セカンドライフは寮母さん 魔王を討伐した冒険者は魔法学園女子寮の管理人になりました

今卓&

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本編

70話 公爵様を迎えて その46

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それからあっという間に正午を過ぎて公務時間終了の鐘が響いた、街中は今日は雨が落ちていない、厚い雲がのしかかってはいるがどうやらこのまま曇天のまま日が暮れるであろう、ライニールはボウッとその灰色の雲を見上げている、傍では馬車から下りた馭者が馬にブラシをかけており、道行く人々はその馬車を振り返る事も無かった、何気に慣れてしまっている、本来であれば街の中心部から若干離れた街路に、領主である伯爵家の紋が入った馬車が停まっていれば何事かと騒ぎになるはずなのであるが、この馬車は気付けばよく停まっているのだ、見慣れてしまうのは致し方ない、夏場であれば馭者に声をかける者もあったらしい、そのような素振りすら見えないあたり、慣れというのは恐ろしい、

「あら、ライニールさんじゃないの」

そこに男が声をかけてきた、ハッとライニールが我に返る、ライニールを見つめているのは荷車を引くブラスであった、

「わっ、ブラスさん、いや、ブラス先輩、お疲れ様です」

ライニールが慌てて会釈を返す、

「先輩って、そんな事言ってくれた事なかっただろうよ」

ブラスが快活に微笑んだ、

「そう・・・ですか?」

「そうだと思うよー、まぁ、こうやってサシで話す事も無かったけどな」

ブラスがアッハッハと笑い、ライニールは確かにそうかもなと微笑んだ、実際ブラスと会うときには誰彼が側におり、それは主であるレアンであったり、ソフィアやユーリ、最近ではタロウと同席する事も多い、先日の屋敷の打合せでもブラスはタロウの助手として顔を出している、そうなるとやはりライニールは伯爵家の従者としてブラスに対しており、決して学園の後輩として対する事は無かったと思う、ブラスが笑うのも無理は無かった、

「で、どうしたよ」

ブラスが気を良くしたのか荷車を馬車の前に停めてニヤリと微笑む、街路は広いが馬車と荷車を横並びにしては流石に邪魔である、

「どうしたもこうしたも・・・男の入れる場所では無くなりまして・・・」

ライニールは視線で寮を示した、

「・・・あー、そっか、言ってたね、昨日、うん、偉いさん達が集まってるんだろ、ライニールさんも大変だなー」

ブラスは遠慮無く微笑み、事情を聞いていた馭者も馬越しに笑顔を見せた、

「御理解頂きありがとうございます」

ライニールは苦笑いを浮かべる、

「俺もさ、昨日なんだかんだと振り回されてさ、でも、あれは凄いぞ、ブノワト・・・嫁もな、見違えてしまったよ、いや、びっくりだぜ」

「そう・・・なんですか?」

「おう、なんて言うか、一皮剥けたのがよくわかるんだよ、蛇みたいに脱皮した感じかな、でよ、化粧もな、なんだかやっぱり違くてさ、ただ、顔料臭いのは仕方ないんだが、慣れれば気にならないな、遊女さん達は香りで誤魔化すらしいけどさ、嫁も機嫌が良くなるしよ・・・うん、いいことずくめだぞ」

ブラスは下品な言葉を使いそうになるのを何とか押さえつけた、天下の往来で昼日中から夜の事を口にする事は出来ず、自慢では無いがペラペラとしゃべりだしそうになるのを強く自制する、実際昨日の夜は盛り上がった、その疲れが若干残っているほどで、工場では親父に怒鳴られるほど精彩を欠いている、それはそれで困った事象であったりする、

「そう・・・ですか、それは素晴らしい」

「なー、タロウさんがさ、あれは女の為を装って、男の為なんだって笑ってたけど、よくわかるぞ、うん」

腕を組んで深刻そうにブラスがコクコクと頷く、馭者が興味があるのか首を伸ばしているが、ライニールの手前もあって口出しまではしてこない、伯爵家の馭者ともなればその辺の礼儀はしっかりと弁えている、

「それもそれで・・・しかし・・・以前誰かから聞いた記憶があります、女が明るく元気であれば男もそうなるものだと、確かにそうだなと思いましたが・・・」

「あっ、俺もそれ聞いたな、エレインさんだったか、ソフィアさんだったか、何気に名言だよな、うちもさ、嫁とお袋の機嫌の良し悪しが一番大事でよ、二人の機嫌が悪いとさ、親父と一緒に逃げ出す事もあるんだよ」

「それはまた、そこまでですか?」

「だってお前、お袋は怖いぞ、嫁はお袋の味方だしよ、別に俺達が悪い訳じゃないんだがさ、困るよなー」

馭者が馬の影でうんうんと頷いている、身につまされる事なのであろう、

「困りますか?」

「困るな・・・こっちは疲れて帰って酒飲んで寝たいのによ、なんか、家ん中が暗くてな、あれは駄目だ」

確かにと馭者がさらに頷く、ライニールはなるほど、パトリシアの言う家庭を維持するのは女の力だという説はこういう事なのだなとほくそ笑んだ、実際ライニールの実家もこんな感じではある、母親が機嫌が悪いとどうしてもギスギスしてしまい、逆に機嫌が良いと全てが上手くいくようで、ライニールとしては特段機嫌をとるような真似はしないし出来なかったが、親父はめんどくさそうにしていた記憶がある、どうやらどの家庭も似たようなものなのだろう、

「確かに・・・そうですね・・・」

ライニールも小さく頷く、そして、ハッと思い出し、

「そうだ、ブラス先輩としてはどうなんでしょう・・・」

と話題を断ち切った、

「なにが?」

ブラスがン?と口を捻る、

「えっとですね・・・」

ライニールはしかし、どう聞けばよいか、何を聞くべきかと悩んでしまった、先程のパトリシアからの提言はライニールも思う所が大きく、そして同時にユーリやソフィア、タロウらへの疑問も膨らんでしまっている、以前も思い悩んでいたのであるが、いよいよ以て話しが大きくなっていた、普通の平民が王族と顔見知りであり、その上なにやら貴重な技術を提供している、そして初めて知った事であったがどうやらこの街は戦火の只中に置かれているらしい、それにもどうやらユーリやタロウが一枚噛んでいる、不思議な事に寮の中にいる間はそれが当然と受け入れられるのであるが、こうして少し距離をとり冷静に考えれば考える程に不可解なのである、まだそれが自分達の為になっている故にこれもまた不思議と危機感は感じていないのであるが、これが一転すればそれは明確な危険であり、彼等に対して自分達では何もできないであろうとの無力感すらある、而してこの次々と湧き上がる不信感と疑問を自分よりかはより近くで付き合っているであろうブラスにぶつけるのもまた違う気がした、恐らくブラスは戦争に関する事は耳にしていないであろうし、その職人としての腕を買われてタロウ達と付き合っている、あくまで市井の一市民に過ぎず、職人気質の気のいいあんちゃんでしかないであろう、ライニールはつらつらと悩みつつ、アッと一声上げると、

「どうでしょう、ブラスさんは王族に対してどのような感情をお持ちなのでしょうか?」

ライニールは最も当たり障りのない質問をしてしまう、ここでタロウがどうの、戦争がどうのは違うなと感じ、思いついたのがこれであった、

「感情?」

「はい、この街の人達が・・・こう言っては語弊がありますが、どうしても私ではわからない事があります、平民の皆さんがどう・・・その王族の方々を見ているかとか、ほら、ヘルデルとの確執は勿論御存知でしょうし・・・」

「あー・・・そういう意味か・・・」

ブラスは腕を組んだままウーンと首を傾げ、馭者はこれは自分は聞くべきでないと判断したのかスッと距離を置いた、どうにも良く出来た馭者である、

「・・・そうだなー・・・俺はほら・・・何て言うか、前の大戦の時はこっちで後方勤務だったんだよ、まだ学生で・・・いや、もうあれだな、学生と後方勤務がほぼ一緒だったな、親父がさ、兵役に着くのと同じなんだから、堂々と学生をやれって言われてさ、挙句にお前みたいなのが前線にいってみろ、三日ともたねぇって言われてさ・・・だから、ガラス屋のバーレントが羨ましくてさ・・・まぁ、あれは俺と違って賢いからな、上手い事やって生きて帰ってきたんだ、やっぱり俺とは違うんだろな」

ブラスは懐かしそうに微笑む、

「・・・そうだったんですか・・・」

「うん、でね、その時にほら、聞くだろ、軍団長がどうとか、英雄が生まれたとか・・・それはもう最後の方だったな、終戦だってなって、魔王を倒した英雄がいるらしいってなって・・・うん、だから、ちょっと違うな・・・あれだ、ガキの頃にさ、親父達が王族が駄目だとか、ヘルデルの公爵様がどうとかってよく飲み乍ら話していてさ、子供心に王族はやっぱり敵で、ヘルデルのその公爵様が偉いんだって思い込んでいたんだよ、でもさ、大戦の時にはほら、よく聞く名前が王国軍の軍団長とかだったんだよな、荷役のおっちゃん達がさヘルデルから仕入れてくる最新情報ってやつか、それを聞くのが楽しくてね・・・で、そこで少し違うのかなーって思ったかな?」

「それはどういう?」

「だってさ、聞こえてくるのは王国軍の活躍でさ、そのおっちゃん達もこっちの人なんだぜ、本来であれば文句を言うべき・・・べきは違うけど、王国に文句を言ってる・・・もしくは言っていた人達かな、だと思うんだよ、それと避難してきた人達も仕事してたけど、その人達からも王国軍に対する文句は聞かなかったかな?勿論あれだぞ、ヘルデル軍の悪評なんて勿論無くてさ、まぁ・・・敵が敵だからな・・・相手をいくらでも罵れたからかもしれないけど・・・なもんで、俺としてはね、王国軍・・・と、王国もかな、なんか違うなって思えて、それまでのほら、話しとは違うって意味でな・・・で、バーレントが戻ってきてさ、嬉しそうに軍団長がなんだ、殿下に命を助けられただ、近衛兵はすげーとか言うんだよ・・・だから・・・羨ましいって感じたかな・・・そこで・・・うん、王国に対する感じ方ってのは少し変わったかもしれんな・・・まぁ、俺の場合はだがさ・・・」

「なるほど・・・そうかもですね」

ライニールは視線を逸らして沈思する、ブラスの経験はモニケンダム市民の大半の男性が共有していたりする、自分の仕事をしながら後方勤務として駆り出され、そこで戦場の情報を知り、それが街中に広まって一喜一憂していた、当時ライニールもまだ子供であったが、官僚であった父親から前線の話しをワクワクしながら聞いた記憶がある、そして、戦後、兵が戻った時には街を上げてお祭り騒ぎになったものだ、帰還兵は胸を張って英雄がどうの、隊長がどうのと街の主役とばかりに自慢気で、しかし、帰ってこなかった男達の家族はその陰で静かに涙を流していた、

「・・・だから、もしあの戦争が無かったら・・・あっ、俺もほら、何て言うか古いっていうか、頭が固い方だからさ、なもんで、戦争が無かったら、親父達の言う事をそのまま思い込んでさ、王国は敵だって思ってたし・・・ヘルデルの公爵様・・・あー、領主様もなんだけど、その人らの言う事が全面的に正しいって思い込んでいたかもなんだよな・・・そういう風に言ってはいけないような気がするけど、まぁ、正直なところ・・・」

「構いません」

「フッ、それはありがたい、でも・・・学園は王国立だったりしたしなー・・・今でもそうだけどさ・・・まぁ、ガキにはよくわかんなかったよ、そこまで深く考える頭も無かったし、それは今でもそうかもしれんが・・・だから、何だっけ、感情だっけか、そう聞かれると・・・うん、悪い感情は無いよ、特にほら、なんだか色々と巻き込まれてさ、英雄様と酒を飲む仲になっちゃったし」

「そうなんですか?」

「えっ、だって、そりゃ・・・あの時は俺もよくわかってなかったけど、覚えてるぞ、君が済まなそうな顔でお嬢様とここに来た時の事・・・」

「ありましたね・・・懐かしい」

「だろ?何気にあの時が初めてだったかな、あの方々と同席したのは・・・」

「そうだったんですか」

「うん、それからだって俺は吞み助呼ばわりだ、光栄な事にな」

ブラスはガッハッハと笑いあげ、

「・・・だから・・・どうなんだろうな、あの大戦以降・・・親父達が王国を悪く言う事は少なくなったし・・・かといって公爵様や領主様の悪口も無いし・・・確か、なんだっけ、誰かが言ってたな、落書きが少ない街だとかなんとか」

「それはそうらしいですね」

「だろ?平民の愚痴は落書きに出るんだったか、それだけ・・・住みやすい街なんだよなここは、俺はそう思うし・・・質問の答えにはなってないけど・・・うん、そんな感じかな」

ブラスはニヤリと微笑み、そして、

「それと、ほれ、学園の祭りのときに殿下と王女様が来ただろ、あれも良かったな」

「あっ、あの時はどうでした街の中は?」

「フフン、それこそさ、拝見した奴は自慢してたし、してない奴は悔しがってたよ、だって、なんせ英雄様だぜ、生きてる伝説だよ、さらに一生かけてもまみえる事の出来ない王女様だもんよ、そりゃ騒ぎになるさ、で、一目見たやつらは英雄様はやっぱり違うとか、王女様は輝いてたとか・・・うん、褒める事はあっても貶す事はなかった感じかな・・・あっ、勿論あれだぞ、伯爵夫人が元気になられたとか、お嬢様がすっかりお嬢様になってたとか、公爵令嬢様もお綺麗だったってそんな話しもちゃんとあったからな」

「それは嬉しい」

ライニールはブラスの気遣いに優しく微笑んでしまう、

「まぁ、そんな感じで・・・何て言うかな・・・俺達平民はほら、結局名前に弱いんだと思うよ、男爵様だ子爵様だって言われたら平伏するしかないもんでさ、それが伯爵様だ公爵様だ、王族だってなったらさ、それこそ・・・どんな顔していいか分からないもんだ、だから・・・どういえばいいのかな、気にするな・・・は違うかな、その確執云々ってのは勿論頭では理解してるがさ、それでも、日々仕事して飯食ってそうやって生きてる俺達からすれば・・・大した問題では無いんだよ、そりゃどっちに味方するかって聞かれたら伯爵様と公爵様に味方するのは当然だと思ってはいるが、それはそれで正しいと思うし、できれば・・・ほら、上の人達も仲良くして欲しいって思うようにはなってるな、俺はね・・・付き合ってみればみんな良い人だろ、付き合う分には・・・そこに政治だなんだと絡むからめんどくさくなる・・・いや、これ以上は越権行為か、あー、不躾ってやつかな?いや身の程知らずってやつだ」

ブラスが誤魔化すように微笑むと、

「そうかもしれませんね」

ライニールも柔らかく微笑み、

「ありがとうございます、どうしても・・・私の立場ですと正直に話してくれる人が少なくて・・・なので、嬉しいです」

「あー、正直かどうかはわからんぞー、ほれ、殿下に買収されてるかもだ、何せ俺は飲み仲間だからな」

再びガッハッハと笑うブラスである、ライニールはどうやらそれも無さそうだとニコリとほくそ笑むのであった。
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