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13話
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フォルトリエ村は、静かすぎるほど静かな場所だった。
春の陽に包まれた草原の中に、質素な石造りの家々がぽつぽつと並ぶ。
だが、人の姿はほとんど見えない。畑にも、市場にも、子どもたちの声もなかった。
「……まるで“人が住んでいない村”のようですわね」
マリーヌが馬車の窓から身を乗り出し、眉をひそめる。
「実際、半分はそうなのかもしれないわ。神殿が“聖地”として管理してから、自由に出入りできる住民は限られている。
ここはもう、信仰の“展示品”なの」
ヴィオラは馬車を降りると、村の中心に向かって歩き出した。そこには大きな教会があり、白い旗に“聖女の紋章”が揺れていた。
入り口に立つ神官が、彼女たちを見とがめる。
「こちらは関係者以外の立ち入りを制限しています。ご用件は?」
「私はエーデルワイス侯爵家のヴィオラと申します。かつての聖女の出身地について、記録調査の許可をいただいております」
ヴィオラは柔らかな声で答え、神官に文書を差し出す。神殿内部から入手した“形だけの許可証”だ。
神官は眉をひそめつつも、表向きの手続きを踏んでしまった以上、拒むことはできない。
「……必要な場所だけに限らせていただきます。付き添いをつけさせていただきますので、勝手な行動はお控えください」
「もちろんですわ」
微笑むヴィオラの後ろで、マリーヌが小声で囁く。
「“見られたくない場所”は、必ず案内から外す。……つまり、その“外された場所”こそ、我々が探すべきものですね」
「ええ。案内された場は、“何もない”という証拠。重要なのは、むしろ“見せない”場所」
二人は村の記録庫へと案内される。
だが、そこに保管されていた文書のほとんどが“聖女誕生以降”のものだった。
「聖女になる前のリュシエンヌの記録が、まったく見当たりませんわ。学籍、家族構成、洗礼名簿すらもない」
「徹底的に“過去”を削ったのね。……まるで最初から、この村に彼女など存在しなかったかのように」
ヴィオラは指で書棚の埃を払いながら、ふと奥の棚に目をやる。
「……あれは?」
棚の隅に押し込まれるように、古びた木箱がひとつ。
中には、村の“巡礼者名簿”がぎっしりと詰められていた。聖女が現れる前、村に出入りしていた者の記録だった。
「……この名前。確か、神殿の内部報告書に出てきた人物」
「リュシエンヌを“聖女として推薦した神官”と同じ名ですわ」
マリーヌが目を細める。
「つまり彼女は、“見出された”のではなく、“仕立てられた”。最初から、聖女になるよう“準備されていた”ということ」
「そして村は、その舞台装置になった」
ヴィオラが木箱を閉じた瞬間、背後で足音が止まった。
「それ以上は、お引き取り願えますか」
鋭い声とともに、神官が二人を睨みつけていた。背後には武装した神殿兵が二人、抜かりなく控えている。
「こちらは許可の範囲内での調査を……」
「お引き取りください。これ以上の調査は“神威への冒涜”と見なします」
目の前で、扉が重く閉ざされる。
*
「思った以上に“急所”を突いたようね」
馬車へ戻る途中、ヴィオラは肩をすくめるように言った。
「……それだけ、“最初の嘘”を隠したかったということですわね」
マリーヌの手には、わずかに破れかけた一枚の紙が握られていた。神官の目を盗んで手にした、古い村の戸籍写し。
そこには――
《リュシエンヌ=フォルトリエ:養子》
と、微かにかすれた文字で記されていた。
「……やはり、彼女の過去には“空白”がある」
「ええ。そして空白には、必ず“書き換えられた痕跡”があるのよ」
馬車が村を離れる。
その背後で、教会の塔に掲げられた“聖女の旗”が、風に煽られ大きく揺れていた。
ヴィオラの目に、あれが白ではなく――灰に見えた。
春の陽に包まれた草原の中に、質素な石造りの家々がぽつぽつと並ぶ。
だが、人の姿はほとんど見えない。畑にも、市場にも、子どもたちの声もなかった。
「……まるで“人が住んでいない村”のようですわね」
マリーヌが馬車の窓から身を乗り出し、眉をひそめる。
「実際、半分はそうなのかもしれないわ。神殿が“聖地”として管理してから、自由に出入りできる住民は限られている。
ここはもう、信仰の“展示品”なの」
ヴィオラは馬車を降りると、村の中心に向かって歩き出した。そこには大きな教会があり、白い旗に“聖女の紋章”が揺れていた。
入り口に立つ神官が、彼女たちを見とがめる。
「こちらは関係者以外の立ち入りを制限しています。ご用件は?」
「私はエーデルワイス侯爵家のヴィオラと申します。かつての聖女の出身地について、記録調査の許可をいただいております」
ヴィオラは柔らかな声で答え、神官に文書を差し出す。神殿内部から入手した“形だけの許可証”だ。
神官は眉をひそめつつも、表向きの手続きを踏んでしまった以上、拒むことはできない。
「……必要な場所だけに限らせていただきます。付き添いをつけさせていただきますので、勝手な行動はお控えください」
「もちろんですわ」
微笑むヴィオラの後ろで、マリーヌが小声で囁く。
「“見られたくない場所”は、必ず案内から外す。……つまり、その“外された場所”こそ、我々が探すべきものですね」
「ええ。案内された場は、“何もない”という証拠。重要なのは、むしろ“見せない”場所」
二人は村の記録庫へと案内される。
だが、そこに保管されていた文書のほとんどが“聖女誕生以降”のものだった。
「聖女になる前のリュシエンヌの記録が、まったく見当たりませんわ。学籍、家族構成、洗礼名簿すらもない」
「徹底的に“過去”を削ったのね。……まるで最初から、この村に彼女など存在しなかったかのように」
ヴィオラは指で書棚の埃を払いながら、ふと奥の棚に目をやる。
「……あれは?」
棚の隅に押し込まれるように、古びた木箱がひとつ。
中には、村の“巡礼者名簿”がぎっしりと詰められていた。聖女が現れる前、村に出入りしていた者の記録だった。
「……この名前。確か、神殿の内部報告書に出てきた人物」
「リュシエンヌを“聖女として推薦した神官”と同じ名ですわ」
マリーヌが目を細める。
「つまり彼女は、“見出された”のではなく、“仕立てられた”。最初から、聖女になるよう“準備されていた”ということ」
「そして村は、その舞台装置になった」
ヴィオラが木箱を閉じた瞬間、背後で足音が止まった。
「それ以上は、お引き取り願えますか」
鋭い声とともに、神官が二人を睨みつけていた。背後には武装した神殿兵が二人、抜かりなく控えている。
「こちらは許可の範囲内での調査を……」
「お引き取りください。これ以上の調査は“神威への冒涜”と見なします」
目の前で、扉が重く閉ざされる。
*
「思った以上に“急所”を突いたようね」
馬車へ戻る途中、ヴィオラは肩をすくめるように言った。
「……それだけ、“最初の嘘”を隠したかったということですわね」
マリーヌの手には、わずかに破れかけた一枚の紙が握られていた。神官の目を盗んで手にした、古い村の戸籍写し。
そこには――
《リュシエンヌ=フォルトリエ:養子》
と、微かにかすれた文字で記されていた。
「……やはり、彼女の過去には“空白”がある」
「ええ。そして空白には、必ず“書き換えられた痕跡”があるのよ」
馬車が村を離れる。
その背後で、教会の塔に掲げられた“聖女の旗”が、風に煽られ大きく揺れていた。
ヴィオラの目に、あれが白ではなく――灰に見えた。
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