セカンドライフは寮母さん 魔王を討伐した冒険者は魔法学園女子寮の管理人になりました

今卓&

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64話 縁は衣の元味の元 その4

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若干時を戻して再びのガラス鏡店である、

「これは美味しい・・・」

「でしょう、姉様に食して欲しかったのです」

「いや、味も良いが、素晴らしいのはこのフォークじゃな・・・これほど使いやすいフォークは初めてだ・・・」

「でしょう、それも自慢の品なのです、私と職人達の努力の賜物です」

レアンが満面の笑みで小さな胸をこれでもかと張り上げる、レイナウトとマルヘリートは心底驚いている様子で、

「一体どういう事なのだ、昨年来た時にはこれほどの品は無かったはずだぞ、それどころか、この店は一体なんなんだ・・・」

レイナウトはまるで理解出来んと鼻息を荒くする、

「ふふっ、伯父様、この程度では無いのですよ、まだまだ美味しいものも素晴らしいものもあります、全てはエレイン会長、それとある人のお陰なのですな」

レアンがニヤニヤとほくそ笑み、

「そんな、褒め過ぎですよ」

エレインは渋い顔で謙遜した、賓客達は店内の商品を一巡りし、いつものように応接テーブルを囲んで商談兼一服の茶の一時となった、そこで供されるのはチーズケーキである、マルヘリートは一欠けらを口に運んで絶賛の声を上げ、レイナウトもその味に感心しつつも銀の四本フォークに関心が向かう、

「褒め過ぎ等ではなかろう、エレイン会長の努力の賜物ではないか」

「いいえ、この店もガラス鏡もこのフォークも、皆さんの協力あっての事です、私こそ皆さんに感謝しなければなりませんわ」

エレインは柔らかい笑みを浮かべ、レイナウトはホウとエレインを見つめると、

「随分と殊勝じゃな・・・商会の会長とは思えない口振りじゃが・・・」

「先代様、エレイン会長は心底そう思っていらっしゃいます」

テラがニコリと口添える、

「ほう・・・そうなのか?」

レイナウトがエレインの傍らに立つテラを見上げた、

「はい、逆にもう少し利益を取るべきだと言わなければならないほどなのですよ」

テラが困った笑顔を見せた、エレインは何を言い出すのやらとテラを見上げる、

「それほどか・・・いや、それもまた良しだな、金儲けしか考えない商会ばかりだからな、そういう点ではベイエル商会も良心的であったが・・・それ以上なのか?」

「それ以上なんです」

テラが即答する、

「そうなのか、それはエレイン会長、もっと取るべきだぞ、儂が許す」

ガッハッハとレイナウトは高笑いをし、テラはニコニコと嬉しそうに微笑む、エレインはどう答えるべきかと悩んでしまい、取り合えず曖昧な笑みを浮かべて答えとした、

「まぁよい」

レイナウトは心底嬉しそうにチーズケーキを口に運ぶ、マルヘリートとレアンはあっという間に平らげてしまい、物足りない顔で茶に手を伸ばしていた、テラがそれに気付いてケイランに目配せする、ケイランはスッと頭を垂れて退室した、

「そうだ、での、姉さまには、爪の手入れと肌の手入れを教えねばならんのじゃ」

レアンが勢いよく立ち上がった、これにはマルヘリートもレイナウトもムッとするが、レアンの勢いは止まらない、

「爪ヤスリとやわらかクリームを、姉さまの爪をツヤツヤにするのじゃ」

とテラに興奮した様子で言い付ける、テラははい直ちにと笑顔を浮かべた、正式な茶の席ではとても褒められた態度では無かったが、マルヘリートもレイナウトもまぁ堅苦しい場ではないし、何よりどうやらレアンはさらに面白いものを見せようとしているらしいと口出しする事は無かった、そして、テラがサッと盆に乗せた爪ヤスリとやわらかクリームの壺を用意すると、

「うむ、での、姉上、伯父上、母上の爪に気付かなかったかな?」

ニヤリと微笑みながら爪ヤスリを手にする、マルヘリートはその小さなガラス片に目を奪われながらも、

「爪ですか?」

と首を傾げ、

「はて・・・あー、そう言えば・・・」

レイナウトも天井を斜めに見上げて記憶を探る、

「あっ、そうですね、確かに、何やらツヤツヤしていたような」

「おう、それに鮮やかであったような気もするが、それ以上に健康なユスティーナに目が行ってしまったな」

「私もですね、御姿を拝見するのはほぼ初めてでしたから・・・」

と二人は顔を見合わせた、

「ムゥ、二人とも御洒落を分かっていないのう」

レアンはいよいよ居丈高に笑顔を見せてムフンと鼻息を荒くすると、

「これじゃ」

自身の手をズイッと二人に差し出した、何をと二人は目を眇めるが、すぐに、

「あら・・・」

「おお・・・これは美しいな」

とその爪に視線を奪われてしまう、レアンの爪は見事に磨かれていた、しかし、色は乗せていない様子で、健康的に輝くそれは実に美しく二人の目に映る、

「であろう、これもな、エレイン会長が、いや、ソフィアさんであったかが始めた爪の手入れなのじゃ」

レアンは座り直すと、

「この爪ヤスリが秀逸でな」

と手にしたガラスの爪ヤスリを構え、マルヘリートの手を取ると、

「姉さま良いか?」

一応確認するあたりに自制心は残っている様子である、

「いいですよ、どういうことなのです?」

マルヘリートは一瞬驚いて手に力を入れてしまうが、上目遣いとなったレアンの視線を正面から捉えニコリと微笑し力を抜いた、

「よし、ではな・・・」

とレアンはマルヘリートの爪を自ら優しく手入れしながら事の顛末を嬉しそうに話し出す、マルヘリートはニコニコと、レイナウトは興味深げにその所作を注視した、そこへケイランがチーズケーキの追加を運び込むと、

「丁度良い、ケイラン、手伝うのだ、姉さまをピカピカにしなければならん」

と馴染みの顔に微笑みかける、ケイランは軽くテラへ目配せし、その了解を得ると、

「はい、では失礼致します」

と盆をテラに預けてマルヘリートとレアンの隣に跪く、

「でな、色を乗せるというのも技法として面白くてな」

レアンは気持ちよく話しを弾ませ、レイナウトはやれやれとテラがケイランに代わって配膳したチーズケーキに手を伸ばした、その顔は呆れている様であるが同時に朗らかなものである、レイナウトもマルヘリートも赤子の頃からレアンを見知っており、レアンもマルヘリートを実の姉のように慕っている、しかし、レアンはどうにも気難しい娘であった、公爵令嬢であるマルヘリートよりも気位が高く何ともとっつきにくい所が目に着く娘であり、レイナウト自身は正直あまり好んではおらず、マルヘリートも妹として接しているが、やはりどこかぎこちなかった、しかし、今日のレアンは何とも活力に溢れ明るく、奔放である、二人はこれがレアンであったかと店内を案内されながらその違和感を口にしないまでも感じており、そして腰を落ち着け一息吐いて考えるに、レアンはどうやらその本来の性分を取り戻したのであろうとレイナウトは前向きに捉えることとした、さらに、ここに来る前に屋敷で会ったカラミッドもユスティーナも実に良い笑顔で、さらに屋敷内も驚くほどに明るい雰囲気であった事を思い出す、ユスティーナの姿を見たのは実に十年振りであり、その姿は一見してユスティーナであると分かるのに少々の時間が必要な程で、カラミッドもまたここ数年見たことが無い程に明るく快活としていた、どうやらクレオノート家はユスティーナの快癒と共に何やら厄を落としたようであり、それはレアンにも良い影響となったのであろう、レイナウトはそう考え自然とその顔が綻んでしまったのであった、立場的には配下に当たり、他家の事と言ってしまえばそうなのであるが、喜ばしい事には違いない、何よりレアンの変わりようは大変に好ましい事と思えた、

「・・・エレイン会長、あなたのお陰なのかな?」

レイナウトは柔らかい笑みをエレインに向ける、

「はっ、えっと、すいません、どういった事でしょうか?」

エレインはニコヤカにレアンとマルヘリートの様子を眺めていた、その為、突然話しかけられハッと背筋を伸ばしてしまう、

「うむ、いや良いのだ、しかし、あの壁画も素晴らしいな」

レイナウトはニコリと微笑み、話題を変えて壁画を見上げる、今日も二匹の猫は猫らしく戯れ、大樹は優しく室内を見守っている、

「はい、少々奇抜と言われますが、当店の自慢ですわ」

「そうだな、確かに奇抜だ、しかし、優しさと慈しみを感じる良い情景だ、猫と樹木だけなのが・・・いや、それが良いのかな、うん、素晴らしい興だな、実に良い」

「お褒めに預かり光栄でございます」

「・・・うむ・・・そうなるとじゃ」

レイナウトはゆっくりと壁画を眺め、ゆるりと視線を戻すと、

「マルヘリート、お前さんは全身鏡と三面鏡台かな?」

指先をいじられそのこそばゆさに笑顔を見せている孫娘に問いかける、

「はい、それと手鏡も合わせ鏡も欲しいですし、城には壁鏡が欲しいですね・・・妹達にもと思いますが如何致しましょう」

若干頬をピクピクさせつつマルヘリートが答える、

「これ、動くでないのじゃ」

途端、レアンがニヤニヤと顔を上げた、

「そんな事言っても、どうしたのです?今日のレアンは意地悪ですわよ」

「そんな事はないですよ、ほれ、どうじゃ」

レアンは手拭いでサッとマルヘリートの爪を拭ってその手を持ち上げた、

「まぁ・・・確かに・・・これは、また・・・違うわね」

マルヘリートは自身の爪をマジマジと見つめ、感嘆の吐息を漏らす、

「であろう、こうやってだな、一本一本を丁寧に磨くのだ」

レアンはその手を再び掴み別の爪に取り掛かる、

「もう、こら、レアン、そんな急がなくてもいいですよ」

「いいえ、姉さま、この後はやわらかクリームがあります、それも驚きますぞ」

「やわらかクリームですか?」

「うむ、あれこそヘルデルには必要なものです、もう寒くなっているでしょう?」

「そうね、こちらと比べればだいぶね」

「であればこそ、必要なのです」

レアンは嬉々としてその手に集中し、マルヘリートはまったくと困った顔をレイナウトに向けた、レイナウトも同様に、しかし、やはり嬉しそうな笑顔で応え、

「そうだな、では、妹達にはお前と同じ物を送らなければな、儂らだけでは角が立つ、クンラートとあの嫁にも用意せねばならんか・・・大量じゃな・・・」

「そうですね、そうだ、今日持ち帰れるのは少ないと聞きましたが?」

とやっと商談となったようである、エレインはニコヤカに諸々を説明し、テラは静かにその補佐に回った、従者の一人がクンラートの側に立ち、ライニールも一応と状況を確認する、

「そうしますと輸送手段ですね・・・一度屋敷に入れてから特別便を手配致しましょう」

「そうなるな、他には・・・その爪ヤスリとやわらかクリームであったか?このガラスペンも良いな・・・なんだ、結局この店の全ての品を買う事になるのか・・・」

クンラートはやれやれと溜息を吐く、今朝会ったカラミッドにも節制しないと散財する事になりますよとにこやかに助言されていたが、その通りになってしまったようだ、しかし、それもこの楽しそうなレアンの顔と秀逸な品々の前では取るに足りない事であろう、それだけの価値があり、それ以上に楽しんでもいる、

「銀食器も忘れてはなりませんぞ」

レアンが唐突に顔を上げた、

「あー、分かっておる、お主の自慢の品であろう?」

「はい、私と職人達の英知の結晶なのです」

フンスと鼻息の荒いレアンに、

「まったく、この歳で商売上手になるとはな、思ってもいなかった・・・ライニール、先が楽しみだな」

「はい、頼もしい限りです」

クンラートの笑みにライニールも笑顔で応えるのであった。
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