婚約者ですか? 熨斗をつけて差し上げますわ!悪役令嬢を全力で応援する!

パリパリかぷちーの

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「まあ、カテリーナ様! なんてお可哀想な……!」

「いいえ、可哀想という言葉は失礼よ。なんて気高く、美しい自己犠牲精神でしょう!」

王宮の貴族たちが集うサロン。
本来なら、婚約破棄された「傷物」の令嬢は、ヒソヒソと陰口を叩かれるか、腫れ物扱いされるのが通例です。

しかし、今のわたくし、カテリーナ・フォン・クロイツを取り巻く状況は、異常としか言いようがありませんでした。

わたくしは、数十人の令嬢たちに取り囲まれ、もみくちゃにされていたのです。

「あの噂は本当ですの? 殿下の御身を案じて、自ら身を引かれたというのは!」

「殿下の『影』すらも尊いと崇め、あえて距離を置く決断をされたとか!」

「愛するがゆえの別れ……! わたくし、涙が止まりませんわ!」

令嬢たちがハンカチで目頭を押さえています。

わたくしは引きつった笑顔のまま、心の中で絶叫しました。

(ちーがーうー!! そうじゃないですわーー!!)

どうしてこうなったのでしょう。
昨日の今日で、情報の伝達速度がおかしすぎます。

わたくしは震える声で訂正を試みました。

「あ、あの、皆様? それは少々誤解が含まれておりまして……」

「誤解? ああ、ご謙遜なさらないで!」

「そうですわ! わたくしたちは知っておりますのよ。あなたが殿下の幸せを第一に考え、涙を飲んで悪役令嬢(イザベラ様)にその座を譲ったことを!」

「とんでもない聖女様ですわ……!」

キラキラとした尊敬の眼差し。
これが、わたくしが最も恐れていたものです。

「聖女」としての評価が上がれば上がるほど、「田舎で隠居」という夢は遠のきます。
国が、教会が、そして世論が、わたくしを手放さなくなるからです。

(まずい。非常にまずいですわ)

わたくしは冷や汗をダラダラと流しながら、必死に「聖女失格」アピールを開始しました。

「き、聞いてくださいまし! わたくし、実は昨日の夜、ヤケ酒をしてボトルを三本空けましたのよ! 聖女にあるまじき行為でしょう?」

「まあ……! それほどまでに深い悲しみを、お酒で紛らわせようと……!」

「胸が張り裂けそうですわ!」

失敗です。
「酒乱」アピールが「悲哀」に変換されました。

「そ、それに! 今朝だって二度寝をして、昼過ぎまで起きてきませんでしたの! ただの怠け者ですわ!」

「なんてこと……。悲しみのあまり、ベッドから起き上がる気力すら失っておいでだったのね……」

「わたくしがお世話に行きたいくらいですわ!」

大失敗です。
「怠惰」アピールが「心神喪失」に変換されました。

何を言っても好感度が上がるボーナスタイム。
これは悪夢以外の何物でもありません。

(誰か……誰かこの状況を止めて……!)

助けを求めるように入り口を見つめた、その時でした。

「……そこまでにしておけ。カテリーナ嬢が困っているだろう」

サロンの空気が、一瞬で凍りつきました。
波が引くように令嬢たちが道を開けます。

カツ、カツ、カツ。

現れたのは、黒の礼服を完璧に着こなした「氷の公爵」、アレクセイ様でした。
彼は群衆を睨みつけるような鋭い視線で一掃し、わたくしの元へ歩み寄ります。

「こ、公爵様……!」

「迎えに来たぞ、カテリーナ。……少し顔色が悪いな」

アレクセイ様はわたくしの腰に手を回し、ごく自然にエスコートの体勢に入りました。
周囲から「キャッ」と黄色い悲鳴が上がります。

「公爵様が、カテリーナ様を?」
「まさか、噂の『公爵様による保護』というのは本当だったの?」
「傷心の聖女様を支える氷の公爵……なんて絵になるのかしら!」

新たな燃料が投下されてしまいました。
アレクセイ様、貴方が来ると話がややこしくなるのですが!

「行こう。これ以上ここにいては、酸欠で倒れそうだ」

「……はい。助かりましたわ(半分くらい貴方のせいですが)」

わたくしたちはサロンを後にし、人気の少ない回廊へと出ました。

「ふぅ……。死ぬかと思いましたわ」

「人気者は辛いな、聖女様」

アレクセイ様がニヤニヤと笑っています。

「笑い事ではありません! なんですかあの解釈は! わたくしはただ、殿下が面倒くさいから捨てただけなのに!」

「世間というのは、美しい物語を好むものだ。『怠惰な女が厄介払いをした』という真実より、『愛ゆえの自己犠牲』という嘘のほうが、娯楽として消費しやすい」

「娯楽にしないでいただきたいですわ!」

わたくしは頭を抱えました。
このままでは、「悲劇のヒロイン」として銅像でも建てられかねません。

「どうすれば……どうすれば皆様に嫌われますの? いっそ、サロンの真ん中で鼻でもほじればよろしいでしょうか?」

「やめろ。それだけは俺が全力で止める」

アレクセイ様が真顔で止めました。
そして、少し考え込むような仕草を見せます。

「……だが、この状況は俺にとっても好都合だ」

「はい?」

「お前の評価が上がれば上がるほど、王家や教会はお前を無下には扱えなくなる。つまり、『カテリーナ嬢の意向』といえば、大抵のわがままは通るようになるということだ」

「……あ」

盲点でした。
確かに、「聖女様が静養を望んでいる」と言えば、誰も反対できないかもしれません。

「逆転の発想だ。この人気を利用して、『心身の疲労回復のため』という名目で、堂々とサボればいい」

「天才ですか……!」

アレクセイ様の後光が見えました。
そうです。
悲劇のヒロイン設定を利用すれば、「可哀想なカテリーナ様のために」と、みんながわたくしを甘やかしてくれるはず!

「ありがとうございます、公爵様! わたくし、決めましたわ! これからは『薄幸の美少女』を演じて、堂々と昼寝時間を確保します!」

「ああ、その意気だ。……ただし」

アレクセイ様が立ち止まり、わたくしを壁際に追い込みました。
恒例の壁ドンです。

「その『静養先』は、俺の屋敷に限るがな」

「……へ?」

「世間にはこう公表しよう。『ベルンシュタイン公爵が、傷心の聖女を責任を持って保護する』とな」

「保護、という名の飼育ですよね?」

「人聞きが悪い。……まあ、否定はしないが」

アレクセイ様の顔が近づいてきます。
その瞳は、獲物を逃がさない捕食者の色をしていました。

「お前が人気者になるのは構わないが、他の男が寄り付くのは癪だ。……外堀は、俺が埋めさせてもらうぞ」

「あの、公爵様? 距離が近いですわ」

「嫌か?」

「いえ、嫌ではありませんが……心臓に悪いです」

「ならいい」

チュッ。

「!!??」

わたくしの額に、柔らかな感触が落ちてきました。
一瞬の出来事。
アレクセイ様が離れると、彼は何食わぬ顔で歩き出しました。

「さあ、行くぞ。今日は『ル・ミエル』の新作タルトが入っている」

「……っ、ちょ、ちょっと待ってください! 今、何を!?」

「魔除けのまじないだ」

「まじない!?」

わたくしは真っ赤な顔で、大股で歩く彼を追いかけました。

サロンでの噂など、どうでもよくなるほどの大事件。
わたくしの心の中は、別の意味での大嵐に見舞われておりました。

(なんなのですか、あの人は! 心臓が持ちませんわ!)

平穏な老後どころか、毎日が波乱万丈。
わたくしのスローライフは、今日も公爵様の手によって、甘く危険な方向へと誘われていくのでした。
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