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本編
84話 貴人の虜囚 その68
それからタロウはその磁石を預けてくれと申し入れ、イフナースらはまぁそこまで喜んでいるのならと若干引き気味で了承した、勿論であるがその成果物の提供を条件にするが、タロウとしてもそれは当然とニマニマと微笑んでいたりする、そうして一行はさらに歩を進めて要塞の湖側へと向かった、そこにも天幕が並んでおり、王国兵がガヤガヤと忙しく立ち働いていた、監督するのはシームとセストル、皇帝とその取り巻きも王国の近衛兵に囲まれ若干距離を置いて見守っている、帝国兵の遺体、その移送の作業であった、
「順調か?」
イフナースがシームに確認すると、ハッと背筋を正すシーム、セストルも一応と背筋を正し、その二人の間に立っていた気の弱そうな小柄な男もおずおずと頭を垂れた、帝国軍の通訳である、昨日東の街から皇帝の側仕えと共にこちらに連れて来られていた、
「今の所はですね、御覧の通りです」
シームが続け、そうかとイフナースらは天幕を見渡す、各天幕から続々と遺体が運び出され荷車に乗せられていた、その荷車はそのまま要塞の壁に設置された転送陣へ向かい、荷車ごと東の駐屯地へと潜り抜けている、タロウはあっこんな絶妙な大きさの転送陣を作ってあったのかと少しばかり驚いた、タロウが作った転送陣は基本的に王国の建設規格に合わせており、一般的とされる扉と同じ大きさで、つまりは大柄な者であれば一人通れれば十分程度の高さと幅しかない、となればとてもではないが荷車が通る事など不可能な大きさとなっている、しかしその転送陣は高さは大体同じ程度であろうが幅は三倍程に広くなっている、これもまたユーリが作ったのかなとタロウは首を傾げるも、まぁ今更どうでもいい事である、あの軍隊規模で通り抜けられる巨大な転送陣に比べれば遥かに小さく、危険性も少なそうであった、先程までの上機嫌がスッと抜けて冷静に転送陣を見つめてしまうタロウであったが、あっこれを使ってサイをこっちに連れて来たのかなとも考え、まぁ、まさに今更だなと諦めることにした、グチグチ言っても始まらない、さらにはこの進化こそがタロウが王国の人達に求めていた事であり、楽しみにもしていた事である、
「・・・ん、敵兵とはいえ無下には扱うな、尊敬しろとは言わんし、必要以上に丁寧に扱えとは言わんがな、敬意を持って対応しろ」
若干冷たい声音となるイフナース、
「はっ、そのように厳命しております、しかしながら・・・」
シームがゆっくりと振り返り、
「筵に包むだけで精一杯、それに上下分かれた遺体はなんともしようがありませんです、鎧もそのまま、武器の類は公爵閣下が回収されておりますから、まぁ・・・御覧の通りとなります」
如何ですかと向き直るシーム、
「聞いている、まぁ、俺としてもこの程度で十分と思うがな・・・どうだ?セストルとやら・・・」
イフナースがギロンとばかりにセストルを睨みつけた、通訳がこそこそとセストルに二人の会話を通訳しており、セストルはムッと眉根を寄せ、
「確かに・・・いや、望むべくもない待遇と思います、本来は・・・いや、帝国でも敵兵の死体なぞ積み上げて燃やす程度・・・こうして故国に持ち帰る事ができるだけでも感謝しなければなりません」
少しばかり悔しそうに、しかし、真摯に答えるセストルであった、通訳がそのままイフナースに伝え、そうかと頷くイフナース、タロウもちゃんと翻訳している様だと小さく頷いた、この通訳、昨日少しばかり話してみたところ、帝国人では無いらしい、都市国家出身の商人であり、本来は王国と都市国家間の流通を主な生業としていたようで、帝国が侵攻するにあたり王国の情報を集めていた折に知人の商人から推挙されて帝国へ渡ったのだとか、高給が支払われるとの事で喜んで向かったらしいのであるが、まさかこんな地の果てまで連れて来られるとは思ってもいなかったであろう、なるほど、帝国人でもなければ軍人でもないとなるとどうしてもその態度は卑屈になるものである、また命令にも逆らえない様子であり、何気に酷い境遇と言わざるを得ない、幸いとするべきは奴隷扱いは受けていない事であろうか、
「ん、向こうも問題なかろうな?」
イフナースがスッと視線を移す、件の幅の広い転送陣の向こうには東の果ての街と帝国軍の姿が小さく遠望できた、
「現時点では、帝国側も粛々と荷車を受け取っております」
「ならば良い、午前の内には終わりそうか?」
「はい、もう半分は済んでおります」
「わかった、そのように報告しよう」
フンと兵士達を見渡すイフナース、王国兵はキビキビと動いてはいるもののやはり今一つ精彩を欠いているように見えた、まぁ、それも致し方無い、遺体の搬出だけでも喜ばしい仕事では無いし、それが敵兵となれば不愉快さもあろう、しかし王国の一般兵であってもこの地の特殊性はすっかり理解している、指揮官が言うようにこの地では埋めるのも焼くのも厄介で、寒さの為に遺体が保存できるとなればこうなるであろうと納得しての作業となっていた、
「では、任せる」
サッと踵を返すイフナース、ハッと背筋を正すシーム、ゆっくりと頭を垂れるセストルと通訳であった、そしてイフナースが向かったのが皇帝の下となる、
「どうかな?」
ジロリと皇帝を睨みつけるイフナース、皇帝はフンと鼻息を荒くし答えとし、提督や近習達も厳しい面相であった、しかしどの顔もすっきりと整えられ衣服もこざぱっりとしたものに着替えている、昨日連れてきた使用人達がしっかりと仕事をしたようで、また今日は朝から入浴も済ませていた、使用人達曰く皇帝は大変な風呂好きで、日によっては食事を済ませる度に入浴する事もあったそうで、イフナースはなにもそこまでと目を丸くし、タロウもそういう人いるよなー、金持ちは特になどと微笑んでしまったものである、
「・・・まぁ・・・礼は言わぬが感謝はしよう・・・我が兵もこんな最果ての地に埋められてはゆっくり眠る事もできぬ・・・」
皇帝がゆっくりと口を開く、不愉快そうに口元を歪めるもその目は優しいものであった、提督と近習達は厳めしい面相はそのままにゆっくりと頷いている、タロウが慌てて通訳すると、
「だろうな・・・貴国は温かいと聞いている、この地では遺体となってまで苛まれてしまう、勇猛に戦い死んでいった者達だ、母国で弔われるのが相応しかろう、誇り高い精強な兵達だった・・・」
ゆっくりと振り返るイフナース、荷車に泥にまみれた筵の塊が積み重ねられ、どす黒い血の染みも見える、昨日の葬送の式典とあまりにも違い過ぎる扱いであるが、帝国軍もまた戦場での遺体の処理は王国軍とそう大差ないらしく、まして帝国軍は戦場となった地の清掃など経験すらないと言う、そのような仕事は死体漁りの商人達が奴隷にやらせるものらしく、自軍のそれも高位の者でもなければ捨て置かれるのが常識なのだという、まぁそういうものなのだろうなと王国軍の誰もがそう理解した、
「まぁ、ゆっくり見物してくれ、貴殿らに見送られたとなれば兵達も光栄であろう」
イフナースはそう続けてサッとその場を離れた、リンドと近衛達も続き、タロウが短く通訳する、フンと再び鼻で答える皇帝、この皇帝達の監視、セストルが敗残軍となった帝国軍に事情を説明し、遺体の受け入れの段取りを済ませ、ついてはその様子を皇帝達にも見て欲しいと言い出し、近衛兵の監視下であれば良いであろうとイフナースとリンドが認めた為実現していた、故に皇帝達の周りを十人からの近衛が囲んでおり、皆厳しい視線を皇帝らに向けている、
「・・・取り合えず、こちらの誠意が伝われば嬉しいですけどねー」
タロウがイフナースに追いすがってやれやれと呟く、
「ですな」
リンドがニコリと微笑む、リンドとしてもこうして一つ一つ確実に仕事が進んでいるのは喜ばしかった、それも思った以上に円滑に、且つ穏やかに進んでいるように感じられる、タロウがグチャグチャと言い出した時にはどうしたものかと困惑してしまったものであったが、
「誠意か・・・」
フンと鼻で笑うイフナース、先程の皇帝らの顔を見る限り、そのようなものは今一つ伝わっていないように感じられた、しかし彼らの置かれた境遇を考えればそれも当然であろう、立場が違ったとしたら確かにどのような顔をして大事な兵達の遺体を眺めるべきか分からない、
「それなりだと思いますよー」
タロウがのんびりと微笑む、こいつはとイフナースが振り返り、リンドも曖昧な笑みを浮かべてしまった、
「ほら、やっぱりね、遺体を大事にするってのは文化的な側面がありますから、それが例え敵兵でもちゃんとね、扱ってあげるだけの余裕とね、敬意を持つってのが重要なんです、酷い言い方をしますが・・・まぁ、葬式ってやつは死んだ者の為に行うものでは無いですからね」
タロウが振り返りながら続け、
「確かにですな、葬式はそういうものです」
リンドがやんわりと同意する、文官達も同意のようでうんうんと小さく頷いた、
「どういう意味だ?」
イフナースが目を細める、
「意味もなにも・・・」
タロウがサッと向き直ると、
「簡単ですよ、生きている者の為に、いや、残された家族が社会的な繋がりをより強固にする為に執り行われるものなのです、葬儀というものは、死んだ者が世話になった人や、関係のあった者、そうした人達にその人の死を伝え、一緒に悲しみ、そしてその繋がりを遺された自分達とも維持して欲しい、そんな感じですね」
リンドが呟くように答え、
「無論、あれです、その人の死をね、しっかりと悲しんで、受け入れる、そのような機会としても有用と思いますし、家門内の結束の意味合いもあります、儀式の継承ですとか、子供達への教育の意味合いも強い・・・まぁ、あくまで一般的な葬儀としてですが・・・ですが、そう考えると死んだ者の為の儀式というよりも残った者の儀式なのですよね、まさに生きている者の為の儀式なのです、葬儀というものは・・・故に、タロウ殿の言う通りですよ、死んだ者はやはりそこまで・・・酷い言い草ですけどね、そういうものなのですよ」
静かに続けた、
「そういうものか・・・」
ムフーと鼻息を荒くするイフナース、
「えぇ、なので、昨日のね、葬送の式典は・・・あの街にとっては良い事であったと思います、皆、確かに戦争があった事を理解したでしょうし、その場であれだけの兵士が亡くなったという事実を理解できたでしょう・・・ほら、どうしても戦場から遠い土地ではね、戦争だなんだと言われても現実感が無いですから、実際に街を襲われ、市民が殺され、焼き討ちにあって、難民が発生したとかならまだしも、今回はその手の被害がありませんでしたし・・・私としてはあの葬列、王都も通るべきと思いました」
ヘーと感心するタロウ、確かにやろうと思えば出来ない事では無かった、
「陛下は駄目だと言っておっただろ」
ムッとイフナースが振り返る、
「はい、反戦やら厭戦やらと、めんどくさい者が多いですから、帝都は特に・・・それも理解しております、しかし、知らぬ者に知らしめるには目にする事が肝要です、事実を知らぬから戦争を忌避し、反対するものです、さらにはその事実を伝聞だけで知った気になる者も多い、その知った気になる者こそが厄介でしてね・・・本質が見えていないどころか曲解が過ぎる、自分達が正しいと思い込んでより強い権力者を叩きたがる・・・」
「そういう人達多いの?」
タロウが口を挟む、
「えぇ、そうなのです、特に王都周辺の貴族達に多くなっております、彼らは先の大戦も今回の戦争にも直接関与する事が無かったですから、どうしてもほら、王都は安全でなければなりませんしね、市民の生活を考えれば影響は少ない程良い・・・故にどうしても切り離されるものなのです・・・前線と王都がですね、すると、勘違いした者達が変に騒ぎ出す・・・それも自分達は安全な王都に籠って・・・王家直轄の貴族が多いのですが、困ったものなのですよ」
やれやれと首を振るリンド、文官達に近衛達もムーと深刻そうにしている、
「そっか・・・まぁ、どこぞも似たようなもんだよね、安全な場所にいる者ほど、戦争はんたーいって叫ぶけど、いざ戦争になったらそいつらいの一番に逃げ出すんだよな、で、安全な場所に逃げ込んで同じ事叫んでる、なんだ、負けたいのかな?って思うけど、彼らはどうにも理解しないし、理解しようとしない、知恵が足りないんじゃないかなって思う程に愚かだよね」
「流石タロウ殿、言葉は悪いですがその通りです」
ニコリと微笑むリンド、そういうものかと口をへの字に曲げるイフナース、
「まぁ、でも、そういう人達も含めての国家ってやつだからなー・・・難しいよねー・・・あっ、笑い話でさ、俺の国にもね、そういう人達がいてね、で、いざ戦争になるとさ、さんざん批判してた軍隊に助けを求めるんだぜ、さっきまでは軍隊は縮小しろーとか法律が守ってくれるーとか言ってた口でさ、今度は助けろーって言うんだよ、あれは無視して良いと思う、俺・・・それでも助けなきゃならんのが国家ってもので・・・で、助けたら助けたでまーた安全な所でギャンギャンと騒ぐだけでさ・・・ホント・・・対処のしようがないんだよ」
「・・・そこまで酷い話は聞いた事がないですな・・・」
「そんな連中は殺してしまえ」
リンドが呆れ、イフナースがあっさりと言い切る、そう思うよなーと苦笑してしまうタロウであった。
「順調か?」
イフナースがシームに確認すると、ハッと背筋を正すシーム、セストルも一応と背筋を正し、その二人の間に立っていた気の弱そうな小柄な男もおずおずと頭を垂れた、帝国軍の通訳である、昨日東の街から皇帝の側仕えと共にこちらに連れて来られていた、
「今の所はですね、御覧の通りです」
シームが続け、そうかとイフナースらは天幕を見渡す、各天幕から続々と遺体が運び出され荷車に乗せられていた、その荷車はそのまま要塞の壁に設置された転送陣へ向かい、荷車ごと東の駐屯地へと潜り抜けている、タロウはあっこんな絶妙な大きさの転送陣を作ってあったのかと少しばかり驚いた、タロウが作った転送陣は基本的に王国の建設規格に合わせており、一般的とされる扉と同じ大きさで、つまりは大柄な者であれば一人通れれば十分程度の高さと幅しかない、となればとてもではないが荷車が通る事など不可能な大きさとなっている、しかしその転送陣は高さは大体同じ程度であろうが幅は三倍程に広くなっている、これもまたユーリが作ったのかなとタロウは首を傾げるも、まぁ今更どうでもいい事である、あの軍隊規模で通り抜けられる巨大な転送陣に比べれば遥かに小さく、危険性も少なそうであった、先程までの上機嫌がスッと抜けて冷静に転送陣を見つめてしまうタロウであったが、あっこれを使ってサイをこっちに連れて来たのかなとも考え、まぁ、まさに今更だなと諦めることにした、グチグチ言っても始まらない、さらにはこの進化こそがタロウが王国の人達に求めていた事であり、楽しみにもしていた事である、
「・・・ん、敵兵とはいえ無下には扱うな、尊敬しろとは言わんし、必要以上に丁寧に扱えとは言わんがな、敬意を持って対応しろ」
若干冷たい声音となるイフナース、
「はっ、そのように厳命しております、しかしながら・・・」
シームがゆっくりと振り返り、
「筵に包むだけで精一杯、それに上下分かれた遺体はなんともしようがありませんです、鎧もそのまま、武器の類は公爵閣下が回収されておりますから、まぁ・・・御覧の通りとなります」
如何ですかと向き直るシーム、
「聞いている、まぁ、俺としてもこの程度で十分と思うがな・・・どうだ?セストルとやら・・・」
イフナースがギロンとばかりにセストルを睨みつけた、通訳がこそこそとセストルに二人の会話を通訳しており、セストルはムッと眉根を寄せ、
「確かに・・・いや、望むべくもない待遇と思います、本来は・・・いや、帝国でも敵兵の死体なぞ積み上げて燃やす程度・・・こうして故国に持ち帰る事ができるだけでも感謝しなければなりません」
少しばかり悔しそうに、しかし、真摯に答えるセストルであった、通訳がそのままイフナースに伝え、そうかと頷くイフナース、タロウもちゃんと翻訳している様だと小さく頷いた、この通訳、昨日少しばかり話してみたところ、帝国人では無いらしい、都市国家出身の商人であり、本来は王国と都市国家間の流通を主な生業としていたようで、帝国が侵攻するにあたり王国の情報を集めていた折に知人の商人から推挙されて帝国へ渡ったのだとか、高給が支払われるとの事で喜んで向かったらしいのであるが、まさかこんな地の果てまで連れて来られるとは思ってもいなかったであろう、なるほど、帝国人でもなければ軍人でもないとなるとどうしてもその態度は卑屈になるものである、また命令にも逆らえない様子であり、何気に酷い境遇と言わざるを得ない、幸いとするべきは奴隷扱いは受けていない事であろうか、
「ん、向こうも問題なかろうな?」
イフナースがスッと視線を移す、件の幅の広い転送陣の向こうには東の果ての街と帝国軍の姿が小さく遠望できた、
「現時点では、帝国側も粛々と荷車を受け取っております」
「ならば良い、午前の内には終わりそうか?」
「はい、もう半分は済んでおります」
「わかった、そのように報告しよう」
フンと兵士達を見渡すイフナース、王国兵はキビキビと動いてはいるもののやはり今一つ精彩を欠いているように見えた、まぁ、それも致し方無い、遺体の搬出だけでも喜ばしい仕事では無いし、それが敵兵となれば不愉快さもあろう、しかし王国の一般兵であってもこの地の特殊性はすっかり理解している、指揮官が言うようにこの地では埋めるのも焼くのも厄介で、寒さの為に遺体が保存できるとなればこうなるであろうと納得しての作業となっていた、
「では、任せる」
サッと踵を返すイフナース、ハッと背筋を正すシーム、ゆっくりと頭を垂れるセストルと通訳であった、そしてイフナースが向かったのが皇帝の下となる、
「どうかな?」
ジロリと皇帝を睨みつけるイフナース、皇帝はフンと鼻息を荒くし答えとし、提督や近習達も厳しい面相であった、しかしどの顔もすっきりと整えられ衣服もこざぱっりとしたものに着替えている、昨日連れてきた使用人達がしっかりと仕事をしたようで、また今日は朝から入浴も済ませていた、使用人達曰く皇帝は大変な風呂好きで、日によっては食事を済ませる度に入浴する事もあったそうで、イフナースはなにもそこまでと目を丸くし、タロウもそういう人いるよなー、金持ちは特になどと微笑んでしまったものである、
「・・・まぁ・・・礼は言わぬが感謝はしよう・・・我が兵もこんな最果ての地に埋められてはゆっくり眠る事もできぬ・・・」
皇帝がゆっくりと口を開く、不愉快そうに口元を歪めるもその目は優しいものであった、提督と近習達は厳めしい面相はそのままにゆっくりと頷いている、タロウが慌てて通訳すると、
「だろうな・・・貴国は温かいと聞いている、この地では遺体となってまで苛まれてしまう、勇猛に戦い死んでいった者達だ、母国で弔われるのが相応しかろう、誇り高い精強な兵達だった・・・」
ゆっくりと振り返るイフナース、荷車に泥にまみれた筵の塊が積み重ねられ、どす黒い血の染みも見える、昨日の葬送の式典とあまりにも違い過ぎる扱いであるが、帝国軍もまた戦場での遺体の処理は王国軍とそう大差ないらしく、まして帝国軍は戦場となった地の清掃など経験すらないと言う、そのような仕事は死体漁りの商人達が奴隷にやらせるものらしく、自軍のそれも高位の者でもなければ捨て置かれるのが常識なのだという、まぁそういうものなのだろうなと王国軍の誰もがそう理解した、
「まぁ、ゆっくり見物してくれ、貴殿らに見送られたとなれば兵達も光栄であろう」
イフナースはそう続けてサッとその場を離れた、リンドと近衛達も続き、タロウが短く通訳する、フンと再び鼻で答える皇帝、この皇帝達の監視、セストルが敗残軍となった帝国軍に事情を説明し、遺体の受け入れの段取りを済ませ、ついてはその様子を皇帝達にも見て欲しいと言い出し、近衛兵の監視下であれば良いであろうとイフナースとリンドが認めた為実現していた、故に皇帝達の周りを十人からの近衛が囲んでおり、皆厳しい視線を皇帝らに向けている、
「・・・取り合えず、こちらの誠意が伝われば嬉しいですけどねー」
タロウがイフナースに追いすがってやれやれと呟く、
「ですな」
リンドがニコリと微笑む、リンドとしてもこうして一つ一つ確実に仕事が進んでいるのは喜ばしかった、それも思った以上に円滑に、且つ穏やかに進んでいるように感じられる、タロウがグチャグチャと言い出した時にはどうしたものかと困惑してしまったものであったが、
「誠意か・・・」
フンと鼻で笑うイフナース、先程の皇帝らの顔を見る限り、そのようなものは今一つ伝わっていないように感じられた、しかし彼らの置かれた境遇を考えればそれも当然であろう、立場が違ったとしたら確かにどのような顔をして大事な兵達の遺体を眺めるべきか分からない、
「それなりだと思いますよー」
タロウがのんびりと微笑む、こいつはとイフナースが振り返り、リンドも曖昧な笑みを浮かべてしまった、
「ほら、やっぱりね、遺体を大事にするってのは文化的な側面がありますから、それが例え敵兵でもちゃんとね、扱ってあげるだけの余裕とね、敬意を持つってのが重要なんです、酷い言い方をしますが・・・まぁ、葬式ってやつは死んだ者の為に行うものでは無いですからね」
タロウが振り返りながら続け、
「確かにですな、葬式はそういうものです」
リンドがやんわりと同意する、文官達も同意のようでうんうんと小さく頷いた、
「どういう意味だ?」
イフナースが目を細める、
「意味もなにも・・・」
タロウがサッと向き直ると、
「簡単ですよ、生きている者の為に、いや、残された家族が社会的な繋がりをより強固にする為に執り行われるものなのです、葬儀というものは、死んだ者が世話になった人や、関係のあった者、そうした人達にその人の死を伝え、一緒に悲しみ、そしてその繋がりを遺された自分達とも維持して欲しい、そんな感じですね」
リンドが呟くように答え、
「無論、あれです、その人の死をね、しっかりと悲しんで、受け入れる、そのような機会としても有用と思いますし、家門内の結束の意味合いもあります、儀式の継承ですとか、子供達への教育の意味合いも強い・・・まぁ、あくまで一般的な葬儀としてですが・・・ですが、そう考えると死んだ者の為の儀式というよりも残った者の儀式なのですよね、まさに生きている者の為の儀式なのです、葬儀というものは・・・故に、タロウ殿の言う通りですよ、死んだ者はやはりそこまで・・・酷い言い草ですけどね、そういうものなのですよ」
静かに続けた、
「そういうものか・・・」
ムフーと鼻息を荒くするイフナース、
「えぇ、なので、昨日のね、葬送の式典は・・・あの街にとっては良い事であったと思います、皆、確かに戦争があった事を理解したでしょうし、その場であれだけの兵士が亡くなったという事実を理解できたでしょう・・・ほら、どうしても戦場から遠い土地ではね、戦争だなんだと言われても現実感が無いですから、実際に街を襲われ、市民が殺され、焼き討ちにあって、難民が発生したとかならまだしも、今回はその手の被害がありませんでしたし・・・私としてはあの葬列、王都も通るべきと思いました」
ヘーと感心するタロウ、確かにやろうと思えば出来ない事では無かった、
「陛下は駄目だと言っておっただろ」
ムッとイフナースが振り返る、
「はい、反戦やら厭戦やらと、めんどくさい者が多いですから、帝都は特に・・・それも理解しております、しかし、知らぬ者に知らしめるには目にする事が肝要です、事実を知らぬから戦争を忌避し、反対するものです、さらにはその事実を伝聞だけで知った気になる者も多い、その知った気になる者こそが厄介でしてね・・・本質が見えていないどころか曲解が過ぎる、自分達が正しいと思い込んでより強い権力者を叩きたがる・・・」
「そういう人達多いの?」
タロウが口を挟む、
「えぇ、そうなのです、特に王都周辺の貴族達に多くなっております、彼らは先の大戦も今回の戦争にも直接関与する事が無かったですから、どうしてもほら、王都は安全でなければなりませんしね、市民の生活を考えれば影響は少ない程良い・・・故にどうしても切り離されるものなのです・・・前線と王都がですね、すると、勘違いした者達が変に騒ぎ出す・・・それも自分達は安全な王都に籠って・・・王家直轄の貴族が多いのですが、困ったものなのですよ」
やれやれと首を振るリンド、文官達に近衛達もムーと深刻そうにしている、
「そっか・・・まぁ、どこぞも似たようなもんだよね、安全な場所にいる者ほど、戦争はんたーいって叫ぶけど、いざ戦争になったらそいつらいの一番に逃げ出すんだよな、で、安全な場所に逃げ込んで同じ事叫んでる、なんだ、負けたいのかな?って思うけど、彼らはどうにも理解しないし、理解しようとしない、知恵が足りないんじゃないかなって思う程に愚かだよね」
「流石タロウ殿、言葉は悪いですがその通りです」
ニコリと微笑むリンド、そういうものかと口をへの字に曲げるイフナース、
「まぁ、でも、そういう人達も含めての国家ってやつだからなー・・・難しいよねー・・・あっ、笑い話でさ、俺の国にもね、そういう人達がいてね、で、いざ戦争になるとさ、さんざん批判してた軍隊に助けを求めるんだぜ、さっきまでは軍隊は縮小しろーとか法律が守ってくれるーとか言ってた口でさ、今度は助けろーって言うんだよ、あれは無視して良いと思う、俺・・・それでも助けなきゃならんのが国家ってもので・・・で、助けたら助けたでまーた安全な所でギャンギャンと騒ぐだけでさ・・・ホント・・・対処のしようがないんだよ」
「・・・そこまで酷い話は聞いた事がないですな・・・」
「そんな連中は殺してしまえ」
リンドが呆れ、イフナースがあっさりと言い切る、そう思うよなーと苦笑してしまうタロウであった。
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【あやかしたちのとまり木の日常】
連載開始しました。
神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。