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翌朝。
ナーナリアは、昨日とは打って変わって不機嫌な顔で目を覚ました。
「(……最悪の目覚めですわ)」
窓の外は快晴。
小鳥たちは楽しそうに歌っている。
「アマンダ! 支度を!」
「はい、お嬢様。本日はどちらへ?」
「決まっておりますわ! 昨日、衛兵に邪魔された『買い食いリベンジ』ですの!」
「……お嬢様。本日から、カイ様が」
「わかっておりますわ! あの氷人形のことでしょう!」
ナーナリアは、わざと音を立てて立ち上がった。
「わたくしがどこへ行こうと、あの騎士には関係ありません! 監視するというなら、勝手にさせておけばいいのですわ!」
「(すでに、かなり気になさっているご様子……)」
アマンダは、賢くもそれを口には出さなかった。
「さあ、ケルベロス! お散歩のお時間ですわよ!」
「(ブオオオオオン!!!)」
地響きのような喜びの雄叫びが、屋敷中に響き渡った。
---
グランツ侯爵邸の、重厚な玄関ホール。
ナーナリアが、愛犬ケルベロス(巨大)のリードを手に降りていくと。
そこには、案の定、壁のように「それ」が立っていた。
「…………」
黒い騎士服。
銀灰色の髪。
一切の感情を映さない、氷の騎士カイ・ランバート。
「(うっ……朝から圧が強いですわ)」
ナーナリアは、わざと優雅に階段を降りきった。
「ごきげんよう、騎士様。朝早くからご苦労なことですわね」
「…………(無言で一礼)」
「わたくし、これから愛犬とお散歩に出かけますの。ご自由に監視なさって結構よ」
「(グルルル……)」
ケルベロスが、三つの頭でカイを威嚇する。
屋敷の使用人なら、間違いなく腰を抜かす迫力だ。
しかし。
「…………」
カイは、地獄の番犬を一瞥しただけ。
眉一つ、動かさない。
「(……面白くありませんわね)」
ナーナリアは、少しムッとした。
「行きますわよ、ケルベロス! 今日こそクレープですわ!」
「(バウ!)」
ナーナリアが、勢いよく屋敷を飛び出す。
カイは、影のように、無言でその後ろについてきた。
---
王都、目抜き通り。
「(……近い! 近すぎますわ!)」
ナーナリアは、イライラしていた。
カイは、ナーナリアのきっかり三歩後ろを、一定の距離でついてくる。
近づきすぎず、離れすぎず。
まさに「監視」の距離だ。
「わたくしがどこへ行こうと、勝手ですわ!」
ナーナリアは、振り返りもせずに叫んだ。
「職務だ」
今日、初めて聞いた彼の声は、その氷のような見た目通りの、低く、抑揚のないものだった。
「ケルベロスの散歩を邪魔する権利など、貴方にはありませんわ!」
「邪魔はしていない」
「(くっ……! 会話が成立しませんわ!)」
昨日、衛兵を壊滅させた「冥府の番犬」連れの令嬢。
そして、その三歩後ろを、氷の仮面でついていく「氷の騎士」。
その異様な組み合わせは、当然のように、街の注目を集めていた。
((おい、あれ……グランツ侯爵家の……))
((婚約破棄された、あの))
((連れているのは……氷の騎士、カイ・ランバート様!?))
((なぜあのお二人が一緒に……? しかもあの魔獣まで……))
「(……うるさいですわね、野次馬ども!)」
ナーナリアは、舌打ちをこらえ、お目当てのカフェへと進路を変えた。
クレープは、人が多すぎて今は無理だと判断した。
「いらっしゃいま……ひいっ!?」
カフェの店員が、ケルベロスを見て引きつる。
「テラス席をお願いしますわ。ケルベロスは、外に繋いでおきますので」
「は、はい! どうぞ!」
ナーナリアは、テラス席に陣取ると、ケルベロスを近くの柱に繋いだ。
「(クウン……)」
(わたくしもパフェが食べたいです)、と三対の瞳が訴えている。
「貴方はダメですわ。後で骨ガムを買ってあげますからね」
「…………」
カイは、ナーナリアの向かいの席に、音もなく腰を下ろした。
「(……なぜ、向かいに座るのですか!)」
「ご注文は……」
ウェイターが、カイの無表情とナーナリアの不機嫌の板挟みで震えている。
「わたくし、新作の『春摘みベリーのミルフィーユパフェ』を。それと紅茶」
「は、はい!」
「……貴方は?」
ナーナリアが、カイに問いかける。
「不要だ」
「あら、そうですの。……では、この方に『お水』を。氷をたくさん入れてくださいまし。お似合いですわ」
ウェイターは、泣きそうな顔で厨房へ戻っていった。
気まずい沈黙。
ナーナリアは、腕を組んで、わざとカイを睨みつける。
カイは、そんなナーナリアを、石ころでも見るような目で見返している。
「……あの、騎士様」
「なんだ」
「貴方、わたくしを監視して、何が楽しいのですか?」
「楽しくはない」
「では、なぜそんな無駄なことを」
「職務だ」
「(デジャヴですわ……!)」
ナーナリアは、こめかみがピクピクするのを感じた。
「わたくし、別に王家に仇なすようなことなどしませんわ。ただ、自由に買い食いがしたいだけですの!」
「…………」
「何か仰ったらどうですの! この氷人形! 鉄仮面!」
その時、注文の品が運ばれてきた。
「お、お待たせいたしました……! パフェでございます……!」
「(おお……!)」
ナーナリアの視線が、目の前の芸術品に釘付けになる。
そびえ立つ生クリームの塔。
宝石のように輝くベリー。
サクサクのパイ生地。
「(……まあ、いいですわ)」
ナーナリアは、スプーンを手に取った。
「貴方が職務だと言うのなら、好きになさればよろしいわ」
「…………」
「わたくしは、わたくしの『自由』をまっとうするだけですもの」
ナーナリアは、たっぷりクリームを乗せたベリーを、大きな一口で頬張った。
(んんー! 美味ですわ!)
幸せに浸るナーナリア。
そんな彼女を、カイは無表情で、ただ、じっと見つめていた。
「(……お水、冷たくて美味しいですわ)」
「(……パフェの味が落ちるから、見ないでほしいですわ!)」
元悪役令嬢と、氷の騎士。
二人の、非常に気まずい監視生活は、こうして甘いパフェの香りと共に、静かに(?)始まったのだった。
ナーナリアは、昨日とは打って変わって不機嫌な顔で目を覚ました。
「(……最悪の目覚めですわ)」
窓の外は快晴。
小鳥たちは楽しそうに歌っている。
「アマンダ! 支度を!」
「はい、お嬢様。本日はどちらへ?」
「決まっておりますわ! 昨日、衛兵に邪魔された『買い食いリベンジ』ですの!」
「……お嬢様。本日から、カイ様が」
「わかっておりますわ! あの氷人形のことでしょう!」
ナーナリアは、わざと音を立てて立ち上がった。
「わたくしがどこへ行こうと、あの騎士には関係ありません! 監視するというなら、勝手にさせておけばいいのですわ!」
「(すでに、かなり気になさっているご様子……)」
アマンダは、賢くもそれを口には出さなかった。
「さあ、ケルベロス! お散歩のお時間ですわよ!」
「(ブオオオオオン!!!)」
地響きのような喜びの雄叫びが、屋敷中に響き渡った。
---
グランツ侯爵邸の、重厚な玄関ホール。
ナーナリアが、愛犬ケルベロス(巨大)のリードを手に降りていくと。
そこには、案の定、壁のように「それ」が立っていた。
「…………」
黒い騎士服。
銀灰色の髪。
一切の感情を映さない、氷の騎士カイ・ランバート。
「(うっ……朝から圧が強いですわ)」
ナーナリアは、わざと優雅に階段を降りきった。
「ごきげんよう、騎士様。朝早くからご苦労なことですわね」
「…………(無言で一礼)」
「わたくし、これから愛犬とお散歩に出かけますの。ご自由に監視なさって結構よ」
「(グルルル……)」
ケルベロスが、三つの頭でカイを威嚇する。
屋敷の使用人なら、間違いなく腰を抜かす迫力だ。
しかし。
「…………」
カイは、地獄の番犬を一瞥しただけ。
眉一つ、動かさない。
「(……面白くありませんわね)」
ナーナリアは、少しムッとした。
「行きますわよ、ケルベロス! 今日こそクレープですわ!」
「(バウ!)」
ナーナリアが、勢いよく屋敷を飛び出す。
カイは、影のように、無言でその後ろについてきた。
---
王都、目抜き通り。
「(……近い! 近すぎますわ!)」
ナーナリアは、イライラしていた。
カイは、ナーナリアのきっかり三歩後ろを、一定の距離でついてくる。
近づきすぎず、離れすぎず。
まさに「監視」の距離だ。
「わたくしがどこへ行こうと、勝手ですわ!」
ナーナリアは、振り返りもせずに叫んだ。
「職務だ」
今日、初めて聞いた彼の声は、その氷のような見た目通りの、低く、抑揚のないものだった。
「ケルベロスの散歩を邪魔する権利など、貴方にはありませんわ!」
「邪魔はしていない」
「(くっ……! 会話が成立しませんわ!)」
昨日、衛兵を壊滅させた「冥府の番犬」連れの令嬢。
そして、その三歩後ろを、氷の仮面でついていく「氷の騎士」。
その異様な組み合わせは、当然のように、街の注目を集めていた。
((おい、あれ……グランツ侯爵家の……))
((婚約破棄された、あの))
((連れているのは……氷の騎士、カイ・ランバート様!?))
((なぜあのお二人が一緒に……? しかもあの魔獣まで……))
「(……うるさいですわね、野次馬ども!)」
ナーナリアは、舌打ちをこらえ、お目当てのカフェへと進路を変えた。
クレープは、人が多すぎて今は無理だと判断した。
「いらっしゃいま……ひいっ!?」
カフェの店員が、ケルベロスを見て引きつる。
「テラス席をお願いしますわ。ケルベロスは、外に繋いでおきますので」
「は、はい! どうぞ!」
ナーナリアは、テラス席に陣取ると、ケルベロスを近くの柱に繋いだ。
「(クウン……)」
(わたくしもパフェが食べたいです)、と三対の瞳が訴えている。
「貴方はダメですわ。後で骨ガムを買ってあげますからね」
「…………」
カイは、ナーナリアの向かいの席に、音もなく腰を下ろした。
「(……なぜ、向かいに座るのですか!)」
「ご注文は……」
ウェイターが、カイの無表情とナーナリアの不機嫌の板挟みで震えている。
「わたくし、新作の『春摘みベリーのミルフィーユパフェ』を。それと紅茶」
「は、はい!」
「……貴方は?」
ナーナリアが、カイに問いかける。
「不要だ」
「あら、そうですの。……では、この方に『お水』を。氷をたくさん入れてくださいまし。お似合いですわ」
ウェイターは、泣きそうな顔で厨房へ戻っていった。
気まずい沈黙。
ナーナリアは、腕を組んで、わざとカイを睨みつける。
カイは、そんなナーナリアを、石ころでも見るような目で見返している。
「……あの、騎士様」
「なんだ」
「貴方、わたくしを監視して、何が楽しいのですか?」
「楽しくはない」
「では、なぜそんな無駄なことを」
「職務だ」
「(デジャヴですわ……!)」
ナーナリアは、こめかみがピクピクするのを感じた。
「わたくし、別に王家に仇なすようなことなどしませんわ。ただ、自由に買い食いがしたいだけですの!」
「…………」
「何か仰ったらどうですの! この氷人形! 鉄仮面!」
その時、注文の品が運ばれてきた。
「お、お待たせいたしました……! パフェでございます……!」
「(おお……!)」
ナーナリアの視線が、目の前の芸術品に釘付けになる。
そびえ立つ生クリームの塔。
宝石のように輝くベリー。
サクサクのパイ生地。
「(……まあ、いいですわ)」
ナーナリアは、スプーンを手に取った。
「貴方が職務だと言うのなら、好きになさればよろしいわ」
「…………」
「わたくしは、わたくしの『自由』をまっとうするだけですもの」
ナーナリアは、たっぷりクリームを乗せたベリーを、大きな一口で頬張った。
(んんー! 美味ですわ!)
幸せに浸るナーナリア。
そんな彼女を、カイは無表情で、ただ、じっと見つめていた。
「(……お水、冷たくて美味しいですわ)」
「(……パフェの味が落ちるから、見ないでほしいですわ!)」
元悪役令嬢と、氷の騎士。
二人の、非常に気まずい監視生活は、こうして甘いパフェの香りと共に、静かに(?)始まったのだった。
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