734 / 1,445
本編
64話 縁は衣の元味の元 その4
しおりを挟む
若干時を戻して再びのガラス鏡店である、
「これは美味しい・・・」
「でしょう、姉様に食して欲しかったのです」
「いや、味も良いが、素晴らしいのはこのフォークじゃな・・・これほど使いやすいフォークは初めてだ・・・」
「でしょう、それも自慢の品なのです、私と職人達の努力の賜物です」
レアンが満面の笑みで小さな胸をこれでもかと張り上げる、レイナウトとマルヘリートは心底驚いている様子で、
「一体どういう事なのだ、昨年来た時にはこれほどの品は無かったはずだぞ、それどころか、この店は一体なんなんだ・・・」
レイナウトはまるで理解出来んと鼻息を荒くする、
「ふふっ、伯父様、この程度では無いのですよ、まだまだ美味しいものも素晴らしいものもあります、全てはエレイン会長、それとある人のお陰なのですな」
レアンがニヤニヤとほくそ笑み、
「そんな、褒め過ぎですよ」
エレインは渋い顔で謙遜した、賓客達は店内の商品を一巡りし、いつものように応接テーブルを囲んで商談兼一服の茶の一時となった、そこで供されるのはチーズケーキである、マルヘリートは一欠けらを口に運んで絶賛の声を上げ、レイナウトもその味に感心しつつも銀の四本フォークに関心が向かう、
「褒め過ぎ等ではなかろう、エレイン会長の努力の賜物ではないか」
「いいえ、この店もガラス鏡もこのフォークも、皆さんの協力あっての事です、私こそ皆さんに感謝しなければなりませんわ」
エレインは柔らかい笑みを浮かべ、レイナウトはホウとエレインを見つめると、
「随分と殊勝じゃな・・・商会の会長とは思えない口振りじゃが・・・」
「先代様、エレイン会長は心底そう思っていらっしゃいます」
テラがニコリと口添える、
「ほう・・・そうなのか?」
レイナウトがエレインの傍らに立つテラを見上げた、
「はい、逆にもう少し利益を取るべきだと言わなければならないほどなのですよ」
テラが困った笑顔を見せた、エレインは何を言い出すのやらとテラを見上げる、
「それほどか・・・いや、それもまた良しだな、金儲けしか考えない商会ばかりだからな、そういう点ではベイエル商会も良心的であったが・・・それ以上なのか?」
「それ以上なんです」
テラが即答する、
「そうなのか、それはエレイン会長、もっと取るべきだぞ、儂が許す」
ガッハッハとレイナウトは高笑いをし、テラはニコニコと嬉しそうに微笑む、エレインはどう答えるべきかと悩んでしまい、取り合えず曖昧な笑みを浮かべて答えとした、
「まぁよい」
レイナウトは心底嬉しそうにチーズケーキを口に運ぶ、マルヘリートとレアンはあっという間に平らげてしまい、物足りない顔で茶に手を伸ばしていた、テラがそれに気付いてケイランに目配せする、ケイランはスッと頭を垂れて退室した、
「そうだ、での、姉さまには、爪の手入れと肌の手入れを教えねばならんのじゃ」
レアンが勢いよく立ち上がった、これにはマルヘリートもレイナウトもムッとするが、レアンの勢いは止まらない、
「爪ヤスリとやわらかクリームを、姉さまの爪をツヤツヤにするのじゃ」
とテラに興奮した様子で言い付ける、テラははい直ちにと笑顔を浮かべた、正式な茶の席ではとても褒められた態度では無かったが、マルヘリートもレイナウトもまぁ堅苦しい場ではないし、何よりどうやらレアンはさらに面白いものを見せようとしているらしいと口出しする事は無かった、そして、テラがサッと盆に乗せた爪ヤスリとやわらかクリームの壺を用意すると、
「うむ、での、姉上、伯父上、母上の爪に気付かなかったかな?」
ニヤリと微笑みながら爪ヤスリを手にする、マルヘリートはその小さなガラス片に目を奪われながらも、
「爪ですか?」
と首を傾げ、
「はて・・・あー、そう言えば・・・」
レイナウトも天井を斜めに見上げて記憶を探る、
「あっ、そうですね、確かに、何やらツヤツヤしていたような」
「おう、それに鮮やかであったような気もするが、それ以上に健康なユスティーナに目が行ってしまったな」
「私もですね、御姿を拝見するのはほぼ初めてでしたから・・・」
と二人は顔を見合わせた、
「ムゥ、二人とも御洒落を分かっていないのう」
レアンはいよいよ居丈高に笑顔を見せてムフンと鼻息を荒くすると、
「これじゃ」
自身の手をズイッと二人に差し出した、何をと二人は目を眇めるが、すぐに、
「あら・・・」
「おお・・・これは美しいな」
とその爪に視線を奪われてしまう、レアンの爪は見事に磨かれていた、しかし、色は乗せていない様子で、健康的に輝くそれは実に美しく二人の目に映る、
「であろう、これもな、エレイン会長が、いや、ソフィアさんであったかが始めた爪の手入れなのじゃ」
レアンは座り直すと、
「この爪ヤスリが秀逸でな」
と手にしたガラスの爪ヤスリを構え、マルヘリートの手を取ると、
「姉さま良いか?」
一応確認するあたりに自制心は残っている様子である、
「いいですよ、どういうことなのです?」
マルヘリートは一瞬驚いて手に力を入れてしまうが、上目遣いとなったレアンの視線を正面から捉えニコリと微笑し力を抜いた、
「よし、ではな・・・」
とレアンはマルヘリートの爪を自ら優しく手入れしながら事の顛末を嬉しそうに話し出す、マルヘリートはニコニコと、レイナウトは興味深げにその所作を注視した、そこへケイランがチーズケーキの追加を運び込むと、
「丁度良い、ケイラン、手伝うのだ、姉さまをピカピカにしなければならん」
と馴染みの顔に微笑みかける、ケイランは軽くテラへ目配せし、その了解を得ると、
「はい、では失礼致します」
と盆をテラに預けてマルヘリートとレアンの隣に跪く、
「でな、色を乗せるというのも技法として面白くてな」
レアンは気持ちよく話しを弾ませ、レイナウトはやれやれとテラがケイランに代わって配膳したチーズケーキに手を伸ばした、その顔は呆れている様であるが同時に朗らかなものである、レイナウトもマルヘリートも赤子の頃からレアンを見知っており、レアンもマルヘリートを実の姉のように慕っている、しかし、レアンはどうにも気難しい娘であった、公爵令嬢であるマルヘリートよりも気位が高く何ともとっつきにくい所が目に着く娘であり、レイナウト自身は正直あまり好んではおらず、マルヘリートも妹として接しているが、やはりどこかぎこちなかった、しかし、今日のレアンは何とも活力に溢れ明るく、奔放である、二人はこれがレアンであったかと店内を案内されながらその違和感を口にしないまでも感じており、そして腰を落ち着け一息吐いて考えるに、レアンはどうやらその本来の性分を取り戻したのであろうとレイナウトは前向きに捉えることとした、さらに、ここに来る前に屋敷で会ったカラミッドもユスティーナも実に良い笑顔で、さらに屋敷内も驚くほどに明るい雰囲気であった事を思い出す、ユスティーナの姿を見たのは実に十年振りであり、その姿は一見してユスティーナであると分かるのに少々の時間が必要な程で、カラミッドもまたここ数年見たことが無い程に明るく快活としていた、どうやらクレオノート家はユスティーナの快癒と共に何やら厄を落としたようであり、それはレアンにも良い影響となったのであろう、レイナウトはそう考え自然とその顔が綻んでしまったのであった、立場的には配下に当たり、他家の事と言ってしまえばそうなのであるが、喜ばしい事には違いない、何よりレアンの変わりようは大変に好ましい事と思えた、
「・・・エレイン会長、あなたのお陰なのかな?」
レイナウトは柔らかい笑みをエレインに向ける、
「はっ、えっと、すいません、どういった事でしょうか?」
エレインはニコヤカにレアンとマルヘリートの様子を眺めていた、その為、突然話しかけられハッと背筋を伸ばしてしまう、
「うむ、いや良いのだ、しかし、あの壁画も素晴らしいな」
レイナウトはニコリと微笑み、話題を変えて壁画を見上げる、今日も二匹の猫は猫らしく戯れ、大樹は優しく室内を見守っている、
「はい、少々奇抜と言われますが、当店の自慢ですわ」
「そうだな、確かに奇抜だ、しかし、優しさと慈しみを感じる良い情景だ、猫と樹木だけなのが・・・いや、それが良いのかな、うん、素晴らしい興だな、実に良い」
「お褒めに預かり光栄でございます」
「・・・うむ・・・そうなるとじゃ」
レイナウトはゆっくりと壁画を眺め、ゆるりと視線を戻すと、
「マルヘリート、お前さんは全身鏡と三面鏡台かな?」
指先をいじられそのこそばゆさに笑顔を見せている孫娘に問いかける、
「はい、それと手鏡も合わせ鏡も欲しいですし、城には壁鏡が欲しいですね・・・妹達にもと思いますが如何致しましょう」
若干頬をピクピクさせつつマルヘリートが答える、
「これ、動くでないのじゃ」
途端、レアンがニヤニヤと顔を上げた、
「そんな事言っても、どうしたのです?今日のレアンは意地悪ですわよ」
「そんな事はないですよ、ほれ、どうじゃ」
レアンは手拭いでサッとマルヘリートの爪を拭ってその手を持ち上げた、
「まぁ・・・確かに・・・これは、また・・・違うわね」
マルヘリートは自身の爪をマジマジと見つめ、感嘆の吐息を漏らす、
「であろう、こうやってだな、一本一本を丁寧に磨くのだ」
レアンはその手を再び掴み別の爪に取り掛かる、
「もう、こら、レアン、そんな急がなくてもいいですよ」
「いいえ、姉さま、この後はやわらかクリームがあります、それも驚きますぞ」
「やわらかクリームですか?」
「うむ、あれこそヘルデルには必要なものです、もう寒くなっているでしょう?」
「そうね、こちらと比べればだいぶね」
「であればこそ、必要なのです」
レアンは嬉々としてその手に集中し、マルヘリートはまったくと困った顔をレイナウトに向けた、レイナウトも同様に、しかし、やはり嬉しそうな笑顔で応え、
「そうだな、では、妹達にはお前と同じ物を送らなければな、儂らだけでは角が立つ、クンラートとあの嫁にも用意せねばならんか・・・大量じゃな・・・」
「そうですね、そうだ、今日持ち帰れるのは少ないと聞きましたが?」
とやっと商談となったようである、エレインはニコヤカに諸々を説明し、テラは静かにその補佐に回った、従者の一人がクンラートの側に立ち、ライニールも一応と状況を確認する、
「そうしますと輸送手段ですね・・・一度屋敷に入れてから特別便を手配致しましょう」
「そうなるな、他には・・・その爪ヤスリとやわらかクリームであったか?このガラスペンも良いな・・・なんだ、結局この店の全ての品を買う事になるのか・・・」
クンラートはやれやれと溜息を吐く、今朝会ったカラミッドにも節制しないと散財する事になりますよとにこやかに助言されていたが、その通りになってしまったようだ、しかし、それもこの楽しそうなレアンの顔と秀逸な品々の前では取るに足りない事であろう、それだけの価値があり、それ以上に楽しんでもいる、
「銀食器も忘れてはなりませんぞ」
レアンが唐突に顔を上げた、
「あー、分かっておる、お主の自慢の品であろう?」
「はい、私と職人達の英知の結晶なのです」
フンスと鼻息の荒いレアンに、
「まったく、この歳で商売上手になるとはな、思ってもいなかった・・・ライニール、先が楽しみだな」
「はい、頼もしい限りです」
クンラートの笑みにライニールも笑顔で応えるのであった。
「これは美味しい・・・」
「でしょう、姉様に食して欲しかったのです」
「いや、味も良いが、素晴らしいのはこのフォークじゃな・・・これほど使いやすいフォークは初めてだ・・・」
「でしょう、それも自慢の品なのです、私と職人達の努力の賜物です」
レアンが満面の笑みで小さな胸をこれでもかと張り上げる、レイナウトとマルヘリートは心底驚いている様子で、
「一体どういう事なのだ、昨年来た時にはこれほどの品は無かったはずだぞ、それどころか、この店は一体なんなんだ・・・」
レイナウトはまるで理解出来んと鼻息を荒くする、
「ふふっ、伯父様、この程度では無いのですよ、まだまだ美味しいものも素晴らしいものもあります、全てはエレイン会長、それとある人のお陰なのですな」
レアンがニヤニヤとほくそ笑み、
「そんな、褒め過ぎですよ」
エレインは渋い顔で謙遜した、賓客達は店内の商品を一巡りし、いつものように応接テーブルを囲んで商談兼一服の茶の一時となった、そこで供されるのはチーズケーキである、マルヘリートは一欠けらを口に運んで絶賛の声を上げ、レイナウトもその味に感心しつつも銀の四本フォークに関心が向かう、
「褒め過ぎ等ではなかろう、エレイン会長の努力の賜物ではないか」
「いいえ、この店もガラス鏡もこのフォークも、皆さんの協力あっての事です、私こそ皆さんに感謝しなければなりませんわ」
エレインは柔らかい笑みを浮かべ、レイナウトはホウとエレインを見つめると、
「随分と殊勝じゃな・・・商会の会長とは思えない口振りじゃが・・・」
「先代様、エレイン会長は心底そう思っていらっしゃいます」
テラがニコリと口添える、
「ほう・・・そうなのか?」
レイナウトがエレインの傍らに立つテラを見上げた、
「はい、逆にもう少し利益を取るべきだと言わなければならないほどなのですよ」
テラが困った笑顔を見せた、エレインは何を言い出すのやらとテラを見上げる、
「それほどか・・・いや、それもまた良しだな、金儲けしか考えない商会ばかりだからな、そういう点ではベイエル商会も良心的であったが・・・それ以上なのか?」
「それ以上なんです」
テラが即答する、
「そうなのか、それはエレイン会長、もっと取るべきだぞ、儂が許す」
ガッハッハとレイナウトは高笑いをし、テラはニコニコと嬉しそうに微笑む、エレインはどう答えるべきかと悩んでしまい、取り合えず曖昧な笑みを浮かべて答えとした、
「まぁよい」
レイナウトは心底嬉しそうにチーズケーキを口に運ぶ、マルヘリートとレアンはあっという間に平らげてしまい、物足りない顔で茶に手を伸ばしていた、テラがそれに気付いてケイランに目配せする、ケイランはスッと頭を垂れて退室した、
「そうだ、での、姉さまには、爪の手入れと肌の手入れを教えねばならんのじゃ」
レアンが勢いよく立ち上がった、これにはマルヘリートもレイナウトもムッとするが、レアンの勢いは止まらない、
「爪ヤスリとやわらかクリームを、姉さまの爪をツヤツヤにするのじゃ」
とテラに興奮した様子で言い付ける、テラははい直ちにと笑顔を浮かべた、正式な茶の席ではとても褒められた態度では無かったが、マルヘリートもレイナウトもまぁ堅苦しい場ではないし、何よりどうやらレアンはさらに面白いものを見せようとしているらしいと口出しする事は無かった、そして、テラがサッと盆に乗せた爪ヤスリとやわらかクリームの壺を用意すると、
「うむ、での、姉上、伯父上、母上の爪に気付かなかったかな?」
ニヤリと微笑みながら爪ヤスリを手にする、マルヘリートはその小さなガラス片に目を奪われながらも、
「爪ですか?」
と首を傾げ、
「はて・・・あー、そう言えば・・・」
レイナウトも天井を斜めに見上げて記憶を探る、
「あっ、そうですね、確かに、何やらツヤツヤしていたような」
「おう、それに鮮やかであったような気もするが、それ以上に健康なユスティーナに目が行ってしまったな」
「私もですね、御姿を拝見するのはほぼ初めてでしたから・・・」
と二人は顔を見合わせた、
「ムゥ、二人とも御洒落を分かっていないのう」
レアンはいよいよ居丈高に笑顔を見せてムフンと鼻息を荒くすると、
「これじゃ」
自身の手をズイッと二人に差し出した、何をと二人は目を眇めるが、すぐに、
「あら・・・」
「おお・・・これは美しいな」
とその爪に視線を奪われてしまう、レアンの爪は見事に磨かれていた、しかし、色は乗せていない様子で、健康的に輝くそれは実に美しく二人の目に映る、
「であろう、これもな、エレイン会長が、いや、ソフィアさんであったかが始めた爪の手入れなのじゃ」
レアンは座り直すと、
「この爪ヤスリが秀逸でな」
と手にしたガラスの爪ヤスリを構え、マルヘリートの手を取ると、
「姉さま良いか?」
一応確認するあたりに自制心は残っている様子である、
「いいですよ、どういうことなのです?」
マルヘリートは一瞬驚いて手に力を入れてしまうが、上目遣いとなったレアンの視線を正面から捉えニコリと微笑し力を抜いた、
「よし、ではな・・・」
とレアンはマルヘリートの爪を自ら優しく手入れしながら事の顛末を嬉しそうに話し出す、マルヘリートはニコニコと、レイナウトは興味深げにその所作を注視した、そこへケイランがチーズケーキの追加を運び込むと、
「丁度良い、ケイラン、手伝うのだ、姉さまをピカピカにしなければならん」
と馴染みの顔に微笑みかける、ケイランは軽くテラへ目配せし、その了解を得ると、
「はい、では失礼致します」
と盆をテラに預けてマルヘリートとレアンの隣に跪く、
「でな、色を乗せるというのも技法として面白くてな」
レアンは気持ちよく話しを弾ませ、レイナウトはやれやれとテラがケイランに代わって配膳したチーズケーキに手を伸ばした、その顔は呆れている様であるが同時に朗らかなものである、レイナウトもマルヘリートも赤子の頃からレアンを見知っており、レアンもマルヘリートを実の姉のように慕っている、しかし、レアンはどうにも気難しい娘であった、公爵令嬢であるマルヘリートよりも気位が高く何ともとっつきにくい所が目に着く娘であり、レイナウト自身は正直あまり好んではおらず、マルヘリートも妹として接しているが、やはりどこかぎこちなかった、しかし、今日のレアンは何とも活力に溢れ明るく、奔放である、二人はこれがレアンであったかと店内を案内されながらその違和感を口にしないまでも感じており、そして腰を落ち着け一息吐いて考えるに、レアンはどうやらその本来の性分を取り戻したのであろうとレイナウトは前向きに捉えることとした、さらに、ここに来る前に屋敷で会ったカラミッドもユスティーナも実に良い笑顔で、さらに屋敷内も驚くほどに明るい雰囲気であった事を思い出す、ユスティーナの姿を見たのは実に十年振りであり、その姿は一見してユスティーナであると分かるのに少々の時間が必要な程で、カラミッドもまたここ数年見たことが無い程に明るく快活としていた、どうやらクレオノート家はユスティーナの快癒と共に何やら厄を落としたようであり、それはレアンにも良い影響となったのであろう、レイナウトはそう考え自然とその顔が綻んでしまったのであった、立場的には配下に当たり、他家の事と言ってしまえばそうなのであるが、喜ばしい事には違いない、何よりレアンの変わりようは大変に好ましい事と思えた、
「・・・エレイン会長、あなたのお陰なのかな?」
レイナウトは柔らかい笑みをエレインに向ける、
「はっ、えっと、すいません、どういった事でしょうか?」
エレインはニコヤカにレアンとマルヘリートの様子を眺めていた、その為、突然話しかけられハッと背筋を伸ばしてしまう、
「うむ、いや良いのだ、しかし、あの壁画も素晴らしいな」
レイナウトはニコリと微笑み、話題を変えて壁画を見上げる、今日も二匹の猫は猫らしく戯れ、大樹は優しく室内を見守っている、
「はい、少々奇抜と言われますが、当店の自慢ですわ」
「そうだな、確かに奇抜だ、しかし、優しさと慈しみを感じる良い情景だ、猫と樹木だけなのが・・・いや、それが良いのかな、うん、素晴らしい興だな、実に良い」
「お褒めに預かり光栄でございます」
「・・・うむ・・・そうなるとじゃ」
レイナウトはゆっくりと壁画を眺め、ゆるりと視線を戻すと、
「マルヘリート、お前さんは全身鏡と三面鏡台かな?」
指先をいじられそのこそばゆさに笑顔を見せている孫娘に問いかける、
「はい、それと手鏡も合わせ鏡も欲しいですし、城には壁鏡が欲しいですね・・・妹達にもと思いますが如何致しましょう」
若干頬をピクピクさせつつマルヘリートが答える、
「これ、動くでないのじゃ」
途端、レアンがニヤニヤと顔を上げた、
「そんな事言っても、どうしたのです?今日のレアンは意地悪ですわよ」
「そんな事はないですよ、ほれ、どうじゃ」
レアンは手拭いでサッとマルヘリートの爪を拭ってその手を持ち上げた、
「まぁ・・・確かに・・・これは、また・・・違うわね」
マルヘリートは自身の爪をマジマジと見つめ、感嘆の吐息を漏らす、
「であろう、こうやってだな、一本一本を丁寧に磨くのだ」
レアンはその手を再び掴み別の爪に取り掛かる、
「もう、こら、レアン、そんな急がなくてもいいですよ」
「いいえ、姉さま、この後はやわらかクリームがあります、それも驚きますぞ」
「やわらかクリームですか?」
「うむ、あれこそヘルデルには必要なものです、もう寒くなっているでしょう?」
「そうね、こちらと比べればだいぶね」
「であればこそ、必要なのです」
レアンは嬉々としてその手に集中し、マルヘリートはまったくと困った顔をレイナウトに向けた、レイナウトも同様に、しかし、やはり嬉しそうな笑顔で応え、
「そうだな、では、妹達にはお前と同じ物を送らなければな、儂らだけでは角が立つ、クンラートとあの嫁にも用意せねばならんか・・・大量じゃな・・・」
「そうですね、そうだ、今日持ち帰れるのは少ないと聞きましたが?」
とやっと商談となったようである、エレインはニコヤカに諸々を説明し、テラは静かにその補佐に回った、従者の一人がクンラートの側に立ち、ライニールも一応と状況を確認する、
「そうしますと輸送手段ですね・・・一度屋敷に入れてから特別便を手配致しましょう」
「そうなるな、他には・・・その爪ヤスリとやわらかクリームであったか?このガラスペンも良いな・・・なんだ、結局この店の全ての品を買う事になるのか・・・」
クンラートはやれやれと溜息を吐く、今朝会ったカラミッドにも節制しないと散財する事になりますよとにこやかに助言されていたが、その通りになってしまったようだ、しかし、それもこの楽しそうなレアンの顔と秀逸な品々の前では取るに足りない事であろう、それだけの価値があり、それ以上に楽しんでもいる、
「銀食器も忘れてはなりませんぞ」
レアンが唐突に顔を上げた、
「あー、分かっておる、お主の自慢の品であろう?」
「はい、私と職人達の英知の結晶なのです」
フンスと鼻息の荒いレアンに、
「まったく、この歳で商売上手になるとはな、思ってもいなかった・・・ライニール、先が楽しみだな」
「はい、頼もしい限りです」
クンラートの笑みにライニールも笑顔で応えるのであった。
1
あなたにおすすめの小説
使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)
犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。
意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。
彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。
そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。
これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。
○○○
旧版を基に再編集しています。
第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。
旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。
この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
クラスで異世界召喚する前にスキルの検証に30年貰ってもいいですか?
ばふぉりん
ファンタジー
中学三年のある朝、突然教室が光だし、光が収まるとそこには女神様が!
「貴方達は異世界へと勇者召喚されましたが、そのままでは忍びないのでなんとか召喚に割り込みをかけあちらの世界にあった身体へ変換させると共にスキルを与えます。更に何か願いを叶えてあげましょう。これも召喚を止められなかった詫びとします」
「それでは女神様、どんなスキルかわからないまま行くのは不安なので検証期間を30年頂いてもよろしいですか?」
これはスキルを使いこなせないまま召喚された者と、使いこなし過ぎた者の異世界物語である。
<前作ラストで書いた(本当に描きたかったこと)をやってみようと思ったセルフスピンオフです!うまく行くかどうかはホント不安でしかありませんが、表現方法とか教えて頂けると幸いです>
注)本作品は横書きで書いており、顔文字も所々で顔を出してきますので、横読み?推奨です。
(読者様から縦書きだと顔文字が!という指摘を頂きましたので、注意書をと。ただ、表現たとして顔文字を出しているで、顔を出してた時には一通り読み終わった後で横書きで見て頂けると嬉しいです)
聖女として召還されたのにフェンリルをテイムしたら追放されましたー腹いせに快適すぎる森に引きこもって我慢していた事色々好き放題してやります!
ふぃえま
ファンタジー
「勝手に呼び出して無茶振りしたくせに自分達に都合の悪い聖獣がでたら責任追及とか狡すぎません?
せめて裏で良いから謝罪の一言くらいあるはずですよね?」
不況の中、なんとか内定をもぎ取った会社にやっと慣れたと思ったら異世界召還されて勝手に聖女にされました、佐藤です。いや、元佐藤か。
実は今日、なんか国を守る聖獣を召還せよって言われたからやったらフェンリルが出ました。
あんまりこういうの詳しくないけど確か超強いやつですよね?
なのに周りの反応は正反対!
なんかめっちゃ裏切り者とか怒鳴られてロープグルグル巻きにされました。
勝手にこっちに連れて来たりただでさえ難しい聖獣召喚にケチつけたり……なんかもうこの人たち助けなくてもバチ当たりませんよね?
アルフレッドは平穏に過ごしたい 〜追放されたけど謎のスキル【合成】で生き抜く〜
芍薬甘草湯
ファンタジー
アルフレッドは貴族の令息であったが天から与えられたスキルと家風の違いで追放される。平民となり冒険者となったが、生活するために竜騎士隊でアルバイトをすることに。
ふとした事でスキルが発動。
使えないスキルではない事に気付いたアルフレッドは様々なものを合成しながら密かに活躍していく。
⭐︎注意⭐︎
女性が多く出てくるため、ハーレム要素がほんの少しあります。特に苦手な方はご遠慮ください。
『追放令嬢は薬草(ハーブ)に夢中 ~前世の知識でポーションを作っていたら、聖女様より崇められ、私を捨てた王太子が泣きついてきました~』
とびぃ
ファンタジー
追放悪役令嬢の薬学スローライフ ~断罪されたら、そこは未知の薬草宝庫(ランクS)でした。知識チートでポーション作ってたら、王都のパンデミックを救う羽目に~
-第二部(11章~20章)追加しました-
【あらすじ】
「貴様を追放する! 魔物の巣窟『霧深き森』で、朽ち果てるがいい!」
王太子の婚約者ソフィアは、卒業パーティーで断罪された。 しかし、その顔に絶望はなかった。なぜなら、その「断罪劇」こそが、彼女の完璧な計画だったからだ。
彼女の魂は、前世で薬学研究に没頭し過労死した、日本の研究者。 王妃の座も権力闘争も、彼女には退屈な枷でしかない。 彼女が求めたのはただ一つ——誰にも邪魔されず、未知の植物を研究できる「アトリエ」だった。
追放先『霧深き森』は「死の土地」。 だが、チート能力【植物図鑑インターフェイス】を持つソフィアにとって、そこは未知の薬草が群生する、最高の「研究フィールド(ランクS)」だった!
石造りの廃屋を「アトリエ」に改造し、ガラクタから蒸留器を自作。村人を救い、薬師様と慕われ、理想のスローライフ(研究生活)が始まる。 だが、その平穏は長く続かない。 王都では、王宮薬師長の陰謀により、聖女の奇跡すら効かないパンデミック『紫死病』が発生していた。 ソフィアが開発した『特製回復ポーション』の噂が王都に届くとき、彼女の「研究成果」を巡る、新たな戦いが幕を開ける——。
【主な登場人物】
ソフィア・フォン・クライネルト 本作の主人公。元・侯爵令嬢。魂は日本の薬学研究者。 合理的かつ冷徹な思考で、スローライフ(研究)を妨げる障害を「薬学」で排除する。未知の薬草の解析が至上の喜び。
ギルバート・ヴァイス 王宮魔術師団・研究室所属の魔術師。 ソフィアの「科学(薬学)」に魅了され、助手(兼・共同研究者)としてアトリエに入り浸る知的な理解者。
アルベルト王太子 ソフィアの元婚約者。愚かな「正義」でソフィアを追放した張本人。王都の危機に際し、薬を強奪しに来るが……。
リリア 無力な「聖女」。アルベルトに庇護されるが、本物の災厄の前では無力な「駒」。
ロイド・バルトロメウス 『天秤と剣(スケイル&ソード)商会』の会頭。ソフィアに命を救われ、彼女の「薬学」の価値を見抜くビジネスパートナー。
【読みどころ】
「悪役令嬢追放」から始まる、痛快な「ざまぁ」展開! そして、知識チートを駆使した本格的な「薬学(ものづくり)」と、理想の「アトリエ」開拓。 科学と魔法が融合し、パンデミックというシリアスな災厄に立ち向かう、読み応え抜群の薬学ファンタジーをお楽しみください。
オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~
鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。
そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。
そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。
「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」
オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く!
ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。
いざ……はじまり、はじまり……。
※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる