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23話
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王都の街角で、小さな朗読会が開かれていた。
広場の片隅、石造りの教会跡に子どもたちが集い、一人の若い女性が本を手に語りかける。
「これは、昔々のお話です。
“奇跡”と呼ばれるものが、人々の心を照らしていた時代。
でも、本当の奇跡は――信じることそのものではなく、“選べる自由”だったのです」
穏やかな声に、子どもたちは目を輝かせる。
その光景を、ヴィオラは少し離れた場所から見守っていた。
「……朗読をしているのは、彼女ですか?」
隣に立つマリーヌが尋ねる。
「ええ。名前はもう“リュシエンヌ”じゃないわ。今は“ミレイユ”として、静かに暮らしている」
「かつての聖女が、神の名ではなく“言葉”で人と向き合っているとは……」
「彼女は“許された”わけじゃない。でも、“許されるために”ではなく、“自分で歩くために”変わろうとしている。それだけで十分よ」
ヴィオラは微笑を浮かべた。
その笑みには、かつて彼女が浮かべていた皮肉や、冷たい諦めの色はもうなかった。
「――ねぇ、マリーヌ」
「はい?」
「私はこれから、“私のことを知らない人々の未来”を整えるわ。
私の名を知らなくてもいい。けれど、誰かが“選ぶ自由”を持てる国にしたいの」
「ええ。それが、あなたの“祈り”になったのですね」
「祈らないと言ったけど……やっぱり、願うことはやめられないわね」
風が吹き抜ける。
どこまでも透明な光の中で、かつての“聖女”が、そして“悪役令嬢”が、
それぞれの名を手放して、ただ一人の人間として生きていた。
*
その日の夕刻。エーデルワイス邸の書斎。
レオン=ヴァロワが一枚の地図を広げていた。
「西部地方の巡察、僕にやらせてくれないか? この国の“端”を知らずして、中心には立てないと思ってさ」
「自分で申し出るなんて、らしくないわね」
「君に触発されたのかもな。“誰かに任せる王”には、なりたくないと思った」
「ふふ、いい傾向だわ。
じゃあ私も、王都に残って“中身”の整備を続けるわね。政治は外面よりも、地味な帳簿と根回しが命だから」
「……改めて思うよ。君に退場を言い渡した兄上は、本当に見る目がなかったって」
「過ぎたことよ。今の私には――“自分を必要とする人々”がいる。それだけで十分」
レオンは苦笑しながら立ち上がった。
「じゃあ、行ってくる。“民に必要とされる王族”ってやつに、俺もちょっとだけなってみるよ」
「期待してるわ、“王太子殿下”」
「……だからそれを軽々しく言うなって、前も――」
「言ったわね。……でも、私はもう“戻ってこない王子”の名は、呼ばないことにしたの」
そう言って、ヴィオラは窓の外を見やった。
空は高く澄みわたり、かつて祈りを捧げた鐘楼の影すら、今はただの静かな風景だった。
そして彼女の物語もまた、
“誰かの花嫁”でも、“誰かの敵”でもない人生を――今まさに歩み出していた。
広場の片隅、石造りの教会跡に子どもたちが集い、一人の若い女性が本を手に語りかける。
「これは、昔々のお話です。
“奇跡”と呼ばれるものが、人々の心を照らしていた時代。
でも、本当の奇跡は――信じることそのものではなく、“選べる自由”だったのです」
穏やかな声に、子どもたちは目を輝かせる。
その光景を、ヴィオラは少し離れた場所から見守っていた。
「……朗読をしているのは、彼女ですか?」
隣に立つマリーヌが尋ねる。
「ええ。名前はもう“リュシエンヌ”じゃないわ。今は“ミレイユ”として、静かに暮らしている」
「かつての聖女が、神の名ではなく“言葉”で人と向き合っているとは……」
「彼女は“許された”わけじゃない。でも、“許されるために”ではなく、“自分で歩くために”変わろうとしている。それだけで十分よ」
ヴィオラは微笑を浮かべた。
その笑みには、かつて彼女が浮かべていた皮肉や、冷たい諦めの色はもうなかった。
「――ねぇ、マリーヌ」
「はい?」
「私はこれから、“私のことを知らない人々の未来”を整えるわ。
私の名を知らなくてもいい。けれど、誰かが“選ぶ自由”を持てる国にしたいの」
「ええ。それが、あなたの“祈り”になったのですね」
「祈らないと言ったけど……やっぱり、願うことはやめられないわね」
風が吹き抜ける。
どこまでも透明な光の中で、かつての“聖女”が、そして“悪役令嬢”が、
それぞれの名を手放して、ただ一人の人間として生きていた。
*
その日の夕刻。エーデルワイス邸の書斎。
レオン=ヴァロワが一枚の地図を広げていた。
「西部地方の巡察、僕にやらせてくれないか? この国の“端”を知らずして、中心には立てないと思ってさ」
「自分で申し出るなんて、らしくないわね」
「君に触発されたのかもな。“誰かに任せる王”には、なりたくないと思った」
「ふふ、いい傾向だわ。
じゃあ私も、王都に残って“中身”の整備を続けるわね。政治は外面よりも、地味な帳簿と根回しが命だから」
「……改めて思うよ。君に退場を言い渡した兄上は、本当に見る目がなかったって」
「過ぎたことよ。今の私には――“自分を必要とする人々”がいる。それだけで十分」
レオンは苦笑しながら立ち上がった。
「じゃあ、行ってくる。“民に必要とされる王族”ってやつに、俺もちょっとだけなってみるよ」
「期待してるわ、“王太子殿下”」
「……だからそれを軽々しく言うなって、前も――」
「言ったわね。……でも、私はもう“戻ってこない王子”の名は、呼ばないことにしたの」
そう言って、ヴィオラは窓の外を見やった。
空は高く澄みわたり、かつて祈りを捧げた鐘楼の影すら、今はただの静かな風景だった。
そして彼女の物語もまた、
“誰かの花嫁”でも、“誰かの敵”でもない人生を――今まさに歩み出していた。
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