14 / 27
14話
しおりを挟む
フォルトリエ村から戻った数日後、王都には雨が降り続いていた。
冷たい雨粒が石畳を打ち、街の喧騒を静めている。
だが、エーデルワイス邸の中は、むしろ静けさの中に熱を孕んでいた。
「……これで、“彼女が神に選ばれた存在ではない”という確信が持てましたわね」
マリーヌが小さな茶器を整えながら言う。
「ええ。彼女が“神の声を聞いた”のではなく、最初から“聞かせるために用意された存在”だった」
ヴィオラはフォルトリエ村で得た紙片を机に広げた。
《リュシエンヌ=フォルトリエ:養子》
《記録前に保護者死亡、出生地不明》
《巡礼神官の報告により聖女候補に選出》
「最も都合の良い“空白”を与えられ、そこに神の名を押し付けられた。……それが彼女の始まりよ」
「ですが、お嬢さま。これは“神殿の偽装”の証拠であって、“リュシエンヌ本人の悪意”を示すものではありませんわ」
マリーヌの言葉に、ヴィオラはふと黙った。
しばらくして、冷えた紅茶に口をつける。
「彼女が何を知っていたか、それが重要。無垢なまま操られたのなら、哀れな道化。
……でも、もしそれを“利用した”のなら――ただの悪役より、ずっと危険な女よ」
視線が、机の端に置かれた一通の封書に向けられる。送り主は、王妃カミーユ。
《近日、王太子主催の祈祷式が開催予定。
聖女による新たな“奇跡”の公開が噂されています》
「王妃さまが、動きましたね」
「ええ。“見届ける側”としての立場を崩さないまま、情報だけは確実に渡してくる。……あの方らしいわ」
ヴィオラは立ち上がり、窓の外を見た。雨の中、王城の尖塔がぼんやりと霞んでいる。
「“新たな奇跡”……それが“決定打”になる。
ならば、私たちはその奇跡が“真実か偽りか”を見極めて、暴く準備をしなければならない」
「どのように?」
「――神に、舞台を用意してもらうのよ。完璧な光に、完璧な影を落とす。
誰もが信じたくなる瞬間を、あえて壊す」
ヴィオラの声は、低く静かだった。
その数日後――
王都中に“王太子主催の祈祷式”の知らせが広まった。
聖女リュシエンヌが再び“神の声”を受け、“祝福の光”を民に授けるという儀式。
場所は、王城中央聖堂。王族と貴族、そして選ばれた民が集う、最大の舞台。
「奇跡の再現……ね。ならばその光の中に、“もうひとつの問い”を差し込んであげるわ」
雨の止んだ夜、ヴィオラは静かに筆を取る。
ギルベール宛の一通。
セオドア宛の一通。
王妃宛、そして――王太子ユリウス宛にも。
内容はどれも違いながら、ひとつの目的に収束していた。
《その“奇跡”を、誰が望んだのかを見極めよ。
それが“神”の意志か、“人”の欲か――。》
ペン先から落ちたインクが、まるで一滴の血のように紙を汚す。
王都最大の“祝福の儀式”が、静かに迫っていた。
冷たい雨粒が石畳を打ち、街の喧騒を静めている。
だが、エーデルワイス邸の中は、むしろ静けさの中に熱を孕んでいた。
「……これで、“彼女が神に選ばれた存在ではない”という確信が持てましたわね」
マリーヌが小さな茶器を整えながら言う。
「ええ。彼女が“神の声を聞いた”のではなく、最初から“聞かせるために用意された存在”だった」
ヴィオラはフォルトリエ村で得た紙片を机に広げた。
《リュシエンヌ=フォルトリエ:養子》
《記録前に保護者死亡、出生地不明》
《巡礼神官の報告により聖女候補に選出》
「最も都合の良い“空白”を与えられ、そこに神の名を押し付けられた。……それが彼女の始まりよ」
「ですが、お嬢さま。これは“神殿の偽装”の証拠であって、“リュシエンヌ本人の悪意”を示すものではありませんわ」
マリーヌの言葉に、ヴィオラはふと黙った。
しばらくして、冷えた紅茶に口をつける。
「彼女が何を知っていたか、それが重要。無垢なまま操られたのなら、哀れな道化。
……でも、もしそれを“利用した”のなら――ただの悪役より、ずっと危険な女よ」
視線が、机の端に置かれた一通の封書に向けられる。送り主は、王妃カミーユ。
《近日、王太子主催の祈祷式が開催予定。
聖女による新たな“奇跡”の公開が噂されています》
「王妃さまが、動きましたね」
「ええ。“見届ける側”としての立場を崩さないまま、情報だけは確実に渡してくる。……あの方らしいわ」
ヴィオラは立ち上がり、窓の外を見た。雨の中、王城の尖塔がぼんやりと霞んでいる。
「“新たな奇跡”……それが“決定打”になる。
ならば、私たちはその奇跡が“真実か偽りか”を見極めて、暴く準備をしなければならない」
「どのように?」
「――神に、舞台を用意してもらうのよ。完璧な光に、完璧な影を落とす。
誰もが信じたくなる瞬間を、あえて壊す」
ヴィオラの声は、低く静かだった。
その数日後――
王都中に“王太子主催の祈祷式”の知らせが広まった。
聖女リュシエンヌが再び“神の声”を受け、“祝福の光”を民に授けるという儀式。
場所は、王城中央聖堂。王族と貴族、そして選ばれた民が集う、最大の舞台。
「奇跡の再現……ね。ならばその光の中に、“もうひとつの問い”を差し込んであげるわ」
雨の止んだ夜、ヴィオラは静かに筆を取る。
ギルベール宛の一通。
セオドア宛の一通。
王妃宛、そして――王太子ユリウス宛にも。
内容はどれも違いながら、ひとつの目的に収束していた。
《その“奇跡”を、誰が望んだのかを見極めよ。
それが“神”の意志か、“人”の欲か――。》
ペン先から落ちたインクが、まるで一滴の血のように紙を汚す。
王都最大の“祝福の儀式”が、静かに迫っていた。
209
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約破棄され毒杯処分された悪役令嬢は影から王子の愛と後悔を見届ける
堀 和三盆
恋愛
「クアリフィカ・アートルム公爵令嬢! 貴様との婚約は破棄する」
王太子との結婚を半年後に控え、卒業パーティーで婚約を破棄されてしまったクアリフィカ。目の前でクアリフィカの婚約者に寄り添い、歪んだ嗤いを浮かべているのは異母妹のルシクラージュだ。
クアリフィカは既に王妃教育を終えているため、このタイミングでの婚約破棄は未来を奪われるも同然。こうなるとクアリフィカにとれる選択肢は多くない。
せめてこれまで努力してきた王妃教育の成果を見てもらいたくて。
キレイな姿を婚約者の記憶にとどめてほしくて。
クアリフィカは荒れ狂う感情をしっかりと覆い隠し、この場で最後の公務に臨む。
卒業パーティー会場に響き渡る悲鳴。
目にした惨状にバタバタと倒れるパーティー参加者達。
淑女の鑑とまで言われたクアリフィカの最期の姿は、良くも悪くも多くの者の記憶に刻まれることになる。
そうして――王太子とルシクラージュの、後悔と懺悔の日々が始まった。
「身分が違う」って言ったのはそっちでしょ?今さら泣いても遅いです
ほーみ
恋愛
「お前のような平民と、未来を共にできるわけがない」
その言葉を最後に、彼は私を冷たく突き放した。
──王都の学園で、私は彼と出会った。
彼の名はレオン・ハイゼル。王国の名門貴族家の嫡男であり、次期宰相候補とまで呼ばれる才子。
貧しい出自ながら奨学生として入学した私・リリアは、最初こそ彼に軽んじられていた。けれど成績で彼を追い抜き、共に課題をこなすうちに、いつしか惹かれ合うようになったのだ。
【完結】「別れようって言っただけなのに。」そう言われましてももう遅いですよ。
まりぃべる
恋愛
「俺たちもう終わりだ。別れよう。」
そう言われたので、その通りにしたまでですが何か?
自分の言葉には、責任を持たなければいけませんわよ。
☆★
感想を下さった方ありがとうございますm(__)m
とても、嬉しいです。
婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~
tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!!
壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは???
一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
彼女の離縁とその波紋
豆狸
恋愛
夫にとって魅力的なのは、今も昔も恋人のあの女性なのでしょう。こうして私が悩んでいる間もふたりは楽しく笑い合っているのかと思うと、胸にぽっかりと穴が開いたような気持ちになりました。
※子どもに関するセンシティブな内容があります。
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
小石だと思っていた妻が、実は宝石だった。〜ある伯爵夫の自滅
みこと。
恋愛
アーノルド・ロッキムは裕福な伯爵家の当主だ。我が世の春を楽しみ、憂いなく遊び暮らしていたところ、引退中の親から子爵家の娘を嫁にと勧められる。
美人だと伝え聞く子爵の娘を娶ってみれば、田舎臭い冴えない女。
アーノルドは妻を離れに押し込み、顧みることなく、大切な約束も無視してしまった。
この縁談に秘められた、真の意味にも気づかずに──。
※全7話で完結。「小説家になろう」様でも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる