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本編
76話 王家と公爵家 その59
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「お疲れ様ー」
タロウが寮の三階、研究室に入ると、
「お疲れ様です」
「おつかれー」
ユーリが三角帽子の正装でもって中央作業室の椅子でグデーッと伸びており、サビナとカトカ、ゾーイは大量の書類を前にして黙々と頁を捲っていた、
「ありゃ・・・どしたのその恰好・・・」
まず目に入ったユーリの艶姿にタロウは思わず問いかける、
「あー・・・ほれ、明日の準備よ」
ユーリがよいせとばかりに背筋を正した、
「明日?」
「そっ、お祭り」
「あー・・・そう言ってたね」
「そうなの、まぁ、大した仕事じゃないんだけどさ、一応学園の代表みたいな感じだからね、正装して行ったのよ、今日も、準備だけだけど」
「真面目ですよねー」
カトカが呟き、
「律儀って言うんですよ」
ゾーイも呟く、
「どっちでもいいですよ」
サビナがめんどくさそうに続いた、
「なによそれ・・・」
ムスッとユーリが三人を睨むも、三人は顔を上げもしない、フンと鼻を鳴らすユーリ、そっかーとタロウは興味無さそうに呟いて、
「それは?」
と三人に問いかける、
「タロウさんの講義の報告書です」
ジロリとサビナが目線だけをタロウに向けた、
「ありゃま・・・そんなになった・・・」
「なりました、今日生活科のメイドさん達が複写してくれまして、あっという間に予定数を頂けたのです」
「そっかー・・・それは良かった・・・のかな?」
「多分ですね、生活科の先生達も喜んでましたし、生徒達も勉強になったって言ってましたから」
「じゃ、良かったよ」
「ですね」
「で、君らは何をしてるの?」
「検品です」
「検査です」
カトカとゾーイが同時に答える、タロウはあーそういう事と微笑んだ、
「ですね、どうしても誤字脱字がありますから、でも、このままでもいいかなって思いますけどね」
「だねー、直すところは直してあるし、大丈夫そうだよ、字も綺麗だし、大したもんですよ」
「みたいですねー・・・」
「そっか、じゃ、持って行く?」
ユーリがよいしょと立ち上がる、
「ですね、えっと、北ヘルデルに一部ですか」
サビナが開いていた書を閉じて書類を整理し始め、カトカとゾーイもサビナが良いのであればそれでいいかと書を閉じて腰を上げた、
「一部で足りる?」
「パトリシア様だけでいいと思いますけど、アフラさんにも必要ですかね?」
「あー・・・余ったら?余分はあるんでしょ」
「ありますけど、まぁ、原本があれば複写は難しくないですしね」
「そうよね・・・一応ほら、アフラさんにも世話になってるんだし、多い分には文句も無いでしょ」
「わかりました、北ヘルデルに二部、領主様には三部?」
「ユスティーナ様とレアン様とマルヘリート様・・・」
「あっ、一部追加してくれ」
エッと女性達の目がタロウに向かった、
「昨日からね、アンネリーン様がこっちに来ててね、暫くいるらしいから仲間外れは可哀そうだ」
ニコリと微笑むタロウ、アンネリーン?と首を傾げる女性達、
「・・・誰だっけ・・・」
「聞いた事あるような」
「貴族様っぽい名前ですね」
「そりゃだって、貴族様じゃないの?」
「失敬だな君達はー」
タロウはムーっと薄笑いを浮かべる、
「何よそれ」
「何でもないけどさ、ほら、ヘルデルの公爵夫人様だよ、マルヘリート様の義理のお母さん?」
あーと即座に納得するユーリとカトカとサビナ、ゾーイは今一つピンときていない様子であったが、まぁそういう人もいるんだろうなと即座に飲み込んだ、
「えっ、来てるの?」
「そだよー」
「なんでまた?」
「言ってなかった?」
「聞いてないと思うけど・・・」
「まぁ、色々あってさ、昨日はエレインさんの所で歓待されて、今はマリアさんの所でお茶してる、あっ、エレインさんも言ってなかった?」
「そうね・・・言ってたかもしれないけど、トマトの方が重要だったわ」
ユーリがジロリとタロウを睨む、
「ありゃま・・・エレインさんも口が堅いんだか柔いんだか」
「賢いのよ、言うべきではない事は知らぬ存ぜぬが処世術ってやつよ」
「それもそうだね、エレインさんも大人だな・・・」
「あんたよりもねー」
ニヤーとユーリが微笑むと、
「所長よりも大人ですよねー」
「まったくですよ」
「愚痴らないしね」
「オリビアさんには愚痴ってるかも」
「それならそれでいいですけどね」
「お酒に逃げないのは偉いですよねー」
「悪酔いするからねー」
「あー・・・溜まってるのかも」
「そうよねー」
グチグチ始める所員達、オイッとユーリが振り返るも、まるで相手をする気はないらしい、
「じゃあ、あれですね、領主様の所は四部」
「王都には三部で」
「マリアさんにも一部?」
「あっ、そうよね、それとエレインさんに一部、二部かな、あれば便利でしょ」
「ですね、他には・・・まぁ、何とかなるか・・・」
「学園はもういい訳だしね」
「そうね、ありゃ、少し余ったか・・・」
「じゃ、保管しておきましょう、後で欲しいって言う人がいるかもですし」
「そうしましょう」
トントンと分けた書類を整理するカトカ、サビナはスッと振り返り、
「えっと、どうします?所長、届けます?早い方がいいですよね」
と大変に事務的であった、
「・・・わかったわよ、行ってくるけど・・・っていうか、あんた、今、マリアさんの所とかって言ってなかった?」
「言ったねー・・・」
タロウはさてどう逃げようかとソロソロと階段へ移動し始める、折角逃げ出した虎の穴に再び戻るのは大変に気が引けた、なによりこれ以上首を突っ込むつもりは毛頭無い、今日はもうこれでおしまいと後の事はリンドに任せてしまっている、
「ちょっと、どういう事よ」
「どうって言われてもだけど・・・」
「まったく・・・じゃ、あんた、誰の分なら持って行けるの?」
ユーリがジロリとタロウを睨む、
「誰の分って・・・それはだってあれださ、別にそれぞれの屋敷に届けとけばそれでいいじゃんさ」
「そうだけど、それだけじゃ済まない事もあるものよ」
「そうなのか?」
「まぁ・・・一応ほら、軽く中身を確認頂きたいですし・・・」
サビナがユーリに加勢したようである、
「そこまでするの?」
ウヘーっとタロウが顔を顰める、
「やらないの?」
「だって、そしたらそれを読んでる間、待ってるって事にならない?」
「そういうもんでしょ」
「・・・じゃ、俺はパス」
「パスってなにさ」
「あー・・・逃げる・・・って事?」
首を傾げつつジリジリと階段へ後退るタロウ、
「ちょ、そうはいかないわよ、ほら、マリアさんの所に誰がいるの?」
「あー・・・」
どうしたもんだかとタロウはユーリを見つめる、確かにあの場に届けてしまえば話しは速そうであった、しかし単純に戻りたくないのである、そこで、
「んーっと、マリアさんと、王妃様二人と、ユスティーナ様とレアン様とマルヘリート様とアンネリーン様?」
タロウが渋い顔で指を折る、ヘッ?と不思議そうに首を傾げてしまう女性達、この書類を届ける必要のある殆どの人物名が列挙されたようで、足りない名前を出した方が早いとすら思える、
「なら持って行きなさい」
ムッとユーリが断言する、
「えー・・・やだー・・・」
心の底からの拒絶を口にするタロウ、その顔は大きく歪み今にも泣きそうである、
「やだじゃない」
「やだー・・・めんどいー、絶対めんどい事になるからやだー」
「このー・・・ガキじゃないんだから眠たい事言うな」
「だってー」
「だってじゃない」
「でもー」
「でもじゃない」
のらりくらりと逃げるタロウをバシバシと追い詰めるユーリ、ミナちゃんと同じ事言ってるなーと微笑んでしまう所員である、
「まったく、じゃ、私がそっちに届けるから、あんたはパトリシア様の所にお願い」
埒が開かないとユーリが新たな案を提示するも、
「ゲッ・・・それこそ勘弁だ、お姫様の相手なんかできるか」
タロウが明確にピシャリと拒絶する、
「これだから、あんたはもう、それこそあっちは届けるだけでいいでしょ」
「それでもやだよ、クロノスもマリアさんの所なんだぞ、逃げ場が無い」
「逃げ場って・・・」
思わず苦笑するカトカとゾーイにサビナである、
「何よそれ?」
「逃げ場だよ、逃げれなくなるじゃねぇか、どの顔で相手すればいいんだよ」
「それじゃなくて、なに?クロノスもマリアさんの所なの?」
「そっち?」
「そっちよ」
「あー・・・色々あるんだよ」
「何よそれ」
「色々は色々、だから、今あそこに顔を出すと痛い目見るぞ、というか、痛い目しか見ない、断言する」
「・・・一体どういう事なのよ・・・」
「説明すると長い、故に拒否する」
「めんどくさいと言いなさい」
「めんどくさい」
「ハッキリ言うな」
「お前が言えと言ったんじゃ」
「素直に言う奴があるかー」
徐々に子供の口喧嘩となる二人、それを見つめる三人はおいおいと目を細めるしかない、
「・・・まぁ、わかった・・・じゃ、明日でいいかしら・・・」
ユーリがどうやら根負けしたようで、ムスーっと鼻息を荒くする、
「それで頼むよ、どうせ、ほら、皆さん顔出すと思うよ・・・」
やれやれと溜息交じりとなるタロウ、
「そう?なんか聞いてる?」
「んにゃ、俺は聞いてないけどさ、どうせ暇してんだから、遊びに来るって、だから急がなくてもいいと思う」
「そっ・・・まぁ、それもそうか・・・」
ユーリもこれには同意のようである、
「いいんですか?」
サビナが苦笑しつつも確認すると、
「大丈夫よ、第一、今日はそれどころじゃないんじゃないの?こいつがこんだけ嫌がるって事は、マリアさんの所でよっぽどの事になってるって事だから」
ユーリがジロリとタロウを睨む、タロウはニコーと薄ら笑いで答えた、まったくもってその通りなのである、まぁ、その報告書を楽しみにしているであろう女性達はそれほどよっぽどの状況では無いと思うが、あの場にさらにこれを持って行ったら、自分は確実に捕まり、歓談は夜になっても終わらなくなるであろう、ここは下手に燃料を注がないのが賢いとタロウは考えてしまっている、
「じゃ・・・どうします、パトリシア様の所には持って行って、それこそ知らない振りして王都とかにも届けておきます?」
「それでもいいけどね・・・いや、めんどいわ、明日にしましょう、今日はもう遅いし」
「それもそうですね」
とこれには三人共に納得したらしい、モニケンダムはもう夕刻である、そろそろミナか誰かが夕食だと呼びに来ても不思議ではない時間であった、
「ふふーん、それは良かったよ、そうしよう」
タロウがやれやれと肩を落として階段へ向かう、しかし、
「ちょっと待ちなさい」
ユーリがギロリとその背を睨む、ピタリと足を止めて振り返るタロウ、
「ならほら、他にやる事があるのよね、カトカ、ゾーイ、昨日の件、やってしまいましょう」
アッと呟きギラリと目を輝かせる二人、サビナも元気だなーと微笑む、
「ですね」
「はい、お待ちしておりました、タロウさん」
口元を大きく歪めてタロウを睨む美女二人であった、
「・・・えっと・・・なんだっけ?」
「惚けても駄目です、水の比較実験、あれの結果が出てます」
「その上で、次の実験に移りたいのです」
「あー・・・そう・・・だよねー」
タロウは力なく微笑み、しかし、それはそれであったんだよなーと背筋を伸ばし、
「じゃ、やるか、で、どんなもん?」
パッと踵を返してズカズカと中央テーブルに歩み寄る、
「はい、タロウさんの予想?想定通りの結果なんですよ」
「だろうね、で、物は?」
「持って来ます」
パタパタと動き出すカトカとゾーイ、サビナは急いで報告書を集めてテーブル上を片付けた、
「フンッ、それでいいのよそれで」
ユーリは不愉快そうに鼻を鳴らして、さて着替えるかと自室に向かうのであった。
タロウが寮の三階、研究室に入ると、
「お疲れ様です」
「おつかれー」
ユーリが三角帽子の正装でもって中央作業室の椅子でグデーッと伸びており、サビナとカトカ、ゾーイは大量の書類を前にして黙々と頁を捲っていた、
「ありゃ・・・どしたのその恰好・・・」
まず目に入ったユーリの艶姿にタロウは思わず問いかける、
「あー・・・ほれ、明日の準備よ」
ユーリがよいせとばかりに背筋を正した、
「明日?」
「そっ、お祭り」
「あー・・・そう言ってたね」
「そうなの、まぁ、大した仕事じゃないんだけどさ、一応学園の代表みたいな感じだからね、正装して行ったのよ、今日も、準備だけだけど」
「真面目ですよねー」
カトカが呟き、
「律儀って言うんですよ」
ゾーイも呟く、
「どっちでもいいですよ」
サビナがめんどくさそうに続いた、
「なによそれ・・・」
ムスッとユーリが三人を睨むも、三人は顔を上げもしない、フンと鼻を鳴らすユーリ、そっかーとタロウは興味無さそうに呟いて、
「それは?」
と三人に問いかける、
「タロウさんの講義の報告書です」
ジロリとサビナが目線だけをタロウに向けた、
「ありゃま・・・そんなになった・・・」
「なりました、今日生活科のメイドさん達が複写してくれまして、あっという間に予定数を頂けたのです」
「そっかー・・・それは良かった・・・のかな?」
「多分ですね、生活科の先生達も喜んでましたし、生徒達も勉強になったって言ってましたから」
「じゃ、良かったよ」
「ですね」
「で、君らは何をしてるの?」
「検品です」
「検査です」
カトカとゾーイが同時に答える、タロウはあーそういう事と微笑んだ、
「ですね、どうしても誤字脱字がありますから、でも、このままでもいいかなって思いますけどね」
「だねー、直すところは直してあるし、大丈夫そうだよ、字も綺麗だし、大したもんですよ」
「みたいですねー・・・」
「そっか、じゃ、持って行く?」
ユーリがよいしょと立ち上がる、
「ですね、えっと、北ヘルデルに一部ですか」
サビナが開いていた書を閉じて書類を整理し始め、カトカとゾーイもサビナが良いのであればそれでいいかと書を閉じて腰を上げた、
「一部で足りる?」
「パトリシア様だけでいいと思いますけど、アフラさんにも必要ですかね?」
「あー・・・余ったら?余分はあるんでしょ」
「ありますけど、まぁ、原本があれば複写は難しくないですしね」
「そうよね・・・一応ほら、アフラさんにも世話になってるんだし、多い分には文句も無いでしょ」
「わかりました、北ヘルデルに二部、領主様には三部?」
「ユスティーナ様とレアン様とマルヘリート様・・・」
「あっ、一部追加してくれ」
エッと女性達の目がタロウに向かった、
「昨日からね、アンネリーン様がこっちに来ててね、暫くいるらしいから仲間外れは可哀そうだ」
ニコリと微笑むタロウ、アンネリーン?と首を傾げる女性達、
「・・・誰だっけ・・・」
「聞いた事あるような」
「貴族様っぽい名前ですね」
「そりゃだって、貴族様じゃないの?」
「失敬だな君達はー」
タロウはムーっと薄笑いを浮かべる、
「何よそれ」
「何でもないけどさ、ほら、ヘルデルの公爵夫人様だよ、マルヘリート様の義理のお母さん?」
あーと即座に納得するユーリとカトカとサビナ、ゾーイは今一つピンときていない様子であったが、まぁそういう人もいるんだろうなと即座に飲み込んだ、
「えっ、来てるの?」
「そだよー」
「なんでまた?」
「言ってなかった?」
「聞いてないと思うけど・・・」
「まぁ、色々あってさ、昨日はエレインさんの所で歓待されて、今はマリアさんの所でお茶してる、あっ、エレインさんも言ってなかった?」
「そうね・・・言ってたかもしれないけど、トマトの方が重要だったわ」
ユーリがジロリとタロウを睨む、
「ありゃま・・・エレインさんも口が堅いんだか柔いんだか」
「賢いのよ、言うべきではない事は知らぬ存ぜぬが処世術ってやつよ」
「それもそうだね、エレインさんも大人だな・・・」
「あんたよりもねー」
ニヤーとユーリが微笑むと、
「所長よりも大人ですよねー」
「まったくですよ」
「愚痴らないしね」
「オリビアさんには愚痴ってるかも」
「それならそれでいいですけどね」
「お酒に逃げないのは偉いですよねー」
「悪酔いするからねー」
「あー・・・溜まってるのかも」
「そうよねー」
グチグチ始める所員達、オイッとユーリが振り返るも、まるで相手をする気はないらしい、
「じゃあ、あれですね、領主様の所は四部」
「王都には三部で」
「マリアさんにも一部?」
「あっ、そうよね、それとエレインさんに一部、二部かな、あれば便利でしょ」
「ですね、他には・・・まぁ、何とかなるか・・・」
「学園はもういい訳だしね」
「そうね、ありゃ、少し余ったか・・・」
「じゃ、保管しておきましょう、後で欲しいって言う人がいるかもですし」
「そうしましょう」
トントンと分けた書類を整理するカトカ、サビナはスッと振り返り、
「えっと、どうします?所長、届けます?早い方がいいですよね」
と大変に事務的であった、
「・・・わかったわよ、行ってくるけど・・・っていうか、あんた、今、マリアさんの所とかって言ってなかった?」
「言ったねー・・・」
タロウはさてどう逃げようかとソロソロと階段へ移動し始める、折角逃げ出した虎の穴に再び戻るのは大変に気が引けた、なによりこれ以上首を突っ込むつもりは毛頭無い、今日はもうこれでおしまいと後の事はリンドに任せてしまっている、
「ちょっと、どういう事よ」
「どうって言われてもだけど・・・」
「まったく・・・じゃ、あんた、誰の分なら持って行けるの?」
ユーリがジロリとタロウを睨む、
「誰の分って・・・それはだってあれださ、別にそれぞれの屋敷に届けとけばそれでいいじゃんさ」
「そうだけど、それだけじゃ済まない事もあるものよ」
「そうなのか?」
「まぁ・・・一応ほら、軽く中身を確認頂きたいですし・・・」
サビナがユーリに加勢したようである、
「そこまでするの?」
ウヘーっとタロウが顔を顰める、
「やらないの?」
「だって、そしたらそれを読んでる間、待ってるって事にならない?」
「そういうもんでしょ」
「・・・じゃ、俺はパス」
「パスってなにさ」
「あー・・・逃げる・・・って事?」
首を傾げつつジリジリと階段へ後退るタロウ、
「ちょ、そうはいかないわよ、ほら、マリアさんの所に誰がいるの?」
「あー・・・」
どうしたもんだかとタロウはユーリを見つめる、確かにあの場に届けてしまえば話しは速そうであった、しかし単純に戻りたくないのである、そこで、
「んーっと、マリアさんと、王妃様二人と、ユスティーナ様とレアン様とマルヘリート様とアンネリーン様?」
タロウが渋い顔で指を折る、ヘッ?と不思議そうに首を傾げてしまう女性達、この書類を届ける必要のある殆どの人物名が列挙されたようで、足りない名前を出した方が早いとすら思える、
「なら持って行きなさい」
ムッとユーリが断言する、
「えー・・・やだー・・・」
心の底からの拒絶を口にするタロウ、その顔は大きく歪み今にも泣きそうである、
「やだじゃない」
「やだー・・・めんどいー、絶対めんどい事になるからやだー」
「このー・・・ガキじゃないんだから眠たい事言うな」
「だってー」
「だってじゃない」
「でもー」
「でもじゃない」
のらりくらりと逃げるタロウをバシバシと追い詰めるユーリ、ミナちゃんと同じ事言ってるなーと微笑んでしまう所員である、
「まったく、じゃ、私がそっちに届けるから、あんたはパトリシア様の所にお願い」
埒が開かないとユーリが新たな案を提示するも、
「ゲッ・・・それこそ勘弁だ、お姫様の相手なんかできるか」
タロウが明確にピシャリと拒絶する、
「これだから、あんたはもう、それこそあっちは届けるだけでいいでしょ」
「それでもやだよ、クロノスもマリアさんの所なんだぞ、逃げ場が無い」
「逃げ場って・・・」
思わず苦笑するカトカとゾーイにサビナである、
「何よそれ?」
「逃げ場だよ、逃げれなくなるじゃねぇか、どの顔で相手すればいいんだよ」
「それじゃなくて、なに?クロノスもマリアさんの所なの?」
「そっち?」
「そっちよ」
「あー・・・色々あるんだよ」
「何よそれ」
「色々は色々、だから、今あそこに顔を出すと痛い目見るぞ、というか、痛い目しか見ない、断言する」
「・・・一体どういう事なのよ・・・」
「説明すると長い、故に拒否する」
「めんどくさいと言いなさい」
「めんどくさい」
「ハッキリ言うな」
「お前が言えと言ったんじゃ」
「素直に言う奴があるかー」
徐々に子供の口喧嘩となる二人、それを見つめる三人はおいおいと目を細めるしかない、
「・・・まぁ、わかった・・・じゃ、明日でいいかしら・・・」
ユーリがどうやら根負けしたようで、ムスーっと鼻息を荒くする、
「それで頼むよ、どうせ、ほら、皆さん顔出すと思うよ・・・」
やれやれと溜息交じりとなるタロウ、
「そう?なんか聞いてる?」
「んにゃ、俺は聞いてないけどさ、どうせ暇してんだから、遊びに来るって、だから急がなくてもいいと思う」
「そっ・・・まぁ、それもそうか・・・」
ユーリもこれには同意のようである、
「いいんですか?」
サビナが苦笑しつつも確認すると、
「大丈夫よ、第一、今日はそれどころじゃないんじゃないの?こいつがこんだけ嫌がるって事は、マリアさんの所でよっぽどの事になってるって事だから」
ユーリがジロリとタロウを睨む、タロウはニコーと薄ら笑いで答えた、まったくもってその通りなのである、まぁ、その報告書を楽しみにしているであろう女性達はそれほどよっぽどの状況では無いと思うが、あの場にさらにこれを持って行ったら、自分は確実に捕まり、歓談は夜になっても終わらなくなるであろう、ここは下手に燃料を注がないのが賢いとタロウは考えてしまっている、
「じゃ・・・どうします、パトリシア様の所には持って行って、それこそ知らない振りして王都とかにも届けておきます?」
「それでもいいけどね・・・いや、めんどいわ、明日にしましょう、今日はもう遅いし」
「それもそうですね」
とこれには三人共に納得したらしい、モニケンダムはもう夕刻である、そろそろミナか誰かが夕食だと呼びに来ても不思議ではない時間であった、
「ふふーん、それは良かったよ、そうしよう」
タロウがやれやれと肩を落として階段へ向かう、しかし、
「ちょっと待ちなさい」
ユーリがギロリとその背を睨む、ピタリと足を止めて振り返るタロウ、
「ならほら、他にやる事があるのよね、カトカ、ゾーイ、昨日の件、やってしまいましょう」
アッと呟きギラリと目を輝かせる二人、サビナも元気だなーと微笑む、
「ですね」
「はい、お待ちしておりました、タロウさん」
口元を大きく歪めてタロウを睨む美女二人であった、
「・・・えっと・・・なんだっけ?」
「惚けても駄目です、水の比較実験、あれの結果が出てます」
「その上で、次の実験に移りたいのです」
「あー・・・そう・・・だよねー」
タロウは力なく微笑み、しかし、それはそれであったんだよなーと背筋を伸ばし、
「じゃ、やるか、で、どんなもん?」
パッと踵を返してズカズカと中央テーブルに歩み寄る、
「はい、タロウさんの予想?想定通りの結果なんですよ」
「だろうね、で、物は?」
「持って来ます」
パタパタと動き出すカトカとゾーイ、サビナは急いで報告書を集めてテーブル上を片付けた、
「フンッ、それでいいのよそれで」
ユーリは不愉快そうに鼻を鳴らして、さて着替えるかと自室に向かうのであった。
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【主な登場人物】
ソフィア・フォン・クライネルト 本作の主人公。元・侯爵令嬢。魂は日本の薬学研究者。 合理的かつ冷徹な思考で、スローライフ(研究)を妨げる障害を「薬学」で排除する。未知の薬草の解析が至上の喜び。
ギルバート・ヴァイス 王宮魔術師団・研究室所属の魔術師。 ソフィアの「科学(薬学)」に魅了され、助手(兼・共同研究者)としてアトリエに入り浸る知的な理解者。
アルベルト王太子 ソフィアの元婚約者。愚かな「正義」でソフィアを追放した張本人。王都の危機に際し、薬を強奪しに来るが……。
リリア 無力な「聖女」。アルベルトに庇護されるが、本物の災厄の前では無力な「駒」。
ロイド・バルトロメウス 『天秤と剣(スケイル&ソード)商会』の会頭。ソフィアに命を救われ、彼女の「薬学」の価値を見抜くビジネスパートナー。
【読みどころ】
「悪役令嬢追放」から始まる、痛快な「ざまぁ」展開! そして、知識チートを駆使した本格的な「薬学(ものづくり)」と、理想の「アトリエ」開拓。 科学と魔法が融合し、パンデミックというシリアスな災厄に立ち向かう、読み応え抜群の薬学ファンタジーをお楽しみください。
オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~
鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。
そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。
そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。
「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」
オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く!
ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。
いざ……はじまり、はじまり……。
※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。
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