も桜麟が目を奪われたのは、青年が身に纏う霊力だった。春の新緑を思わせるような爽やかな風の霊力。生命の息吹そのもののようで、やさぐれていた桜麟の心にまで活力を与えてくれるようだ。桜麟は一瞬で、その霊力の虜になっていた。
「さっきから道を聞いていたのだが、目の前で堂々と無視か?」
「え? 道?」
うっかり見惚れていると、青年の眉間に皺が刻まれた。これは失礼なことをしてしまった。あたふたと桜麟は聞き返した。
「どこへ向かうのですか?」
「この近く村に付喪神屋があると聞いてな」
徳次郎の屋敷のことだろう。桜麟は振り返って道を指した。
「この道を真っ直ぐ行けば、四半刻もせずに着きますよ。一番大きなお屋敷が徳次郎様のお屋敷です。小さい村なのですぐにわかると思います」
「そうか。助かった」
組んでいた腕を解いて青年が礼を言う。
「妖魔は出ないと思いますけど、気を付けてくださいね」
歩くその背中に声を掛けると、後ろ手に青年が手を振って応える。
(ちょっと怖いけど……素敵な霊力)
青年が腰に差している刀は斬妖刀だった。彼の霊力ならば、斬妖刀もさぞかしやりがいがあるだろう。それと同時に、どうしてこんな小さな村に、と疑問も覚えてしまう。
(まあ、わたしには関係ないし)
大八車を引くべく、桜麟はうんしょっと足に力を入れたのだった。
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