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15話
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祈祷式当日、王都は異様な熱気に包まれていた。
中央聖堂の周囲には、朝から群衆が集まり、王家の旗と“聖女の紋章”があちこちにはためいている。
鐘楼の音が高らかに響き渡り、人々はまるで祝祭を迎えるようにざわめいていた。
「……見事なまでの舞台演出ですね。まるで民衆全体が、信仰という名の幻想劇に出演しているようですわ」
マリーヌが小声で囁く。
「“神を信じたい人々”が望んだ、完成された物語。そこに疑念を差し込むには、相応の手段が要るわ」
ヴィオラは控え室の窓から群衆を見下ろしていた。
その瞳は、浮き立つような空気とは対照的に、冷静で研ぎ澄まされている。
中央の祭壇には、リュシエンヌの姿があった。
白銀の装束に身を包み、手には“聖なる杖”――神の加護の象徴とされる儀礼具を携えていた。
「今日この日、神は再び、私たちに奇跡を示されます」
澄んだ声が堂内に響くと、参列者たちは一斉に頭を垂れる。
だがその中に、ただひとり、顔を上げたままの令嬢がいた。
ヴィオラ=エーデルワイス。
正装のドレスに身を包み、真っ直ぐに祭壇を見つめている。
視線が、リュシエンヌと交錯する。
一瞬、リュシエンヌの笑顔が揺らいだ。
(来たのね……でも、遅いわ。ここで私は“奇跡”を起こす。あなたの疑念など、光の前ではかき消される)
「祈りを――」
リュシエンヌが天に手を掲げた瞬間、聖堂の天窓から一筋の光が差し込んだ。
それは、まるで舞台に降りるスポットライトのように完璧で――予定通りの奇跡。
参列者たちが息を呑む中、ひとりの病める子どもが、リュシエンヌの足元に連れられてくる。
「この子に、神の癒しを――」
儀式の頂点。
だがその瞬間、聖堂の扉が軋んだ音を立てて開いた。
「失礼。王都医師団より、急報をお届けにあがりました」
低く通る声。現れたのは、王家直属の医務官だった。
「この子どもは、すでに三日前に完治しています。医学的処置により回復したことが記録に残っております。
よって本日の“奇跡”は、医学的には成立し得ない――と」
堂内に、静寂が落ちた。
「……な、何を言って……これは……神の――」
リュシエンヌの声が震える。だがヴィオラは静かに立ち上がり、群衆に向き直る。
「皆さま。私は“奇跡”を否定したいのではありません。
ただ、ひとつだけ問いたいのです――
“この奇跡を必要としたのは、本当に神だったのか”
それとも、“誰かの欲だったのか”」
ざわめきが走る。参列者たちの間に、初めて“迷い”の色が滲んだ。
ユリウス王太子が立ち上がる。
「ヴィオラ……これは一体……!」
「殿下、信じたい気持ちは分かります。私もかつて、信じていました。
ですが、“信じたいから信じる”ことと、“疑ってもなお信じるに足る”ことは、違います」
ユリウスは、リュシエンヌへと視線を向ける。
「リュシエンヌ……君は……本当に、“神の声”を……?」
リュシエンヌの手が、杖を握る。だが、その手はわずかに震えていた。
完璧だった舞台に、ついに一つ、影が差し込んだ。
それはまだ崩壊ではない。
ただし――“疑い”という名の灯火は、すでに消せないほど広がり始めていた。
中央聖堂の周囲には、朝から群衆が集まり、王家の旗と“聖女の紋章”があちこちにはためいている。
鐘楼の音が高らかに響き渡り、人々はまるで祝祭を迎えるようにざわめいていた。
「……見事なまでの舞台演出ですね。まるで民衆全体が、信仰という名の幻想劇に出演しているようですわ」
マリーヌが小声で囁く。
「“神を信じたい人々”が望んだ、完成された物語。そこに疑念を差し込むには、相応の手段が要るわ」
ヴィオラは控え室の窓から群衆を見下ろしていた。
その瞳は、浮き立つような空気とは対照的に、冷静で研ぎ澄まされている。
中央の祭壇には、リュシエンヌの姿があった。
白銀の装束に身を包み、手には“聖なる杖”――神の加護の象徴とされる儀礼具を携えていた。
「今日この日、神は再び、私たちに奇跡を示されます」
澄んだ声が堂内に響くと、参列者たちは一斉に頭を垂れる。
だがその中に、ただひとり、顔を上げたままの令嬢がいた。
ヴィオラ=エーデルワイス。
正装のドレスに身を包み、真っ直ぐに祭壇を見つめている。
視線が、リュシエンヌと交錯する。
一瞬、リュシエンヌの笑顔が揺らいだ。
(来たのね……でも、遅いわ。ここで私は“奇跡”を起こす。あなたの疑念など、光の前ではかき消される)
「祈りを――」
リュシエンヌが天に手を掲げた瞬間、聖堂の天窓から一筋の光が差し込んだ。
それは、まるで舞台に降りるスポットライトのように完璧で――予定通りの奇跡。
参列者たちが息を呑む中、ひとりの病める子どもが、リュシエンヌの足元に連れられてくる。
「この子に、神の癒しを――」
儀式の頂点。
だがその瞬間、聖堂の扉が軋んだ音を立てて開いた。
「失礼。王都医師団より、急報をお届けにあがりました」
低く通る声。現れたのは、王家直属の医務官だった。
「この子どもは、すでに三日前に完治しています。医学的処置により回復したことが記録に残っております。
よって本日の“奇跡”は、医学的には成立し得ない――と」
堂内に、静寂が落ちた。
「……な、何を言って……これは……神の――」
リュシエンヌの声が震える。だがヴィオラは静かに立ち上がり、群衆に向き直る。
「皆さま。私は“奇跡”を否定したいのではありません。
ただ、ひとつだけ問いたいのです――
“この奇跡を必要としたのは、本当に神だったのか”
それとも、“誰かの欲だったのか”」
ざわめきが走る。参列者たちの間に、初めて“迷い”の色が滲んだ。
ユリウス王太子が立ち上がる。
「ヴィオラ……これは一体……!」
「殿下、信じたい気持ちは分かります。私もかつて、信じていました。
ですが、“信じたいから信じる”ことと、“疑ってもなお信じるに足る”ことは、違います」
ユリウスは、リュシエンヌへと視線を向ける。
「リュシエンヌ……君は……本当に、“神の声”を……?」
リュシエンヌの手が、杖を握る。だが、その手はわずかに震えていた。
完璧だった舞台に、ついに一つ、影が差し込んだ。
それはまだ崩壊ではない。
ただし――“疑い”という名の灯火は、すでに消せないほど広がり始めていた。
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