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本編
72話 初雪 その26
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それから植え付け作業を終え、タロウはイェフとイザークにさらに詳細な説明を済ませた、ボニファースもそういうものなのかと興味津々で耳を傾け、最後に近衛が若干遠い川から汲んできた水を回しかけると今日はここまでと帰途に着く、帰りもまた馬と馬車での行列になった、そして一行が街中に入る頃は丁度街が動き出す頃合いで、ボニファースはこの時間感覚のズレはどうしようもないのだなとほくそ笑んでしまう、領主であるイェフが一仕事終えた頃合いで一日が始まったのだ、いかに自分達が彼らにとって朝早くから動いていたのかを実感し、これがタロウの言っていた時差というものかと改めて理解する、そして早朝には殆ど見かけなかった領民の明るく爽やかな笑顔に感心してしまう、皆イェフとイザークの姿を認めると、すぐに脇に退いて頭を垂れた、その顔はすぐに上がるのであるが、厳めしい顔は少なく、笑顔なのである、イェフとイザークも顔見知りにはオウと気軽に声をかけ、おはようございますとの返事もまた明るいものであった、この地もまたモニケンダムとは違った魅力に溢れた街である、まだまだ小さく都市と呼ぶには難しい地方の小さな街で、それ故に領主と領民の距離が近いのであろう、そうして一行が領主邸に戻り、井戸の側に集まって下馬すると、
「良い街だな、ここは」
フーと馬を撫でながらボニファースが一息吐いた、
「お褒め頂き光栄でございます」
イェフが恭しく頭を垂れイザークも笑顔となる、
「うむ、昨日も話したがな、やはり人民の笑顔と子供の甲高い声こそが王国の宝だ、お主にも苦労を掛けたが、なんとか各地は収まりつつある、無論、問題は多いし、かの帝国対策もこれからが佳境となるが・・・いや、ふふっ、あれだな、やはり国王の姿では見えない事が多いものだ、この地位でなければ見えないものがあると親父には言われたものだが・・・その地位では見えないものもまた多いものらしい、あの陰気なローブを纏っていては笑顔を返される事は少ないものでな」
そんな、と顔を顰めるイェフとイザークである、どう答えるべきかと考えを巡らせるがここは黙するのが正解であろう、
「モニケンダムもそうであったがな、どうしても地方を知る事が難しくてな、軍を率いて通り過ぎるか、招かれて行ってみても結局は見知った顔の相手をするだけでな、どうにもな、アウグスタの書物で慰めるばかりであったが・・・いや、こうして歩き、散策するだけでも楽しいものだ、この馬も良い、久しぶりの乗馬であったが、これはあれか、マースライスの馬か?」
「はい、向こうの産駒でこちらで増やした種になります」
「ほう、何か変わったか?」
「そう大きくはかわりません、マースライスの領主とも話しましてな、北方の馬と掛け合わせようかと画策しておりました、向こうの馬は足腰が強く、大柄と聞いています、こちらの馬はどうしても繊細でしてな、気性も大人しく戦地にあっては今一つ・・・そのように評価されております」
「そうか、それはいつぞや聞いたかな・・・確かに、しかし、乗馬を楽しむのはこのくらいが丁度良かろう」
「そうですな、訓練にも遊びにも、勿論友としても良い馬であります」
イェフが嬉しそうに愛馬の鬣を撫で付け、その馬もまた嬉しそうにイェフの胸元に鼻を押し付ける、
「そのようだな」
ボニファースも今しがた乗っていた馬の首筋に優しく触れた、その馬もまた嬉しそうに目を細め、ブフッと鼻を鳴らす、こいつめとボニーファスがその顔を抱くと、馬は赤子のようにその長い顔を遠慮なくボニファースへ擦りつける、そこへ、
「すいません、馬車を汚してしまいました、いや、慣れない事はするものではないですな」
とタロウが尻を摩りながら三人の元へ近寄った、行きはよいよいとはよく言ったもので、帰りのそれは土で汚れてしまった服装でさらには泥に塗れた手を洗う事も出来ず、その上貴族様の馬車に乗ってしまったものだから気を遣って小さくなっており、行きのそれ以上に窮屈な思いをしてしまった、後先考えないとこうなるんだよなと反省しきりである、
「かまいません、さっ、手を洗って下さい」
イザーク自ら井戸から水を汲み上げ傍のタライに水を注ぐ、
「すいません、ありがとうございます」
タロウがこれは嬉しいと近寄った瞬間、ズイッと馬の顔がタロウを遮った、見れば他の馬達もそのタライに首を伸ばしている、
「ありゃ・・・」
タロウが微笑み、こりゃとイェフとイザークが馬を諫めようとするも馬も喉が渇いていたのであろう、さらにそのタライは普段馬丁が馬の水やりに使っているタライであった、故に自分達の為の水だとまるで遠慮無く我先にと首を伸ばす馬達によってタロウは締め出されてしまう、
「ガッハッハ、さすがの貴様も馬には勝てんか」
ボニファースが楽しそうに笑いだし、すいませんとイェフとイザークはすまなそうに顔を歪めた、
「あー・・・かまいませんですよ、お馬様には勝てませんし・・・さて」
と両手をパンパンと打ち付けすっかり乾いた泥を落とすタロウであった、そのまま服に着いた土埃を払い落とす、めんどくさいと思い付きで植え付けまでやってしまったが、べつにここまでする必要もなかったかなと馬車の中で反省していた、どうせイェフも果樹の世話に長けた農民に栽培は任せるのであろうし、無駄に汚れただけで余計なお世話であったかもしれないと考えてしまう、やってしまった事は仕方がないが、
「そうだ、貴様はあれか、馬は不慣れなのか?」
「不慣れと言われると確かに・・・私は平民ですからね、馬に乗る技術は持っておらんですよ」
ボニファースの質問にタロウは同じ答えを返した、現地に行く前にも似たようなことを口にしている、
「そうか、どうだ?丁度良い機会だ、イザークに乗馬を教われ、どうせ何度も顔をだすのであろう?」
「それもいいですね、いや、ミナがね、馬が好きでして、でも最近は猫が好きなのかな?まぁ、そんな感じです」
やれやれと背筋を伸ばすタロウである、見れば馬達はタライに首を突っ込み美味そうに水を飲んでいる、馬丁がさらに別のタライを持って来たようで、そちらにも早くしろとばかりに集まりだす水にありつけなかった他の馬達であった、なんとものどかで可愛らしい光景となっている、
「そうか、なら家族で来れば良い、馬もな子供の頃からの修練が大事だぞ」
「そのようですね・・・」
とタロウは鞍を着けたままの馬を眺める、そして、
「あっ・・・やっぱりあれですか・・・騎士の方々は股関節とか膝とかを悪くするのではないですか?」
大きく首を傾げるタロウであった、
「ん?なんだそれは?」
「そのままですよ、どうでしょうイザークさん、聞いた事無い?」
エッとイザークはタロウを見つめ、
「・・・まぁ・・・それはほら、騎士病というやつですか?それは当たり前の事でしょう?」
不思議そうに答える、
「ありゃ、当たり前なの?」
「まぁ・・・騎士となるとどうしても付きまとう病ですね、個人差はあります・・・ならない者も多いですが、一度そうなると歩くのも難しくなります、事前にこれはと思う者はそれ以上乗らないようにして進行を止めております、そういうものですよ、治療らしい治療も出来ませんしね・・・」
「あー・・・やっぱり・・・」
「どういう意味だ、常識であろう、馬に関わる者は皆知っておるぞ」
ボニファースがタロウを睨みつける、
「常識って・・・まぁ、そうなんでしょうけど・・・」
とタロウはいよいよどうしたものかと首を捻る、
「・・・そうですね・・・どう伝えれば良いか・・・陛下には私が他の国を回って来たとお話ししたと思いますが、他の国でも同様なのですよ、名前こそ違いますが、騎士病とか乗馬症とか、そんな感じで呼ばれてます、症状も一緒でしてね、特に股関節に良くないのかな?そこから膝と足首にも症状が出るとか・・・まぁ、詳しく無いですが・・・それでいいならいいんですけどね、それ、防げるんですよね、割と簡単に」
エッと目を丸くする三人と、近衛達も思わずタロウを睨みつけた、
「で・・・そっちの対策の方が馬上にあって力の入り加減?踏ん張りが効くんですよ、なんですが、他の国、他の文化でもその発想が生まれないらしくて・・・俺の国でも・・・いや、それは比較にはならないかな?・・・まぁ、簡単なんでやってみます?」
腰に手を当てウーンと背中を伸ばすタロウである、なんとも緊張感の無い様であるが、タロウとしては切実であった、腰と背中にかけた負担の快復が遅い、やはり歳かと思いつつ、馬車は暫くいいかなと本気で思っていたりする、
「どういう事じゃ?」
ボニファースがズイッとタロウに歩み寄る、ボニファースも騎士病の恐ろしさは見聞きしており、理解は深い、それ故にあまり馬には乗るなと若い頃には言われたもので、若い時分、馬に跨る喜びを知った頃の事であった為、大変に不愉快に感じた記憶がある、
「鞍にね、足場を着けるのです、それだけなんですよ、鐙って呼んでます、こっちでは好きに呼べばいいですよ、構造は簡単でね」
とタロウは何かないかと周囲を見渡し、特にないかなと蹲り転がっていた小石でもってガリガリと地面に図面を書き始める、
「鞍がこうありますでしょ、それの下・・・がいいのかな?この辺は実際に作ってみて下さい、納まり云々は職人さんに任せましょう、で、こう、帯、革の帯になると思いますが、回しまして、で、その先、ここに足をかけられるように輪でもいいですし、鉄かな?やっぱり、それでこう、足をかけるようにする、これだけですね、どうでしょう?」
タロウが顔を上げると、ボニファースにイェフ、イザークは勿論であるが、近衛達も真剣な瞳でその雑な絵を覗き込んでいる、
「まて、それでは馬の胴を締め付けられないであろう」
ボニファースがすぐに要点を理解したようで、そしてそれは彼等の常識とあまりに懸け離れたものであった、
「それです、それが病の元なんです」
タロウはニンマリと微笑む、
「人の足ってやつは立つ、歩く、走る、そういう行動に特化した作りになっています、なもんで、何かを挟んで力を入れ続ける?そういう動作には不向きなんです、ですが馬術ではそこが大事・・・でしょ、現状の馬術ではそうやって身体を安定させるしかない、しかしそれはかなり無理なのです、人体の構造上ね、馬の胴を鞍ごとかな?足で締め付けて上体を安定させる、その挙句に剣を振ったり槍を回したりでしょ、正直ね、それはそれでとてもではないですが安定しないです、やるだけ無駄ですよ、いくら鞍があろうがね、武器を扱うにしても相手よりも高い場所で振り回せる、それが利点とは言ってもですよ、基本的な戦術として、ほら、騎士の人達は駆け抜けるだけなんでしょ?集団を蹴散らして、その後を歩兵に任せる?そう聞いてますけど?合ってます?」
確かにとその場の全員が小さく頷く、駆け抜けるだけとなんともそれが無駄なような言い草は少々鼻につくが、事実は事実であった、
「つまりそういう事なんです、そりゃね、人の方の身体の造りを無視してるんですから変な病・・・というか、怪我に近いですね、そうなってしまうものですし、逆になんの不思議も無いですよそうなってしまうのは・・・視点を少し変えますとね、この発想が無いのは、乗馬技術の困難さにあります、馬術を習得するには子供の頃から慣れ親しむ必要がある、故に騎士となる程に乗馬が上達するのは貴族の子か、馬の産地の育成に関わる人、若しくは馬が生活の中心となる遊牧民。騎馬民族って呼ばれるかな?そういう人達ですよね?ある意味で特殊な環境の方々ばかり・・・それは他国も変わりませんでね、だから・・・だから余計に、この発想がでなかったのかな?と思います、なので、騙されたと思って一度試してみて下さい、恐らくその騎士病ですか、劇的に少なくなりますし、乗馬も少しの訓練で誰でも乗れるようになります、現状のような特殊で長期的な訓練は必要ないですね、そしてなにより武器の扱いが格段に楽になります、足が踏ん張れる、これはね、何をするにしても大事な要素となりますよ、これは皆さんなら想像するに難しくないでしょう、なので槍を構えるにしても股の力では無く、足で踏ん張る形になります、騎上でね、さすれば槍が・・・というよりも人体がより安定して戦闘力が増すでしょうね、剣でも弓でも楽になりますよ、取り回しにしても狙って打つにしても、なので・・・そうですね、想像するに・・・槍を構えた騎乗兵がこう・・・なだれとなって押し寄せる?兵士にとっては恐怖以外の何物でもないでしょうね、現状でも馬の突進力は脅威なのに、それに槍を構えた偉丈夫が跨っていたらね・・・うん、兵士としては逃げるほかない、まぁ、これは慣れたらそれほどでもないかな?いや、戦場ですしね、怖い事は怖いし防ぐにしても・・・何らかの仕掛けが無いと駄目でしょうね・・・」
こんなもんかなとタロウは腰を上げた、やれやれと大きく背筋を伸ばす、慣れない体勢はそれだけでキツイもので、俺も歳なんだなーと再度実感していると、
「タロウ、作れ、今すぐだ」
ボニファースがガッと顔を上げてギンとタロウを睨む、
「またそんなー・・・」
とタロウがのんびりと微笑むが、ボニファースの瞳は為政者のそれに変わっていた、先程までの気の良い年寄りのそれではない、続けて、
「イザーク、イェフ、馬具職人はいるか?」
ハイと二人も動き出す、こちらの目もまた色が変わっていた、さらに、
「誰か、王城に走れ、近衛兵長と騎士団長を呼んで来い、暇そうな軍団長もだ」
ハイッと近衛の一人が屋敷に走る、こりゃめんどくさい事になったかなとタロウが思う間もなく、
「タロウ、試作が出来るまでは付き合ってもらうぞ、先程の言葉に嘘は無いな?」
ギロリとボニファースに睨まれたタロウは、
「うっ・・・嘘では無いですが・・・」
「だろうな、して、何と言ったかな?」
「えっと・・・鐙ですか?」
「それじゃ、アブミじゃな、他にもあるか?」
「他って・・・」
うーんと馬を見つめてこりゃめんどくさい事になったかなと首を捻るタロウであった。
「良い街だな、ここは」
フーと馬を撫でながらボニファースが一息吐いた、
「お褒め頂き光栄でございます」
イェフが恭しく頭を垂れイザークも笑顔となる、
「うむ、昨日も話したがな、やはり人民の笑顔と子供の甲高い声こそが王国の宝だ、お主にも苦労を掛けたが、なんとか各地は収まりつつある、無論、問題は多いし、かの帝国対策もこれからが佳境となるが・・・いや、ふふっ、あれだな、やはり国王の姿では見えない事が多いものだ、この地位でなければ見えないものがあると親父には言われたものだが・・・その地位では見えないものもまた多いものらしい、あの陰気なローブを纏っていては笑顔を返される事は少ないものでな」
そんな、と顔を顰めるイェフとイザークである、どう答えるべきかと考えを巡らせるがここは黙するのが正解であろう、
「モニケンダムもそうであったがな、どうしても地方を知る事が難しくてな、軍を率いて通り過ぎるか、招かれて行ってみても結局は見知った顔の相手をするだけでな、どうにもな、アウグスタの書物で慰めるばかりであったが・・・いや、こうして歩き、散策するだけでも楽しいものだ、この馬も良い、久しぶりの乗馬であったが、これはあれか、マースライスの馬か?」
「はい、向こうの産駒でこちらで増やした種になります」
「ほう、何か変わったか?」
「そう大きくはかわりません、マースライスの領主とも話しましてな、北方の馬と掛け合わせようかと画策しておりました、向こうの馬は足腰が強く、大柄と聞いています、こちらの馬はどうしても繊細でしてな、気性も大人しく戦地にあっては今一つ・・・そのように評価されております」
「そうか、それはいつぞや聞いたかな・・・確かに、しかし、乗馬を楽しむのはこのくらいが丁度良かろう」
「そうですな、訓練にも遊びにも、勿論友としても良い馬であります」
イェフが嬉しそうに愛馬の鬣を撫で付け、その馬もまた嬉しそうにイェフの胸元に鼻を押し付ける、
「そのようだな」
ボニファースも今しがた乗っていた馬の首筋に優しく触れた、その馬もまた嬉しそうに目を細め、ブフッと鼻を鳴らす、こいつめとボニーファスがその顔を抱くと、馬は赤子のようにその長い顔を遠慮なくボニファースへ擦りつける、そこへ、
「すいません、馬車を汚してしまいました、いや、慣れない事はするものではないですな」
とタロウが尻を摩りながら三人の元へ近寄った、行きはよいよいとはよく言ったもので、帰りのそれは土で汚れてしまった服装でさらには泥に塗れた手を洗う事も出来ず、その上貴族様の馬車に乗ってしまったものだから気を遣って小さくなっており、行きのそれ以上に窮屈な思いをしてしまった、後先考えないとこうなるんだよなと反省しきりである、
「かまいません、さっ、手を洗って下さい」
イザーク自ら井戸から水を汲み上げ傍のタライに水を注ぐ、
「すいません、ありがとうございます」
タロウがこれは嬉しいと近寄った瞬間、ズイッと馬の顔がタロウを遮った、見れば他の馬達もそのタライに首を伸ばしている、
「ありゃ・・・」
タロウが微笑み、こりゃとイェフとイザークが馬を諫めようとするも馬も喉が渇いていたのであろう、さらにそのタライは普段馬丁が馬の水やりに使っているタライであった、故に自分達の為の水だとまるで遠慮無く我先にと首を伸ばす馬達によってタロウは締め出されてしまう、
「ガッハッハ、さすがの貴様も馬には勝てんか」
ボニファースが楽しそうに笑いだし、すいませんとイェフとイザークはすまなそうに顔を歪めた、
「あー・・・かまいませんですよ、お馬様には勝てませんし・・・さて」
と両手をパンパンと打ち付けすっかり乾いた泥を落とすタロウであった、そのまま服に着いた土埃を払い落とす、めんどくさいと思い付きで植え付けまでやってしまったが、べつにここまでする必要もなかったかなと馬車の中で反省していた、どうせイェフも果樹の世話に長けた農民に栽培は任せるのであろうし、無駄に汚れただけで余計なお世話であったかもしれないと考えてしまう、やってしまった事は仕方がないが、
「そうだ、貴様はあれか、馬は不慣れなのか?」
「不慣れと言われると確かに・・・私は平民ですからね、馬に乗る技術は持っておらんですよ」
ボニファースの質問にタロウは同じ答えを返した、現地に行く前にも似たようなことを口にしている、
「そうか、どうだ?丁度良い機会だ、イザークに乗馬を教われ、どうせ何度も顔をだすのであろう?」
「それもいいですね、いや、ミナがね、馬が好きでして、でも最近は猫が好きなのかな?まぁ、そんな感じです」
やれやれと背筋を伸ばすタロウである、見れば馬達はタライに首を突っ込み美味そうに水を飲んでいる、馬丁がさらに別のタライを持って来たようで、そちらにも早くしろとばかりに集まりだす水にありつけなかった他の馬達であった、なんとものどかで可愛らしい光景となっている、
「そうか、なら家族で来れば良い、馬もな子供の頃からの修練が大事だぞ」
「そのようですね・・・」
とタロウは鞍を着けたままの馬を眺める、そして、
「あっ・・・やっぱりあれですか・・・騎士の方々は股関節とか膝とかを悪くするのではないですか?」
大きく首を傾げるタロウであった、
「ん?なんだそれは?」
「そのままですよ、どうでしょうイザークさん、聞いた事無い?」
エッとイザークはタロウを見つめ、
「・・・まぁ・・・それはほら、騎士病というやつですか?それは当たり前の事でしょう?」
不思議そうに答える、
「ありゃ、当たり前なの?」
「まぁ・・・騎士となるとどうしても付きまとう病ですね、個人差はあります・・・ならない者も多いですが、一度そうなると歩くのも難しくなります、事前にこれはと思う者はそれ以上乗らないようにして進行を止めております、そういうものですよ、治療らしい治療も出来ませんしね・・・」
「あー・・・やっぱり・・・」
「どういう意味だ、常識であろう、馬に関わる者は皆知っておるぞ」
ボニファースがタロウを睨みつける、
「常識って・・・まぁ、そうなんでしょうけど・・・」
とタロウはいよいよどうしたものかと首を捻る、
「・・・そうですね・・・どう伝えれば良いか・・・陛下には私が他の国を回って来たとお話ししたと思いますが、他の国でも同様なのですよ、名前こそ違いますが、騎士病とか乗馬症とか、そんな感じで呼ばれてます、症状も一緒でしてね、特に股関節に良くないのかな?そこから膝と足首にも症状が出るとか・・・まぁ、詳しく無いですが・・・それでいいならいいんですけどね、それ、防げるんですよね、割と簡単に」
エッと目を丸くする三人と、近衛達も思わずタロウを睨みつけた、
「で・・・そっちの対策の方が馬上にあって力の入り加減?踏ん張りが効くんですよ、なんですが、他の国、他の文化でもその発想が生まれないらしくて・・・俺の国でも・・・いや、それは比較にはならないかな?・・・まぁ、簡単なんでやってみます?」
腰に手を当てウーンと背中を伸ばすタロウである、なんとも緊張感の無い様であるが、タロウとしては切実であった、腰と背中にかけた負担の快復が遅い、やはり歳かと思いつつ、馬車は暫くいいかなと本気で思っていたりする、
「どういう事じゃ?」
ボニファースがズイッとタロウに歩み寄る、ボニファースも騎士病の恐ろしさは見聞きしており、理解は深い、それ故にあまり馬には乗るなと若い頃には言われたもので、若い時分、馬に跨る喜びを知った頃の事であった為、大変に不愉快に感じた記憶がある、
「鞍にね、足場を着けるのです、それだけなんですよ、鐙って呼んでます、こっちでは好きに呼べばいいですよ、構造は簡単でね」
とタロウは何かないかと周囲を見渡し、特にないかなと蹲り転がっていた小石でもってガリガリと地面に図面を書き始める、
「鞍がこうありますでしょ、それの下・・・がいいのかな?この辺は実際に作ってみて下さい、納まり云々は職人さんに任せましょう、で、こう、帯、革の帯になると思いますが、回しまして、で、その先、ここに足をかけられるように輪でもいいですし、鉄かな?やっぱり、それでこう、足をかけるようにする、これだけですね、どうでしょう?」
タロウが顔を上げると、ボニファースにイェフ、イザークは勿論であるが、近衛達も真剣な瞳でその雑な絵を覗き込んでいる、
「まて、それでは馬の胴を締め付けられないであろう」
ボニファースがすぐに要点を理解したようで、そしてそれは彼等の常識とあまりに懸け離れたものであった、
「それです、それが病の元なんです」
タロウはニンマリと微笑む、
「人の足ってやつは立つ、歩く、走る、そういう行動に特化した作りになっています、なもんで、何かを挟んで力を入れ続ける?そういう動作には不向きなんです、ですが馬術ではそこが大事・・・でしょ、現状の馬術ではそうやって身体を安定させるしかない、しかしそれはかなり無理なのです、人体の構造上ね、馬の胴を鞍ごとかな?足で締め付けて上体を安定させる、その挙句に剣を振ったり槍を回したりでしょ、正直ね、それはそれでとてもではないですが安定しないです、やるだけ無駄ですよ、いくら鞍があろうがね、武器を扱うにしても相手よりも高い場所で振り回せる、それが利点とは言ってもですよ、基本的な戦術として、ほら、騎士の人達は駆け抜けるだけなんでしょ?集団を蹴散らして、その後を歩兵に任せる?そう聞いてますけど?合ってます?」
確かにとその場の全員が小さく頷く、駆け抜けるだけとなんともそれが無駄なような言い草は少々鼻につくが、事実は事実であった、
「つまりそういう事なんです、そりゃね、人の方の身体の造りを無視してるんですから変な病・・・というか、怪我に近いですね、そうなってしまうものですし、逆になんの不思議も無いですよそうなってしまうのは・・・視点を少し変えますとね、この発想が無いのは、乗馬技術の困難さにあります、馬術を習得するには子供の頃から慣れ親しむ必要がある、故に騎士となる程に乗馬が上達するのは貴族の子か、馬の産地の育成に関わる人、若しくは馬が生活の中心となる遊牧民。騎馬民族って呼ばれるかな?そういう人達ですよね?ある意味で特殊な環境の方々ばかり・・・それは他国も変わりませんでね、だから・・・だから余計に、この発想がでなかったのかな?と思います、なので、騙されたと思って一度試してみて下さい、恐らくその騎士病ですか、劇的に少なくなりますし、乗馬も少しの訓練で誰でも乗れるようになります、現状のような特殊で長期的な訓練は必要ないですね、そしてなにより武器の扱いが格段に楽になります、足が踏ん張れる、これはね、何をするにしても大事な要素となりますよ、これは皆さんなら想像するに難しくないでしょう、なので槍を構えるにしても股の力では無く、足で踏ん張る形になります、騎上でね、さすれば槍が・・・というよりも人体がより安定して戦闘力が増すでしょうね、剣でも弓でも楽になりますよ、取り回しにしても狙って打つにしても、なので・・・そうですね、想像するに・・・槍を構えた騎乗兵がこう・・・なだれとなって押し寄せる?兵士にとっては恐怖以外の何物でもないでしょうね、現状でも馬の突進力は脅威なのに、それに槍を構えた偉丈夫が跨っていたらね・・・うん、兵士としては逃げるほかない、まぁ、これは慣れたらそれほどでもないかな?いや、戦場ですしね、怖い事は怖いし防ぐにしても・・・何らかの仕掛けが無いと駄目でしょうね・・・」
こんなもんかなとタロウは腰を上げた、やれやれと大きく背筋を伸ばす、慣れない体勢はそれだけでキツイもので、俺も歳なんだなーと再度実感していると、
「タロウ、作れ、今すぐだ」
ボニファースがガッと顔を上げてギンとタロウを睨む、
「またそんなー・・・」
とタロウがのんびりと微笑むが、ボニファースの瞳は為政者のそれに変わっていた、先程までの気の良い年寄りのそれではない、続けて、
「イザーク、イェフ、馬具職人はいるか?」
ハイと二人も動き出す、こちらの目もまた色が変わっていた、さらに、
「誰か、王城に走れ、近衛兵長と騎士団長を呼んで来い、暇そうな軍団長もだ」
ハイッと近衛の一人が屋敷に走る、こりゃめんどくさい事になったかなとタロウが思う間もなく、
「タロウ、試作が出来るまでは付き合ってもらうぞ、先程の言葉に嘘は無いな?」
ギロリとボニファースに睨まれたタロウは、
「うっ・・・嘘では無いですが・・・」
「だろうな、して、何と言ったかな?」
「えっと・・・鐙ですか?」
「それじゃ、アブミじゃな、他にもあるか?」
「他って・・・」
うーんと馬を見つめてこりゃめんどくさい事になったかなと首を捻るタロウであった。
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彼女の魂は、前世で薬学研究に没頭し過労死した、日本の研究者。 王妃の座も権力闘争も、彼女には退屈な枷でしかない。 彼女が求めたのはただ一つ——誰にも邪魔されず、未知の植物を研究できる「アトリエ」だった。
追放先『霧深き森』は「死の土地」。 だが、チート能力【植物図鑑インターフェイス】を持つソフィアにとって、そこは未知の薬草が群生する、最高の「研究フィールド(ランクS)」だった!
石造りの廃屋を「アトリエ」に改造し、ガラクタから蒸留器を自作。村人を救い、薬師様と慕われ、理想のスローライフ(研究生活)が始まる。 だが、その平穏は長く続かない。 王都では、王宮薬師長の陰謀により、聖女の奇跡すら効かないパンデミック『紫死病』が発生していた。 ソフィアが開発した『特製回復ポーション』の噂が王都に届くとき、彼女の「研究成果」を巡る、新たな戦いが幕を開ける——。
【主な登場人物】
ソフィア・フォン・クライネルト 本作の主人公。元・侯爵令嬢。魂は日本の薬学研究者。 合理的かつ冷徹な思考で、スローライフ(研究)を妨げる障害を「薬学」で排除する。未知の薬草の解析が至上の喜び。
ギルバート・ヴァイス 王宮魔術師団・研究室所属の魔術師。 ソフィアの「科学(薬学)」に魅了され、助手(兼・共同研究者)としてアトリエに入り浸る知的な理解者。
アルベルト王太子 ソフィアの元婚約者。愚かな「正義」でソフィアを追放した張本人。王都の危機に際し、薬を強奪しに来るが……。
リリア 無力な「聖女」。アルベルトに庇護されるが、本物の災厄の前では無力な「駒」。
ロイド・バルトロメウス 『天秤と剣(スケイル&ソード)商会』の会頭。ソフィアに命を救われ、彼女の「薬学」の価値を見抜くビジネスパートナー。
【読みどころ】
「悪役令嬢追放」から始まる、痛快な「ざまぁ」展開! そして、知識チートを駆使した本格的な「薬学(ものづくり)」と、理想の「アトリエ」開拓。 科学と魔法が融合し、パンデミックというシリアスな災厄に立ち向かう、読み応え抜群の薬学ファンタジーをお楽しみください。
オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~
鉄 主水
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子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。
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※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。
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