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本編
82話 貴人の虜囚 その7
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タロウは転送陣を潜って帝国陣地に踏み入った、転送陣を並べている天幕の番をしていた近衛が流石にそれはと止めに入るもタロウは大丈夫大丈夫と笑顔で誤魔化し、開けた転送陣はすぐさま閉じる、近衛が慌てて誰かを呼びに行ったようであるが王国軍側も今はそれどころでは無いであろう、対応するにしてもクロノスにしろリンドにしろ恐らくその場を動けない筈で、イフナースは論外である、ルーツには目的を告げているし、タロウに対する信頼もある、好きにしろと鼻で笑うであろう、もう一人器用に動けるとすればユーリもいるが、ユーリはやる事をやって学園に戻ったらしい、ユーリとしても別に戦争が好きで協力していた訳では無い、男共が殺し合う場に意味も無く長居するような女ではなかった、
「向こうだったかなー」
転送陣から魔力を抜きつつキョロキョロと周囲を伺うタロウ、帝国の陣地は予想通りに大荒れである、あちらこちらで兵士の怒鳴り声が響き、悲鳴のようなものまで聞こえる始末、恐らくタロウの助言の通り、食糧やら水やらの奪い合いでも発生しているのであろうか、すぐ側を馬が駆け抜け見れば騎馬兵である、その手には何やら巨大な革袋を抱えており、馬の背にも似たような荷物が載せられていた、こうなるんだなーとぼうっと見つめるタロウ、確かに予想はしていたが、実際に目にすればやはり少々気の毒にも思える、まぁ命があるだけまだマシだよなと思いつつ、懐から昨晩も使用した図面を取り出して行先を定めた、そして天幕の間を一応と警戒しながら忍び足で進む、その天幕もまた王国のそれとは趣きが異なっている、恐らく使用している皮革の種類が違う為であろう、残念ながら帝国の方が良い皮に見えた、恐らく牛皮である、わざわざ鑑定する事は無かったが、鹿と馬の革を使用している王国のそれよりも滑らかに見えるのは、原材料の違いもあるが、鞣し技術の差であろうか、白砂糖の一件もあるがやはり技術的な面で見ると帝国は王国よりも数歩先にあるように思う、いや、それだけ様々な技術を持つ民族を吸収し従えて来た事の証であった、しっかりとした交流が出来れば面白そうだよなーと思うタロウである、そして目的の区画に近寄ると、
「あっ・・・良かったなー・・・」
天幕に背を預けホッと安堵するタロウである、部隊長であろうか騎乗にある兵士が号令を飛ばし、兵士達が続々と馬車やら牛車やらに詰め込んでいた、負傷兵をである、
「生きている者は全員連れ出す、帝国軍の威信にかけて誰一人残すな!!遺体は捨て置け、上級兵士であっても貴族であってもだ」
なんとも勇ましく清廉な号令が響き渡る、ハッと大声で返す兵士達、負傷兵達も感謝の言葉を呻いていた、
「・・・なら、こっちはいいか・・・」
ニコリと微笑んでしまうタロウ、負け戦となった瞬間、足手まといになるのは負傷兵である、そして撤退となればその場に残されるか自害するか、若しくはひと思いに止めを刺されるもので、特に機密を扱う上級兵等はそのような事態に陥るものである、タロウとしては自分一人でどこまでできるかは分からなかったが、その悲しい状況だけは阻止したいと考えていた、少々大規模になるが、負傷兵とその始末を指示する者がいれば一挙に眠らせるなりして状況を落ち着かせ、その後の処理はクロノスかイフナースに任せようと考えたのだ、故にわざわざ出向いたのである、タロウ一人で動いたのにも訳がある、この混乱した帝国軍の陣地に王国軍が紛れ込めばほぼ確実に戦闘になる、それはタロウの望む事では無く、また負傷兵らも武器を手にして抗するであろう、となればまるで意味が無い、サイ云々は都合の良い言い訳なのであった、
「向こうの天幕は?」
「まだです」
「荷車は足りるか」
「持って来ます」
「食料と水の確保、それと毛布もだ、しっかり運び出せ!!医者はどこだ、逃げたのではないだろうな」
「あちらに」
騎乗の指揮官の号令と生真面目な兵士達の叫び声が響く、やはり帝国にも心ある部隊長と兵士がいるようで、こういう人達ばかりであれば王国とも仲良く出来るのだろうけどとタロウは詮無い事を考えてしまう、いや、こういう人達ばかりであれば、わざわざこんな遠方まで遠征する事は無いし、場合によっては帝国という国そのものがあそこまで巨大になる事も無かったであろう、何とも難しいなとタロウは騎乗の部隊長の顔を心に留め、スッと来た道を戻る、そしてやはりと言うべきか、指揮から外れた兵士達は各所で争っている様子であった、幾つかの死体も目に入る、この差は一体何なんだろうなとも思う、タロウは軍として統率が取れていれば粛々と撤退も出来るであろうと考えており、そのように勧めたつもりでもあった、いや、無論こうなるであろう事は予想の範疇である、故に皇帝の天幕にあった宝物は粗方運び出し、また提督や軍団長らの天幕にあった金目のものも持ち出している、どうやら正解であったと思うが、いや、やはりこれは戦争なのであった、下手な良識が通じる状況では無い、タロウはそうつらつらと考えつつもう一つの目的地へ向かう、皇帝の天幕、その側のサイの厩舎である、
「あっ・・・良かったなー・・・君らも」
再び同じような独り言を呟くタロウ、その視線の先にはサイが二頭、周囲の騒音などまるで聞こえないようで干し草を食んでいた、急ごしらえの雪除けにしかならない粗末な小屋の下で、どうやら一般の兵士達にとっては興味の対象外なのであろう、それも致し方ない、馬や牛であれば足の代わりにもできようが、サイを操れるのは特殊な技術を持つ民族だけで、その民族もまた今は王国軍の天幕の檻の中である、辛うじて干し草が給仕されているのは馬と同じ餌であるからであろうか、見れば立派な馬も三頭ほど繋がれている、皇帝の馬であろうか、艶々とした黒く輝く馬体と細かく編み込まれた鬣、鞍の類は着けられていないが、馬に疎いタロウでさえ一目で何か違うなと感じる気品があった、しかし惜しむらくはやはり小さい、そして大変に足が太い、頑健そうな四肢を止め不安そうに周囲を見渡しているその三頭、状況を伺っているのであろう、馬は賢いからなーとタロウは思いつつ、
「さて・・・どうしたもんかねー・・・」
と一応と警戒しつつサイに近寄る、獣特有の異臭が鼻を突くも、あー動物園の匂いだなーなどとのんびりと微笑んでしまうタロウ、いや、この場合はあれだ学園の牛と馬のあそこの匂いだと思うのが正解だろうなーとのんびりと考えてしまう、
「・・・ルーツ・・・じゃないな・・・ゲインを連れてきて強引に?・・・かなー」
一心に干し草を食む二頭のサイ、出来れば捕縛した例の異民族を連れて来たい所であったがまだ面談もしていない、恐らく檻の中で状況も分からず震えている事であろう、それも明日迄の辛抱の予定である、食事も環境もしっかりと整えていた、頑迷な軍人達とも違い死に走る事も無いと思われる、
「ゲインでも・・・二頭は無理か・・・」
ムーと首を傾げるタロウ、ゲインであれば抱え上げられそうではあった、しかしそれも一頭までであろう、持ち手も無い、二頭のサイはやはり近場で見れば巨体である、そりゃ皇帝の威信を示す為の乗騎なのだからでかければでかいだけ目的に合致する、もう少し小さいのであればとタロウは思うも、それであってもゲインがサイを両脇に抱える様を想像し、無理だよなーなどと思っていると、
「これはタロウ殿」
「あっ、いたー」
エッと背筋を冷たくし、バッと振り返るタロウ、王国語であった、さらには名前を呼ばれている、
「なるほど、貴殿も中々に面白い御仁のようですな・・・」
「ねー、あれが側に居るわけだわー」
ニコニコと微笑むのは帝国の近衛兵であった、いや、一人は近衛兵である、男性であり、近衛の鎧を身に着けている、しかし、もう一人、こちらは近衛の恰好であるが、女性であった、タロウが知る限り帝国の近衛兵に女性はいない筈である、
「・・・何者・・・アッ・・・」
誰何した瞬間に察するタロウ、ニコニコと笑みを絶やさないその男、ウフフーと妖艶に微笑むその女性、
「・・・何をされているのです・・・か・・・」
タロウはすっかり忘れていたと脇の下に冷たい汗が落ちるのを感じた、そしてどのように接するのが正しいのかと混乱する、眼前の二人はラインズの連れであり、レインの同類、つまりはあれである、そしてレインの忠言を思い出す、何かをやっている、気をつけろと、
「何って・・・ネー」
「実に良い見世物であった」
「ネー、楽しかったー」
「おう、これ程短期間で終わるとは思わなかったがな」
「そこよねー、10日は楽しめると思ったのにー」
「そうか?俺は11日だ」
「大して違わないじゃない」
「いやいや、人の1日は長いぞ」
「そうかしら?どう?あんたはどう思う?」
ニコニコと微笑む女性、
「エッ・・・あっ、そう・・・ですね、私の1日は確かに・・・いや、短く感じます、ですが、子供の頃は長く感じたものですが・・・」
「そう、それだ、するともう貴様はあれか、吐き出す時になっておるのだな」
「そりゃそうでしょ、ねー」
「吐き出す時・・・ですか?」
この寒空の中、冷たい汗がツーッと頬を流れた、
「そう言わんのか?」
「無理無理、分かんないって顔してるー」
「仕方ないか」
「ねー、仕方ないよー」
何ともだらしない二人であった、タロウは混乱しつつもこれが素なのかな?と思ってしまうも、いや、ここは引き締めないとヤバい事になりかねないと下腹と視線に力を込め、
「申し訳ない、そちらの言い回しは不勉強でして・・・」
取り合えず下手に出るしかないタロウである、
「構わん、構わん、して、今度は何を画策しているのだ?」
「ねー、こんな所で何してるのー?」
ニコーと微笑む二人、ここは正直に話すべきとタロウは察し、
「あぁ、えぇとですね、まずは・・・」
としどろもどろに答えるしかなかった、負傷兵への処断があればそれを止める為で、その必要が無いと判断した為、サイを確保に来たと告げる、
「そっかー、タロウさんって優しいのねー」
ムフーと微笑むその女、
「サイか、確かに、俺もこれは初めて見たぞ、良い獣だよなー」
嬉しそうに微笑む男、
「左様・・・ですか、ですが・・・自分の言う事を聞いてくれるかどうか・・・そこが・・・なんとも・・・」
戦場の中、混乱の坩堝にある敵の陣地で返答に困ってしまうタロウ、いやいや、これはいくら気をつけても無理だぞレインと心中で泣き言を叫んでしまったタロウである、
「そりゃ無理じゃんねー」
「無理だなー・・・しかし・・・では、少しばかり協力してやらんでもないが・・・」
男がスタスタとタロウの隣りを歩きサイに手を伸ばす、サイの目がギロリと動くも食事を止める事は無かった、
「あー・・・またー・・・あれ?気が向いたー?」
「まずなー、ほれ、前のあの時の礼もしておらんしな」
「あれはだって、礼を言われるのはこっちでしょー」
「そう言うな、知らん事に礼を言えと言われても無理が過ぎる、道理に合わん」
「だけどー・・・まっ、いっか」
女もまたヒョイヒョイとサイに近付いた、振り返りつつゆっくりと距離を取るタロウ、
「ふむ・・・確かにこの獣では家畜には向かんだろうな」
「それは私でも分かるー」
「しかし、こうして繋がれていると言う事はなんらかの技術だな・・・」
「そうなのー?」
「興味深い、さっきは一目見ただけであったが、よくよく考えればな、うん、良い獣だ」
「それはさっきも言ったー」
「そうだったか?」
「そうよー」
男にしな垂れかかる女、いや、なんだこの能天気な様はと言葉が出ないタロウ、
「ん・・・では、少しばかり助力しよう、なに、対価はいらん、見物料とでも思え」
「それでいいのー?」
「あぁ、我が右腕が世話になっているようだからな、知らぬ顔も出来ん」
「えー、あれはキライー」
「好きも嫌いも無いと言っているだろう」
「そうだけどー、だってー」
「まずいい、では・・・ほれ、これをやる」
男が懐から金貨を一枚タロウに放り投げた、慌てて空中で掴むタロウ、
「その金貨を持って念じればあらゆる生物が貴様の言いなりだ、但し・・・そうだな・・・いや・・・面白そうだ、こいつもやる」
手にしていた盾を放り投げるその男、帝国の近衛兵が持つ重厚な盾である、タロウはウォッと驚き両手で受け止めた、
「その盾を構え対象に向ければ知恵の足りぬ動物とも会話が可能である、貴様なら使いこなせよう、好きに使え」
ニヤリと微笑む男、
「えー、私も欲しいー」
「お前は出来るだろ」
「えー、だって、楽そー」
「楽を覚えるな、だからお前は足りんと言われるのだ」
「ムー、でもー、そこがイイって言ってたじゃーん」
「そのとおりだ」
ガッハッハと男は笑い、
「ではな、また会おうぞ」
サッと踵を返す男、
「ジャネー」
最後までギャルギャルしい女、エッとその背を見送るしかなかったタロウであった。
「向こうだったかなー」
転送陣から魔力を抜きつつキョロキョロと周囲を伺うタロウ、帝国の陣地は予想通りに大荒れである、あちらこちらで兵士の怒鳴り声が響き、悲鳴のようなものまで聞こえる始末、恐らくタロウの助言の通り、食糧やら水やらの奪い合いでも発生しているのであろうか、すぐ側を馬が駆け抜け見れば騎馬兵である、その手には何やら巨大な革袋を抱えており、馬の背にも似たような荷物が載せられていた、こうなるんだなーとぼうっと見つめるタロウ、確かに予想はしていたが、実際に目にすればやはり少々気の毒にも思える、まぁ命があるだけまだマシだよなと思いつつ、懐から昨晩も使用した図面を取り出して行先を定めた、そして天幕の間を一応と警戒しながら忍び足で進む、その天幕もまた王国のそれとは趣きが異なっている、恐らく使用している皮革の種類が違う為であろう、残念ながら帝国の方が良い皮に見えた、恐らく牛皮である、わざわざ鑑定する事は無かったが、鹿と馬の革を使用している王国のそれよりも滑らかに見えるのは、原材料の違いもあるが、鞣し技術の差であろうか、白砂糖の一件もあるがやはり技術的な面で見ると帝国は王国よりも数歩先にあるように思う、いや、それだけ様々な技術を持つ民族を吸収し従えて来た事の証であった、しっかりとした交流が出来れば面白そうだよなーと思うタロウである、そして目的の区画に近寄ると、
「あっ・・・良かったなー・・・」
天幕に背を預けホッと安堵するタロウである、部隊長であろうか騎乗にある兵士が号令を飛ばし、兵士達が続々と馬車やら牛車やらに詰め込んでいた、負傷兵をである、
「生きている者は全員連れ出す、帝国軍の威信にかけて誰一人残すな!!遺体は捨て置け、上級兵士であっても貴族であってもだ」
なんとも勇ましく清廉な号令が響き渡る、ハッと大声で返す兵士達、負傷兵達も感謝の言葉を呻いていた、
「・・・なら、こっちはいいか・・・」
ニコリと微笑んでしまうタロウ、負け戦となった瞬間、足手まといになるのは負傷兵である、そして撤退となればその場に残されるか自害するか、若しくはひと思いに止めを刺されるもので、特に機密を扱う上級兵等はそのような事態に陥るものである、タロウとしては自分一人でどこまでできるかは分からなかったが、その悲しい状況だけは阻止したいと考えていた、少々大規模になるが、負傷兵とその始末を指示する者がいれば一挙に眠らせるなりして状況を落ち着かせ、その後の処理はクロノスかイフナースに任せようと考えたのだ、故にわざわざ出向いたのである、タロウ一人で動いたのにも訳がある、この混乱した帝国軍の陣地に王国軍が紛れ込めばほぼ確実に戦闘になる、それはタロウの望む事では無く、また負傷兵らも武器を手にして抗するであろう、となればまるで意味が無い、サイ云々は都合の良い言い訳なのであった、
「向こうの天幕は?」
「まだです」
「荷車は足りるか」
「持って来ます」
「食料と水の確保、それと毛布もだ、しっかり運び出せ!!医者はどこだ、逃げたのではないだろうな」
「あちらに」
騎乗の指揮官の号令と生真面目な兵士達の叫び声が響く、やはり帝国にも心ある部隊長と兵士がいるようで、こういう人達ばかりであれば王国とも仲良く出来るのだろうけどとタロウは詮無い事を考えてしまう、いや、こういう人達ばかりであれば、わざわざこんな遠方まで遠征する事は無いし、場合によっては帝国という国そのものがあそこまで巨大になる事も無かったであろう、何とも難しいなとタロウは騎乗の部隊長の顔を心に留め、スッと来た道を戻る、そしてやはりと言うべきか、指揮から外れた兵士達は各所で争っている様子であった、幾つかの死体も目に入る、この差は一体何なんだろうなとも思う、タロウは軍として統率が取れていれば粛々と撤退も出来るであろうと考えており、そのように勧めたつもりでもあった、いや、無論こうなるであろう事は予想の範疇である、故に皇帝の天幕にあった宝物は粗方運び出し、また提督や軍団長らの天幕にあった金目のものも持ち出している、どうやら正解であったと思うが、いや、やはりこれは戦争なのであった、下手な良識が通じる状況では無い、タロウはそうつらつらと考えつつもう一つの目的地へ向かう、皇帝の天幕、その側のサイの厩舎である、
「あっ・・・良かったなー・・・君らも」
再び同じような独り言を呟くタロウ、その視線の先にはサイが二頭、周囲の騒音などまるで聞こえないようで干し草を食んでいた、急ごしらえの雪除けにしかならない粗末な小屋の下で、どうやら一般の兵士達にとっては興味の対象外なのであろう、それも致し方ない、馬や牛であれば足の代わりにもできようが、サイを操れるのは特殊な技術を持つ民族だけで、その民族もまた今は王国軍の天幕の檻の中である、辛うじて干し草が給仕されているのは馬と同じ餌であるからであろうか、見れば立派な馬も三頭ほど繋がれている、皇帝の馬であろうか、艶々とした黒く輝く馬体と細かく編み込まれた鬣、鞍の類は着けられていないが、馬に疎いタロウでさえ一目で何か違うなと感じる気品があった、しかし惜しむらくはやはり小さい、そして大変に足が太い、頑健そうな四肢を止め不安そうに周囲を見渡しているその三頭、状況を伺っているのであろう、馬は賢いからなーとタロウは思いつつ、
「さて・・・どうしたもんかねー・・・」
と一応と警戒しつつサイに近寄る、獣特有の異臭が鼻を突くも、あー動物園の匂いだなーなどとのんびりと微笑んでしまうタロウ、いや、この場合はあれだ学園の牛と馬のあそこの匂いだと思うのが正解だろうなーとのんびりと考えてしまう、
「・・・ルーツ・・・じゃないな・・・ゲインを連れてきて強引に?・・・かなー」
一心に干し草を食む二頭のサイ、出来れば捕縛した例の異民族を連れて来たい所であったがまだ面談もしていない、恐らく檻の中で状況も分からず震えている事であろう、それも明日迄の辛抱の予定である、食事も環境もしっかりと整えていた、頑迷な軍人達とも違い死に走る事も無いと思われる、
「ゲインでも・・・二頭は無理か・・・」
ムーと首を傾げるタロウ、ゲインであれば抱え上げられそうではあった、しかしそれも一頭までであろう、持ち手も無い、二頭のサイはやはり近場で見れば巨体である、そりゃ皇帝の威信を示す為の乗騎なのだからでかければでかいだけ目的に合致する、もう少し小さいのであればとタロウは思うも、それであってもゲインがサイを両脇に抱える様を想像し、無理だよなーなどと思っていると、
「これはタロウ殿」
「あっ、いたー」
エッと背筋を冷たくし、バッと振り返るタロウ、王国語であった、さらには名前を呼ばれている、
「なるほど、貴殿も中々に面白い御仁のようですな・・・」
「ねー、あれが側に居るわけだわー」
ニコニコと微笑むのは帝国の近衛兵であった、いや、一人は近衛兵である、男性であり、近衛の鎧を身に着けている、しかし、もう一人、こちらは近衛の恰好であるが、女性であった、タロウが知る限り帝国の近衛兵に女性はいない筈である、
「・・・何者・・・アッ・・・」
誰何した瞬間に察するタロウ、ニコニコと笑みを絶やさないその男、ウフフーと妖艶に微笑むその女性、
「・・・何をされているのです・・・か・・・」
タロウはすっかり忘れていたと脇の下に冷たい汗が落ちるのを感じた、そしてどのように接するのが正しいのかと混乱する、眼前の二人はラインズの連れであり、レインの同類、つまりはあれである、そしてレインの忠言を思い出す、何かをやっている、気をつけろと、
「何って・・・ネー」
「実に良い見世物であった」
「ネー、楽しかったー」
「おう、これ程短期間で終わるとは思わなかったがな」
「そこよねー、10日は楽しめると思ったのにー」
「そうか?俺は11日だ」
「大して違わないじゃない」
「いやいや、人の1日は長いぞ」
「そうかしら?どう?あんたはどう思う?」
ニコニコと微笑む女性、
「エッ・・・あっ、そう・・・ですね、私の1日は確かに・・・いや、短く感じます、ですが、子供の頃は長く感じたものですが・・・」
「そう、それだ、するともう貴様はあれか、吐き出す時になっておるのだな」
「そりゃそうでしょ、ねー」
「吐き出す時・・・ですか?」
この寒空の中、冷たい汗がツーッと頬を流れた、
「そう言わんのか?」
「無理無理、分かんないって顔してるー」
「仕方ないか」
「ねー、仕方ないよー」
何ともだらしない二人であった、タロウは混乱しつつもこれが素なのかな?と思ってしまうも、いや、ここは引き締めないとヤバい事になりかねないと下腹と視線に力を込め、
「申し訳ない、そちらの言い回しは不勉強でして・・・」
取り合えず下手に出るしかないタロウである、
「構わん、構わん、して、今度は何を画策しているのだ?」
「ねー、こんな所で何してるのー?」
ニコーと微笑む二人、ここは正直に話すべきとタロウは察し、
「あぁ、えぇとですね、まずは・・・」
としどろもどろに答えるしかなかった、負傷兵への処断があればそれを止める為で、その必要が無いと判断した為、サイを確保に来たと告げる、
「そっかー、タロウさんって優しいのねー」
ムフーと微笑むその女、
「サイか、確かに、俺もこれは初めて見たぞ、良い獣だよなー」
嬉しそうに微笑む男、
「左様・・・ですか、ですが・・・自分の言う事を聞いてくれるかどうか・・・そこが・・・なんとも・・・」
戦場の中、混乱の坩堝にある敵の陣地で返答に困ってしまうタロウ、いやいや、これはいくら気をつけても無理だぞレインと心中で泣き言を叫んでしまったタロウである、
「そりゃ無理じゃんねー」
「無理だなー・・・しかし・・・では、少しばかり協力してやらんでもないが・・・」
男がスタスタとタロウの隣りを歩きサイに手を伸ばす、サイの目がギロリと動くも食事を止める事は無かった、
「あー・・・またー・・・あれ?気が向いたー?」
「まずなー、ほれ、前のあの時の礼もしておらんしな」
「あれはだって、礼を言われるのはこっちでしょー」
「そう言うな、知らん事に礼を言えと言われても無理が過ぎる、道理に合わん」
「だけどー・・・まっ、いっか」
女もまたヒョイヒョイとサイに近付いた、振り返りつつゆっくりと距離を取るタロウ、
「ふむ・・・確かにこの獣では家畜には向かんだろうな」
「それは私でも分かるー」
「しかし、こうして繋がれていると言う事はなんらかの技術だな・・・」
「そうなのー?」
「興味深い、さっきは一目見ただけであったが、よくよく考えればな、うん、良い獣だ」
「それはさっきも言ったー」
「そうだったか?」
「そうよー」
男にしな垂れかかる女、いや、なんだこの能天気な様はと言葉が出ないタロウ、
「ん・・・では、少しばかり助力しよう、なに、対価はいらん、見物料とでも思え」
「それでいいのー?」
「あぁ、我が右腕が世話になっているようだからな、知らぬ顔も出来ん」
「えー、あれはキライー」
「好きも嫌いも無いと言っているだろう」
「そうだけどー、だってー」
「まずいい、では・・・ほれ、これをやる」
男が懐から金貨を一枚タロウに放り投げた、慌てて空中で掴むタロウ、
「その金貨を持って念じればあらゆる生物が貴様の言いなりだ、但し・・・そうだな・・・いや・・・面白そうだ、こいつもやる」
手にしていた盾を放り投げるその男、帝国の近衛兵が持つ重厚な盾である、タロウはウォッと驚き両手で受け止めた、
「その盾を構え対象に向ければ知恵の足りぬ動物とも会話が可能である、貴様なら使いこなせよう、好きに使え」
ニヤリと微笑む男、
「えー、私も欲しいー」
「お前は出来るだろ」
「えー、だって、楽そー」
「楽を覚えるな、だからお前は足りんと言われるのだ」
「ムー、でもー、そこがイイって言ってたじゃーん」
「そのとおりだ」
ガッハッハと男は笑い、
「ではな、また会おうぞ」
サッと踵を返す男、
「ジャネー」
最後までギャルギャルしい女、エッとその背を見送るしかなかったタロウであった。
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石造りの廃屋を「アトリエ」に改造し、ガラクタから蒸留器を自作。村人を救い、薬師様と慕われ、理想のスローライフ(研究生活)が始まる。 だが、その平穏は長く続かない。 王都では、王宮薬師長の陰謀により、聖女の奇跡すら効かないパンデミック『紫死病』が発生していた。 ソフィアが開発した『特製回復ポーション』の噂が王都に届くとき、彼女の「研究成果」を巡る、新たな戦いが幕を開ける——。
【主な登場人物】
ソフィア・フォン・クライネルト 本作の主人公。元・侯爵令嬢。魂は日本の薬学研究者。 合理的かつ冷徹な思考で、スローライフ(研究)を妨げる障害を「薬学」で排除する。未知の薬草の解析が至上の喜び。
ギルバート・ヴァイス 王宮魔術師団・研究室所属の魔術師。 ソフィアの「科学(薬学)」に魅了され、助手(兼・共同研究者)としてアトリエに入り浸る知的な理解者。
アルベルト王太子 ソフィアの元婚約者。愚かな「正義」でソフィアを追放した張本人。王都の危機に際し、薬を強奪しに来るが……。
リリア 無力な「聖女」。アルベルトに庇護されるが、本物の災厄の前では無力な「駒」。
ロイド・バルトロメウス 『天秤と剣(スケイル&ソード)商会』の会頭。ソフィアに命を救われ、彼女の「薬学」の価値を見抜くビジネスパートナー。
【読みどころ】
「悪役令嬢追放」から始まる、痛快な「ざまぁ」展開! そして、知識チートを駆使した本格的な「薬学(ものづくり)」と、理想の「アトリエ」開拓。 科学と魔法が融合し、パンデミックというシリアスな災厄に立ち向かう、読み応え抜群の薬学ファンタジーをお楽しみください。
オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~
鉄 主水
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子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。
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ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。
いざ……はじまり、はじまり……。
※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。
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