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「(ふふっ、ふふふふふ……!)」
グランツ侯爵家へ向かう馬車の中。
ナーナリアは、込み上げる笑いを抑えるのに必死だった。
「お嬢様。おやめください。不気味でございます」
「失礼な! アマンダ! これは喜びの笑いですわ!」
「婚約破棄された直後の令嬢が、喜んで馬車を揺らしているなど。誰が信じましょうか」
「事実ですもの! ああ、空気が美味しい! 窓を開けて!」
「夜風が冷えますので却下いたします」
「ちっ」
ナーナリアは、頬杖をついて窓の外を眺めた。
(ようやく終わったわ。あのお妃教育)
(刺繍、ダンス、王家歴史学、第二外国語、第三外国語……!)
(これからは! 好きなだけケルベロスと泥遊びして! 好きなだけ新作ケーキを買い食いですわ!)
「……お嬢様。屋敷に着いたら、旦那様と奥様に、どうご報告を?」
「もちろん、ありのままを報告しますわ。『やりました! 破棄されました!』と」
「……旦那様、卒倒なさるのでは?」
「あら、どうでしょう?」
そんな軽口を叩いているうちに、馬車はグランツ侯爵邸に到着した。
「おかえりなさいませ、お嬢様!」
「ただいま戻りましたわ、セバスチャン」
出迎えた老執事に、ナーナリアは満面の笑みを向けた。
「まあ、ずいぶんご機嫌麗しゅう。パーティーは楽しめましたかな?」
「ええ! 最高でしたわ! 人生で一番と言っても過言ではありません!」
「それはようございました。……ところで、エドワード王子はご一緒では?」
「ああ、王子ならリリア様と熱烈に愛を語らっておりましたわ。わたくし、邪魔者でしたので帰ってきましたの」
「……はて?」
首を傾げるセバスチャンをよそに、ナーナリアは絨毯の敷かれた廊下を突き進む。
向かうは、家族が待つであろう談話室。
「(さあ、報告ですわ!)」
ナーナリアは、重厚な扉を勢いよく開け放った。
「ただいま戻りましたわ! お父様! お母様! お兄様!」
談話室には、グランツ侯爵家の面々が勢ぞろいしていた。
「おお、ナーナリア。ずいぶん早かったな」
ソファにふんぞり返っていたのは、父・グランツ侯爵。
筋肉隆々、元騎士団長。趣味は「素手で熊を倒すこと」。
「あら、おかえりなさい。パーティーのケーキは美味しかったかしら?」
優雅に紅茶を飲んでいたのは、母・グランツ侯爵夫人。
元宮廷魔導師。趣味は「新薬の開発(よく爆発する)」。
「遅かったじゃないかナーナリア! 兄ちゃん、お前が王子に雑に扱われないか心配で、夜しか眠れなかったぞ!」
暖炉の前で剣の手入れをしていたのは、兄・アレクシス。
現役騎士団員。趣味は「妹(ナーナリア)の護衛」。極度のシスコン。
「皆様! ご報告がございます!」
ナーナリアは、部屋の中央に進み出て、高らかに宣言した。
「わたくし、ナーナリア・フォン・グランツは! ただ今、エドワード第二王子殿下より!」
「「「(ゴクリ)……」」」
三人の視線が集中する。
「婚約破棄を、言い渡されましたわあああ!」
「…………」
シーン。
時が止まる。
父は、口ひげをピクリと動かし。
母は、紅茶のカップをソーサーに戻し。
兄は、剣を床に落とした。カラン、と乾いた音が響く。
「……あの、皆様?」
ナーナリアが不安になった、その時。
「……そうか」
父が、ゆっくりと立ち上がった。
「そうか! やったか! ナーナリア!」
「え?」
「「「おめでとう!!!」」」
父、母、兄が、一斉にクラッカーを鳴らした。(どこに持っていた)
「え? え? あの、お父様?」
「よくやったナーナリア! ついにやったな!」
父が、娘の肩をバシバシと叩く。痛い。
「さすが我が娘! あの軟弱な王子を、よくぞ振ってやった!」
「いえ、振ったのではなく、振られたのですが」
「同じことだ! セバスチャン! 一番高い酒を持ってこい! 祝杯だ!」
「おお、お母様! 『破棄おめでとうケーキ』を焼いておきましたわよ!」
母が、どこからか三段重ねの巨大なケーキ(少し焦げている)を運んできた。
「お兄様まで!」
「ナーナリア……! よかった……本当によかった……!」
兄アレクシスが、号泣しながら妹に抱きついてきた。
「これで、お前はあのチャラチャラした王子のものにならずに済む……! 兄ちゃん、嬉しい!」
「(重い……そして暑苦しいですわ……)」
「さあ! 飲みましょう! 歌いましょう!」
父が、酒瓶のコルクを天井に向けて(物理的に)弾き飛ばす。
「わたくしの開発した『飲むと陽気になる薬(試作)』も入れますわね!」
「お母様、それはやめてくださいまし! 先日、使用人たちが三日三晩踊り続けたではございませんか!」
「ナーナリア! まずは兄ちゃんと一曲、勝利のダンスを踊ろう!」
「お兄様! 剣を持ったまま近寄らないでください!」
グランツ侯爵家の談話室は、王宮のパーティー会場よりも、よほど騒がしく、カオスに満ちていた。
「(……まあ、いいですわ)」
ナーナリアは、母が差し出すケーキ(焦げた部分を避けながら)を受け取った。
「おめでとう、ナーナリア。自由の身ね」
「はい、お母様!」
(これですわ!)
(これが、わたくしの望んだ自由!)
ナーナリアは、王宮での婚約破棄の瞬間よりも、今この瞬間の方が、何倍も幸せだと感じていた。
「よーし、父さん、嬉しすぎて熊でも倒してくるか!」
「あなた、夜道は危ないですわよ。せめて魔獣にしてくださいな」
「兄ちゃんは、明日、王子に稽古(という名のシゴキ)をつけてくるぞ!」
「(……それが一番面倒なことになりそうですわ)」
ナーナ"リアの、波乱万丈(?)な自由生活は、こうして家族からの盛大すぎる祝福と共に、幕を開けたのだった。
グランツ侯爵家へ向かう馬車の中。
ナーナリアは、込み上げる笑いを抑えるのに必死だった。
「お嬢様。おやめください。不気味でございます」
「失礼な! アマンダ! これは喜びの笑いですわ!」
「婚約破棄された直後の令嬢が、喜んで馬車を揺らしているなど。誰が信じましょうか」
「事実ですもの! ああ、空気が美味しい! 窓を開けて!」
「夜風が冷えますので却下いたします」
「ちっ」
ナーナリアは、頬杖をついて窓の外を眺めた。
(ようやく終わったわ。あのお妃教育)
(刺繍、ダンス、王家歴史学、第二外国語、第三外国語……!)
(これからは! 好きなだけケルベロスと泥遊びして! 好きなだけ新作ケーキを買い食いですわ!)
「……お嬢様。屋敷に着いたら、旦那様と奥様に、どうご報告を?」
「もちろん、ありのままを報告しますわ。『やりました! 破棄されました!』と」
「……旦那様、卒倒なさるのでは?」
「あら、どうでしょう?」
そんな軽口を叩いているうちに、馬車はグランツ侯爵邸に到着した。
「おかえりなさいませ、お嬢様!」
「ただいま戻りましたわ、セバスチャン」
出迎えた老執事に、ナーナリアは満面の笑みを向けた。
「まあ、ずいぶんご機嫌麗しゅう。パーティーは楽しめましたかな?」
「ええ! 最高でしたわ! 人生で一番と言っても過言ではありません!」
「それはようございました。……ところで、エドワード王子はご一緒では?」
「ああ、王子ならリリア様と熱烈に愛を語らっておりましたわ。わたくし、邪魔者でしたので帰ってきましたの」
「……はて?」
首を傾げるセバスチャンをよそに、ナーナリアは絨毯の敷かれた廊下を突き進む。
向かうは、家族が待つであろう談話室。
「(さあ、報告ですわ!)」
ナーナリアは、重厚な扉を勢いよく開け放った。
「ただいま戻りましたわ! お父様! お母様! お兄様!」
談話室には、グランツ侯爵家の面々が勢ぞろいしていた。
「おお、ナーナリア。ずいぶん早かったな」
ソファにふんぞり返っていたのは、父・グランツ侯爵。
筋肉隆々、元騎士団長。趣味は「素手で熊を倒すこと」。
「あら、おかえりなさい。パーティーのケーキは美味しかったかしら?」
優雅に紅茶を飲んでいたのは、母・グランツ侯爵夫人。
元宮廷魔導師。趣味は「新薬の開発(よく爆発する)」。
「遅かったじゃないかナーナリア! 兄ちゃん、お前が王子に雑に扱われないか心配で、夜しか眠れなかったぞ!」
暖炉の前で剣の手入れをしていたのは、兄・アレクシス。
現役騎士団員。趣味は「妹(ナーナリア)の護衛」。極度のシスコン。
「皆様! ご報告がございます!」
ナーナリアは、部屋の中央に進み出て、高らかに宣言した。
「わたくし、ナーナリア・フォン・グランツは! ただ今、エドワード第二王子殿下より!」
「「「(ゴクリ)……」」」
三人の視線が集中する。
「婚約破棄を、言い渡されましたわあああ!」
「…………」
シーン。
時が止まる。
父は、口ひげをピクリと動かし。
母は、紅茶のカップをソーサーに戻し。
兄は、剣を床に落とした。カラン、と乾いた音が響く。
「……あの、皆様?」
ナーナリアが不安になった、その時。
「……そうか」
父が、ゆっくりと立ち上がった。
「そうか! やったか! ナーナリア!」
「え?」
「「「おめでとう!!!」」」
父、母、兄が、一斉にクラッカーを鳴らした。(どこに持っていた)
「え? え? あの、お父様?」
「よくやったナーナリア! ついにやったな!」
父が、娘の肩をバシバシと叩く。痛い。
「さすが我が娘! あの軟弱な王子を、よくぞ振ってやった!」
「いえ、振ったのではなく、振られたのですが」
「同じことだ! セバスチャン! 一番高い酒を持ってこい! 祝杯だ!」
「おお、お母様! 『破棄おめでとうケーキ』を焼いておきましたわよ!」
母が、どこからか三段重ねの巨大なケーキ(少し焦げている)を運んできた。
「お兄様まで!」
「ナーナリア……! よかった……本当によかった……!」
兄アレクシスが、号泣しながら妹に抱きついてきた。
「これで、お前はあのチャラチャラした王子のものにならずに済む……! 兄ちゃん、嬉しい!」
「(重い……そして暑苦しいですわ……)」
「さあ! 飲みましょう! 歌いましょう!」
父が、酒瓶のコルクを天井に向けて(物理的に)弾き飛ばす。
「わたくしの開発した『飲むと陽気になる薬(試作)』も入れますわね!」
「お母様、それはやめてくださいまし! 先日、使用人たちが三日三晩踊り続けたではございませんか!」
「ナーナリア! まずは兄ちゃんと一曲、勝利のダンスを踊ろう!」
「お兄様! 剣を持ったまま近寄らないでください!」
グランツ侯爵家の談話室は、王宮のパーティー会場よりも、よほど騒がしく、カオスに満ちていた。
「(……まあ、いいですわ)」
ナーナリアは、母が差し出すケーキ(焦げた部分を避けながら)を受け取った。
「おめでとう、ナーナリア。自由の身ね」
「はい、お母様!」
(これですわ!)
(これが、わたくしの望んだ自由!)
ナーナリアは、王宮での婚約破棄の瞬間よりも、今この瞬間の方が、何倍も幸せだと感じていた。
「よーし、父さん、嬉しすぎて熊でも倒してくるか!」
「あなた、夜道は危ないですわよ。せめて魔獣にしてくださいな」
「兄ちゃんは、明日、王子に稽古(という名のシゴキ)をつけてくるぞ!」
「(……それが一番面倒なことになりそうですわ)」
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