塩対応の悪役令嬢ですが、婚約破棄?わかりましたわ。

パリパリかぷちーの

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グレイ伯爵率いる調査団は、まるで嵐のようにやってきて、そして嵐のように去っていった。
アイラ嬢は、自らの虚偽告発が完全に露見し、顔面蒼白のまま自室に閉じこもってしまったらしい。
ユリウス殿下も、自らが招いた事の重大さと、寵愛する少女の愚かな本性を目の当たりにして、呆然自失としているようだった。

広間の騒動が嘘のように静まり返った別邸で、わたくしは一人、自室の窓辺に立ち、月を眺めていた。
しかし、心はここにあらず。
ずっと、あの時の、彼の言葉が、頭の中で繰り返し、繰り返し、反響していた。

『その全てを、この、王国騎士団長アレクシス・フォン・シュライバーが、我が騎士としての、そして、一人の男としての、全ての名誉にかけて、ここに証言する!』

(なぜ……?)

何度自問しても、答えは出ない。

(どうして、あそこまで……?)

彼の行動は、もはや論理では説明がつかない。
監視役としての任務の範疇を、あまりにも大きく逸脱している。
あの、誰よりも誇り高い彼が、追放された一人の令嬢のために、自らの『全ての名誉』を賭けるなど、常軌を逸しているとしか思えない。

彼の、自分を信じきった、真っ直ぐな瞳。
わたくしを守るように、その前に立ちはだかった、広い背中。

その一つ一つを思い出すたびに、胸の奥が、ぎゅうっと締め付けられるように苦しくなる。
まるで、熱に浮かされたかのように、頬が熱い。

(まさか……これが、世に言う、恋、というものですの……?)

はっとして、わたくしは自分の思考を打ち消した。

(いいえ、いいえ! ありえませんわ! わたくしが、あの、氷の騎士団長閣下に!? 推しは推し! 鑑賞し、その尊さに感謝し、心の糧とするべき存在であって、決して、そのような、生々しい恋愛の対象では断じてないはず……!)

自分でも、訳が分からない。
自分の感情なのに、自分の思い通りにならない。
こんなにも心が掻き乱されたのは、生まれて初めてのことだった。



いてもたってもいられなくなったわたくしは、意を決して、彼に直接、その理由を問いただそうと決めた。
そうしなければ、きっと、今夜は一睡もできそうにない。

彼の部屋の扉を、そっとノックする。
しかし、返事はなかった。
近くにいた彼の部下の騎士に尋ねると、「団長でいらっしゃいますか? それでしたら、おそらく、いつもの場所に…」と、別邸の屋上へと続く、小さなバルコニーの場所を教えてくれた。

石の階段を上り、重い扉を開ける。
ひやりとした夜風が、火照ったわたくしの頬を撫でた。

月明かりに照らされた、その狭いバルコニーに、彼は、一人で立っていた。
夜風に黒髪をなびかせながら、遠くに連なる山並みを、静かに見つめている。
その横顔は、まるで、精巧な彫刻のように美しかった。

わたくしは、音を立てないよう、そっと、彼の隣に並んで立った。
彼は、わたくしの気配にはとっくに気づいていたのだろう。驚いた様子も見せず、ただ、静かに隣に立つことを許してくれた。

しばらく、気まずい沈黙が流れる。
先にそれを破ったのは、わたくしの方だった。

「……閣下」

「なんだ」

「本日は、その……ありがとうございました。貴方には、また一つ、大きな借りを作ってしまいましたわね」

素直に礼を言いつつも、つい、少しだけ皮肉を混ぜてしまうのが、我ながら可愛げがないと思う。

「礼を言われる筋合いはない。俺は、ただ、俺が信じる正義を貫いただけだ」

彼は、相変わらず、ぶっきらぼうな口調を崩さない。

「ですが、貴方は、ご自身の『名誉』を賭けられましたわ。もし、万が一にも、わたくしが本当に、アイラ嬢の言うような魔女であったなら、貴方の立場は、どうなっていたことか……」

「ありえん」

わたくしの言葉を、彼はきっぱりと遮った。

「俺が、この目で見てきた貴様は、誰よりも人間臭く誰よりもこの地を愛しそして誰よりも努力するただの女だ。そこに、悪魔や魔女が入り込む隙など一欠片たりとも、ありはしない」

それは、彼がその目で見て感じたありのままの真実。
そして、わたくしに対する最大級の賛辞だった。
その、あまりにも真っ直ぐな言葉に、わたくしは胸を強く強く撃ち抜かれたような衝撃を受けた。

「……なぜ」

震える声で、一番、聞きたかった質問を、ようやく口にする。

「なぜ、わたくしのことを、そこまで……庇ってくださるのですか」

彼は、わたくしの方を見ようとはしない。
ただ、遠い夜空を見上げたまま、少しだけ間を置いて静かに静かに答えた。

「……言ったはずだ」

「え……?」

「俺の仕事が、これ以上増えるのはごめんだと」

また、その言葉。
ああ、本当に、この方は……。

けれど、不思議だった。
今のわたくしには、もうその言葉がただの言い訳で、彼のどうしようもなく不器用な照れ隠しでしかないことが痛いほどに分かってしまったのだから。

彼は、きっとまだ自分の心の中にある、この熱い感情の正体に気づいていない。
あるいは、気づいていてもそれをどう表現していいのか分からないだけなのかもしれない。

彼が放った言葉は、彼自身も気づかぬうちに、わたくしの心の一番柔らかい場所を深々と射抜く矢となっていた。

(ああ、わたくしは本当にこの方のことが……)

怒りでも、混乱でもない。
甘くて、少しだけ切なくてそしてどうしようもなく愛おしい感情が胸いっぱいに広がっていく。
もう、ごまかすことはできない。

月明かりの下、二人の間には言葉にならない、しかし、確かな想いが静かに通い合っていた。
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