塩対応の悪役令嬢ですが、婚約破棄?わかりましたわ。

パリパリかぷちーの

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聖女様ごっこに大失敗したアイラ嬢は、よほど悔しかったのだろう。
その日から、わたくしへの、実にちまちまとした、幼稚な嫌がらせが始まった。

わたくしが食堂へ向かうと、席に置かれたスープ皿に、山のような塩が投入されている。
廊下ですれ違いざまに、わざとらしく「きゃっ」と叫んでぶつかってくる。
庭園を散策していれば、「うっかり」足を滑らせて、ドレスに泥水をはねさせてくる。

そのどれもが、あまりにも小物臭くて、子供のいたずらのようだった。
わたくしは、そんな彼女のささやかな抵抗を、全く意に介さなかった。

「まあ、今日のスープはいつもより塩味が効いていて、汗をかいた後にはちょうど良いですわね」

「アイラ様、ご足元にお気をつけて。石畳は滑りやすいですもの」

「この程度の染み、洗濯すればすぐに落ちますわ。お気になさらないで」

柳に風。糠に釘。
領地の改革計画で多忙を極めるわたくしにとって、彼女の嫌がらせにいちいち反応して差し上げる時間すら、惜しかったのだ。
わたくしのあまりの無反応ぶりに、アイラ嬢はさらに悔しさを募らせ、キーキーと金切り声を上げているようだったが、知ったことではない。



アイラ嬢の機嫌を取るためか、あるいは彼自身のプライドが傷つけられたせいか、ユリウス殿下の横暴は日に日にエスカレートしていった。
彼はまだ、「鉱山の利権」という甘い夢を諦めてはいなかったのだ。

ある日の昼下がり、わたくしが村長たちと水路の補修計画について話し合っていると、ユリウス殿下が護衛を引き連れて、ずかずかとその場に割り込んできた。

「リリアンヌ! いつまでそんな無駄話をしている! 君の領民を数十名、私が借り受けるぞ!」

「……殿下。それは、一体何のためでございますか?」

「決まっているだろう! この辺りに眠っているという、鉱脈を探させるのだ! これは、王家のための、ひいては、この国のためになる重要な任務だ!」

実に、自己中心的で、傲慢な言い草だった。
わたくしは、内心の怒りを完璧な笑みで隠しながら、きっぱりと断った。

「お断りいたしますわ、殿下」

「な、なんだと!?」

「申し上げたはずです。今は、農作業にとって一年で最も大事な時期。これから始まる種蒔きの準備をしなければ、今年の収穫は望めません。この者たちの労働力を奪うことは、彼らの、そしてこの領地の冬の生活を脅かすことになります」

わたくしの言葉に、周りにいた村長たちも、固い表情で頷いている。

「ですから、そのご命令は、到底お受けできませんわ」

「この……! たかが追放された身の女が、この私に、王太子である私に指図する気か!」

激昂したユリウス殿下は、ついに実力行使に出ようとした。
彼は、隣にいた自分の護衛騎士に、顎でくいと指示をする。

「ええい、問答無用だ! そこの者たちを、無理やりにでも連れて行け!」

「はっ!」

護衛騎士が、有無を言わさず村長の腕を掴もうとした、その瞬間だった。

「―――お待ちください、殿下」

氷のように冷たく、しかし、決して無視することのできない、静かな声が響いた。
いつの間にか、アレクシス様が、ユリウス殿下の前に、静かに立ちはだかっていた。

「……シュライバー! どけ! 王太子の命令に、逆らうというのか!」

ユリウス殿下は、顔を真っ赤にして怒鳴りつける。
しかし、アレクシス様は、その美しい眉一つ動かさなかった。

「私の任務は、ただ一つ。リリアンヌ・フォン・ヴェルナー嬢の監視。そして、この辺境地域一帯の治安を維持することにございます」

淡々と、事実だけを述べる。

「殿下が今、なさろうとしていることは、領民たちの王家に対する不満を不必要に煽り、ひいては、この地の治安を著しく悪化させる要因となりかねません。それは、私の任務の重大な妨げとなります」

「なっ……!」

「また、リリアンヌ嬢が、このような面倒事に巻き込まれ、心労で倒れでもすれば、監視対象の健康管理を怠ったとして、全て私の監督不行き届きとなります」

彼は続けた。

「私の仕事が、これ以上増えるのは、ごめんですので」

あくまで、「自分の任務のため」。
彼は、その体裁を一切崩さない。
しかし、その言葉が、明確にわたくしと、この地の領民を守るためのものであることは、誰の目にも明らかだった。

正論と、王国騎士団長という肩書が放つ圧倒的な威圧感の前に、ユリウス殿下はぐうの音も出ない。
ここでアレクシス様に逆らうことが、何を意味するか。愚かな彼でも、それくらいは理解できたのだろう。

「くっ……! お、覚えていろ……!」

子供のような捨て台詞を吐くと、ユリウス殿下はアイラ嬢の手を引き、逃げるようにその場を去っていった。



嵐のような厄介者たちが去った後、わたくしは、隣に立つ男に向き直った。

「……閣下」

「なんだ」

「余計なことを、してくださいましたわね」

素直に「ありがとう」と言えないのは、わたくしの悪い癖だ。
それは、彼に対する、精一杯の照れ隠しだった。
そんなわたくしの心中など、全てお見通しだというように、彼は、静かな声で言った。

「言ったはずだ。俺の仕事が、これ以上増えるのはごめんだと」

ぶっきらぼうな、いつもの口調。
それなのに、なぜだろう。
その横顔を照らす西日が、彼の青い瞳に、ほんの少しだけ、優しい光を灯しているように見えたのは。

その、不器用な優しさに、わたくしの心臓が、ドキリと、大きく音を立てた。
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