24 / 27
24話
しおりを挟む
季節は、ひと巡りして再び春を迎えていた。
王都の広場では新設された民政庁の開庁式が行われ、貴族と庶民の代表が共に列席する、かつてない光景が広がっていた。
式典の壇上、王家の名を背負いながらも、その表情に驕りはない青年――
第二王子レオン=ヴァロワが、晴れやかに挨拶を述べる。
「今日この日より、民の声は記録され、記録は未来を動かす力となる。
この王国が“信じさせる政治”から“選ばせる政治”へと変わる礎に、ここを据えよう」
割れるような拍手。歓声。
その様子を遠巻きに見守る女性の姿があった。
黒に紅を差した控えめなドレス、まとめられた髪に揺れる小さなブローチ。
――ヴィオラ=エーデルワイス。
「……あの方、本当に変わられましたわね。以前のレオン殿下なら、壇上で笑いながら居眠りしそうでしたのに」
「“責任を背負う人間の顔”になったわ。……それが、少し誇らしいの」
ヴィオラの視線は優しく、どこか遠くを見ていた。
「お嬢さまは、お出にならないのですか? 式典の主設計者として、名前すら挙がっていませんわ」
「私の名なんて要らない。“この場”ができたことがすべてよ。
民が初めて“自分の言葉で未来を語る”場所が生まれた。それで、いいの」
マリーヌはその言葉に、何も返さず頷いた。
*
式典が終わる頃、小さな足音がヴィオラの前に立ち止まった。
「ねえ、お姉さん……あなた、ヴィオラさまだよね?」
声の主は、まだ十にも満たない少女。手には古い新聞の切り抜きを握っている。
「お母さんが言ってた。“この国を変えた人”が、どこかにいるんだって。
でもその人は、誰かの後ろに立って、名前を出さなかったって」
ヴィオラは少し驚いたように目を見開いた。
「私ね、大きくなったら、その人みたいになりたいの。名前が残らなくても、人を守れる人に」
少女の言葉に、ヴィオラは微かに笑った。
「……あなたなら、なれるわ。“信じること”と“選ぶこと”を、両方知っているから」
「ほんと?」
「ええ。約束してあげる」
少女は嬉しそうに頷き、広場へと駆けていった。
その後ろ姿を見送りながら、ヴィオラはそっと目を伏せる。
風が春の匂いを運んでくる。草木は芽吹き、人々は新しい一日を始める。
誰もが気づかぬところで、ひとつの物語が、確かに終わった。
――そして、それぞれが“自分の物語”を生き始めていた。
ヴィオラ=エーデルワイスもまた、そのひとりとして。
静かに。けれど確かに。
王都の広場では新設された民政庁の開庁式が行われ、貴族と庶民の代表が共に列席する、かつてない光景が広がっていた。
式典の壇上、王家の名を背負いながらも、その表情に驕りはない青年――
第二王子レオン=ヴァロワが、晴れやかに挨拶を述べる。
「今日この日より、民の声は記録され、記録は未来を動かす力となる。
この王国が“信じさせる政治”から“選ばせる政治”へと変わる礎に、ここを据えよう」
割れるような拍手。歓声。
その様子を遠巻きに見守る女性の姿があった。
黒に紅を差した控えめなドレス、まとめられた髪に揺れる小さなブローチ。
――ヴィオラ=エーデルワイス。
「……あの方、本当に変わられましたわね。以前のレオン殿下なら、壇上で笑いながら居眠りしそうでしたのに」
「“責任を背負う人間の顔”になったわ。……それが、少し誇らしいの」
ヴィオラの視線は優しく、どこか遠くを見ていた。
「お嬢さまは、お出にならないのですか? 式典の主設計者として、名前すら挙がっていませんわ」
「私の名なんて要らない。“この場”ができたことがすべてよ。
民が初めて“自分の言葉で未来を語る”場所が生まれた。それで、いいの」
マリーヌはその言葉に、何も返さず頷いた。
*
式典が終わる頃、小さな足音がヴィオラの前に立ち止まった。
「ねえ、お姉さん……あなた、ヴィオラさまだよね?」
声の主は、まだ十にも満たない少女。手には古い新聞の切り抜きを握っている。
「お母さんが言ってた。“この国を変えた人”が、どこかにいるんだって。
でもその人は、誰かの後ろに立って、名前を出さなかったって」
ヴィオラは少し驚いたように目を見開いた。
「私ね、大きくなったら、その人みたいになりたいの。名前が残らなくても、人を守れる人に」
少女の言葉に、ヴィオラは微かに笑った。
「……あなたなら、なれるわ。“信じること”と“選ぶこと”を、両方知っているから」
「ほんと?」
「ええ。約束してあげる」
少女は嬉しそうに頷き、広場へと駆けていった。
その後ろ姿を見送りながら、ヴィオラはそっと目を伏せる。
風が春の匂いを運んでくる。草木は芽吹き、人々は新しい一日を始める。
誰もが気づかぬところで、ひとつの物語が、確かに終わった。
――そして、それぞれが“自分の物語”を生き始めていた。
ヴィオラ=エーデルワイスもまた、そのひとりとして。
静かに。けれど確かに。
209
あなたにおすすめの小説
断罪の準備は完璧です!国外追放が楽しみすぎてボロが出る
黒猫かの
恋愛
「ミモリ・フォン・ラングレイ! 貴様との婚約を破棄し、国外追放に処す!」
パルマ王国の卒業パーティー。第一王子アリオスから突きつけられた非情な断罪に、公爵令嬢ミモリは……内心でガッツポーズを決めていた。
(ついにきたわ! これで堅苦しい王妃教育も、無能な婚約者の世話も、全部おさらばですわ!)
婚約破棄されて追放された私、今は隣国で充実な生活送っていますわよ? それがなにか?
鶯埜 餡
恋愛
バドス王国の侯爵令嬢アメリアは無実の罪で王太子との婚約破棄、そして国外追放された。
今ですか?
めちゃくちゃ充実してますけど、なにか?
婚約者様への逆襲です。
有栖川灯里
恋愛
王太子との婚約を、一方的な断罪と共に破棄された令嬢・アンネリーゼ=フォン=アイゼナッハ。
理由は“聖女を妬んだ悪役”という、ありふれた台本。
だが彼女は涙ひとつ見せずに微笑み、ただ静かに言い残した。
――「さようなら、婚約者様。二度と戻りませんわ」
すべてを捨て、王宮を去った“悪役令嬢”が辿り着いたのは、沈黙と再生の修道院。
そこで出会ったのは、聖女の奇跡に疑問を抱く神官、情報を操る傭兵、そしてかつて見逃された“真実”。
これは、少女が嘘を暴き、誇りを取り戻し、自らの手で未来を選び取る物語。
断罪は終わりではなく、始まりだった。
“信仰”に支配された王国を、静かに揺るがす――悪役令嬢の逆襲。
王子、おひとり様で残りの人生をお楽しみください!
ちゃっぴー
恋愛
「ラーニャ、貴様との婚約を破棄する!」
卒業パーティーの真っ最中、ナルシストな第一王子ウィルフレッドに身に覚えのない罪で断罪された公爵令嬢ラーニャ。しかし、彼女はショックを受けるどころか、優雅に微笑んで拍手を送った。
なぜなら、ラーニャはとっくに王子の無能さに愛想を尽かし、この日のために完璧な「撤退準備」を進めていたからだ。
『仕方がない』が口癖の婚約者
本見りん
恋愛
───『だって仕方がないだろう。僕は真実の愛を知ってしまったのだから』
突然両親を亡くしたユリアナを、そう言って8年間婚約者だったルードヴィヒは無慈悲に切り捨てた。
「婚約破棄だ」と笑った元婚約者、今さら跪いても遅いですわ
ゆっこ
恋愛
その日、私は王宮の大広間で、堂々たる声で婚約破棄を宣言された。
「リディア=フォルステイル。お前との婚約は――今日をもって破棄する!」
声の主は、よりにもよって私の婚約者であるはずの王太子・エルネスト。
いつもは威厳ある声音の彼が、今日に限って妙に勝ち誇った笑みを浮かべている。
けれど――。
(……ふふ。そう来ましたのね)
私は笑みすら浮かべず、王太子をただ静かに見つめ返した。
大広間の視線が一斉に私へと向けられる。
王族、貴族、外交客……さまざまな人々が、まるで処刑でも始まるかのように期待の眼差しを向けている。
お前との婚約は、ここで破棄する!
ねむたん
恋愛
「公爵令嬢レティシア・フォン・エーデルシュタイン! お前との婚約は、ここで破棄する!」
華やかな舞踏会の中心で、第三王子アレクシス・ローゼンベルクがそう高らかに宣言した。
一瞬の静寂の後、会場がどよめく。
私は心の中でため息をついた。
〘完結〛婚約破棄?まあ!御冗談がお上手なんですね!
桜井ことり
恋愛
「何度言ったら分かるのだ!アテルイ・アークライト!貴様との婚約は、正式に、完全に、破棄されたのだ!」
「……今、婚約破棄と、確かにおっしゃいましたな?王太子殿下」
その声には、念を押すような強い響きがあった。
「そうだ!婚約破棄だ!何か文句でもあるのか、バルフォア侯爵!」
アルフォンスは、自分に反抗的な貴族の筆頭からの問いかけに、苛立ちを隠さずに答える。
しかし、侯爵が返した言葉は、アルフォンスの予想を遥かに超えるものだった。
「いいえ、文句などございません。むしろ、感謝したいくらいでございます。――では、アテルイ嬢と、この私が婚約しても良い、とのことですかな?」
「なっ……!?」
アルフォンスが言葉を失う。
それだけではなかった。バルフォア侯爵の言葉を皮切りに、堰を切ったように他の貴族たちが次々と声を上げたのだ。
「お待ちください、侯爵!アテルイ様ほどの淑女を、貴方のような年寄りに任せてはおけませんな!」
「その通り!アテルイ様の隣に立つべきは、我が騎士団の誉れ、このグレイフォード伯爵である!」
「財力で言えば、我がオズワルド子爵家が一番です!アテルイ様、どうか私に清き一票を!」
あっという間に、会場はアテルイへの公開プロポーズの場へと変貌していた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる