婚約者ですか? 熨斗をつけて差し上げますわ!悪役令嬢を全力で応援する!

パリパリかぷちーの

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「はあ……。なんでわたくしが、こんな天気の良い日に王宮に来なければならないの」

王宮の広大な庭園。
色とりどりのバラが咲き誇る美しい小道を、わたくしは死んだ魚のような目で歩いておりました。

昨夜、アレクセイ様(悪魔)からの呼び出し状を受け取り、絶望の朝を迎えたわたくし。
しかし、公爵邸に向かう前に、一つだけ済ませなければならない用事がありました。

それは、王太子殿下との婚約破棄の正式な書類手続きです。

「サイン一つ書くだけで済むかと思ったら、王妃様への挨拶だの、侍従長からの説教だの……。長かったですわ……」

解放されたのは、太陽が中天に差し掛かる頃。
わたくしのHPは既に赤色点滅状態です。

(早く帰りたい。いや、この後は公爵邸に行かなければならないんだった。……人生、詰んでませんこと?)

ベンチを見つけ、どっこいしょと座り込んだその時です。

ガサガサッ!

背後の茂みが激しく揺れました。

「カテリーナ! 探しましたわよ!」

「ひえっ!?」

飛び出してきたのは、本日も気合の入った縦ロールを揺らすイザベラ様でした。
ドレスの裾に葉っぱがついていますが、気にする様子もありません。

「イ、イザベラ様? なぜ茂みから?」

「あなたを待ち伏せしていたのです! 正面から行くと、衛兵に止められますからね!」

「(不審者扱いされてますわ……)」

イザベラ様はわたくしの隣にドカッと座り込むと、鬼気迫る表情で詰め寄ってきました。

「カテリーナ、相談がありますの!」

「相談? わたくしにですか?」

「ええ。昨日の今日で癪ですが、あなたしか頼れる人がいないのです!」

イザベラ様はハンカチを取り出し、グスンと鼻を鳴らしました。
その目は少し赤く腫れています。

「殿下と……うまく会話ができないのです」

「……はい?」

わたくしは耳を疑いました。
あれほど熱烈に愛を叫んでいたお二人が?

「どういうことですの? 殿下は貴女様を『最高の装飾品』と褒めていらっしゃいましたのに」

「それが……! あの方、わたくしが何を言っても『君の瞳に乾杯』しか言わないのです!」

「ああ……(通常運転ですわね)」

「わたくしが『今日のドレスはいかが?』と聞いても『君の瞳に乾杯』。『お天気の話』をしても『君の瞳に乾杯』。……会話になりませんわ!」

イザベラ様が頭を抱えました。

「それに、デート中もずっと鏡を見ていらっしゃるし、わたくしの手作りクッキーを食べた感想が『僕の口内炎が治りそうだ』って……意味がわかりません!」

「(治癒魔法か何かだと思っているのかしら)」

わたくしは同情しました。
イザベラ様は、根は真面目な常識人なのです。
ただ、殿下への恋心が強すぎて盲目になっていただけ。
婚約者という立場になり、至近距離で殿下の奇行を目の当たりにして、ようやく「あれ? この人おかしいのでは?」と気づき始めたのでしょう。

しかし。
ここで「殿下はやめておいた方がいい」などとアドバイスしては、元の木阿弥です。
婚約破棄が白紙に戻され、わたくしが再び殿下の婚約者に返り咲く――それだけは絶対に阻止しなければなりません!

わたくしは居住まいを正し、聖女の微笑みを浮かべました。

「イザベラ様。それは貴女様の修行不足ですわ」

「しゅ、修行!?」

「ええ。殿下は高次元の存在。凡人の言葉など、もはやノイズに過ぎないのです」

「ノ、ノイズ……」

「ですから、イザベラ様。貴女がすべきことは『会話』ではありません。『拝聴』です」

「拝聴……?」

わたくしは人差し指を立てて、レクチャーを開始しました。
これぞ、わたくしが数年間の王太子妃教育で培った「対フレデリック用・脳死会話メソッド」です。

「いいですか。殿下が何かおっしゃったら、まず『さすがですわ!』と言ってください」

「さ、さすがですわ?」

「はい。次に『初めて知りました!』。そして『凄いですわ!』『センスがありますわね!』『そう来ましたか!』――この五つをローテーションで回すのです」

「そ、それだけでいいのですか? もっとこう、政治の話とか……」

「いけません! 殿下に難しい話をしてはいけません。彼の脳みそ……いえ、彼の繊細な思考回路がショートしてしまいます」

「は、はあ」

「殿下が求めているのは、議論のできるパートナーではありません。自分の声を反響させてくれる、性能の良い『壁』です」

「か、壁……?」

イザベラ様がポカンとしています。
少し言いすぎたでしょうか。
いいえ、これくらい言っておかないと、彼女の精神が持ちません。

「イザベラ様、貴女は壁におなりなさい。美しく、優雅で、決して否定しない壁に。そうすれば、殿下は安心して貴女のそばに居続けます」

「壁になる……」

イザベラ様はブツブツと呟きながら、何かを反芻しているようです。
やがて、カッと目を見開きました。

「わかりましたわ! つまり、わたくしが殿下の全てを受け止める、包容力のある女になればいいのですね!」

「(だいぶ解釈が違いますが)その通りです!」

「さすがカテリーナ! やはりあなたは、わたくしの師匠ですわ!」

ガシッ!

イザベラ様がわたくしの手を握りしめました。
その瞳は、尊敬の眼差しで輝いています。

「ありがとう! 早速実践してきますわ! 今から殿下とランチなのです!」

「ええ、頑張ってくださいませ(被害が拡大しないことを祈ります)」

イザベラ様はドレスの裾を翻し、嵐のように去っていきました。
「さすがですわー! 凄いですわー!」と練習する声が聞こえてきます。

「……ふぅ」

わたくしはベンチに背中を預け、虚空を見上げました。

「罪深いことをしましたわ……」

純真な令嬢に、虚無への入り口を教えてしまった罪悪感。
しかし、これもわたくしの平穏な老後のため。
イザベラ様には、人柱……いえ、愛の力で頑張っていただくしかありません。

「さて、と」

そろそろ行かなければなりません。
王宮の次は、魔王城(公爵邸)です。

「……帰りたい」

本日二度目の切実な願いを口にしながら、わたくしは重い腰を上げました。

その背後で。
先ほどまでわたくしたちが座っていたベンチの裏から、一人の男が姿を現したことに、わたくしは気づきませんでした。

「……『性能の良い壁』か。言い得て妙だな」

クスリと笑う声は、風の音にかき消されていきました。
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