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「はあ……! 満足ですわ!」
グランツ侯爵邸の自室。
ナーナリアは、ベッドに(淑女にあるまじき姿で)大の字になっていた。
「お嬢様。はしたのうございます。それと、服にジェラートのシミが」
「いいのです、アマンダ! 洗濯すれば落ちますわ!」
「そういう問題では……」
侍女の小言も、今のナーナリアには届かない。
「クレープは衛兵のせいで逃しましたが、あの裏路地の『濃厚ミルクジェラート』は絶品でしたわ!」
「(ケルベロス様が店主を威嚇して、半額にさせてしまったことには触れないでおきましょう)」
「ああ、自由って素晴らしい! 明日はどこへ行こうかしら! 鍛冶屋街の串焼きも捨てがたいですわ!」
「お嬢様、そろそろ旦那様に『ケルベロス様禁止令』が出されますわよ」
「それだけは阻止しなくては!」
ナーナリアが、ガバッと起き上がった、その時。
コンコン、と控えめなノック。
「失礼いたします。お嬢様」
老執事のセバスチャンが、固い表情で入室してきた。
「どうしたのセバスチャン。わたくし、お腹が空きましたわ。おやつの時間ですわよ」
「……お嬢様。王宮より、使いが参りました」
「王宮?」
ナーナリアは、途端に不機嫌な顔になった。
「昨日、あんなにスッキリと縁を切ったはずですのに。今更なんの御用ですの」
「それが……これにございます」
セバスチャンが差し出したのは、国王陛下の紋章が入った、紛れもない「召喚状」だった。
「……はあ。面倒ですわ」
---
「「「なんだと!!」」」
談話室に、父と兄の怒声が響き渡った。
「国王陛下から、ナーナリアに召喚状だと!?」
父、グランツ侯爵が、読んでいた新聞(経済面)を素手で握りつぶす。
「許さん……! きっとそうだ! あの軟弱王子が、ナーナリアの良さに今更気づいて『婚約破棄を撤回したい』などと泣きついてきたに違いない!」
兄アレクシスが、壁にかけてあった愛剣(実戦用)を引き抜いた。
「お兄様、落ち着いて。まだそうと決まったわけでは」
「いや! ナーナリア! お前は優しすぎる!」
「そうですわ。あなた、優しさにつけこまれて『やっぱり戻ってきてくれ』とか言われたら、どうするつもり?」
母まで、実験用の怪しいフラスコを振りながら心配し始めた。
「(わたくし、そんなに優しくありませんわ……)」
「よし! 父さんも行こう!」
「お父様まで!?」
「国王陛下に、直談判してやる! 『うちの娘は、もうあんたのところの嫁にはやらん!』と!」
「兄ちゃんは、王子の訓練所(という名の地獄)に連行する!」
「ああ、もう! 騒がしいですわ!」
ナーナリアは、両手を腰に当てて叫んだ。
「わたくし一人で行ってまいります! 多分、昨日のパーティーの事後処理か何かでしょう!」
「しかし!」
「お父様たちが来たら、話が『戦争』になりますわ! いいですね! お留守番!」
ナーナリアは、家族(という名の戦闘狂たち)を無理やり言いくるめ、渋々、王宮へと向かう馬車に乗り込んだのだった。
---
王宮、謁見の間。
「ナーナリア・フォン・グランツ。参上いたしました」
ナーナリアが、完璧なカーテシーをとる。
玉座には、この国の王、アデルベルトが座っていた。
「うむ。面を上げよ、ナーナリア嬢」
国王は、疲れたような顔でため息をついた。
「……まずは、すまなかったな。息子のエドワードが、大勢の前でそなたに恥をかかせた」
「陛下。お言葉ですが、わたくし、恥などかいてはおりません」
「……ほう?」
「事実を淡々と受け止めたまで。むしろ、自由の身になれて清々しておりますわ」
「(清々……か)」
国王は、手元の書類に目を落とした。
「その『清々した』そなたが、今朝方、王都の広場で何をしたか、報告が上がっているのだが」
「(……!)」
ナーナリアの背中に、嫌な汗が流れた。
「衛兵からの報告によると……『冥府の番犬を連れた令嬢、市街地で暴れる』『衛兵部隊、遠吠え一発で壊滅』……」
「誤解ですわ、陛下!」
「ほう、誤解とな」
「あれはケルベロス! わたくしの愛犬ですの! 少し体が大きいだけで、とても臆病な(嘘)、可愛い子ですのよ!」
「……そうか。その『愛犬』が、衛兵たちにPTSDを植え付けた、と」
「うっ……」
国王は、再び深いため息をついた。
「ナーナリア嬢。そなたの性格が『規格外』であることは、エドワードとの婚約時から承知していた」
「(規格外、失礼ですわね)」
「だが、王子という『枷』が外れた今、そなたがどこへ飛んでいくか、正直、私には予測がつかん」
「わたくし、買い食いをするくらいですわ」
「その買い食いで、衛兵が壊滅しているのだ」
国王は、こめかみを押さえた。
「よって、決めた。そなたには『監視』をつける」
「監視ですって!?」
ナーナリアは、思わず声を荒げた。
「わたくしは自由ですのよ! なぜ、婚約破棄された上に、まだ監視されねばならないのです!」
「『護衛』と言い換えてもよい。そなたは侯爵令嬢。元・王子の婚約者だ。何をされるか分からんからな」
「結構ですわ! わたくしにはケルベロスが」
「そのケルベロスごと、監視対象だ」
「なんですって!」
ナーナリアが抗議しようとした、その時。
「……入れ」
国王が、低い声で命じた。
ギィ……と、謁見の間の扉が開く。
入ってきたのは、一人の騎士だった。
黒い、装飾の一切ない騎士服。
銀灰色の髪を、無造作に後ろで束ねている。
そして、その顔には、一切の感情が浮かんでいなかった。
(……人形? それとも、蝋細工ですの?)
ナーナリアが、そう思うほどの無表情。
ただ、その青い瞳だけが、氷のように冷たい光を放っていた。
「カイ・ランバートだ」
国王が紹介する。
「王宮騎士団所属。辺境伯家の次男だが、実力は随一。『氷の騎士』と呼ばれている」
(氷の騎士……なるほど、ですわ)
カイと呼ばれた騎士は、ナーナリアを一瞥すると、国王に向かって無言で一礼した。
「彼に、そなたの『護衛』……もとい、『監視』を命じる」
「……」
カイは、再びナーナリアを見た。
その視線は、まるで「道端の石」でも見るかのように、何の感情もこもっていない。
「(……最悪ですわ)」
ナーナリアは、心の中で、本日一番の大きなため息をついた。
自由になったはずの悪役令嬢に、今度は「氷の監視役」という、新たな枷がはめられようとしていた。
グランツ侯爵邸の自室。
ナーナリアは、ベッドに(淑女にあるまじき姿で)大の字になっていた。
「お嬢様。はしたのうございます。それと、服にジェラートのシミが」
「いいのです、アマンダ! 洗濯すれば落ちますわ!」
「そういう問題では……」
侍女の小言も、今のナーナリアには届かない。
「クレープは衛兵のせいで逃しましたが、あの裏路地の『濃厚ミルクジェラート』は絶品でしたわ!」
「(ケルベロス様が店主を威嚇して、半額にさせてしまったことには触れないでおきましょう)」
「ああ、自由って素晴らしい! 明日はどこへ行こうかしら! 鍛冶屋街の串焼きも捨てがたいですわ!」
「お嬢様、そろそろ旦那様に『ケルベロス様禁止令』が出されますわよ」
「それだけは阻止しなくては!」
ナーナリアが、ガバッと起き上がった、その時。
コンコン、と控えめなノック。
「失礼いたします。お嬢様」
老執事のセバスチャンが、固い表情で入室してきた。
「どうしたのセバスチャン。わたくし、お腹が空きましたわ。おやつの時間ですわよ」
「……お嬢様。王宮より、使いが参りました」
「王宮?」
ナーナリアは、途端に不機嫌な顔になった。
「昨日、あんなにスッキリと縁を切ったはずですのに。今更なんの御用ですの」
「それが……これにございます」
セバスチャンが差し出したのは、国王陛下の紋章が入った、紛れもない「召喚状」だった。
「……はあ。面倒ですわ」
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「「「なんだと!!」」」
談話室に、父と兄の怒声が響き渡った。
「国王陛下から、ナーナリアに召喚状だと!?」
父、グランツ侯爵が、読んでいた新聞(経済面)を素手で握りつぶす。
「許さん……! きっとそうだ! あの軟弱王子が、ナーナリアの良さに今更気づいて『婚約破棄を撤回したい』などと泣きついてきたに違いない!」
兄アレクシスが、壁にかけてあった愛剣(実戦用)を引き抜いた。
「お兄様、落ち着いて。まだそうと決まったわけでは」
「いや! ナーナリア! お前は優しすぎる!」
「そうですわ。あなた、優しさにつけこまれて『やっぱり戻ってきてくれ』とか言われたら、どうするつもり?」
母まで、実験用の怪しいフラスコを振りながら心配し始めた。
「(わたくし、そんなに優しくありませんわ……)」
「よし! 父さんも行こう!」
「お父様まで!?」
「国王陛下に、直談判してやる! 『うちの娘は、もうあんたのところの嫁にはやらん!』と!」
「兄ちゃんは、王子の訓練所(という名の地獄)に連行する!」
「ああ、もう! 騒がしいですわ!」
ナーナリアは、両手を腰に当てて叫んだ。
「わたくし一人で行ってまいります! 多分、昨日のパーティーの事後処理か何かでしょう!」
「しかし!」
「お父様たちが来たら、話が『戦争』になりますわ! いいですね! お留守番!」
ナーナリアは、家族(という名の戦闘狂たち)を無理やり言いくるめ、渋々、王宮へと向かう馬車に乗り込んだのだった。
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王宮、謁見の間。
「ナーナリア・フォン・グランツ。参上いたしました」
ナーナリアが、完璧なカーテシーをとる。
玉座には、この国の王、アデルベルトが座っていた。
「うむ。面を上げよ、ナーナリア嬢」
国王は、疲れたような顔でため息をついた。
「……まずは、すまなかったな。息子のエドワードが、大勢の前でそなたに恥をかかせた」
「陛下。お言葉ですが、わたくし、恥などかいてはおりません」
「……ほう?」
「事実を淡々と受け止めたまで。むしろ、自由の身になれて清々しておりますわ」
「(清々……か)」
国王は、手元の書類に目を落とした。
「その『清々した』そなたが、今朝方、王都の広場で何をしたか、報告が上がっているのだが」
「(……!)」
ナーナリアの背中に、嫌な汗が流れた。
「衛兵からの報告によると……『冥府の番犬を連れた令嬢、市街地で暴れる』『衛兵部隊、遠吠え一発で壊滅』……」
「誤解ですわ、陛下!」
「ほう、誤解とな」
「あれはケルベロス! わたくしの愛犬ですの! 少し体が大きいだけで、とても臆病な(嘘)、可愛い子ですのよ!」
「……そうか。その『愛犬』が、衛兵たちにPTSDを植え付けた、と」
「うっ……」
国王は、再び深いため息をついた。
「ナーナリア嬢。そなたの性格が『規格外』であることは、エドワードとの婚約時から承知していた」
「(規格外、失礼ですわね)」
「だが、王子という『枷』が外れた今、そなたがどこへ飛んでいくか、正直、私には予測がつかん」
「わたくし、買い食いをするくらいですわ」
「その買い食いで、衛兵が壊滅しているのだ」
国王は、こめかみを押さえた。
「よって、決めた。そなたには『監視』をつける」
「監視ですって!?」
ナーナリアは、思わず声を荒げた。
「わたくしは自由ですのよ! なぜ、婚約破棄された上に、まだ監視されねばならないのです!」
「『護衛』と言い換えてもよい。そなたは侯爵令嬢。元・王子の婚約者だ。何をされるか分からんからな」
「結構ですわ! わたくしにはケルベロスが」
「そのケルベロスごと、監視対象だ」
「なんですって!」
ナーナリアが抗議しようとした、その時。
「……入れ」
国王が、低い声で命じた。
ギィ……と、謁見の間の扉が開く。
入ってきたのは、一人の騎士だった。
黒い、装飾の一切ない騎士服。
銀灰色の髪を、無造作に後ろで束ねている。
そして、その顔には、一切の感情が浮かんでいなかった。
(……人形? それとも、蝋細工ですの?)
ナーナリアが、そう思うほどの無表情。
ただ、その青い瞳だけが、氷のように冷たい光を放っていた。
「カイ・ランバートだ」
国王が紹介する。
「王宮騎士団所属。辺境伯家の次男だが、実力は随一。『氷の騎士』と呼ばれている」
(氷の騎士……なるほど、ですわ)
カイと呼ばれた騎士は、ナーナリアを一瞥すると、国王に向かって無言で一礼した。
「彼に、そなたの『護衛』……もとい、『監視』を命じる」
「……」
カイは、再びナーナリアを見た。
その視線は、まるで「道端の石」でも見るかのように、何の感情もこもっていない。
「(……最悪ですわ)」
ナーナリアは、心の中で、本日一番の大きなため息をついた。
自由になったはずの悪役令嬢に、今度は「氷の監視役」という、新たな枷がはめられようとしていた。
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