塩対応の悪役令嬢ですが、婚約破棄?わかりましたわ。

パリパリかぷちーの

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婚約破棄の翌朝は、実に晴れやかな気分で目覚めた。
小鳥のさえずりさえ、わたくしの新たな門出を祝うファンファーレのように聞こえる。

「おはよう、アンナ。素晴らしい朝ですわね」

「お、おはようございます、お嬢様……」

わたくしの着替えを手伝う侍女のアンナは、まだひどく心配そうな顔をしている。
まあ、無理もありませんわね。仕えていた主人が、国中の貴族の前で婚約を破棄されたのですから。

「そんな顔をしないでちょうだい。わたくしは少しも気にしていないと言ったでしょう? むしろ、空気が美味しく感じるくらいですわ」

「ですが……」

「さ、朝食にしましょう。今日は、なんだかとてもお腹が空いているの」

わたくしが笑顔で促すと、アンナは戸惑いながらも「かしこまりました」と頷いた。



優雅な朝食を終えた後、父の書斎に呼ばれた。
お父様は、昨夜よりもさらに深刻な顔で、肘掛け椅子に深く腰掛けていた。

「リリアンヌ。王家から、お前への正式な沙汰が下った」

「まあ。随分と仕事が早いですこと。して、どのような内容ですの?」

わたくしは、父の向かい側のソファに腰掛け、背筋を伸ばして尋ねた。
どんな内容であれ、受け入れる覚悟はできている。

「……表向きは、『アイラ嬢への度重なる嫌がらせ行為に対する罰』として、辺境にあるヴェルナー家の西の別邸での謹慎処分だ」

「西の別邸……」

「ああ。期間は無期限。事実上の、王都からの追放だ。すまない、リリアンヌ。父の力が及ばず……」

お父様は、悔しそうに拳を握りしめている。
娘が社交界から追放されるのだ。父親として、断腸の思いなのでしょう。

しかし、わたくしの心は、父の心配とは全く別の方向で高鳴っていた。

西の別邸!
あそこは、わたくしが幼い頃から夏になるたびに訪れていた、一番のお気に入りの場所ではないですか!
気候は少し厳しいけれど、豊かな森と美しい湖があって、美味しいベリーや薬草がたくさん採れる。
何より、王都の息苦しいしきたりから解放されて、自由に過ごせる場所!

「まあ、素晴らしいですわ!」

わたくしは思わず、声を弾ませた。

「……リリアンヌ?」

目を丸くするお父様を前に、わたくしは興奮を隠せない。

「謹慎などという名の、長期休暇ではありませんか! 嬉しい! ああ、なんて寛大なご処置でしょう!」

「お、お前は……それで、いいのか?」

「もちろんですわ、お父様! あそこなら、わたくしのやりたいことが、たくさんできますもの!」

そう。ずっと構想を練っていた、特産品を使った新商品の開発や、痩せた土地の土壌改良。
王太子妃教育の合間を縫って、書物の上だけで進めていた計画を、ようやく実行に移せるのです!

わたくしのあまりの喜びように、お父様は呆気にとられた後、ふっと肩の力を抜いて笑った。

「…そうか。やはりお前は、わしの娘だ。何も心配はいらんな」

「はい!」

わたくしが力強く頷くと、お父様は「だがな」と、少し言いにくそうに続けた。

「一つだけ、条件がある。王家は、お前が辺境で不穏な動きをしないよう……つまり、ヴェルナー家の兵力を使い、王家に反旗を翻すようなことをしないよう、監視役をつけるそうだ」

「まあ、心配性ですこと。わたくしに、そんな大それた気は毛頭ございませんのに。それで、その監視役はどなたが?」

どうせ、殿下の覚えが良い、若手の騎士あたりでしょう。
そう高を括っていたわたくしに、お父様は決定的な一言を告げた。

「……王国騎士団長、アレクシス・フォン・シュライバー卿だ」

「………………えっ?」

時が、止まった。
今、お父様は、何と?

アレクシス様? あの、わたくしの最推しである、氷の騎士団長閣下が?
わたくしの、監視役?

(え? え? え? どういうことですの!?)

頭が真っ白になる。
喜び? いや、違う。これは、喜びを通り越して、恐怖に近い何かだ。

(推しは! 遠くから! その尊いお姿を拝見するからこそ良いのであって! 四六時中、あの美の暴力のようなお顔がすぐそばにあるなど、わたくしの心臓が持ちませんわ!)

表面上は「……左様でございますか」と、かろうじて平静を装う。
しかし、ドレスの下では、膝が笑い、指先は氷のように冷たくなっていた。



出発の日は、三日後にやってきた。
わたくしは、最小限の侍女と護衛だけを連れて、西の別邸へと向かうことになった。

「お嬢様…? 本当に、これらの本を全てお持ちになるのですか…?」

荷造りをするアンナが、困惑した顔で尋ねる。
わたくしのトランクの半分以上を占めているのは、きらびやかなドレスではなく、『効率的な農地改革について』『土壌改良の基礎と応用』『最新商業ギルド名鑑』といった、およそ公爵令嬢の謹慎生活には似つかわしくない、実用書ばかりだったからだ。

「ええ、もちろんよ。向こうで退屈しないように、ね」

「は、はあ……」

アンナは、これ以上何も言うまいと口を閉ざした。

そして、出発の朝。
公爵家の玄関前には、黒馬にまたがった、黒一色の騎士服の男性が静かに待っていた。
朝日に照らされたその姿は、まるで神話の英雄のように美しく、神々しい。

(直視できない……! 尊すぎて、目が潰れますわ……!)

わたくしは眩暈をこらえながら、馬車へと向かう。
アレクシス様は、わたくしに気づくと、馬上から氷のように冷たい視線を向けた。

「リリアンヌ・フォン・ヴェルナー嬢だな」

低く、心地よく響く声。

「本日より、貴女の監視役を務める。アレクシス・フォン・シュライバーだ。道中、余計な行動は慎んでもらう」

「……ええ、存じておりますわ、騎士団長閣下」

わたくしは、心臓の轟音を押し殺し、完璧なカーテシーで応じた。

「ご厄介になりますが、道中、よろしくお願いいたしますわね」

(あああああああ! 喋ってしまった! 推しと! 会話をしてしまった! 声まで素敵! もう、わたくし、ここで死んでも本望ですわ!)

内心の絶叫とは裏腹に、わたくしの表情は完璧な『氷の華』。
アレクシス様は、そんなわたくしを値踏みするように一瞥すると、「行くぞ」と短く告げ、馬の向きを変えた。

こうして、監視役という名の『歩く芸術品』とご一緒する、わたくしの波乱に満ちた休暇が、幕を開けたのだった。
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