塩対応の悪役令嬢ですが、婚約破棄?わかりましたわ。

パリパリかぷちーの

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アレクシス様に完膚なきまでに論破され、脅されたアイラ嬢は、恐怖と屈辱に打ち震え、それから数日の間は、まるで嵐の前の静けさのように、大人しく部屋に引きこもっていた。
しかし、それは、次なる破滅的な嵐のための、ほんの短い助走に過ぎなかったことを、この時のわたくしはまだ知らなかった。

彼女は、水面下で、王都に残してきた手駒――父親であるミモザ男爵家や、金で恩を売った下級貴族たち――に連絡を取り、着々と外堀を埋めていたのだ。
わたくしがこの地で行っている商売の成功を、『闇の商人ギルドとの違法な癒着』と捏造し、領地改革の成果を、『人心を掌握するための、悪魔との契約による所業』として、悪意に満ち満ちた告発状を、王家の宰相へと送りつけていたのである。



その、嵐が、辺境の地に到達したのは、それから一週間後のことだった。
王家の紋章を掲げた、物々しい一団が、わたくしたちの滞在する別邸へとやってきたのだ。
彼らは、宰相の名代として派遣された、文官を中心とした公式な調査団だった。

調査団長を務めるのは、グレイ伯爵。
生真面目で、法と秩序を何よりも重んじるが故に、融通が利かないことで有名な、王宮内でも気難しいとされる人物だ。

「リリアンヌ・フォン・ヴェルナー嬢!」

別邸の広間に、全ての使用人と、そしてユリウス殿下たちを集めさせると、グレイ伯爵は、一枚の羊皮紙を広げ、甲高い声で宣言した。

「貴女にかけられた、国家への反逆、ならびに禁忌魔術の使用という、重大な嫌疑について、これより、王家の名において、正式な調査を開始する!」

その言葉に、広間は水を打ったように静まり返った。
ユリウス殿下でさえ、事態が自分の想像を遥かに超えた、深刻なものになっていることに気づき、顔を青くしている。

広間の隅では、領民たちが、不安そうな顔で遠巻きにこちらを窺っていた。

「……以上の嫌疑について、リリアンヌ嬢。何か、申し開きはありますかな?」

グレイ伯爵の、冷たい視線がわたくしを射抜く。
わたくしは、そのあまりにも馬鹿げた告発内容に、怒りを通り越して、もはや呆れるしかなかった。
しかし、ここで動揺を見せては、相手の思う壺だ。
わたくしは、背筋を伸ばし、どこまでも冷静に、そして、凛として言い返した。

「全て、事実無根の戯言ですわ、グレイ伯爵」

「ほう?」

「わたくしがこの地で行ったのは、我がヴェルナー公爵家の私有地を、ヴェルナー家の私財をもって、法に則った正当な手続きのもとで、豊かにしようとした努力。ただ、それだけのこと。そこに、いかなる違法な力も、ましてや、禁忌の魔術など、介在する余地はございません」

わたくしの堂々とした態度に、グレイ伯爵は、ふむ、と顎に手をやった。
その時だった。

「嘘ですわ! リリアンヌ様は、嘘をおつきになっています!」

広間の扉が勢いよく開かれ、アイラ嬢が、涙ながらに駆け込んできた。
彼女は、まるでか弱い小動物のように震えながら、わたくしを指さして叫ぶ。

「わたくし、見ましたの! この目で、はっきりと! リリアンヌ様が、夜な夜な、森の奥で、何か黒いモヤのようなものを呼び出して、怪しげな儀式を……! うっ、うっ……怖かった……!」

説得力のかけらもない、感情論だけの、稚拙な芝居。
しかし、彼女の『聖女』という偽りの看板と、その憐れを誘う涙は、一部の調査団員たちの心を、確かに動かしていた。
まずい。
空気が、少しずつ、わたくしに不利な方へと傾いていく。

その、重苦しい空気を、切り裂いたのは。
低く、静かで、しかし、その場にいる全ての者の耳を支配する、圧倒的な声だった。

「―――待った」

広間の入り口に、いつの間にか、アレクシス様が立っていた。
黒い騎士服に身を包み、腕を組んだその姿。
彼の、ただそこにいるというだけで、その場の空気は一変した。
誰もが、その王国騎士団長の放つ、絶対的な威圧感の前に、息を飲む。

アレクシス様は、ゆっくりと、しかし、一歩一歩、確かな足取りで、審問の場の中央へと進み出た。

「グレイ伯爵。リリアンヌ嬢への嫌疑について、証人として、証言することを許可願いたい」

「しゅ、シュライバー卿……! こ、これは、これはご丁寧に。よろしい。貴殿は、監視役として、何かを見ていたのですかな?」

グレイ伯爵の声が、上ずる。
アレクシス様は、その場にいる、全ての者たちに聞こえるよう、明瞭な声で、言い放った。

「私は、この地に赴任してから今日この瞬間まで、ただの一度たりとも目を離すことなく、リリアンヌ・フォン・ヴェルナー嬢の全てを、監視してきた」

彼は、そこで一度言葉を切ると、わたくしの方を、真っ直ぐに見つめた。
その青い瞳に宿るのは、一点の曇りもない、絶対的な信頼。

「彼女は、いかなる闇の力も、禁忌の魔術も、一切使用してはいない。彼女がこの地で成し遂げたことの全ては、彼女自身の、類稀なる知識と、血の滲むような、たゆまぬ努力、そして、この地に生きる民を思う、深い愛情の賜物である!」

彼の声が、広間に朗々と響き渡る。

「その全てを、この、王国騎士団長アレクしス・フォン・シュライバーが、我が騎士としての、そして、一人の男としての、全ての名誉にかけて、ここに証言する!」

その言葉に、嘘も、偽りも、打算も、一切なかった。
『氷の騎士』とまで呼ばれ、誰にも媚びず、ただ己の信じる正義だけを貫いてきた男が、自らの『全ての名誉』を賭けてまで、行った証言。
アイラ嬢の、安っぽい涙の芝居など、もはや、塵ほどの重みもなかった。

「そ、そんな……! 嘘ですわ! シュライバー様は、騙されて……!」

アイラ嬢の悲鳴のような声は、もはや誰の耳にも届かない。
グレイ伯爵は、アレクシス様の、そのあまりにも潔く、力強い証言の前に、ただ、深々と頭を下げることしか、できなかった。

わたくしは、自分を守るために、その身を盾にするように、まっすぐに立つ彼の、その広い背中を、ただ、見つめることしかできなかった。
(なぜ……そこまで、してくださるの……?)
その行動は、もはや、『任務』や『おせっかい』などという言葉で、説明できるものでは、到底なかった。
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