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本編
67話 祭りを生み出すという事 その5
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「使いやすそうですね」
「水汲みが無いだけでだいぶ楽よー」
「それですよー、毎朝大変でー」
「だよねー」
「ここで洗濯もするんですか?」
「それは2階かな?」
「えっ、中で出来るんですか?」
「その予定」
「いいなー」
「まぁねぇ」
ブノワトとコッキーとアンベルは見た目は普通のそれと大きく変わらない厨房に入ってキャーキャーと姦しい、ソフィアとブラスが相手になっており、職人達の姿は無い、今日の仕事は終わりという事で、ミナとレインは食堂に戻ってジャネット達と何やらやり始めていた、三人はなんという事は無い、ブラスからほぼ完成したとの報告を受けたブノワトが厨房だけでも見てみたいと言い出し、アンベルとコッキーを誘って顔を出したのである、而して夫が作り上げたその厨房は確かに見た目は冴えないものであるが、様々な人物の発案が重なって恐ろしい程に使いやすそうに見えた、何より、水汲みの必要が無い事と、洗い場と調理場が別けられていること、さらにその調理場も複数人での調理が可能で、それだけでも主婦としては垂涎の的と言えるであろう、
「うちもやろうよー」
「出来なかないけどさ、肝心の魔法石が難しいぞ」
「あっ、それだよね」
「何ですそれ?」
「これよ」
ソフィアが新しく設置した作業台の下、水瓶として使っている壺から小さな袋を取り出す、それは取り出した瞬間からバシャバシャと音を立てて水が流れ落ち、ソフィアはさっと手を翳してその動作を止めた、
「これですか?」
「そうよ、この中に無色の魔法石ってのが入っていてね、これが水を溜めて置けるのよ」
「えっ、こんな小さいのに?」
「そうよー、便利よねー」
ソフィアは袋の中から3つ程の魔法石を取り出してアンベルに渡す、アンベルはヘーと感心してそれを目の高さに掲げて覗き込んだ、無論何が見えるわけでもない、ガラスのように綺麗な小石、アンベルにはそれだけの代物である、
「あっ、お湯出して見せていいですか?」
ブラスが言うが早いか陶器板に手を伸ばしており、ソフィアのいいわよーとの許可とほぼ同時に陶器板は動き出す、
「あっ、これが話してたやつ?」
「うん、これは便利だぞ、湯沸し器も便利だが、奥様方にはこっちのが使いやすいだろ、薪も使わないしな」
「でもー、魔力が無いと駄目なんでしょー」
「それは仕方ないよ、ユーリ先生がなんとかしようって研究しているらしいから、それをゆっくり待つしかないな」
「そうなんだー、ユーリ先生凄いなー」
「で、こんな感じで少し待ってな、手を翳してみ?触ると火傷するからな」
「そんなに熱くなるの?」
「うん、びっくりだよ」
ブノワトとコッキーが手を伸ばし、アンベルも魔法石をソフィアに返して手を伸ばす、少々無骨な見た目であるが、壁に飾られるように設えられた陶器板は確かに熱を持っていた、
「わっ、熱い」
「ほんとだ、あったかい」
「すげー」
「で、このままさっきと同じように栓を開くと・・・」
湯気を伴ったお湯がタライに音を立てて流れ落ちた、その様だけで歓声があがり、さらに引き寄せられるように手を伸ばした女性達は、そのお湯の熱さにさらに歓声を上げてしまう、
「すごいな、こんなに熱くなるんだ・・・」
「お料理とか楽になるよね」
「あー、それなんだけどな、こっちのお湯は料理には使わない方がいいかもなってことになってさ」
「えっ、なんでさ?」
「銅管の問題?ほれ、鉛中毒の可能性があるからね」
「あー・・・それはあるけど、そんなに粗悪な品じゃないでしょ」
「そうですよ、うちの銅はしっかりしてます」
ブノワトとアンベルが不満顔となる、確かに粗悪な銅や青銅には鉛が混じる事があった、しかし、フローケル鍛冶屋の仕入れ先はその点信用のおける鋳造所ばかりであり、またフローケル鍛冶屋でも混じり物が無いように細心の注意を払っている、
「それは分るよ、ただね、ここのこの仕組みが例えばモニケンダムで普及したとしてさ、それを全てフローケルに頼む訳では無いしね、そうなると絶対粗悪な品が出てくる、特に銅管や青銅管には鉛が混じりやすいし、配管の詰め物とかも気になるしね」
「そういう事ね、先々を考えているらしいわよ、周到よねー」
ソフィアが魔法石を壺にもどしつつ助太刀とばかりに口を挟んだ、ソフィアとしても当初タロウから鉛中毒の事を説明された時にはそこまで気にする事かしらと疑問に思ったのであるが、今後の普及を考えるとそういう事もあるであろうと納得している、さらに言えばやはりソフィアとしても長い配管を通って来た水を使う事には若干の不安があった、料理や飲料として使う水は水瓶に溜めて不純物を沈ませるか浮かして捨て、綺麗にしてから煮沸して使うのが当たり前で、それが当然の事と子供の頃から習慣として身に付いている、ゆえにやはり水瓶は使い慣れており、この仕組みが完成したとしても恐らく捨てられなかったであろう、井戸から水を汲むという重労働からは魔法石のお陰で解放されてはいるが、やはり自分は保守的な人間なのであろうなとソフィアは思っていたりもする、
「なるほど・・・」
「そこまで考えていたのですか・・・」
ブノワトとアンベルもここは納得するしかなかったようである、そこへ、
「ソフィアさん、あっ、ブノワトさんだー、お疲れ様ですー」
グルジアとレスタがヒョイと顔を覗かせた、
「あら、お帰り、使う?」
「はい、あっ、でも、邪魔じゃないですか?」
「いいわよ、適当に見物しているだけだから」
「あー、酷いなー」
「適当じゃないです、真剣です」
「そうですよー」
「そうらしいわよー」
ダッハッハと笑い合う奥様方とそういう事なら気にしないでいいかと厨房に入ったグルジアとレスタであった。
「失礼します」
サビナが学園長室に一歩足を踏み入れると、
「わっ、サビナさんどうしたんですか?」
扉すぐ隣の応接テーブルにエレインとオリビアの姿があった、
「わっ、エレインさんもどうしたの?」
学園長を放っておいてサビナも嬉しそうな驚きの声を上げる、お互いにとって別段珍しい顔ではないが珍しい場所で合わせるとやはり驚くもので、普段冷静なオリビアでさえ目を丸くしていた、
「むっ、なんじゃ、言っておらんかったのか?」
学園長が二人を見比べる、
「はい、これはあくまで商会からの申し入れですから・・・えっと、急ぎであれば席を外しますが・・・」
エレインはサビナが相手なのであれば重要そうな案件かと気を使って腰を上げる、自分の用事は粗方終わっており、事務との打合せが必要だなとの結論に達するが、エレインの申し入れを断られる事はまず無いであろう、
「いや、構わんぞ、サビナさん何用かな?」
学園長はエレインを手で制し笑顔を向けた、何気に嬉しかったりしている、なにせ学園長室への来客なぞ殆ど無い、それが一度に二組それもうら若き才能溢れる女性が続いたとなればその顔も綻ぶと言うものであった、
「はい、タロウさんに同行しておりまして、家畜小屋?の下見をしたいと・・・」
サビナがスッと身体を躱すと、タロウが顔だけ出して、
「お忙しい所すいません」
ニコリと微笑んだ、
「おう、タロウ殿、これは嬉しい、儂もな早い所見て欲しくてな」
学園長が慌てて腰を浮かすが、あっと声を上げて座り直し、
「すまんな、では・・・どうしようかな、事務長を呼ぼうかと思っておったのだが・・・」
「であれば、私どもが事務室の方へ、学園長には了解を得たと話せば宜しいかと思います」
エレインがニコリと微笑む、
「そうか・・・うむ、いや、それは失礼じゃな、うん、儂も事務室に行こう、それから家畜小屋へ回ればよい、すまんなタロウ殿、サビナさん、少しばかり遠回りになるが良いかな?」
「はい、私は構いません」
「いいですよー」
サビナは丁寧に、タロウはお気楽に答えた、
「うむ、そうしよう、では」
学園長は改めて腰を上げ、五人はぞろぞろと事務室へ向かう、普段であればこの時間となれば事務員は仕事を終えて帰宅している時間である、しかし、今日は一人残っていたようで学園長が声を掛けると、迷惑そうに顔を上げるが、その隣のエレインとサビナの姿に気付いてパッと顔が明るくなった、
「どうしたんですか?エレインさんもサビナさんも」
ニコニコと駆け寄る事務員に、
「ふふん、ちょっとな、六花商会さんから嬉しい申し出があってな、事務長はいるかな?」
「はい、おります」
すぐに駆け出そうとする事務員を学園長は押し止め、学園長自ら事務長室にエレインとオリビアを連れて行った、残された事務員は、
「サビナさんどうします?学園祭?」
と楽しそうに話しかける、
「そうねー、考えてはいるんだけどね、本格的に動くのは明後日からでしょ?」
「そうですね」
「じゃ、明日中にはまとめておくわ、でもどうかしらね、うるおいクリームと、爪ヤスリでいいと思うんだけど、うるおいクリームは作りやすいし、体感しやすいでしょ」
「そう・・・ですね、下着もいいと思いますよ、街中で聞くと合わないのを着けてる人もいるらしいので、自分の身体にあったのが大事だって啓蒙する必要があると思います」
「あら・・・それいいかもね」
「ですか?」
「うん、そっか・・・そうなるとエレインさんの資料を並べても良いかもね・・・下着の宣伝みたくなるかしら?」
「なんですそれ?」
「ほら、あの下着の掲示板見たことあるでしょ?」
「はい、勿論」
「あれに掲示している商品は全部揃ってるのよエレインさんの所に」
「えっ・・・それ凄いですね」
「そうよー、で、掲示していない商品もあるんだけどね・・・なら、あれか貸してもらって実際の品を見れるようにしても面白いかもね」
「それいいですね、見てみたいです」
「そうよねー」
二人はタロウをほっぽって楽しそうである、タロウは何となく事務室を眺めたり木戸から外を伺ってみたりとそれなりに暇を潰していた、やはり学び舎としての雰囲気は学生時代を思い出す、あの頃は良かった等とは思わないが、懐かしいなとは思ってしまう、そこへ、
「すまんな、待たせた」
学園長がそそくさと奥の部屋から戻ってきて、さらに事務長とエレイン達も続いている、
「あら、もう終わったんですか?」
事務員がお茶の用意が必要かしらと思った矢先である、
「うむ、現地を確認する必要があると思ってな」
学園長はニヤリと微笑み多くを語らず、
「はい、しかし、これはまた騒がしくなりそうですな」
事務長もその言葉とは裏腹にニヤついている、
「あら、そんなに良い事なんですか?」
「まぁの、では、そちらは任せる」
「はい、あっ、タロウさんお久しぶりです」
事務長はタロウに挨拶しつつエレインとオリビアと共に廊下へ向かい、学園長は、
「さて、こちらはこちらじゃな」
とタロウとサビナと共に退室した、
「ありゃ・・・エレインさんとなると・・・」
一人残った事務員は首を傾げる、他の事務員は各研究所のお手伝いとして動いていた、留守番として残っていたのであるが、
「もしかして・・・」
これは重要な局面に立ち会ったのかもしれないとほくそ笑む、そして、その予想は見事に的中するのであるが、それは学園祭前日の事となるのであった。
「水汲みが無いだけでだいぶ楽よー」
「それですよー、毎朝大変でー」
「だよねー」
「ここで洗濯もするんですか?」
「それは2階かな?」
「えっ、中で出来るんですか?」
「その予定」
「いいなー」
「まぁねぇ」
ブノワトとコッキーとアンベルは見た目は普通のそれと大きく変わらない厨房に入ってキャーキャーと姦しい、ソフィアとブラスが相手になっており、職人達の姿は無い、今日の仕事は終わりという事で、ミナとレインは食堂に戻ってジャネット達と何やらやり始めていた、三人はなんという事は無い、ブラスからほぼ完成したとの報告を受けたブノワトが厨房だけでも見てみたいと言い出し、アンベルとコッキーを誘って顔を出したのである、而して夫が作り上げたその厨房は確かに見た目は冴えないものであるが、様々な人物の発案が重なって恐ろしい程に使いやすそうに見えた、何より、水汲みの必要が無い事と、洗い場と調理場が別けられていること、さらにその調理場も複数人での調理が可能で、それだけでも主婦としては垂涎の的と言えるであろう、
「うちもやろうよー」
「出来なかないけどさ、肝心の魔法石が難しいぞ」
「あっ、それだよね」
「何ですそれ?」
「これよ」
ソフィアが新しく設置した作業台の下、水瓶として使っている壺から小さな袋を取り出す、それは取り出した瞬間からバシャバシャと音を立てて水が流れ落ち、ソフィアはさっと手を翳してその動作を止めた、
「これですか?」
「そうよ、この中に無色の魔法石ってのが入っていてね、これが水を溜めて置けるのよ」
「えっ、こんな小さいのに?」
「そうよー、便利よねー」
ソフィアは袋の中から3つ程の魔法石を取り出してアンベルに渡す、アンベルはヘーと感心してそれを目の高さに掲げて覗き込んだ、無論何が見えるわけでもない、ガラスのように綺麗な小石、アンベルにはそれだけの代物である、
「あっ、お湯出して見せていいですか?」
ブラスが言うが早いか陶器板に手を伸ばしており、ソフィアのいいわよーとの許可とほぼ同時に陶器板は動き出す、
「あっ、これが話してたやつ?」
「うん、これは便利だぞ、湯沸し器も便利だが、奥様方にはこっちのが使いやすいだろ、薪も使わないしな」
「でもー、魔力が無いと駄目なんでしょー」
「それは仕方ないよ、ユーリ先生がなんとかしようって研究しているらしいから、それをゆっくり待つしかないな」
「そうなんだー、ユーリ先生凄いなー」
「で、こんな感じで少し待ってな、手を翳してみ?触ると火傷するからな」
「そんなに熱くなるの?」
「うん、びっくりだよ」
ブノワトとコッキーが手を伸ばし、アンベルも魔法石をソフィアに返して手を伸ばす、少々無骨な見た目であるが、壁に飾られるように設えられた陶器板は確かに熱を持っていた、
「わっ、熱い」
「ほんとだ、あったかい」
「すげー」
「で、このままさっきと同じように栓を開くと・・・」
湯気を伴ったお湯がタライに音を立てて流れ落ちた、その様だけで歓声があがり、さらに引き寄せられるように手を伸ばした女性達は、そのお湯の熱さにさらに歓声を上げてしまう、
「すごいな、こんなに熱くなるんだ・・・」
「お料理とか楽になるよね」
「あー、それなんだけどな、こっちのお湯は料理には使わない方がいいかもなってことになってさ」
「えっ、なんでさ?」
「銅管の問題?ほれ、鉛中毒の可能性があるからね」
「あー・・・それはあるけど、そんなに粗悪な品じゃないでしょ」
「そうですよ、うちの銅はしっかりしてます」
ブノワトとアンベルが不満顔となる、確かに粗悪な銅や青銅には鉛が混じる事があった、しかし、フローケル鍛冶屋の仕入れ先はその点信用のおける鋳造所ばかりであり、またフローケル鍛冶屋でも混じり物が無いように細心の注意を払っている、
「それは分るよ、ただね、ここのこの仕組みが例えばモニケンダムで普及したとしてさ、それを全てフローケルに頼む訳では無いしね、そうなると絶対粗悪な品が出てくる、特に銅管や青銅管には鉛が混じりやすいし、配管の詰め物とかも気になるしね」
「そういう事ね、先々を考えているらしいわよ、周到よねー」
ソフィアが魔法石を壺にもどしつつ助太刀とばかりに口を挟んだ、ソフィアとしても当初タロウから鉛中毒の事を説明された時にはそこまで気にする事かしらと疑問に思ったのであるが、今後の普及を考えるとそういう事もあるであろうと納得している、さらに言えばやはりソフィアとしても長い配管を通って来た水を使う事には若干の不安があった、料理や飲料として使う水は水瓶に溜めて不純物を沈ませるか浮かして捨て、綺麗にしてから煮沸して使うのが当たり前で、それが当然の事と子供の頃から習慣として身に付いている、ゆえにやはり水瓶は使い慣れており、この仕組みが完成したとしても恐らく捨てられなかったであろう、井戸から水を汲むという重労働からは魔法石のお陰で解放されてはいるが、やはり自分は保守的な人間なのであろうなとソフィアは思っていたりもする、
「なるほど・・・」
「そこまで考えていたのですか・・・」
ブノワトとアンベルもここは納得するしかなかったようである、そこへ、
「ソフィアさん、あっ、ブノワトさんだー、お疲れ様ですー」
グルジアとレスタがヒョイと顔を覗かせた、
「あら、お帰り、使う?」
「はい、あっ、でも、邪魔じゃないですか?」
「いいわよ、適当に見物しているだけだから」
「あー、酷いなー」
「適当じゃないです、真剣です」
「そうですよー」
「そうらしいわよー」
ダッハッハと笑い合う奥様方とそういう事なら気にしないでいいかと厨房に入ったグルジアとレスタであった。
「失礼します」
サビナが学園長室に一歩足を踏み入れると、
「わっ、サビナさんどうしたんですか?」
扉すぐ隣の応接テーブルにエレインとオリビアの姿があった、
「わっ、エレインさんもどうしたの?」
学園長を放っておいてサビナも嬉しそうな驚きの声を上げる、お互いにとって別段珍しい顔ではないが珍しい場所で合わせるとやはり驚くもので、普段冷静なオリビアでさえ目を丸くしていた、
「むっ、なんじゃ、言っておらんかったのか?」
学園長が二人を見比べる、
「はい、これはあくまで商会からの申し入れですから・・・えっと、急ぎであれば席を外しますが・・・」
エレインはサビナが相手なのであれば重要そうな案件かと気を使って腰を上げる、自分の用事は粗方終わっており、事務との打合せが必要だなとの結論に達するが、エレインの申し入れを断られる事はまず無いであろう、
「いや、構わんぞ、サビナさん何用かな?」
学園長はエレインを手で制し笑顔を向けた、何気に嬉しかったりしている、なにせ学園長室への来客なぞ殆ど無い、それが一度に二組それもうら若き才能溢れる女性が続いたとなればその顔も綻ぶと言うものであった、
「はい、タロウさんに同行しておりまして、家畜小屋?の下見をしたいと・・・」
サビナがスッと身体を躱すと、タロウが顔だけ出して、
「お忙しい所すいません」
ニコリと微笑んだ、
「おう、タロウ殿、これは嬉しい、儂もな早い所見て欲しくてな」
学園長が慌てて腰を浮かすが、あっと声を上げて座り直し、
「すまんな、では・・・どうしようかな、事務長を呼ぼうかと思っておったのだが・・・」
「であれば、私どもが事務室の方へ、学園長には了解を得たと話せば宜しいかと思います」
エレインがニコリと微笑む、
「そうか・・・うむ、いや、それは失礼じゃな、うん、儂も事務室に行こう、それから家畜小屋へ回ればよい、すまんなタロウ殿、サビナさん、少しばかり遠回りになるが良いかな?」
「はい、私は構いません」
「いいですよー」
サビナは丁寧に、タロウはお気楽に答えた、
「うむ、そうしよう、では」
学園長は改めて腰を上げ、五人はぞろぞろと事務室へ向かう、普段であればこの時間となれば事務員は仕事を終えて帰宅している時間である、しかし、今日は一人残っていたようで学園長が声を掛けると、迷惑そうに顔を上げるが、その隣のエレインとサビナの姿に気付いてパッと顔が明るくなった、
「どうしたんですか?エレインさんもサビナさんも」
ニコニコと駆け寄る事務員に、
「ふふん、ちょっとな、六花商会さんから嬉しい申し出があってな、事務長はいるかな?」
「はい、おります」
すぐに駆け出そうとする事務員を学園長は押し止め、学園長自ら事務長室にエレインとオリビアを連れて行った、残された事務員は、
「サビナさんどうします?学園祭?」
と楽しそうに話しかける、
「そうねー、考えてはいるんだけどね、本格的に動くのは明後日からでしょ?」
「そうですね」
「じゃ、明日中にはまとめておくわ、でもどうかしらね、うるおいクリームと、爪ヤスリでいいと思うんだけど、うるおいクリームは作りやすいし、体感しやすいでしょ」
「そう・・・ですね、下着もいいと思いますよ、街中で聞くと合わないのを着けてる人もいるらしいので、自分の身体にあったのが大事だって啓蒙する必要があると思います」
「あら・・・それいいかもね」
「ですか?」
「うん、そっか・・・そうなるとエレインさんの資料を並べても良いかもね・・・下着の宣伝みたくなるかしら?」
「なんですそれ?」
「ほら、あの下着の掲示板見たことあるでしょ?」
「はい、勿論」
「あれに掲示している商品は全部揃ってるのよエレインさんの所に」
「えっ・・・それ凄いですね」
「そうよー、で、掲示していない商品もあるんだけどね・・・なら、あれか貸してもらって実際の品を見れるようにしても面白いかもね」
「それいいですね、見てみたいです」
「そうよねー」
二人はタロウをほっぽって楽しそうである、タロウは何となく事務室を眺めたり木戸から外を伺ってみたりとそれなりに暇を潰していた、やはり学び舎としての雰囲気は学生時代を思い出す、あの頃は良かった等とは思わないが、懐かしいなとは思ってしまう、そこへ、
「すまんな、待たせた」
学園長がそそくさと奥の部屋から戻ってきて、さらに事務長とエレイン達も続いている、
「あら、もう終わったんですか?」
事務員がお茶の用意が必要かしらと思った矢先である、
「うむ、現地を確認する必要があると思ってな」
学園長はニヤリと微笑み多くを語らず、
「はい、しかし、これはまた騒がしくなりそうですな」
事務長もその言葉とは裏腹にニヤついている、
「あら、そんなに良い事なんですか?」
「まぁの、では、そちらは任せる」
「はい、あっ、タロウさんお久しぶりです」
事務長はタロウに挨拶しつつエレインとオリビアと共に廊下へ向かい、学園長は、
「さて、こちらはこちらじゃな」
とタロウとサビナと共に退室した、
「ありゃ・・・エレインさんとなると・・・」
一人残った事務員は首を傾げる、他の事務員は各研究所のお手伝いとして動いていた、留守番として残っていたのであるが、
「もしかして・・・」
これは重要な局面に立ち会ったのかもしれないとほくそ笑む、そして、その予想は見事に的中するのであるが、それは学園祭前日の事となるのであった。
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※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。
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