婚約者ですか? 熨斗をつけて差し上げますわ!悪役令嬢を全力で応援する!

パリパリかぷちーの

文字の大きさ
28 / 28

28

しおりを挟む
柔らかな陽光が降り注ぐ、ベルンシュタイン公爵邸の中庭。
色とりどりの花が咲き乱れるその中心に、巨大なハンモックが揺れておりました。

そこにいるのは、わたくし、カテリーナ・フォン・ベルンシュタイン公爵夫人です。

「……んー……」

わたくしはハンモックの上で、猫のように伸びをしました。
聞こえるのは小鳥のさえずりと、風が葉を揺らす音だけ。

平和です。
究極に平和です。

あの日、怒涛の結婚式を経てから数年。
わたくしは宣言通り、公爵邸の奥で「優雅なる引きこもり生活」を謳歌しておりました。

「カテリーナ様。お目覚めですか?」

音もなく現れたのは、元王室執事長のヘンリーです。

「……今、何時?」

「午後二時でございます。おやつのお時間ですよ」

「まあ、素晴らしい響き」

ヘンリーがサイドテーブルに置いたのは、冷えたフルーツティーと、プルプルのミルクプリン。
わたくしはハンモックから這い出し(降りるのすら面倒なので、這い出します)、ソファへと移動しました。

「奥様、本日のご予定ですが」

元官僚のジェームズが現れ、手帳を開きます。

「王妃殿下からのお茶会招待、および婦人会からのバザー協力依頼が来ておりますが」

「……ジェームズ?」

「はい。『夫人は現在、瞑想の修行に入っており、俗世との接触を断っております』と返信済みです」

「完璧ね。ボーナスを弾むわ」

「ありがとうございます」

これが、わたくしの日常です。
スーパー執事チームのおかげで、わたくしの元には面倒な仕事は一切回ってきません。
公爵夫人としての務めは、「存在すること」。
それだけで、なぜか社交界では「神秘のベールに包まれた高貴な夫人」として崇められているそうです。
チョロいものです。

「……相変わらず、堕落しているな」

低く、愛おしげな声がしました。
庭の奥から歩いてきたのは、わたくしの愛する旦那様、アレクセイ様です。

数年経ってもその美貌は衰えるどころか、大人の色気が増して、直視するのが危険なレベルになっています。

「あら、アレクセイ。お仕事は?」

「休憩だ。……お前の顔が見たくなってな」

アレクセイ様は迷わずわたくしの隣に座り、当然のように腰を引き寄せました。

「今日は随分と熟睡していたな。涎が出ていたぞ」

「嘘おっしゃい。わたくしは眠り姫のように美しく寝ていたはずよ」

「ああ、世界一美しい涎だった」

「もう!」

アレクセイ様は笑いながら、スプーンでプリンをすくい、わたくしの口元に運びました。

「ほら、あーん」

「……自分で食べられますわよ」

「俺が食べさせたいんだ。……口を開けろ」

わたくしは観念して口を開けました。
パクッ。
冷たくて甘いプリンが口の中に広がります。

「美味しい?」

「ええ、とっても」

「なら良かった。……お前が幸せそうに食べている顔を見るのが、俺の至福だからな」

アレクセイ様は、わたくしの唇についたシロップを、いつものように親指で拭い、自分の唇に運びました。
この甘やかし癖も、数年間変わっていません。
むしろ悪化しています。

「……アレクセイ。貴方、わたくしをダメ人間にする天才ね」

「何を今さら。お前を世界一の怠け者にするのが、俺の生涯の目標だと言っただろう」

「変な目標ですこと」

わたくしたちはクスクスと笑い合いました。

その時です。

「おじさまー! おばさまー!」

「突撃ーーっ!!」

静寂を切り裂く、元気な子供たちの声。
そして、ドタドタという足音。

「げっ」

わたくしとアレクセイ様が同時に顔を見合わせました。
このパターンは、アレです。

「カテリーナお義姉様ーーっ! 遊びに来ましたわよーーっ!!」

やはり。
ピンク色の旋風、イザベラ様です。
彼女は二人の子供(わんぱくな男の子と、おませな女の子)を引き連れ、嵐のように庭園に現れました。

「あら、イザベラ。今日は早いのね」

「ええ! だって聞いてくださいまし! 殿下がまたやったんですのよ!」

イザベラ様は、今や立派な王太子妃(そして二児の母)ですが、中身は全く変わっていません。
今日も元気に、夫の奇行を報告しに来たのです。

「殿下がね、『子供たちの夜泣きは、僕へのラブソングだ』って仰って、夜中に一緒に歌い出したんですの!」

「……それは近所迷惑ね」

「でしょう!? でも、その歌詞が『お眠り、僕の天使たち。パパの輝きが夢を照らすよ』って……もう、素敵すぎて泣いちゃいましたわ!」

「(泣くポイントがわかりません)」

イザベラ様は相変わらず、殿下のすべてをポジティブに変換して幸せそうです。
子供たちも「パパはキラキラしてかっこいいのー!」と叫んでおり、見事な英才教育が施されています。

「おばさま! 遊ぼう!」
「鬼ごっこしよう!」

子供たちがわたくしのドレスを引っ張ります。

「ええ~……おばさまは今、石になる呪いにかかっているから動けないのよ」

「えーっ! じゃあ、魔法で治してあげる! エイッ!」

男の子がわたくしのお腹にダイブしてきました。
重い。
元気すぎる。

「こら、こら。おばさまをいじめるな」

アレクセイ様が片手で男の子をひょいと持ち上げました。

「おばさまはな、世界で一番『動かないこと』が得意な生き物なんだ。無理に動かすと死んでしまうぞ」

「えっ、死んじゃうの!?」

「そうだ。だから、そっとしておいてやれ。……遊ぶなら、このおじさまが相手をしてやる」

「わーい! おじさま高い高いしてー!」

アレクセイ様は子供たちに囲まれ、高い高いをしたり、肩車をしたりと、意外にも面倒見の良い一面を見せています。
氷の公爵が、子供たちに揉みくちゃにされている姿。
なかなかレアで、微笑ましい光景です。

「ふふっ……お兄様ったら、すっかり良いパパ予備軍ですわね」

イザベラ様が、わたくしの隣に座り、紅茶を飲みながら言いました。

「そうね。……意外とマメなのよ、あの人」

「でお義姉様。……そちらの『準備』はいかがですの?」

イザベラ様が、意味深にわたくしのお腹に視線を落としました。

わたくしは、そっと自分のお腹に手を当てました。
まだ目立ちませんが、そこには小さな命が宿っています。

「……順調よ。最近、やたらと眠いのが困るけれど(いつも通りとも言う)」

「キャーッ! 楽しみですわ! 生まれたら、わたくしが毎日お世話に来ますからね!」

「それは遠慮したいわ……(教育方針が違いすぎるもの)」

「男の子かしら、女の子かしら。……きっとお兄様に似て美形で、お義姉様に似て……」

「似て?」

「大物(マイペース)になりますわね!」

「……褒め言葉として受け取っておくわ」

庭では、アレクセイ様が子供たちを追いかけて走り回っています。
その額には汗が滲み、本当に楽しそうな笑顔を浮かべていました。

やがて、ひとしきり遊んでイザベラ様たちが嵐のように帰っていくと、庭に再び静寂が戻ってきました。

「……ふぅ。疲れたな」

アレクセイ様がシャツのボタンを外し、わたくしの隣に倒れ込んできました。

「お疲れ様、アレクセイ。良い運動になったんじゃない?」

「ああ。だが、やはり俺の癒やしはこっちだ」

彼はわたくしのお腹に耳を当て、目を閉じました。

「……動いたか?」

「まだよ。この子はわたくしに似て、きっとお腹の中で寝ているのね」

「くくく……そうか。なら、起こさないようにしないとな」

アレクセイ様は愛おしそうにお腹を撫で、それからわたくしの顔を見上げました。

「カテリーナ」

「なぁに?」

「ありがとう」

「何が?」

「俺を選んでくれて。……俺に、こんなに騒がしくて幸せな日常をくれて」

彼の青い瞳が、夕陽を浴びて優しく輝いていました。

わたくしは、彼の髪を指で梳きながら微笑みました。

「お礼を言うのはわたくしの方よ。……こんな怠け者に、最高の居場所をくれたんだもの」

「ああ。一生守ってやる」

アレクセイ様が身を起こし、夕暮れの中、わたくしたちはゆっくりと口づけを交わしました。

かつて、面倒なことから逃げ出し、平穏な老後を夢見ていたわたくし。
でも今は、この愛すべき夫と、これから生まれてくる新しい家族、そして騒がしい親戚たちに囲まれたこの場所こそが、世界で一番「居心地の良い場所」だと知っています。

「さて、アレクセイ」

「ん?」

「夕食の時間よ。今日はハンバーグが食べたいわ」

「わかった。シェフに特大を作らせよう」

「それと、食後のデザートも忘れないでね」

「もちろん」

アレクセイ様はわたくしを軽々と抱き上げました。
お姫様抱っこも、もう慣れたものです。

「さあ、帰ろうか。俺たちの家に」

「ええ。……明日も明後日も、思いっきりダラダラしましょうね」

「ああ。望むところだ」

聖女カテリーナは、今日も悪役令嬢(だった義妹)に応援され、氷の公爵に溺愛されながら、全力で怠惰な幸せを噛み締めています。

これが、わたくしのハッピーエンド。
婚約者ですか?
熨斗をつけて差し上げましたが……代わりに貰ったこの幸せは、誰にも譲りませんことよ!
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

「お前との婚約はなかったことに」と言われたので、全財産持って逃げました

ほーみ
恋愛
 その日、私は生まれて初めて「人間ってここまで自己中心的になれるんだ」と知った。 「レイナ・エルンスト。お前との婚約は、なかったことにしたい」  そう言ったのは、私の婚約者であり王太子であるエドワルド殿下だった。 「……は?」  まぬけな声が出た。無理もない。私は何の前触れもなく、突然、婚約を破棄されたのだから。

【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。

銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。 しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。 しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

白い結婚を告げようとした王子は、冷遇していた妻に恋をする

夏生 羽都
恋愛
ランゲル王国の王太子ヘンリックは結婚式を挙げた夜の寝室で、妻となったローゼリアに白い結婚を宣言する、 ……つもりだった。 夫婦の寝室に姿を見せたヘンリックを待っていたのは、妻と同じ髪と瞳の色を持った見知らぬ美しい女性だった。 「『愛するマリーナのために、私はキミとは白い結婚とする』でしたか? 早くおっしゃってくださいな」 そう言って椅子に座っていた美しい女性は悠然と立ち上がる。 「そ、その声はっ、ローゼリア……なのか?」 女性の声を聞いた事で、ヘンリックはやっと彼女が自分の妻となったローゼリアなのだと気付いたのだが、驚きのあまり白い結婚を宣言する事も出来ずに逃げるように自分の部屋へと戻ってしまうのだった。 ※こちらは「裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。」のIFストーリーです。 ヘンリック(王太子)が主役となります。 また、上記作品をお読みにならなくてもお楽しみ頂ける内容となっております。

【完結】旦那は堂々と不倫行為をするようになったのですが離婚もさせてくれないので、王子とお父様を味方につけました

よどら文鳥
恋愛
 ルーンブレイス国の国家予算に匹敵するほどの資産を持つハイマーネ家のソフィア令嬢は、サーヴィン=アウトロ男爵と恋愛結婚をした。  ソフィアは幸せな人生を送っていけると思っていたのだが、とある日サーヴィンの不倫行為が発覚した。それも一度や二度ではなかった。  ソフィアの気持ちは既に冷めていたため離婚を切り出すも、サーヴィンは立場を理由に認めようとしない。  更にサーヴィンは第二夫妻候補としてラランカという愛人を連れてくる。  再度離婚を申し立てようとするが、ソフィアの財閥と金だけを理由にして一向に離婚を認めようとしなかった。  ソフィアは家から飛び出しピンチになるが、救世主が現れる。  後に全ての成り行きを話し、ロミオ=ルーンブレイス第一王子を味方につけ、更にソフィアの父をも味方につけた。  ソフィアが想定していなかったほどの制裁が始まる。

〖完結〗旦那様が愛していたのは、私ではありませんでした……

藍川みいな
恋愛
「アナベル、俺と結婚して欲しい。」 大好きだったエルビン様に結婚を申し込まれ、私達は結婚しました。優しくて大好きなエルビン様と、幸せな日々を過ごしていたのですが…… ある日、お姉様とエルビン様が密会しているのを見てしまいました。 「アナベルと結婚したら、こうして君に会うことが出来ると思ったんだ。俺達は家族だから、怪しまれる心配なくこの邸に出入り出来るだろ?」 エルビン様はお姉様にそう言った後、愛してると囁いた。私は1度も、エルビン様に愛してると言われたことがありませんでした。 エルビン様は私ではなくお姉様を愛していたと知っても、私はエルビン様のことを愛していたのですが、ある事件がきっかけで、私の心はエルビン様から離れていく。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 かなり気分が悪い展開のお話が2話あるのですが、読まなくても本編の内容に影響ありません。(36話37話) 全44話で完結になります。

処理中です...