セカンドライフは寮母さん 魔王を討伐した冒険者は魔法学園女子寮の管理人になりました

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45話 兵士と英雄と その8

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「なるほどな、そういう事か」

腰を落ち着けたクロノスが茶を片手に破顔しつつ、

「いや、正しいと思うぞ、ブラスに持たせたらあっという間に酒代だろうさ」

ニヤニヤとブラスへ笑いかける、

「はっ、その、恐縮です」

ブラスは縮こまって小さく答えた、顔を赤くし額には汗も浮かんでいる、

「・・・まったく、これだから・・・」

クロノスはつまらなそうに目を細める、ソフィアから大声で叱責された二人はあからさまに不満顔となり、これはやばいとエレインが仲裁しつつ事の次第を説明したのである、それにより二人の正体がブラスとバーレントにバレた事が明かされ、別に構わないとクロノスは理解を示したが、

「別に俺がどこで何をやっていようが何とでも言い訳できるんだがさ、正体を知った途端にこれだからな、折角面白い飲み仲間ができたと思ったんだが、まったく・・・俺が英雄様だと分かった途端に逃げ出すやつや騒ぎ出すやつばかりでな、これは面白くないと正体を隠す事にしたんだよ、近衛と飲んでも楽しくなくてな、パトリシアはあれだし、リンドは歳だと言って飲まないし・・・」

非難めいた事を口にするがどこか嬉しそうでもある、クロノスとしては最近周囲の者の自分への対応がぞんざいだなとヒシヒシと感じていた所であった、それは主にソフィアとユーリ、パトリシアを中心としたクロノスが言う女共からの扱いなのであるが、ブラスやバーレントの様子を見る限り、やはり自分はそこそこ敬愛される存在であるとその承認欲求を満たしたのであろう、内から沸き上がるやや嫌らしい微笑みを抑えきれない様子である、

「そんな、あの、俺、失礼な事を言っていませんでしたでしょうか・・・その、遠慮なく呑んでましたし・・・なんかすいません、ためぐちだったかなって思いますし・・・」

ブラスが恐る恐ると上目遣いになる、

「何を言う、楽しかったぞ、嫁と仕事の愚痴が大半だったがな」

あっはっはと笑うクロノスとジロリとブラスを睨むブノワトである、

「そうでしたっけ?えっと・・・仕事の愚痴はそうですが、嫁の愚痴は・・・」

「なーんだ、覚えているじゃないか、からかったんだよ、嫁が隣りにいるんだ一緒にしてからかうのが面白いんだろうが、ん?」

ニヤーと微笑むクロノスである、

「趣味の悪い事を言わないでよ、喧嘩の火種になったらどうするつもりよ」

ソフィアがこれはいかんと口を挟む、

「そうか?喧嘩なんぞ仲が良いからできるんだ、冷めちまったらお互い視界に入れる事もないもんだぞ」

「何よそれ、そういう問題じゃないでしょ」

「まぁな、ブノワト嬢、取り敢えず許せ、冗談だ」

あっはっはと御機嫌なクロノスである、ここ数日の鬱憤がようやく晴れたのであろうか、ずいぶん安い自尊心だなとソフィアは思いつつも口には出さなかった、

「すると、あれか、お前がコッキー嬢の兄だな」

「はっ、はい、バーレント・メーデルです、大戦時には第六キセノ軍団・第三大隊・第四中隊・第八小隊に所属しておりました、お会いできて光栄であります」

着座したまま背筋を伸ばし軍隊式に声を張り上げるバーレントである、

「おいおい」

それは流石のクロノスも顔を顰め、コッキーも思わずその身を遠ざける、

「ん?お前さんの所だな」

クロノスがすぐに気付いてイフナースに問う、

「そうですね、6348・・・そうか、何処かで見た顔と思っていた、あの時の兵士か、そうか生きて戻ったか、嬉しいぞ」

今度はイフナースが興奮気味に声を荒げた、

「はい、殿下もお元気になられてこれほど嬉しい事はありません、何度命を助けられたか、すいません、感激です・・・すいません」

突然滂沱の涙を流すバーレントである、背筋を伸ばした姿勢のままその涙を拭う素振りさえ見せない、コッキーはその様を唖然と見上げ、ブノワトとエレインも何事かと驚くが、ソフィアとテラは落ち着いたものである、その反応の違いには戦場を経験した者とそうでない者の大きすぎる隔たりが表れているようである、

「そうか、何を言う、礼を言わねばならんのは俺の方だぞ、よくあの時俺と兄を救ってくれた、お前たちがいなければあの場で総崩れとなる所であった、クロノス兄、この部隊こそ英雄だ、少なくとも俺にとってはな」

「お前にとっての英雄であれば、国にとってもそうだよ、まして、あの大戦を勝ち抜いた兵士は皆英雄だ、俺はそう思っているよ」

クロノスは冷ややかに答えるが、その顔は優しく嬉しそうである、

「いや、世間は狭いというが、覚えているぞ、うん、なんだ、すっかり大人になりやがって、他の連中はどうなった?」

「はい、俺らの部隊はあの折りに半壊、その後第三中隊に再編されました、348の同僚は数人この街にも居ります、皆、息災であります」

「そうか・・・半壊で再編か・・・それは仕方がないともいえるな・・・ふっ・・・そうか・・・若者が多い部隊だったな・・・隊長は年寄だったが・・・」

残念そうに顔を曇らせるイフナースである、イフナース自身は呪いの為に最後まで戦場に残る事は無く、それ故に自身を救った部隊に関しても耳にする事は今日迄無かった、本人もまた呪いによる体調不良の為、正常な思考すら出来ず闇の中で苦しみ続けていた為でもあるが、

「はい、年寄と言ってもまだ20代でした、老け顔の隊長であります」

「そうなのか?」

「はい、本人がそう言って笑っておられました、今はヘルデルで農民であります」

「健在か、うん、良いぞ、兵は生きてこそだ、そうか、ヘルデルか、そうか」

イフナースも消沈したり興奮したりと忙しい、病の影響は鳴りを潜め快活そのものである、そして、その姿は年齢相応の笑顔を取り戻した美丈夫である、頬はこけ、身体は細くなってはいるが、顔色は良く目にはしっかりとした力が入っている、実に魅力的な若者なのである、

「はい、隊長も殿下の無事を知れば小躍りして喜ぶと思います、同僚達もです、皆、殿下を崇拝しておりました」

「それは大袈裟だな、でも、嬉しいぞ、そうか、そうであったか」

落涙を止められぬバーレントと笑顔を隠さないイフナースである、

「酒も無しにお前らはまったく」

クロノスが茶化すように微笑む、

「そうですな、うん、バーレント、呑みに行くぞ、ブラスも来い、クロノス兄もだ」

「はい、勿論です」

「はい、お供します」

男二人の遠慮の無い大声が事務所を震わせた、コッキーは思わず耳を塞ぎ、ブノワトも半身を遠ざけつつブラスを睨む、

「おい、待て、その身体ではまだ無理だ」

しかし、そこに水を差したのはクロノスである、

「しかし」

「しかしじゃないよ、お前さん、身体はまだまだなんだからな、ここで酒など呑んで悪化するような事になったら、陛下に申し開きもできんわ」

実に常識的な意見である、ソフィアはあらあらと冷ややかに微笑んだ、

「それに、お前、酒の飲み方なんぞ知らんだろ」

「・・・それもそうですが、こうするものと思っておりました・・・が・・・」

「確かに今の流れは飲みに行く流れだがさ、酒の飲み方もしらんやつとこんな呑み助を一緒にはできん」

呑み助とはブラスの事であるらしい、ブラスは俺の事かなと口元を引き締めた、

「だから、クロノス兄も一緒にと」

「わかっている、そうだな・・・せめて・・・うん、ソフィアから見て、飲んでも良いとなるまでは我慢しろ、そして飲むときは俺が相手になる、酒の楽しみ方を一から教えてやるよ、それから、二人と飲むことにしよう、どうだ?」

クロノスはやや考えてソフィアを見る、

「・・・そうね、私としてもそれがいいと思うわよ、少なくとも今の殿下にはお酒はまだ早いです、酔いに任せて例の病が活性化するかもしれません、その苦しみは私には分かりませんが、殿下なら骨身に滲みているでしょう・・・」

ブラスとバーレントはどうしてソフィアがそこに係わるのか疑問に思うが、黙して様子を見ている、

「そうか・・・そうだな・・・いや、嬉しくてな、すまんなバーレント、そういう訳だ、暫し時間をくれ」

イフナースは冷たい言い草に聞こえるが確かに自分を思い遣るソフィアの言葉に自制心を取り戻した、

「はい、お気持ちだけでも嬉しく思います」

「はい、俺も快癒された時にはお供させて下さい」

「うむ、約束しよう、いつになるかは分からないが、俺が生きているうちに必ずだ」

微笑み合う同年代の男3人である、この3人が数十年後この国に厄災を齎すことになる事などは当然無い、これはかつての上司である英雄と救国の英雄、一兵士であった男、正式な兵士でなくても後方で軍を支えた男の友情が確かに生まれた瞬間ではあった、

「まったく、暑苦しいったら」

ソフィアは鼻で笑うがその笑顔は祝福するそれであり、エレインやテラ、コッキーとブノワトも、自分達では入れない男の世界を眼前にし、どこか羨ましそうな顔となる、そして、イフナースとクロノスは今日設置されたばかりの大鏡の前で一頻り歓声を上げ、ブラスとバーレントが誇らしげに苦労話を披露する、女達は呆れつつも仕方がないかとそれを横目に新たに工夫された爪やすりを試しつつ髪留め他の納品作業に勤しむのであった。
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