悪役令嬢は、婚約破棄を待っていた!

パリパリかぷちーの

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ヴァレンタイン城の地下、かつては武器庫として使われていた部屋。
そこは今、怪しげな薬草の匂いと、私の熱気で満たされていた。

「――温度よし。攪拌速度、上げて!」

「承知した」

「次は抽出液の投入よ。慎重に、三滴だけ垂らして!」

「三滴だな。……一、二、三。完了だ」

私の指示に、完璧なタイミングと手際で応える助手。
白衣(調理用の割烹着)を纏ったその男性は、他でもない、この領地の主、シリウス・ヴァレンタイン公爵である。

「……素晴らしいですわ、シリウス様。初めてとは思えない手際です」

私は鍋の中身を覗き込みながら感嘆した。
緑色のドロドロだった液体が、化学反応を起こして白く輝き始めている。

「私は元々、魔法薬学の成績はトップだったからな。……それに、君との共同作業だと思うと、不思議と力が湧いてくる」

シリウス様は、割烹着姿でも隠しきれない色気を漂わせながら、爽やかに汗を拭った。

「共同作業というか、タダ働きさせて申し訳ありません。人手が足りなくて」

「構わない。宰相の私を助手としてこき使えるのは、世界で君だけだ。……悪くない気分だ」

「ドMですか?」

「君限定だがな」

サラリと爆弾発言を流しつつ、私は完成したクリームを小瓶に移した。

「できた……! 試作品第一号!」

小瓶の中で、真珠のような光沢を放つ白いクリーム。
あの雑草『シズク草』から抽出した成分を、アロエや蜂蜜と配合して安定化させたものだ。

「さあ、実験台が必要です。……グランさん、ちょっと腕を出して」

部屋の隅でオロオロしていた執事のグランを呼ぶ。

「えっ、わ、私ですか!? 爆発したりしませんよね?」

「失礼な。爆発はしません。……たぶん」

「たぶん!?」

「いいから出す!」

私はグランのしわがれた腕に、クリームをたっぷりと塗り込んだ。
そして、シリウス様の魔法で少し風を送って乾かす。

数分後。

「……こ、これは!」

グランが叫んだ。
クリームを塗った左腕だけが、まるで赤ちゃんの肌のようにツルツル、スベスベになり、しかもワントーン白く輝いているではないか。
右腕の乾燥した肌との対比が凄まじい。

「なんてことだ……! 六十年の歳月が、一瞬で巻き戻ったようです!」

グランが自分の腕を撫で回して感動している。

「成功ね!」

私はガッツポーズをした。

「保湿、美白、アンチエイジング。全ての効果が確認できたわ。これなら王都の貴族女性相手に、言い値で売れる!」

「『言い値』か。……君は本当にブレないな」

シリウス様が苦笑する。

「当然です。原価はタダ同然の雑草。容器は領内のガラス工房で作らせた安価な品。……利益率は驚異の98%よ!」

「もはや詐欺に近い数字だな」

「人件費(シリウス様の労働力)が入っていないからですけどね。さあ、商品名を決めましょう」

私は黒板にキュキュッと文字を書いた。

『ヴァレンタインの奇跡 ~スノー・ホワイト・クリーム~』

「どうかしら? 『冷徹公爵領の雪解けのような白さ』というイメージ戦略でいきます」

「私の名前を使うのか」

「宣伝効果は抜群です。『あの氷の宰相も愛用!?』というキャッチコピーもつけましょう」

「私は使っていないが……まあいい。君がそうしたいなら許可しよう」

シリウス様は寛大に頷いた。

「よし、生産ラインの構築よ! 農村の女性たちを集めて草の採取を依頼! ガラス工房にはフル稼働で容器を発注! 王都の商会には『限定品』として煽りの広告を出すわ!」

私は次々と指示を飛ばす。
私の脳内は今、完全に「経営シミュレーションゲーム」のモードに入っていた。



それから一ヶ月後。

結果から言おう。
『スノー・ホワイト・クリーム』は、爆発的に売れた。

「アジュカ様! 王都の商会から追加注文です! 『在庫が瞬殺された、次はいつ入荷するんだ』と悲鳴が上がっています!」

「北の隣国からも引き合いが来ています! 『金貨二倍出すから優先的に回せ』と!」

「領内の雇用申し込みが殺到しています! 『草むしりで金貨が貰えるなんて夢のようだ』と農民たちがやる気満々です!」

執務室は、嬉しい悲鳴に包まれていた。
机の上には、書類の山ではなく、売上の金貨袋の山が築かれている。

「フフフ……笑いが止まらないとはこのことね」

私は金貨の山を崩さないように、そっと撫でた。

「借金返済どころか、屋敷の改修、道路工事、さらにはシリウス様の私兵団の装備一新まで賄えるわ」

「凄まじいな」

ソファでくつろいでいたシリウス様が、呆れたように、しかし誇らしげに言った。

「まさか、たった一ヶ月で領地の財政が黒字化するとは。……君は錬金術師か?」

「いいえ、ただの『守銭奴』です」

「違いない」

シリウス様は立ち上がり、私の机に近づいてきた。

「さて、アジュカ社長。大成功の報酬についてだが」

「あ、そうでした。成功報酬として、シリウス様には『スノー・ホワイト・クリーム』一生分を差し上げます」

「いらない」

即答された。

「私が欲しいのはクリームではない。……覚えているだろう? 『一日デート』の約束だ」

シリウス様が、机越しに身を乗り出してくる。
至近距離で見つめられ、私は思わずのけぞった。

「あ、あれ……本気だったんですか?」

「当然だ。私は契約には厳しい男だぞ」

逃げ場がない。
いや、正直に言えば、嫌ではない。
この一ヶ月、共に働き、共に笑い(主に売上を見て)、彼の有能さと優しさは嫌というほど分かった。

「……分かりました。約束は守ります」

私は観念して頷いた。

「次の日曜日、スケジュールを空けます。……どこへでも連れて行ってください」

「言ったな? では、とびきりのプランを用意しておこう」

シリウス様は、子供のように無邪気に笑った。

「仕事の話は一切なしだぞ。帳簿も電卓も持ち込み禁止だ」

「うっ……努力します」

「それと、もう一つ」

シリウス様が、私の手元の金貨袋を指差した。

「この売上の一部を使って、新しいドレスを仕立てなさい。日曜日は、それを着てくること」

「え? そんな無駄な……今ある服で十分じゃ」

「『業務命令』だ。……私のためにお洒落をしてくれ、アジュカ」

甘い声で囁かれ、私は顔が熱くなるのを感じた。
この男、本当に心臓に悪い。

「……は、はい。ボス」

「『ボス』はやめろと言っているだろう。『シリウス』でいい」

「……善処します、シリウス……様」

私が蚊の鳴くような声で名前を呼ぶと、彼は満足げに目を細めた。

こうして、私たちの領地経営は順風満帆なスタートを切った。
しかし、光が強ければ影も濃くなる。

この『スノー・ホワイト・クリーム』の大ヒットの噂は、当然ながら王都にも届いていた。
そして、金欠に喘ぐ「彼ら」の耳にも――。

(まあ、あっちがどうなろうと知ったことじゃないけど)

私は金貨の輝きを見つめながら、これから訪れるであろうトラブルの予感に、武者震いをしたのだった。
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