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本編
76話 王家と公爵家 その1
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翌早朝、内庭がキャーキャーと騒がしく、タロウはムクリと起き上がり、隣りのソフィアもズオッとばかりに半身を起こした、
「おあよ」
「んー・・・ミナかしら?」
「他にいるかね・・・」
「・・・いないわね・・・」
タロウはよっと寝台から脚を下ろし、ソフィアはバリバリと頭をかいて軽く髪を整える、昨夜はめんどくさがって入浴していない、酒を飲んだ大人達が皆そうなってしまった、結構飲んだと思う、まぁ自分はそれほどでは無いがユーリあたりは酷い事になっているだろうなと毛布の上に掛けた上着に手を伸ばし、ブルッと冬の寒さに身を震わせた、
「・・・そっか、雪積もったのかしら・・・」
「だろうね、昨日はずっと静かだったし、店出るときから重たそうなのが降ってたし・・・」
「そうなんだ・・・」
「荒野の方も酷かったからね、雪」
「あらそうなの?」
「うん」
タロウは立ち上がりンーと大きく伸びをする、内庭からはキャッキャッと甲高い声が響いており、さてと一息吐いて階段へ向かう、この叫び声からするに今日は雪玉で襲撃される事は無いであろう、そのまま一階に下りて内庭へ出ると、外は一面の銀世界である、先日の雪は戯れかと感じる程に分厚く雪が積もっており、さらにまだちらほらと小雪が舞っていた、真っ白い雲だか霧だか判然としない空がボサッと街を包みこんでいる、
「うわっ・・・積もったなー・・・」
「タロー、雪ー、大雪だー」
ミナが大声を上げ、レインとニコリーネがアハハーと笑った、
「だなー・・・さて、どうしたもんだか・・・」
タロウは大きく首を傾げる、雪国出身のタロウとしては降雪後の朝は雪かきと決まっている、そう言えばこっちに来てからはやってないな等と思う、冒険者であった頃はその必要性が薄く、雪となれば天幕内でグダグダしている程度で、放浪中もその必要に駆られる事は無かった、しかしこうして腰を落ち着けて街中に住んでいる以上このような日にまず考えるのは雪の排除である、さてどうしたものかと思っていると、
「タロー、小屋、小屋作るー」
ミナがズボズボと短い脚を大きく上げ雪をかき上げてタロウに向かってきた、それだけ厚く積もっているという事で、
「ミナー、無理すんなー」
もうとタロウは顔を顰める、さらにソフィアが背後から顔を出し、
「あらっ、結構積もったのねー」
と眠そうな目を大きく見開く、
「あっ、ソフィー、雪ー、雪積もったー」
「はいはい、見れば分かるわよー」
「うふふー、小屋、小屋作るー」
ミナは宿舎の前にやっと辿り着きタロウの脚に抱き着いた、ヒヤリとした冷たい感触がタロウを襲い、ブルリと背筋を震わせるタロウ、
「小屋って、あー、カマクラか?」
「多分それー」
「言ってたなー」
「言ってたー、作るー、ミナの家ー、レインとニコの家もー」
「そっか、がんばれ」
ムフンと真っ白い鼻息を吐き出すタロウ、
「むー、タロウもー、タロウも作るのー」
「えー、やだ、寒い」
「寒くない、動けば熱いー」
「ありゃ、元気だね君は・・・」
「元気なのー、いいでしょー、お部屋作るー、っていうか、作ってー、作るのー」
タロウの脚にしがみついたままギャンギャンと叫ぶミナ、
「はいはい、じゃ、作るか」
タロウはニヤリとミナを見下ろすと、
「うん、作るー、やったー、ニコー、作るってー」
さっと振り返りレインとニコリーネの元へ戻るミナ、再びズボズボと難儀している様子で、こりゃ大変だなとタロウは苦笑してしまう、
「まったく、よっぽど楽しかったのかしら・・・」
ソフィアがやれやれと微笑む、つい先日北ヘルデルで倒れた事も忘れているらしい、まぁレインが側にいる限りその点で心配する事はないであろうが、いくらなんでも逞しすぎる、
「だなー・・・あっ、除雪とかどうするんだ?」
「ジョセツ?」
「うん、雪かき?」
「・・・あー、そうよね、どうするのかしら、街路とかやらないとよね・・・」
ソフィアはハテと首を傾げた、そう言えばそのへんの事は殆ど聞いていないように思う、こちらに来たのは夏の初めであった為、冬の事などまるで気にしていなかったのだ、
「ありゃ・・・じゃ、ニコリーネさん・・・は知らないか、オリビアさん起きてるかな?」
「あっ、そうね、聞いてみないと」
「ん、頼む」
とタロウはさてと覚悟を決めてミナの踏み荒らした白い絨毯に脚を踏み入れる、ズブリと簡単に足首まで埋まり、これはと思った瞬間、
「ツメタ!!」
悲鳴を上げて飛び退くタロウ、ソフィアはサッと避けたようで、そりゃそうなるわねと苦笑し、何事かとミナとニコリーネも振り返る、
「あー・・・どうして君らはこのスケスケのサンダルで一年通すかね・・・」
タロウは踏み込んだ足を軽く上げてムーとその先のサンダルを睨みつける、その言葉通り王国民は年がら年中サンダルである、夏場は良いとして冬場も変わらず、冬用のサンダルがある訳でもない、タロウはだいぶ慣れたとはいえそれはあまりにもだなと辟易していた、
「何よ、サンダルが駄目なの?」
「駄目だろさ、夏場はいいけど冬はどうかと思うぞ」
「慣れよ慣れ」
ソフィアははいはい邪魔よとタロウを押しのけ雪に足を突っ込むも、
「ツメタ!!」
盛大に叫んで飛び跳ねた、ギャッハッハとミナ達の笑い声が響き、
「ほらー、やっぱり冷たいんじゃないのさ」
ニヤーと微笑むタロウに、
「うるさいわねー」
と睨み返すすっかり目が覚めたソフィアであった。
「じゃ、前の通りはほっといていいの?」
「はい、衛兵さんか役所の人がやってくれる筈です」
ソフィアが食堂に入るとオリビアが暖炉の前で丸くなって暖を取っており、軽い朝の挨拶のあと早速とこの街の雪かき事情を聞き出すソフィア、オリビア曰くこの寮では大した事はしていないらしい、前の寮母も特に対応する事は無く、そうなれば生徒達も普段通りで、通行に難儀する程の雪となれば行政側でなんとかするらしく、また街の住人もそれで十分という認識らしい、少なくとも去年はそうだったとの事で、流石都会は違うなーと感心するソフィアであった、
「あっ、でもあれですね、一度だけですけど玄関前に雪が山になってる時があって」
「えっ、そうなの?」
「はい、出れなくなって勝手口から回った事があったかな・・・あれはなんでああなったのか・・・」
不思議そうに首を捻るオリビア、どうやら大騒ぎする程では無かったらしいがその状況を想像するだけで問題ではある、
「あー・・・じゃ、あれかな、タロウさんに頼んで少しだけでもどけておこうかしら・・・玄関前を空けておけばいいんじゃない?」
「そう・・・ですね、はい、えっと・・・確か倉庫に道具があったと記憶してますが、どうなってますかね・・・」
オリビアは一度木戸から街路を覗いて振り返る、なるほどソフィアが慌てる程の積雪であった、
「ん、探してみるわね」
ソフィアはサッと厨房から内庭へ入る、内庭ではタロウとミナとレイン、さらにニコリーネが雪を集めてキャッキャッと楽しそうで、しかし、道具が無いのかザルだの木の蓋だの小さいシャベルだの近くにあった何かしらで悪戦苦闘していた、
「あっ、タロウさんね、倉庫に何かあるかもよー」
ソフィアが倉庫へ向かいながら声を掛けると、
「えっ、ホントに?」
「オリビアさんが何かあるはずって言ってたわー」
「それもそうだよねー、じゃ、お前らちょっと待て」
タロウが手にした何かの蓋を放り投げ、ワカッターと叫ぶミナ、レインとニコリーネはやれやれと一休みである、さらにオリビアも内庭へ出てきたようで、
「わっ、なにやってるんですか?」
くそ寒い中ホコホコと汗を湯気に変えている三人に驚いた、
「えへへー、カマクラ作るのー」
「カマクラ?」
「うん、ミナのおうちー、あと、レインと、ニコとー、オリビアも作る?」
「なんですそれ?」
「ブー、知らないのー」
ギャーギャーと楽しそうなミナと、ヤレヤレと呆れ顔のレイン、ニコリーネは顔を真っ赤に染めてニコニコと楽しそうで、オリビアはニコリーネさん今日は早いんだなと思うも、アッ、確か昨日ミナと一緒に寝台で寝てしまったんだと思い出す、どうやらニコリーネは酒は好きだが弱いようで、鍛えていると豪語していた筈がオリビアが風呂から上がって来た時には毛布の塊が二つ寝台の上に出来上がっていた、一つはミナで一つはニコリーネだそうである、つまりニコリーネはそのまま熟睡し、こうして朝からミナと戯れているのであろう、
「わかんないですよ」
「えっとねー、雪を集めてねー、でねー、中に穴を作るのー、でねー、温かいんだよー」
「・・・温かいの?」
オリビアが不思議そうに首を傾げる、
「温かいのー、えっとねー、タロウー、なんでー」
屋台の裏、倉庫に入りかけたタロウに叫ぶミナ、
「なにがー」
とタロウは応えたようだがそのまま倉庫に消え、ソフィアは顔だけ突っ込んでいた、
「むう、だからー」
と駆け出すミナ、しかし雪に足を取られてすぐに立ち止まる、
「もう、ほら、ミナちゃん、取り合えず雪集めるんでしょ」
ニコリーネが手にしたザルを持ち上げた、ミナはブスッと頬を膨らませて戻ってくる、そして倉庫では、
「あー、色々あるんだねー」
「そうなのよねー、なんか使えるのある?」
ゴソゴソと倉庫を漁るタロウと暗闇に目を凝らすソフィア、すっかりこの倉庫も手つかずで、確か屋台を作った時と寮の改装の折に少しばかり整理した記憶もあるが、それだけであり、中身はまるで把握できていなかったりする、
「んー・・・なんかなー・・・」
タロウは倉庫内の埃っぽさに辟易としつつ何とか隙間を見繕って奥に入り込む、確かになんらかの道具は揃っている様子であるが、それが何に使うものかはパッと見ただけでは理解不能で、取り合えず使えそうな物は無いかと適当にゴソゴソやってみる、
「結構捨てたのよねー」
「そうなの?」
「だって、どれもこれも使ってるんだか使ってないんだか分かんないものばっかりでねー」
「そうなんだー」
「初めて来た時にはもうゴミだらけだったんだからどこもかしこも、酷かったのよ・・・フフッ、懐かしいわね・・・」
「へー・・・」
「綺麗なのは宿舎だけだったわね」
「あー・・・あれかな、寝るだけだったのかな?前の寮母さんも」
「多分ねー、もしくは自分のものはちゃんと片付けてたって感じ?」
「そっかー、そりゃその程度はやるかー」
「でしょうねー」
「だねー」
と何とも適当な会話の末、何とか使えそうだなと引っ張り出したのが木製のスコップと先が板になった棒である、前の世界の学校でよく見た俗にいうトンボという名の器具に似ており、懐かしいなとタロウは微笑む、しかし実際に使った事は無いし、除雪に使えるようには思えない、
「まぁいいか、集めるぐらいはできそうだ」
「なんかあった?」
「おう、なんとかなるかもな」
「じゃ、玄関先だけでも頼める?」
「ん、いいよー、それだけでいいの?」
「そうみたい、通りの方は衛兵さんだかがやるんだってー」
「そっか、じゃ、先に玄関周りかな・・・」
よいしょと戻るタロウ、
「あっ、このテーブルって使っていいのか?」
フト目に入ったのは食堂に並んでいるのと恐らく同じテーブルであった、
「ん?どれ?」
「これ」
「あー・・・いいんじゃないの?確か足が折れてるとか何とかで突っ込んだのかしら・・・覚えてないわねー、他にもあるんじゃない?テーブルだったら」
「ありゃそっか・・・フフッ、丁度良いかもな・・・」
ニヤリとほくそ笑むタロウ、確かにテーブルの天板と思われる一枚板が数枚見え隠れしており、この倉庫の状況を見るにどれもこれも捨ててもいいようなものなのだろう、ソフィアはどうやら任せても良さそうだと判断し、
「じゃ、お願い、私は朝食の準備だわ」
「はいはい、何とかしとくよ」
そのままタロウは屋台の隣りを抜けて街路に向かい、ソフィアはひとまずと厨房に戻る、しかし、
「ソフィー、ソフィーも手伝ってー」
「ミナちゃん、ちゃんと仕事してー」
「してるでしょー」
「してないでしょー、あっ、こら冷たい」
「ムフフー、間違えたー」
「ウソー、絶対ウソー」
「エヘヘー、食らえー」
「なっ、やったなー」
楽しそうに雪を掛け合うミナとニコリーネ、レインはまったくと腰に手を当てて御立腹で、オリビアはニコニコと楽しそうに眺めている、ソフィアもモウと思わず微笑み足を止めるのであった。
「おあよ」
「んー・・・ミナかしら?」
「他にいるかね・・・」
「・・・いないわね・・・」
タロウはよっと寝台から脚を下ろし、ソフィアはバリバリと頭をかいて軽く髪を整える、昨夜はめんどくさがって入浴していない、酒を飲んだ大人達が皆そうなってしまった、結構飲んだと思う、まぁ自分はそれほどでは無いがユーリあたりは酷い事になっているだろうなと毛布の上に掛けた上着に手を伸ばし、ブルッと冬の寒さに身を震わせた、
「・・・そっか、雪積もったのかしら・・・」
「だろうね、昨日はずっと静かだったし、店出るときから重たそうなのが降ってたし・・・」
「そうなんだ・・・」
「荒野の方も酷かったからね、雪」
「あらそうなの?」
「うん」
タロウは立ち上がりンーと大きく伸びをする、内庭からはキャッキャッと甲高い声が響いており、さてと一息吐いて階段へ向かう、この叫び声からするに今日は雪玉で襲撃される事は無いであろう、そのまま一階に下りて内庭へ出ると、外は一面の銀世界である、先日の雪は戯れかと感じる程に分厚く雪が積もっており、さらにまだちらほらと小雪が舞っていた、真っ白い雲だか霧だか判然としない空がボサッと街を包みこんでいる、
「うわっ・・・積もったなー・・・」
「タロー、雪ー、大雪だー」
ミナが大声を上げ、レインとニコリーネがアハハーと笑った、
「だなー・・・さて、どうしたもんだか・・・」
タロウは大きく首を傾げる、雪国出身のタロウとしては降雪後の朝は雪かきと決まっている、そう言えばこっちに来てからはやってないな等と思う、冒険者であった頃はその必要性が薄く、雪となれば天幕内でグダグダしている程度で、放浪中もその必要に駆られる事は無かった、しかしこうして腰を落ち着けて街中に住んでいる以上このような日にまず考えるのは雪の排除である、さてどうしたものかと思っていると、
「タロー、小屋、小屋作るー」
ミナがズボズボと短い脚を大きく上げ雪をかき上げてタロウに向かってきた、それだけ厚く積もっているという事で、
「ミナー、無理すんなー」
もうとタロウは顔を顰める、さらにソフィアが背後から顔を出し、
「あらっ、結構積もったのねー」
と眠そうな目を大きく見開く、
「あっ、ソフィー、雪ー、雪積もったー」
「はいはい、見れば分かるわよー」
「うふふー、小屋、小屋作るー」
ミナは宿舎の前にやっと辿り着きタロウの脚に抱き着いた、ヒヤリとした冷たい感触がタロウを襲い、ブルリと背筋を震わせるタロウ、
「小屋って、あー、カマクラか?」
「多分それー」
「言ってたなー」
「言ってたー、作るー、ミナの家ー、レインとニコの家もー」
「そっか、がんばれ」
ムフンと真っ白い鼻息を吐き出すタロウ、
「むー、タロウもー、タロウも作るのー」
「えー、やだ、寒い」
「寒くない、動けば熱いー」
「ありゃ、元気だね君は・・・」
「元気なのー、いいでしょー、お部屋作るー、っていうか、作ってー、作るのー」
タロウの脚にしがみついたままギャンギャンと叫ぶミナ、
「はいはい、じゃ、作るか」
タロウはニヤリとミナを見下ろすと、
「うん、作るー、やったー、ニコー、作るってー」
さっと振り返りレインとニコリーネの元へ戻るミナ、再びズボズボと難儀している様子で、こりゃ大変だなとタロウは苦笑してしまう、
「まったく、よっぽど楽しかったのかしら・・・」
ソフィアがやれやれと微笑む、つい先日北ヘルデルで倒れた事も忘れているらしい、まぁレインが側にいる限りその点で心配する事はないであろうが、いくらなんでも逞しすぎる、
「だなー・・・あっ、除雪とかどうするんだ?」
「ジョセツ?」
「うん、雪かき?」
「・・・あー、そうよね、どうするのかしら、街路とかやらないとよね・・・」
ソフィアはハテと首を傾げた、そう言えばそのへんの事は殆ど聞いていないように思う、こちらに来たのは夏の初めであった為、冬の事などまるで気にしていなかったのだ、
「ありゃ・・・じゃ、ニコリーネさん・・・は知らないか、オリビアさん起きてるかな?」
「あっ、そうね、聞いてみないと」
「ん、頼む」
とタロウはさてと覚悟を決めてミナの踏み荒らした白い絨毯に脚を踏み入れる、ズブリと簡単に足首まで埋まり、これはと思った瞬間、
「ツメタ!!」
悲鳴を上げて飛び退くタロウ、ソフィアはサッと避けたようで、そりゃそうなるわねと苦笑し、何事かとミナとニコリーネも振り返る、
「あー・・・どうして君らはこのスケスケのサンダルで一年通すかね・・・」
タロウは踏み込んだ足を軽く上げてムーとその先のサンダルを睨みつける、その言葉通り王国民は年がら年中サンダルである、夏場は良いとして冬場も変わらず、冬用のサンダルがある訳でもない、タロウはだいぶ慣れたとはいえそれはあまりにもだなと辟易していた、
「何よ、サンダルが駄目なの?」
「駄目だろさ、夏場はいいけど冬はどうかと思うぞ」
「慣れよ慣れ」
ソフィアははいはい邪魔よとタロウを押しのけ雪に足を突っ込むも、
「ツメタ!!」
盛大に叫んで飛び跳ねた、ギャッハッハとミナ達の笑い声が響き、
「ほらー、やっぱり冷たいんじゃないのさ」
ニヤーと微笑むタロウに、
「うるさいわねー」
と睨み返すすっかり目が覚めたソフィアであった。
「じゃ、前の通りはほっといていいの?」
「はい、衛兵さんか役所の人がやってくれる筈です」
ソフィアが食堂に入るとオリビアが暖炉の前で丸くなって暖を取っており、軽い朝の挨拶のあと早速とこの街の雪かき事情を聞き出すソフィア、オリビア曰くこの寮では大した事はしていないらしい、前の寮母も特に対応する事は無く、そうなれば生徒達も普段通りで、通行に難儀する程の雪となれば行政側でなんとかするらしく、また街の住人もそれで十分という認識らしい、少なくとも去年はそうだったとの事で、流石都会は違うなーと感心するソフィアであった、
「あっ、でもあれですね、一度だけですけど玄関前に雪が山になってる時があって」
「えっ、そうなの?」
「はい、出れなくなって勝手口から回った事があったかな・・・あれはなんでああなったのか・・・」
不思議そうに首を捻るオリビア、どうやら大騒ぎする程では無かったらしいがその状況を想像するだけで問題ではある、
「あー・・・じゃ、あれかな、タロウさんに頼んで少しだけでもどけておこうかしら・・・玄関前を空けておけばいいんじゃない?」
「そう・・・ですね、はい、えっと・・・確か倉庫に道具があったと記憶してますが、どうなってますかね・・・」
オリビアは一度木戸から街路を覗いて振り返る、なるほどソフィアが慌てる程の積雪であった、
「ん、探してみるわね」
ソフィアはサッと厨房から内庭へ入る、内庭ではタロウとミナとレイン、さらにニコリーネが雪を集めてキャッキャッと楽しそうで、しかし、道具が無いのかザルだの木の蓋だの小さいシャベルだの近くにあった何かしらで悪戦苦闘していた、
「あっ、タロウさんね、倉庫に何かあるかもよー」
ソフィアが倉庫へ向かいながら声を掛けると、
「えっ、ホントに?」
「オリビアさんが何かあるはずって言ってたわー」
「それもそうだよねー、じゃ、お前らちょっと待て」
タロウが手にした何かの蓋を放り投げ、ワカッターと叫ぶミナ、レインとニコリーネはやれやれと一休みである、さらにオリビアも内庭へ出てきたようで、
「わっ、なにやってるんですか?」
くそ寒い中ホコホコと汗を湯気に変えている三人に驚いた、
「えへへー、カマクラ作るのー」
「カマクラ?」
「うん、ミナのおうちー、あと、レインと、ニコとー、オリビアも作る?」
「なんですそれ?」
「ブー、知らないのー」
ギャーギャーと楽しそうなミナと、ヤレヤレと呆れ顔のレイン、ニコリーネは顔を真っ赤に染めてニコニコと楽しそうで、オリビアはニコリーネさん今日は早いんだなと思うも、アッ、確か昨日ミナと一緒に寝台で寝てしまったんだと思い出す、どうやらニコリーネは酒は好きだが弱いようで、鍛えていると豪語していた筈がオリビアが風呂から上がって来た時には毛布の塊が二つ寝台の上に出来上がっていた、一つはミナで一つはニコリーネだそうである、つまりニコリーネはそのまま熟睡し、こうして朝からミナと戯れているのであろう、
「わかんないですよ」
「えっとねー、雪を集めてねー、でねー、中に穴を作るのー、でねー、温かいんだよー」
「・・・温かいの?」
オリビアが不思議そうに首を傾げる、
「温かいのー、えっとねー、タロウー、なんでー」
屋台の裏、倉庫に入りかけたタロウに叫ぶミナ、
「なにがー」
とタロウは応えたようだがそのまま倉庫に消え、ソフィアは顔だけ突っ込んでいた、
「むう、だからー」
と駆け出すミナ、しかし雪に足を取られてすぐに立ち止まる、
「もう、ほら、ミナちゃん、取り合えず雪集めるんでしょ」
ニコリーネが手にしたザルを持ち上げた、ミナはブスッと頬を膨らませて戻ってくる、そして倉庫では、
「あー、色々あるんだねー」
「そうなのよねー、なんか使えるのある?」
ゴソゴソと倉庫を漁るタロウと暗闇に目を凝らすソフィア、すっかりこの倉庫も手つかずで、確か屋台を作った時と寮の改装の折に少しばかり整理した記憶もあるが、それだけであり、中身はまるで把握できていなかったりする、
「んー・・・なんかなー・・・」
タロウは倉庫内の埃っぽさに辟易としつつ何とか隙間を見繕って奥に入り込む、確かになんらかの道具は揃っている様子であるが、それが何に使うものかはパッと見ただけでは理解不能で、取り合えず使えそうな物は無いかと適当にゴソゴソやってみる、
「結構捨てたのよねー」
「そうなの?」
「だって、どれもこれも使ってるんだか使ってないんだか分かんないものばっかりでねー」
「そうなんだー」
「初めて来た時にはもうゴミだらけだったんだからどこもかしこも、酷かったのよ・・・フフッ、懐かしいわね・・・」
「へー・・・」
「綺麗なのは宿舎だけだったわね」
「あー・・・あれかな、寝るだけだったのかな?前の寮母さんも」
「多分ねー、もしくは自分のものはちゃんと片付けてたって感じ?」
「そっかー、そりゃその程度はやるかー」
「でしょうねー」
「だねー」
と何とも適当な会話の末、何とか使えそうだなと引っ張り出したのが木製のスコップと先が板になった棒である、前の世界の学校でよく見た俗にいうトンボという名の器具に似ており、懐かしいなとタロウは微笑む、しかし実際に使った事は無いし、除雪に使えるようには思えない、
「まぁいいか、集めるぐらいはできそうだ」
「なんかあった?」
「おう、なんとかなるかもな」
「じゃ、玄関先だけでも頼める?」
「ん、いいよー、それだけでいいの?」
「そうみたい、通りの方は衛兵さんだかがやるんだってー」
「そっか、じゃ、先に玄関周りかな・・・」
よいしょと戻るタロウ、
「あっ、このテーブルって使っていいのか?」
フト目に入ったのは食堂に並んでいるのと恐らく同じテーブルであった、
「ん?どれ?」
「これ」
「あー・・・いいんじゃないの?確か足が折れてるとか何とかで突っ込んだのかしら・・・覚えてないわねー、他にもあるんじゃない?テーブルだったら」
「ありゃそっか・・・フフッ、丁度良いかもな・・・」
ニヤリとほくそ笑むタロウ、確かにテーブルの天板と思われる一枚板が数枚見え隠れしており、この倉庫の状況を見るにどれもこれも捨ててもいいようなものなのだろう、ソフィアはどうやら任せても良さそうだと判断し、
「じゃ、お願い、私は朝食の準備だわ」
「はいはい、何とかしとくよ」
そのままタロウは屋台の隣りを抜けて街路に向かい、ソフィアはひとまずと厨房に戻る、しかし、
「ソフィー、ソフィーも手伝ってー」
「ミナちゃん、ちゃんと仕事してー」
「してるでしょー」
「してないでしょー、あっ、こら冷たい」
「ムフフー、間違えたー」
「ウソー、絶対ウソー」
「エヘヘー、食らえー」
「なっ、やったなー」
楽しそうに雪を掛け合うミナとニコリーネ、レインはまったくと腰に手を当てて御立腹で、オリビアはニコニコと楽しそうに眺めている、ソフィアもモウと思わず微笑み足を止めるのであった。
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追放先『霧深き森』は「死の土地」。 だが、チート能力【植物図鑑インターフェイス】を持つソフィアにとって、そこは未知の薬草が群生する、最高の「研究フィールド(ランクS)」だった!
石造りの廃屋を「アトリエ」に改造し、ガラクタから蒸留器を自作。村人を救い、薬師様と慕われ、理想のスローライフ(研究生活)が始まる。 だが、その平穏は長く続かない。 王都では、王宮薬師長の陰謀により、聖女の奇跡すら効かないパンデミック『紫死病』が発生していた。 ソフィアが開発した『特製回復ポーション』の噂が王都に届くとき、彼女の「研究成果」を巡る、新たな戦いが幕を開ける——。
【主な登場人物】
ソフィア・フォン・クライネルト 本作の主人公。元・侯爵令嬢。魂は日本の薬学研究者。 合理的かつ冷徹な思考で、スローライフ(研究)を妨げる障害を「薬学」で排除する。未知の薬草の解析が至上の喜び。
ギルバート・ヴァイス 王宮魔術師団・研究室所属の魔術師。 ソフィアの「科学(薬学)」に魅了され、助手(兼・共同研究者)としてアトリエに入り浸る知的な理解者。
アルベルト王太子 ソフィアの元婚約者。愚かな「正義」でソフィアを追放した張本人。王都の危機に際し、薬を強奪しに来るが……。
リリア 無力な「聖女」。アルベルトに庇護されるが、本物の災厄の前では無力な「駒」。
ロイド・バルトロメウス 『天秤と剣(スケイル&ソード)商会』の会頭。ソフィアに命を救われ、彼女の「薬学」の価値を見抜くビジネスパートナー。
【読みどころ】
「悪役令嬢追放」から始まる、痛快な「ざまぁ」展開! そして、知識チートを駆使した本格的な「薬学(ものづくり)」と、理想の「アトリエ」開拓。 科学と魔法が融合し、パンデミックというシリアスな災厄に立ち向かう、読み応え抜群の薬学ファンタジーをお楽しみください。
オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~
鉄 主水
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子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。
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ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。
いざ……はじまり、はじまり……。
※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。
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