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本編
67話 祭りを生み出すという事 その4
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正午を過ぎ公務時間終了の鐘が響いた、ソフィアはもうそんな時間かとユルユルと腰を上げる、今日はメイドの二人は休みだそうである、激務を二日続けており、その報告書の作成とちょっとした労いの気持ちでそうなったそうで、イフナースがそれだけ食事会の料理を認めたという事であろう、ティルが休みとなればミーンも一緒に休むとの事で、ソフィアはそれがいいわよねと報告に来たアフラにのほほんと微笑んでいる、
「ソフィー、できたってー」
そこへ厨房からミナがピョコンと顔を出した、
「はいはい、今行くわよー」
ソフィアは丁度良かったと編み物籠に道具をつこっみそのまま厨房へ入った、中では職人達が道具を片付け掃除中のようで、ブラスがミナとレインを相手にあーだこーだと話している、
「出来たの?」
「出来ました」
「デキター」
「いい感じ?」
「どうでしょう、昨日の打合せ通りかと思いますが・・・」
「悪くはないぞ」
レインがニヤリとソフィアを見上げる、
「あら、レインがそう言うならいいのかもねー」
「当然じゃ」
レインがフンと胸を張る、
「ふふっ、で、どうなったの?」
「まずはですね」
とブラスが説明を始めた、厨房の設備に関しては当初はレインがこうすれば良いと提案した図面が元になっており、そこへソフィアの改善案が加わり、さらにタロウがこうするべきだと口を挟み、陶器板を使った温水設備が設置された事によってやっと具体的な形が見え、最終的にはソフィアが使い勝手を考えて作業台、洗い場、調理空間、棚等々の配置が決定されている、
「なるほど、理想的だわね」
ソフィアがニヤリと微笑む、実に嬉しそうであった、
「御満足頂けて嬉しいです」
ブラスも微笑み、職人達も掃除と片付けを終え満足そうにしている、しかし、その完成した板場は新しい品物で溢れている訳では無かった、ソフィアが特段新しく作る必要は無く、ある物を使えばよいという考え方であった為で、パッと見る限りだとただ模様替えをしたようで代わり映えを感じない、しかし、これは必要だろうとして新規で作ったのが洗い場周りの構造であった、特に洗い場として作られた部分は大きめのタライに下水管を繋げ、タロウから教えられたトラップを仕込み、立った状態でも使えるように水の重さも考慮してかなり頑丈な足を付けている、無論そこで温水も使えるように銅管が伸ばされていた、ソフィアが最も拘った部分でもあった、
「あー、これで洗い物が楽になるわねー」
ソフィアがタライに手を置いた、
「使ってみて下さい、排水は試してありますので問題無いかと思いますが、一応」
「はいはい」
ソフィアが慣れた手付きで止水栓を開くと、勢いよく水が流れ出しタライの底を叩く、それは緩やかに排水溝に流れ込んだ、タライそのものにも傾斜を付けた為で、排水溝は右手奥にポカリと口を開けている、
「なるほど、こうなるのね」
「はい、タロウさんに排水溝を付けるのであればこのように水の流れを計算しないと駄目だと言われまして、でも実際そのようですね、この傾斜が無ければ水はけが悪いでしょう」
「そうみたいね、あの人も偶には役に立つわねー」
ホクホクと笑顔を浮かべるソフィアに、ブラスは何とも言えず誤魔化し笑いを浮かべる、何しろタロウには大変に世話になっているのだ、無論、ソフィアにも世話になっているが、やはり夫に対しての評価はどの妻も厳しくなる様子である、
「これでどうなるのー?」
ミナがヒョイとタライに顔を出した、丁度つま先立ちで顔が覗く高さである、
「んー、お片付けが楽になるのよー」
「そうなの?」
「そうなの、ミナも手伝う?」
「お片付け?」
「そうよ」
「出来るー?」
「勿論」
「じゃ、やるー」
「おー、言ったなー」
親娘が楽しそうに微笑み合う、そこへ、失礼しますと来客のようであった、あらっとソフィアが振り返ると、すぐにバタバタと足音が響き、
「ソフィアさん、あっ、ブラスさんもいたんだ」
ジャネットがヒョイと顔を出した、
「あら、早いわね」
「はい、今日は気合入ってますんで」
ジャネットはニヤリと微笑むと、
「ブノワトねーさんが来てますよ、コッキーさんもー」
「あらっ、そっちも早いわね」
「すいません、その」
ブラスが申し訳なさそうに頭をかいた、
「いいの、いいの、これはねー、そりゃ興味あるでしょ」
「すいません」
ブラスは再び頭を下げ、職人達も苦笑いを浮かべる、
「こっちでいいです?」
ジャネットが通していいのかなと確認した、
「いいわよ、入ってもらって、これを見に来たんでしょ」
「あっ、出来ました?」
「そうね、いい感じよ」
「じゃ、また来ます」
ジャネットがサッと姿を消した、そして、ブノワトとコッキー、アンベルが顔を出す、
「あら、いらっしゃい」
「あー、ねーさんチーッス」
ソフィアが三人を迎え、ミナがブノワトに突撃する、厨房はさらに姦しくなるのであった。
その頃、やっとタロウは寮へと戻っていた、あれから荒野の施設の一部屋でクロノスらとレイナウトらの話し合いが持たれ、俺は必要ないであろうなとタロウは思いつつも逃げ出す事が出来ずに同席した、しかし、やはりこの騒動の張本人である故か双方から意見を求められそれに双方から許可を取りつつ回答し、できるだけ波風が立たないようにと言葉を選ぶが中々に難しく、やがて一定の折り合いが着いたようで今日はここで解散となってタロウは寮へと帰り着いた、人使いの荒い為政者共がと毒づくと、クロノスとイフナースは為政者とはそういう者だとあっけらかんと笑って見せる、タロウが言い返す言葉は無かった、
「ユーリいるか?」
「なに?」
タロウが研究室の中央ホールに顔を出すとカトカとサビナが背中を丸めて何やらやっており、ユーリがその後ろに立って監督しているようであった、
「クロノスが用があれば聞くぞーって」
「あん?なによそれ」
「ほれ、光柱の件とかな、殿下の屋敷にいるからさ、どうする?」
「あー・・・そういう事か・・・」
「そういう事」
「どうしようかな・・・じゃ、ゾーイ一緒にお願いできる?」
「はい、いいですよー」
とゾーイが軽く顔を上げた、
「うん、カトカはそれお願いね」
「はい、続けます」
カトカは背を丸めたままに答える、
「そうなると・・・っていうかいい時間よね、あんた、学園の下見はどうする?」
「ん?行ければ行きたいが、頼めるか?」
「サビナに話してあるから」
とユーリはゾーイと共に転送室へ向かい、タロウは二人に案内されてサビナの作業部屋に顔を覗かせた、その部屋は大量の木簡が積み上げられており、女性として大きい方であるサビナの姿が見えないほどで、しかし、タロウが扉を軽く叩くと、
「はいっ」
とサビナが顔を上げた、木窓の手前、最奥に当たる日当たりの良い場所がサビナの作業空間のようである、
「忙しい所ごめんね」
タロウがニコリと微笑むと、
「あっ、お疲れ様です、何かありました?」
サビナは首を傾げるが、すぐさま、
「あっ、学園ですか?」
「うん、案内してもらえたら嬉しいかな?俺一人でもいいけど部外者だからね、何かあったら騒動の元だ」
「そうですね、はい、行きましょう」
「いいの?中途半端にならない?」
「大丈夫です、そろそろ休憩しようかなって思ってたところでした」
サビナは大きく伸びをしながら立ち上がると木簡の山を器用に避けて部屋から出て来た、
「すごい量だね?」
「木簡ですか?」
「うん」
「学園長の仕事ですよ」
「そうなの?」
「はい、なんでもその半生をかけた研究のその一部だとかなんとか」
「それは大したもんだ」
「そうなんですよ、でも、悪筆も悪筆で、図は綺麗なんですけどね、読めない字も多くて」
「本人に聞けば?」
「聞いても読めないんですよ、本人が、なんだっけこれとか言い出して・・・」
「・・・そりゃ駄目だね」
「ですよねー」
二人は適当な事を言いながら学園のユーリの事務室に入った、何気に二人だけで行動する事は初めてで、タロウはそうでもないが、やはりサビナは少しばかり緊張してしまう、それは男女うんぬんの問題では無く、タロウが突拍子も無い事を言い出すかもしれないという不安半分、期待半分の気持ちがあったからであった、特に今から行くのは学園である、タロウの琴線に触れる物があるかもしれない、
「こっちですね、先に学園長の所に行きます?」
「忙しくない?」
「どうでしょう、あっ、学園祭の準備には忙しいかもな・・・」
二人はチラホラと生徒の姿が残る学園内を進んだ、普段と異なる点があるとすれば人気が多い事であろうか、各研究所は学園祭に向けて準備に忙しくしており、事務員達も可哀想な事に巻き込まれている、サビナもそろそろ手を付けようとは考えていたが、具体的に何をどうするかは決めていなかった、ただ、その展示場所だけは指定されており、ありがたい事にメイド科の有志と事務員も協力を申し出ている、
「あれだね、生徒のいない学園ってのはどこも似たようなもんだね」
タロウが懐かしそうに微笑んだ、学生であった頃をどうしても思い出してしまう、重厚で直線的な建物に差し込む日差し、広く肌寒さすら感じる廊下に時折響く若者の笑い声、ここに運動部の掛け声が加われば、それはまさにタロウの記憶にある学校の放課後そのままであった、
「タロウさんも学園に通っていたんですか?」
サビナが意外そうに問いかけた、
「ん、うん、そうだね・・・学園というか、俺の国では学校って呼んでたかな?」
「何か違うんですか?」
「そりゃ・・・違うだろうね、少なくとも・・・そうだね、おれの国では子供はね学校に通うのが当たり前でね」
「えっ・・・そうなんですか?」
「うん、6歳の年になる子?は小学校って言って、12歳まで通う学校に通って勉強するんだよ」
「6歳?えっ、ミナちゃんくらいの年ですか?早すぎません?」
「そう?でもミナもそうだけど、あの年くらいであればちゃんと勉強できるでしょ、字も読めるし書けるし、意味が分かっているかどうかは不安だけど、計算もできるしね」
「・・・そう・・・ですね・・・」
「それに若いうちからやっておいて損はないんだよね、勉強ってやつは」
「それはそうですけど、お家のお仕事とか手伝わなくていいんですか?それに勉強と言っても難しい事は出来ないでしょう」
「そうだねー・・・でもね、何て言うか・・・」
タロウはウーンと首を捻る、王国にあっては児童であっても立派な労働者であった、サビナもその出自は知らないが実家では物心つくころには家の手伝いをしていた事であろう、炊事洗濯は言うに及ばず、水汲みから農作業、家畜の世話に姉妹の子守、単純な労働であれば幼児でも可能で、それがそのまま職業訓練にもなっている、
「俺の国ではね、子供よりも親の方がそういう教育に熱心でね、言うなれば・・・この街と一緒で都会なんだろうね、農家が少なくてこう・・・ギュッと集まって暮らしてる感じ?だから、家の仕事といっても少ないのかもしれないよ」
タロウはだいぶ誤魔化して逃げる事とした、タロウの世界とこちらの世界は大きく違う、それは勿論価値観にも及び、生活習慣も同様で、こちらの主婦が一日かけてやる仕事を元の世界で半日で終わらせられると言っても理解されないであろう、実際は半日もかからないであろうが、タロウが見る限りこちらの世界の女性達は大変に働き者であり、男性もまた職務には勤勉である、無論例外は存在するが、それは恐らく子供の頃からそうであったからと身体と心が鍛えられた為もあろう、タロウはそのような事を以前も考えており教育とはやはりそれぞれの社会に合ったものが適切で、どのような形であれ最適化されているものなのであろうなと結論付けていた、
「そういうものですか?」
サビナがその勘でもって誤魔化されている事をすぐに察する、しかし、どうやらタロウはそれで議論を切り上げたいらしい、突っ込んで聞くのも難しいかなとサビナは配慮した、
「そういうもの・・・だと思う、勘弁してくれ」
タロウは苦笑いを浮かべて答えとした。
「ソフィー、できたってー」
そこへ厨房からミナがピョコンと顔を出した、
「はいはい、今行くわよー」
ソフィアは丁度良かったと編み物籠に道具をつこっみそのまま厨房へ入った、中では職人達が道具を片付け掃除中のようで、ブラスがミナとレインを相手にあーだこーだと話している、
「出来たの?」
「出来ました」
「デキター」
「いい感じ?」
「どうでしょう、昨日の打合せ通りかと思いますが・・・」
「悪くはないぞ」
レインがニヤリとソフィアを見上げる、
「あら、レインがそう言うならいいのかもねー」
「当然じゃ」
レインがフンと胸を張る、
「ふふっ、で、どうなったの?」
「まずはですね」
とブラスが説明を始めた、厨房の設備に関しては当初はレインがこうすれば良いと提案した図面が元になっており、そこへソフィアの改善案が加わり、さらにタロウがこうするべきだと口を挟み、陶器板を使った温水設備が設置された事によってやっと具体的な形が見え、最終的にはソフィアが使い勝手を考えて作業台、洗い場、調理空間、棚等々の配置が決定されている、
「なるほど、理想的だわね」
ソフィアがニヤリと微笑む、実に嬉しそうであった、
「御満足頂けて嬉しいです」
ブラスも微笑み、職人達も掃除と片付けを終え満足そうにしている、しかし、その完成した板場は新しい品物で溢れている訳では無かった、ソフィアが特段新しく作る必要は無く、ある物を使えばよいという考え方であった為で、パッと見る限りだとただ模様替えをしたようで代わり映えを感じない、しかし、これは必要だろうとして新規で作ったのが洗い場周りの構造であった、特に洗い場として作られた部分は大きめのタライに下水管を繋げ、タロウから教えられたトラップを仕込み、立った状態でも使えるように水の重さも考慮してかなり頑丈な足を付けている、無論そこで温水も使えるように銅管が伸ばされていた、ソフィアが最も拘った部分でもあった、
「あー、これで洗い物が楽になるわねー」
ソフィアがタライに手を置いた、
「使ってみて下さい、排水は試してありますので問題無いかと思いますが、一応」
「はいはい」
ソフィアが慣れた手付きで止水栓を開くと、勢いよく水が流れ出しタライの底を叩く、それは緩やかに排水溝に流れ込んだ、タライそのものにも傾斜を付けた為で、排水溝は右手奥にポカリと口を開けている、
「なるほど、こうなるのね」
「はい、タロウさんに排水溝を付けるのであればこのように水の流れを計算しないと駄目だと言われまして、でも実際そのようですね、この傾斜が無ければ水はけが悪いでしょう」
「そうみたいね、あの人も偶には役に立つわねー」
ホクホクと笑顔を浮かべるソフィアに、ブラスは何とも言えず誤魔化し笑いを浮かべる、何しろタロウには大変に世話になっているのだ、無論、ソフィアにも世話になっているが、やはり夫に対しての評価はどの妻も厳しくなる様子である、
「これでどうなるのー?」
ミナがヒョイとタライに顔を出した、丁度つま先立ちで顔が覗く高さである、
「んー、お片付けが楽になるのよー」
「そうなの?」
「そうなの、ミナも手伝う?」
「お片付け?」
「そうよ」
「出来るー?」
「勿論」
「じゃ、やるー」
「おー、言ったなー」
親娘が楽しそうに微笑み合う、そこへ、失礼しますと来客のようであった、あらっとソフィアが振り返ると、すぐにバタバタと足音が響き、
「ソフィアさん、あっ、ブラスさんもいたんだ」
ジャネットがヒョイと顔を出した、
「あら、早いわね」
「はい、今日は気合入ってますんで」
ジャネットはニヤリと微笑むと、
「ブノワトねーさんが来てますよ、コッキーさんもー」
「あらっ、そっちも早いわね」
「すいません、その」
ブラスが申し訳なさそうに頭をかいた、
「いいの、いいの、これはねー、そりゃ興味あるでしょ」
「すいません」
ブラスは再び頭を下げ、職人達も苦笑いを浮かべる、
「こっちでいいです?」
ジャネットが通していいのかなと確認した、
「いいわよ、入ってもらって、これを見に来たんでしょ」
「あっ、出来ました?」
「そうね、いい感じよ」
「じゃ、また来ます」
ジャネットがサッと姿を消した、そして、ブノワトとコッキー、アンベルが顔を出す、
「あら、いらっしゃい」
「あー、ねーさんチーッス」
ソフィアが三人を迎え、ミナがブノワトに突撃する、厨房はさらに姦しくなるのであった。
その頃、やっとタロウは寮へと戻っていた、あれから荒野の施設の一部屋でクロノスらとレイナウトらの話し合いが持たれ、俺は必要ないであろうなとタロウは思いつつも逃げ出す事が出来ずに同席した、しかし、やはりこの騒動の張本人である故か双方から意見を求められそれに双方から許可を取りつつ回答し、できるだけ波風が立たないようにと言葉を選ぶが中々に難しく、やがて一定の折り合いが着いたようで今日はここで解散となってタロウは寮へと帰り着いた、人使いの荒い為政者共がと毒づくと、クロノスとイフナースは為政者とはそういう者だとあっけらかんと笑って見せる、タロウが言い返す言葉は無かった、
「ユーリいるか?」
「なに?」
タロウが研究室の中央ホールに顔を出すとカトカとサビナが背中を丸めて何やらやっており、ユーリがその後ろに立って監督しているようであった、
「クロノスが用があれば聞くぞーって」
「あん?なによそれ」
「ほれ、光柱の件とかな、殿下の屋敷にいるからさ、どうする?」
「あー・・・そういう事か・・・」
「そういう事」
「どうしようかな・・・じゃ、ゾーイ一緒にお願いできる?」
「はい、いいですよー」
とゾーイが軽く顔を上げた、
「うん、カトカはそれお願いね」
「はい、続けます」
カトカは背を丸めたままに答える、
「そうなると・・・っていうかいい時間よね、あんた、学園の下見はどうする?」
「ん?行ければ行きたいが、頼めるか?」
「サビナに話してあるから」
とユーリはゾーイと共に転送室へ向かい、タロウは二人に案内されてサビナの作業部屋に顔を覗かせた、その部屋は大量の木簡が積み上げられており、女性として大きい方であるサビナの姿が見えないほどで、しかし、タロウが扉を軽く叩くと、
「はいっ」
とサビナが顔を上げた、木窓の手前、最奥に当たる日当たりの良い場所がサビナの作業空間のようである、
「忙しい所ごめんね」
タロウがニコリと微笑むと、
「あっ、お疲れ様です、何かありました?」
サビナは首を傾げるが、すぐさま、
「あっ、学園ですか?」
「うん、案内してもらえたら嬉しいかな?俺一人でもいいけど部外者だからね、何かあったら騒動の元だ」
「そうですね、はい、行きましょう」
「いいの?中途半端にならない?」
「大丈夫です、そろそろ休憩しようかなって思ってたところでした」
サビナは大きく伸びをしながら立ち上がると木簡の山を器用に避けて部屋から出て来た、
「すごい量だね?」
「木簡ですか?」
「うん」
「学園長の仕事ですよ」
「そうなの?」
「はい、なんでもその半生をかけた研究のその一部だとかなんとか」
「それは大したもんだ」
「そうなんですよ、でも、悪筆も悪筆で、図は綺麗なんですけどね、読めない字も多くて」
「本人に聞けば?」
「聞いても読めないんですよ、本人が、なんだっけこれとか言い出して・・・」
「・・・そりゃ駄目だね」
「ですよねー」
二人は適当な事を言いながら学園のユーリの事務室に入った、何気に二人だけで行動する事は初めてで、タロウはそうでもないが、やはりサビナは少しばかり緊張してしまう、それは男女うんぬんの問題では無く、タロウが突拍子も無い事を言い出すかもしれないという不安半分、期待半分の気持ちがあったからであった、特に今から行くのは学園である、タロウの琴線に触れる物があるかもしれない、
「こっちですね、先に学園長の所に行きます?」
「忙しくない?」
「どうでしょう、あっ、学園祭の準備には忙しいかもな・・・」
二人はチラホラと生徒の姿が残る学園内を進んだ、普段と異なる点があるとすれば人気が多い事であろうか、各研究所は学園祭に向けて準備に忙しくしており、事務員達も可哀想な事に巻き込まれている、サビナもそろそろ手を付けようとは考えていたが、具体的に何をどうするかは決めていなかった、ただ、その展示場所だけは指定されており、ありがたい事にメイド科の有志と事務員も協力を申し出ている、
「あれだね、生徒のいない学園ってのはどこも似たようなもんだね」
タロウが懐かしそうに微笑んだ、学生であった頃をどうしても思い出してしまう、重厚で直線的な建物に差し込む日差し、広く肌寒さすら感じる廊下に時折響く若者の笑い声、ここに運動部の掛け声が加われば、それはまさにタロウの記憶にある学校の放課後そのままであった、
「タロウさんも学園に通っていたんですか?」
サビナが意外そうに問いかけた、
「ん、うん、そうだね・・・学園というか、俺の国では学校って呼んでたかな?」
「何か違うんですか?」
「そりゃ・・・違うだろうね、少なくとも・・・そうだね、おれの国では子供はね学校に通うのが当たり前でね」
「えっ・・・そうなんですか?」
「うん、6歳の年になる子?は小学校って言って、12歳まで通う学校に通って勉強するんだよ」
「6歳?えっ、ミナちゃんくらいの年ですか?早すぎません?」
「そう?でもミナもそうだけど、あの年くらいであればちゃんと勉強できるでしょ、字も読めるし書けるし、意味が分かっているかどうかは不安だけど、計算もできるしね」
「・・・そう・・・ですね・・・」
「それに若いうちからやっておいて損はないんだよね、勉強ってやつは」
「それはそうですけど、お家のお仕事とか手伝わなくていいんですか?それに勉強と言っても難しい事は出来ないでしょう」
「そうだねー・・・でもね、何て言うか・・・」
タロウはウーンと首を捻る、王国にあっては児童であっても立派な労働者であった、サビナもその出自は知らないが実家では物心つくころには家の手伝いをしていた事であろう、炊事洗濯は言うに及ばず、水汲みから農作業、家畜の世話に姉妹の子守、単純な労働であれば幼児でも可能で、それがそのまま職業訓練にもなっている、
「俺の国ではね、子供よりも親の方がそういう教育に熱心でね、言うなれば・・・この街と一緒で都会なんだろうね、農家が少なくてこう・・・ギュッと集まって暮らしてる感じ?だから、家の仕事といっても少ないのかもしれないよ」
タロウはだいぶ誤魔化して逃げる事とした、タロウの世界とこちらの世界は大きく違う、それは勿論価値観にも及び、生活習慣も同様で、こちらの主婦が一日かけてやる仕事を元の世界で半日で終わらせられると言っても理解されないであろう、実際は半日もかからないであろうが、タロウが見る限りこちらの世界の女性達は大変に働き者であり、男性もまた職務には勤勉である、無論例外は存在するが、それは恐らく子供の頃からそうであったからと身体と心が鍛えられた為もあろう、タロウはそのような事を以前も考えており教育とはやはりそれぞれの社会に合ったものが適切で、どのような形であれ最適化されているものなのであろうなと結論付けていた、
「そういうものですか?」
サビナがその勘でもって誤魔化されている事をすぐに察する、しかし、どうやらタロウはそれで議論を切り上げたいらしい、突っ込んで聞くのも難しいかなとサビナは配慮した、
「そういうもの・・・だと思う、勘弁してくれ」
タロウは苦笑いを浮かべて答えとした。
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鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。
そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。
そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。
「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」
オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く!
ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。
いざ……はじまり、はじまり……。
※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。
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