悪役令嬢は、婚約破棄を待っていた!

パリパリかぷちーの

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週末。快晴。
絶好の行楽日和、もとい、絶好の「業務日和」である。

私とシリウス様は、ヴァレンタイン公爵領の城下町を歩いていた。

「……あの、シリウス様」

「なんだ?」

「距離が近すぎませんか? 歩きにくいのですが」

私の右腕は、シリウス様の左腕にガッチリとホールドされている。
いわゆる「腕組みデート」のスタイルだが、密着度が異常だ。
すれ違う町人たちが、ギョッとした顔で振り返っていく。

「『婚約者らしく』と言っただろう? これくらい普通だ」

シリウス様は涼しい顔で答える。
今日の彼は、いつもの堅苦しい宰相服ではなく、ラフなシャツにジャケットという私服姿だ。
それがまた無駄に似合っていて、道行く女性たちの視線を独り占めしている。

「それに、離れると君がどこかへ行ってしまいそうだからな。……例えば、あそこの露店とか」

シリウス様が顎でしゃくる。
視線の先には、金物屋の露店があった。

「っ……! よくお分かりで。あの鍋の底の加工技術、素晴らしいですわ。職人をスカウトしようかと」

「今は我慢してくれ。今日は全体の視察だ。個別の商談はまた後で」

「ちっ」

私は舌打ちをした(心の中で)。
この男、私の行動パターンを読み始めている。

私たちはメインストリートを進んだ。
活気はある。人々も明るい。
だが、私の目は誤魔化されない。

(流通の動線が悪いわね。荷馬車が渋滞している。あそこの交差点、拡幅工事が必要だわ。それと、商店の看板がバラバラで景観を損ねている……統一感を出せば観光客も呼べるのに)

頭の中で、次々と「改善案リスト」が更新されていく。
職業病だ。

「アジュカ。あれを見たまえ」

シリウス様が足を止めた。
そこは、街一番の高級宝飾店だった。

「君に似合いそうな首飾りがある。入ろう」

「は? 入りませんよ」

私は即答した。

「そんな無駄金を使う余裕があるなら、道路の舗装工事に回してください。あのデコボコ道、馬車の車輪が痛みます」

「……君は本当に、ロマンがないな」

シリウス様が苦笑する。

「普通の令嬢なら、『素敵! 嬉しい!』と喜ぶところだぞ?」

「私は普通の令嬢ではありません。契約社員です」

「契約社員……。まあいい、なら『業務命令』だ。何か一つ、私にプレゼントさせろ」

「職権乱用です!」

私が抗議しようとしたその時。

「あいたっ!」

すぐ近くで、小さな悲鳴が聞こえた。
見ると、路地裏から飛び出してきた子供が、石に躓いて転んだようだった。
膝を擦りむいて、血が滲んでいる。

「大丈夫?」

私はシリウス様の腕を振りほどき、駆け寄った。

「うう……痛いよぉ……」

「派手に転んだわね。ちょっと待って」

私はポケットからハンカチを取り出し、傷口を拭おうとした。
すると、子供が首を振った。

「平気! これがあるから!」

子供は道端に生えている、青々とした雑草のような草をブチッと引き抜いた。
そして、それを手で揉んで、緑色の汁を傷口に擦り付けたのだ。

「えっ? ちょっと、バイ菌が入るわよ!?」

「大丈夫だよ、お姉ちゃん。これ『スースー草』だもん。塗るとすぐ治るんだ」

「スースー草?」

見ると、子供の膝の血が止まり、赤みも引いているように見える。
何より、子供が「痛くなくなった!」と笑っている。

「……ほう」

私の「商材センサー」が、ピクリと反応した。

「ねえ、ボク。その草、ちょっと見せてもらっていい?」

「いいよー。そこら中に生えてるし」

私は手渡された草を観察した。
見た目はただの雑草だ。
だが、葉をちぎると、ミントに似た爽やかな香りと、少し薬草のような独特の匂いがする。

(鎮痛作用と、止血作用? それに……この保湿力……)

草の汁がついた私の指先が、驚くほどしっとりとしている。
私は自分の手の甲に、残った汁を塗り広げてみた。
スーッとした清涼感と共に、肌がワントーン明るく、艶やかになった気がする。

「……シリウス様」

私は後ろに立っていたシリウス様を振り返った。
私の目は、今、金貨の形になって輝いているはずだ。

「なんだ? その恐ろしいほど真剣な目は」

「この草、領地のどこにでも生えているのですか?」

「ああ。『シズク草』だな。地元では『スースー草』とも呼ぶが。繁殖力が強くて、農家からは邪魔な雑草として嫌われている。抜いても抜いても生えてくるからな」

「邪魔な雑草……」

私は震えた。
歓喜で。

「シリウス様……貴方、宝の山の上に住んでいて、気づいていなかったのですか!?」

「は?」

「これ、ただの雑草じゃありません! 見てください、この保水力! そして美白効果! 精製して成分を抽出すれば、最高級の『美容クリーム』になりますわ!」

「び、美容クリーム?」

「王都の貴族女性たちは、肌の乾燥とシミに悩んでいます。東方の高価な薬草クリームはありますが、匂いがキツくて人気がない。でも、これなら……!」

私の脳内で、電卓が高速回転を始める。

(原価はほぼゼロ! 加工費と容器代を引いても、利益率は九割超え! 『冷徹公爵領の奇跡の草』としてブランド化すれば、一個金貨一枚でも飛ぶように売れるわ!)

「アジュカ、君の顔が……悪徳商人のようになっているぞ」

「失礼な。敏腕プロデューサーと呼んでください」

私は立ち上がり、拳を握りしめた。

「シリウス様、予定変更です! 視察は中止! 今すぐ屋敷に戻って、この草の成分分析と試作を行います!」

「ええっ? まだデートの途中……」

「デート? そんなことを言っている場合ですか! ここに『金脈』があるんですよ! さあ、帰りますよ!」

私は逆にシリウス様の腕を引っ張り、早足で歩き出した。

「ちょ、待ってくれアジュカ。せめて昼食を……」

「昼食はサンドイッチで済ませます! 歩きながら会議です!」

「……やれやれ」

シリウス様は溜息をついたが、その表情はどこか楽しそうだった。

「私の婚約者は、宝石よりも雑草で喜ぶのか。……安上がりで助かるが、少し複雑だな」

「何かおっしゃいました?」

「いや。……君が楽しそうで何よりだと言ったんだ」

シリウス様は私の手を取り、エスコートの形に戻した。

「分かった、協力しよう。君の事業だ。私の権力も資金も、好きに使っていい」

「言いましたね? 言質は取りましたよ?」

「ああ。その代わり……成功の暁には、私にも『報酬』をもらうぞ」

「報酬? 利益の何割かですか?」

「いいや」

シリウス様は、私の耳元で低く囁いた。

「金はいらない。……君の時間を、一日私にくれ。仕事抜きの、本当のデートだ」

「……ッ!」

不意打ちだ。
この男、ビジネスの話をしている時に、急に恋愛要素をぶち込んでくる。

「……くっ、検討します! まずは成功させてからです!」

私は赤くなった顔を隠すように、前を向いて早歩きをした。
背後で、氷の宰相が「契約成立だな」と笑う声が聞こえる。

こうして、私たちの領地視察は「雑草の発見」という意外な成果で幕を閉じた。
だが、これが後に、国中の女性を熱狂させ、王家の財政すら揺るがす大ヒット商品『スノー・ホワイト・クリーム』の誕生へと繋がるとは、まだ誰も知らなかったのである。

そして、その噂は遠く離れた王都にも届くことになる。
お金に困り始めた、あのバカ王子のもとへも――。
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